さて、先程コメントをいただきました「貧血」に対しての説明文章を作ってみようと思います。
鉄剤を処方されたということですが、恐らく検査結果から鉄欠乏性貧血が最も可能性が高いと判断したからだと思います。それは簡単な血液検査の結果で分かります。
しかし、診断は別ですが。
今回は鉄欠乏性貧血に関して書いてみようと思います。
---------------------------------------------
今回、○○さんは健康診断でたまたま貧血を指摘されて受診されました。貧血の自覚はあまりなかったようです。
「○○さん、初めまして。今回○○さんは健康診断で貧血を指摘されて、本日受診されましたが、ご自身で体の変化とかを感じられたのはいつごろからでしょうか?」
「実は貧血だという自覚はありませんでした。確かに検査結果を聞いてから思い返すと、少し階段で息切れしやすくなったかなと思います。ただ、めまいとかはありませんでした」
「めまい、多分立ちくらみのようなものだと思いますが、そういうのはなかったのですね。実はゆっくり貧血が進むと体の方が慣れてしまって、立ちくらみとかはあまりないのですよ。出血などで急に減った場合は別ですが」
「なるほど。ゆっくり貧血が進む場合はあまり症状が出ないのですね?」
「そうです。ただ、体としては本来運ぶことができる酸素運搬力よりは低くなっていますから、同じ行動をすれば息切れをしたり、体がだるく感じたりすることは大いにあります。今回、会社の検診でヘモグロビン(Hb)というものが普通なら13g/dlくらいあるところが8g/dlしかないのです。これがその数値です」
「なるほど、この数値が貧血を示しているのですね?」
「はい。赤血球とかHbとかがありますが、酸素の運搬力を反映するのはHbの方です。そのためHbの数値で貧血とか多血とかは定義しています」
「原因はなんでしょうか?」
「それはここに書かれているMCVという数値、平均赤血球容積・・まぁ、簡単にいうと赤血球の大きさですが、これが70とかなり小さくなっています」
「このMCVはいくつくらいが正常なのでしょうか?」
「MCVというものは80から100くらいが正常で、貧血の患者さん(女性ならHb<12g/dl)でMCVが80未満だと小球性貧血、100以上だと大球性貧血といっています。今回は小球性貧血になりますが、この多くの原因は鉄欠乏性貧血です。稀にサラセミアという遺伝性のもの(僕は診断したのは今のところ1例だけです。まぁ、小児科に行きますよね。たまたま原発性免疫不全も診断…確定したのは遺伝子検査をしてくださった小児科の先生ですが…したことがありますが、遺伝性疾患は通常大人では来ることは少ないです。軽症サラセミアは家族みんなで小球性貧血、Hb11g/dl前後とかで大人でも元気というのもあり得ます)もあります。」
「遺伝性ですか?」
「遺伝性の疾患であれば家族もそうなっていると思いますし、子供のころから貧血があったはずです。違うと思いますよ」
「よかったです」
「多くの場合は鉄欠乏性貧血だと思いますが、鉄に関係する検査などを行いますね。検査は血液検査で行います。一応少し診察させてください。」
爪(スプーン爪)、舌、口角などチェック。もちろん眼瞼結膜も・・・。
診察後、血液検査に行ってもらい血液検査結果がでる。血液検査の結果を説明する。
「○○さん、血液検査の結果が出ました。検査結果は鉄欠乏性貧血で良いようです。
検査結果を説明していきます。健診と同じようにHbは8g/dlでMCVは70flと小球性貧血という定義になります。この原因を調べるためにフェリチンというものと血清鉄、TIBCというものを調べました。血清鉄は鉄ですね。TIBCというのは鉄を運ぶ物質の総量みたいなものと考えてください。TIBCというのは鉄が余っていれば低くなりますし、鉄が足りなければ高くなります。フェリチンというのは体の中に蓄えている鉄の量そのものを反映していると思ってください(細かく言うと違います)。
今回フェリチンというものが8ng/dl と低値で、TIBCは400を超えていました。フェリチンが45ng/dlを下回ると鉄欠乏の事が多いとされていますが、特にフェリチン12ng/dl以下で小球性貧血を認めていれば、その原因は鉄欠乏性貧血と考えてよいとされています(もちろん、複合技というのもあります。ただ、血液内科医はRDWという赤血球の大きさの範囲を見て、大きいのと小さいのが混ざっているようなことがないかを必ずチェックしています。混ざっていたらいくつか原因があるかもしれません)。」
「よかったです。大きな病気でなくて」
「ただ、鉄欠乏性貧血で重要なことは原因が何かです」
-----------------------------------------------
ここまでで鉄欠乏性貧血の診断へ至る道は終わりです。ここからが最も重要なことですが、鉄欠乏性貧血で最も重要なことは原因が何かです。大学病院に鉄欠乏性貧血が紹介されてくることはあまりありませんが、個人的にはCML(慢性骨髄性白血病)が疑われ紹介されてきた患者が、Hb11g/dl で若干小球性であったので調べてみたら、鉄欠乏+大腸癌(転移あり)でした。他にも胸部外科から術後安定した後に貧血が進んできているといわれて紹介され、鉄欠乏だったので調べたら大腸癌だったか胃癌だったかがありました。
もちろん、腫瘍だけが原因ではなくて多くは女性なら月経絡みとか、偏食が多いですが。
-------------------------------------------
「原因が重要とはどういうことですか?」
「鉄欠乏が生じている原因はいくつか可能性があります。鉄が足りなくなる最も多い原因は出血です。出血で失われる鉄の量に比べて、補充される鉄の量が少なければ鉄欠乏性貧血が生じます。○○さんは女性ですので、いくつかうかがいたいのですが」
「はい」
「生理は規則的に来ていますか」
「はい。まだ、閉経はしていません」
「出血量が多いとか、最近増えてきたとかはありませんか?」
「今までは気が付きませんでしたが、少し前から増えてきています。それで先日、産婦人科の先生に診てもらいました」
「何か言われましたか?」
「子宮筋腫があるそうです」
「子宮筋腫は貧血の原因にもなりますし、過多月経の原因にもなりますね。ほかにもいくつか質問させてください。○○さんは食事は規則的に食べていますか。急にダイエットを始めたとか偏食しているとかはありませんか?」
「いえ、ありません」
「胃が悪くて胃薬の内服をしているとかはないですか?」(胃酸は鉄の吸収に必要なので、胃酸を止める薬は鉄欠乏性貧血を引き起こすことがある。まぁ、胃酸を止めたために鉄欠乏性貧血が生じるには、かなり長期:年単位に内服しないと起きないだろうが・・・・)
「胃薬は飲んでいませんが、少し胃に不快感があります」
「胃潰瘍などから出血しても起きますし、他にも消化管というのは気が付かないうちに出血していることがあります。念のため、便潜血の検査をしましょう。異常があれば胃カメラや大腸カメラを行う必要があります」
------------------------------------------------
鉄欠乏性貧血だといって油断していると先程も書きましたが、隠れた大きな病気を見逃すことがあります。子宮筋腫を題材にしましたが、鉄を余分に使うような状態(妊娠など)も鉄欠乏になりますし、子宮筋腫以外の腫瘍も鉄欠乏につながることがあります。
また、出血で女性ならば月経絡み、男性や閉経した女性は必ず消化管を調べる必要があります。イギリスだと鉄欠乏性貧血の患者で45歳以上の人は消化管の悪性腫瘍を検索するようにしていたと思います。
あとはダイエットを始めたとか、非常に偏食がひどいとかそういうのを確認します。
治療は基本的に鉄剤です。鉄剤は便が黒くなります。僕はあまり食前に内服とはしていません。理由は胃に刺激を与えてしまい、食前だと飲めない人が多いから。一応食直後の内服としています。飲めたら食前でいいですよ。
---------------------------------------------
「○○さんの鉄欠乏の原因は少しずつ調べていく必要がありますが、今は消化管出血がなければ婦人科の先生が診てくださっている子宮筋腫や過多月経が原因かもしれません。それは便検査の後に考えるとして、治療に関して説明します。治療は鉄が足りない、すなわち材料不足による貧血ですので鉄を補充していきます」
「鉄剤による副作用はありますか?」
「ひどい副作用は飲み薬では起きにくいです。ただ、胃に刺激を与えるので、気持ち悪くなったりする人がいます。また、便秘になったり、下痢になったりする人が少しいますし、便が必ず黒くなります」
「なぜ黒くなるのですか?」
「それは鉄が胃酸に触れると黒くなります。よく胃の出血があると黒くなるとか言いますが、それは赤血球の中にある鉄分の色なんですよ」
「なるほど。それなら仕方がないですね」
「飲み方は食前に飲むことを推奨しているものが多いですが、食直後に飲むと胃のムカムカが少ないです」
「よく、お茶と一緒に飲んではいけないといいますが」
「大丈夫ですよ。もちろん水の方がいいですが、多少のお茶で吸収が落ちても、飲んでいる量が普通よりもっと多いので影響はほとんどありません」
「どのくらい内服していればよいですか?」
「基本的には貧血が改善し、フェリチンが上昇してから3か月ほど内服するのが良いと思います(実際はフェリチンが上昇したらやめますが、歳ほど書いたように基準範囲は12~150くらいだと思いますが、45未満は鉄欠乏が多いので、僕は150に近づかない限りはこの辺かなと思ってから1~3か月分処方します。要するに最後の処方として飲み終わったらもう様子を見ましょう・・・って)」
「わかりました、よろしくお願いいたします」
---------------------------------------------
なんか外来の小説みたいですが、こんな感じですね。ちなみにどうしても飲み薬が無理だった場合は注射薬を使用します。これについては副作用が異なりますので、主治医の先生によく確認してください。
鉄欠乏性貧血と言われて、鉄剤を飲むことになった場合
1.鉄欠乏の原因は何か
2.鉄剤はきちんとのめるか
が重要です。鉄剤の内服は飲むことが負担でなければ、飲みすぎたからと言ってそれほど悪影響はありません。
ただ、静注はいろいろあります。アレルギーや血管痛などもそうですが、種類によっては骨軟化症なども…(汗
いつも読んでいただいてありがとうございます。今後もよろしくお願いいたします。