・・・・・・あわぞうの覗き穴・・・・・・

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恥ずかしいこととは

2013年06月13日 | つぶやきの壺焼

「混乱を招いたことをおわびします」
これは、NPB加藤良三コミッショナーの、飛び過ぎボール問題記者会見の言葉である。

ラジオ報道は、聞かせたい部分だけを音声にして送り出すので、前後の言葉がわからない。
顔も姿勢もわからない。
これだけを聞かされると、国際感覚豊かな元駐米大使の言葉がこれだけなのかと思ってしまう。

誰かが仕掛けて、みな知らん顔をしていた、知らぬはXXばかりなりであったかもしれない。

これを恥ずかしいことと思っている人が、NPBはじめ野球関係者にどれくらいいるだろうか。
勤勉誠実の国民性評価に瑕のつくことは恥ずかしくないことだろうか。
直接当座の経済的損失がなければ、不利益なことをしたとも感じないのだろうか。

いま、「恥ずかしい」とは、相対的な競争感覚らしい。
他に比べて劣勢でなければ恥ずかしいとは思わない。
どこかの国のずうずうしさに比べれば、飛びすぎるボールを作ってしまって黙って使っていたぐらいのことは、どうということはないのかもしれない。

いまのボールが、定められた基準の範囲内で作られたとするなら、その前に使っていたボールの作り方が下手だったのではないか。
何年か前の、統一球導入という、みんなお揃い感覚がむしろおかしかったのではないか。
そこに気付かず、ただ同じようにとベタベタしていたことのほうが恥ずかしいとさえ思うのだが、どうだろうか。

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