公募展への挑戦 2024
2024-6
今年も陶芸振興財団展、現展(現代美術家協会展)、アート未来展の3カ所に出品しました。といっても陶芸財団展は作品が間に合わずに昨年作った古いものを出品して、結局見に行くこともなく終わってしまいました。展示会が国立新美術館から大宮に引っ越したことも大きく影響しています。折角昨年会員に推挙されたのだから、一回は自分で画期的と思う作品を出品して、認められなければ脱会しようと思っています。
次に現展ですが、ここは敷居が高いことを実感しています。 2点出しましたが、昨年と同じように1点だけ入選ということで飾ってもらえました。
水の流れのように2024-1
我ながら全くいい出来でなかった。水の流れの写真をもとにした昨年の作品をクローズアップしてさらに細密に表現し、本当の美しさを表現しようとしたのですが、難しくて結局それが出来なかったということです。
水の流れのように2024-2
こちらは落選した作品です。入選作品と同じく、水の流れをガラスで表現しようと思ったのですが、上手くゆかず、他の目的で作った、波を表現する陶板が使われずに残っていたので、これを貼ってみたら、ビックリする主張が出てきました。この作品は現展が終わった、つまりたまたま作品を搬出した日の次の日がアート未来展の搬入だったので、この作品を再びアート未来展に出展しました。この作品についてはアート未来展で言及しましょう。
現展:工芸部門で、両隣はこんな感じ
見に来てくれた友人は右の作品にくわれている。もっと目立つ作品を作らないとダメだと盛んにおっしゃる。
工芸部門をもっと引いて撮るとこんな感じ。立体・工芸部門にはこの2倍くらいの作品が展示されています。
しばらく、この会場を観察してみると、当方の作品は全く注目されず素通りされる状態でありました。会心の作でないから、素通りも納得なのですが。
一つ気に入らなかったのは、同時に出した作品は、自分で会心の作と思っているのに、落選であったことです。
平板陶器というと
当方以外にこの作品が唯一で、こちらは奨励賞且つ、会友推挙、且つ、俊英作家企画展として取り上げられています。俊英作家企画展とはどういう意味かよくわかりませんが、俊英とは特に優れたという意味ですから特別視されているということでしょう。
一つだけ言わせてもらえば、この作品は陶タイルによるモザイク作品で、この手法はすでに確立しており、タイルモザイク画は大昔からあるものです。当方は絵画を陶器で作ることが目的であり、自由な形と色のパーツを集合して絵画作る手法です。唯一無二とは言いませんが、技術的に開発すべき点が多々ある、新しいアプローチなのです。全然違った当方特有の手法なのです。
とにかく現展は手ごわい。今回80回記念展ということで戦前からある由緒ある展覧会ということらしい。
次はアート未来展
2連作品 渚にて2024
左は貝の記憶、右は波は全てを知っているという副題をつけています。
左は公募展に初めて出した作品と同じ題名、殆どおなじ図柄でほとんど同じ大きさの作品です。初めての公募展、陶芸財団展で、この作品は今後このような大きな作品は出してくれるなと言われ、その後応募作品の大きさ制限の規約が出来ました。無論壁に吊ってもらえず、その後どんどん大きさを小さくして応募しましたが、どれも壁に吊ってもらえませんでした。このアート未来展に出品した作品は陶芸財団展での仕打ちに対するリベンジです。アート未来展では賞(秀作)をいただき、壁に吊っていただいたのです。右は左だけでは寂しいので付け加えてもので、ガラスを多用したかったことと、右端の小さな貝の集合は実写写真に示すように、小さな貝の集合がとても印象的だったので、そのインプレッションをどうしても表現したかったのです。残念ながら、説明しなければ誰も気が付きませんでした。 なぜこの右端に小さな貝の集合を置いたか、なぜ誰も分かってくれないのか、当方には信じられないことです。
元になった小さな貝殻の集合実写。このフォルムのバラエティーに感動したことが、作品の原点になっています。
<渚にて>の右パネルと、<水の流れのように>に登場する葉っぱみたいなパーツは、水面の実写写真からのパターンをデフォルメした水の流れ定形パターンです。
チョウはこれも当方の定形蝶パターンで水面のパターンだけで寂しかったので追加しました。チョウっぽくないので、ヒトデだとか鳥だとかいう方もいらっしゃいました。チョウが大きくしめるので、水の流れが見えなくなって、題名と実体がずれてしまい、見る方に興味を誘導できなかった。しかし、何だかわからないところがいいじゃないのと自画自賛しているのですが。
2連作品 水の流れのように2024
わざわざクロスに配置しています。2つの作品の微妙な掛け合いが、むちゃくちゃ面白い作品と思うのですが。全くわかってもらえなかった。
この作品を見ると、現展の奨励賞タイルモザイクと当方の陶絵画とは全く違う手法のものだということはこの作品をご覧になればわかると思います。
現展は何か<現代アート>はこんなものだという固定概念があり、それに合致しないとその概念をすっ飛ばすくらい、よっぽど斬新でない限り受け入れてもらえないという予感がしています。伝統ある展覧会ということは権威あると同時に知らず知らずのうちに固定概念が苔のよう覆ってくる。固定概念をぶち壊すという破壊的方向よりは質の高いアートを大事にするという傾向が強い気がするのです。もっとアートの質を上げないと現状では現展で注目されないから、技術的斬新性を売りにした作品はアート未来展に出品した方がいいと考えたのです。よってアート未来展に作品を集中しました。現展には失敗作品を、アート未来展には現在出来る限りの作品を出展したのです。この戦略は当たって、アート未来展では昨年の奨励賞に続いて、秀作という賞をいただき、会員にも推挙していただきました。2年続いて賞を取るケースは極めてまれだと言われました(これはとても困るので、来年もさらに上の賞を取らないといけないと思っているのですが、どうしましょう)。
喜んでいるとお思いでしょうが、とんでもない。来場するお客さんが、当方の作品にどうレスポンスするかをしばらく観察していると、現展の昨年、今年、アート未来展の今年いずれもお客さんのほとんどは当方の作品を見向きもせずに通り過ぎて行きます。友人いわく、色が地味だ、インパクトに乏しい、もっと目立たなければと言い続けます。
隣の小さな作品はのぞき込むのに、これだけの左側力作と、これだけユニーク右側の作品を好き嫌いは別として、覗こうともしない。
これほど無視される作品のはずはないという自信(本当にそう思っているのですが)に反して、現実はどうしようもない。自然教育園の写真展でも当方の抽象写真は無視されて、一瞥もされずに観客は通り過ぎる。 もういい加減に嫌になった。
諦めるな、諦めるな、どうしいたらいいのだ???
左側の作品は2連ですでに60kgで一般の絵画に対抗するには最低この2倍、120kgの作品が必要になる。決して不可能とは言わないが、ここまで作った過程の苦労がさらに数倍になることは必至で、始める前から疲れてしまっている。重たい事に疲れてしまったら、陶器で絵画を作ることそのものが無理だということになる。完全な敗退だ。
右くらい、15kgぐらいの絵を独立に吊って数枚組にすればいいとアート未来の先輩がアドバイスしてくれた。家内はタイルモザイクに転向すればもっと目立つ色が苦も無く使えるという。どちらも正しい。当方はもっとガラスを使いたい。陶・ガラスのハイブリット立体を陶絵画にさらにハイブリットさせるのだと思っている。
何だ頑張ってるじゃないかといいますが、体は重たく、心も重たく、どこにも救いようのない毎日が続いている。友人の一人は、理解されないことは、既存概念を壊しているということで、誇るべきことだとおっしゃる。全く受けないのか、既存概念を壊しているか分からない当人にとって、どう誇ったらいいのでしょう?
2024-7-3
今日は、大学の同期の友人2名+その奥さん1名がアート未来展を訪ねて来てくれ、楽しく一時を過ごしました。この時、以前通っていたガラス工房のスタッフに遭遇あいました。案内を出していたのですが、互いに都合を合わせたわけでないので、全くの偶然です。ガラスと陶器のハイブリットを進化させる当方の今後の作品のプランを伝えて、ご協力を依頼し、快諾されました。この偶然がとてもうれしかった。完全にノックダウンという状態から、何とか立ち上がるよれよれの<明日のジョー>みたいな気分です。
7月1日、3日はアート未来展の受付などの仕事を手伝いや、作品の撮影などの下働きをしたのですが、その時に会長さんや理事さんのご命令で働きながら、彼らと話をする機会がいくつもあり、アート未来の内情を少しずつ知ることになりました。アートという分野で、苦心しながら自分を表そうとする意志を持つ仲間のふれあいとは、これまでにビジネスやサイエンスで付き合った人々との関係とは大きく違っており、新しい世界を垣間見ました。この時接触した人の作品を以下載せましょう。
会場入り口
絵画部門(一部)
絵画:アート未来大賞
作者は理事さんの一人です。
絵画:審査員
会長さんの作。よく見ると葉っぱがセロテープで貼ってあります。ミックスト・メディアを追いかけると申しております。
絵画:審査員
最も活動している副会長さんの作。当人は宇宙アートといっております。
彫刻:審査員
理事さんの一人の作 この方のアート未来展HP作成のお手伝いをしました。会場で作品の写真を撮ったのです。
工芸:奨励賞 素敵な陶器作品と思います。
絵画:アート未来準大賞
作者は理事さんだったかな??
絵画
理事さんの一人の作、モスクワ在住時代にアートを吸収したと申しております。
2024-7-4
7月4日には、お会いできませんでしたが、中学高校同期の友人がアート未来展を訪ねてくれて、以下のような感想を同期会の連絡メールに流してくれました。長く書籍出版に関与してきた文章の上手な方です。感謝。
<受賞作品は、白い砂浜をイメージする海辺に、大小の貝殻と打ち寄せ
砕ける波紋が、あたかも教会の壁飾りのようにリズミカルに彫刻?
されています。扁平な土台の白に青と緑の限られた2色を基調とした
グラデーションは爽やかです。
「水の流れのようにー2024」も、ヒトデか鳥か蝶のようですが、秀
作と異なり額に収まった独立したタブローの体裁をとっています。
いずれの作品も、画題にもあらわれているように、高原くんの作品の
特徴である「生命」の波動が熱っぽく息づいているのが伝わってきま
す。大きな貝殻に耳をあてると、潮騒がきこえるかもしれません。>
うまいこといいますね。
2024-7-6
今日はアート未来展の受賞式、その前に家内と展覧会をまわりました。土曜ということもあって来客が多く、家内と自分の作品の前の椅子に座って、どんな人が当方の作品に立ち止まるかを30分くらい観察しました。結論は子供さんが立ち止まる、大半の大人は無視するということでした。小学生、中学生の絵を対象としたアート未来コーナーというのがあって、今日は土曜ですから、家族で見に来ているようです。このなかで子供さんは当方の作品を熱心に見ており、親は知らん顔しているということらしい。自然教育園の写真展でも同じ、色がきれいな抽象写真には子供さんが反応し、大人は一瞥もしない。
大人はガチガチに既成概念の衣をかぶっているということです。
受賞式の風景は、評論家や色々な団体の偉い方である来賓の方々、アート未来の理事達、作品の評価者、みな相当な年の方ばかり、ガラパゴス村の集会のようでした。
当方はガラパゴス村に合わせて作品を作っているわけじゃない。自分の表したいことを表したいと作品を作っているだけだ。
何か吹っ切れました。どう思われようと知ったことか、次の作品は爆発だ! すべてをぶっ飛ばそう!
2024-7-8
今日は搬出の日。作品は一辺に車に積むことが出来ずに2往復ということになりました。
今回最も注目されなかったこの作品を工芸のチーフである理事が、この作品がもっとも美しいと言ったこと。もう一人の理事が、当方の作品をどう思っているかと聞くので、結構いいと思っていますと答えたら、私も気に入っていると言ってくれました。
以上で<公募展への挑戦2024>を終わります。
2024-6
今年も陶芸振興財団展、現展(現代美術家協会展)、アート未来展の3カ所に出品しました。といっても陶芸財団展は作品が間に合わずに昨年作った古いものを出品して、結局見に行くこともなく終わってしまいました。展示会が国立新美術館から大宮に引っ越したことも大きく影響しています。折角昨年会員に推挙されたのだから、一回は自分で画期的と思う作品を出品して、認められなければ脱会しようと思っています。
次に現展ですが、ここは敷居が高いことを実感しています。 2点出しましたが、昨年と同じように1点だけ入選ということで飾ってもらえました。
水の流れのように2024-1
我ながら全くいい出来でなかった。水の流れの写真をもとにした昨年の作品をクローズアップしてさらに細密に表現し、本当の美しさを表現しようとしたのですが、難しくて結局それが出来なかったということです。
水の流れのように2024-2
こちらは落選した作品です。入選作品と同じく、水の流れをガラスで表現しようと思ったのですが、上手くゆかず、他の目的で作った、波を表現する陶板が使われずに残っていたので、これを貼ってみたら、ビックリする主張が出てきました。この作品は現展が終わった、つまりたまたま作品を搬出した日の次の日がアート未来展の搬入だったので、この作品を再びアート未来展に出展しました。この作品についてはアート未来展で言及しましょう。
現展:工芸部門で、両隣はこんな感じ
見に来てくれた友人は右の作品にくわれている。もっと目立つ作品を作らないとダメだと盛んにおっしゃる。
工芸部門をもっと引いて撮るとこんな感じ。立体・工芸部門にはこの2倍くらいの作品が展示されています。
しばらく、この会場を観察してみると、当方の作品は全く注目されず素通りされる状態でありました。会心の作でないから、素通りも納得なのですが。
一つ気に入らなかったのは、同時に出した作品は、自分で会心の作と思っているのに、落選であったことです。
平板陶器というと
当方以外にこの作品が唯一で、こちらは奨励賞且つ、会友推挙、且つ、俊英作家企画展として取り上げられています。俊英作家企画展とはどういう意味かよくわかりませんが、俊英とは特に優れたという意味ですから特別視されているということでしょう。
一つだけ言わせてもらえば、この作品は陶タイルによるモザイク作品で、この手法はすでに確立しており、タイルモザイク画は大昔からあるものです。当方は絵画を陶器で作ることが目的であり、自由な形と色のパーツを集合して絵画作る手法です。唯一無二とは言いませんが、技術的に開発すべき点が多々ある、新しいアプローチなのです。全然違った当方特有の手法なのです。
とにかく現展は手ごわい。今回80回記念展ということで戦前からある由緒ある展覧会ということらしい。
次はアート未来展
2連作品 渚にて2024
左は貝の記憶、右は波は全てを知っているという副題をつけています。
左は公募展に初めて出した作品と同じ題名、殆どおなじ図柄でほとんど同じ大きさの作品です。初めての公募展、陶芸財団展で、この作品は今後このような大きな作品は出してくれるなと言われ、その後応募作品の大きさ制限の規約が出来ました。無論壁に吊ってもらえず、その後どんどん大きさを小さくして応募しましたが、どれも壁に吊ってもらえませんでした。このアート未来展に出品した作品は陶芸財団展での仕打ちに対するリベンジです。アート未来展では賞(秀作)をいただき、壁に吊っていただいたのです。右は左だけでは寂しいので付け加えてもので、ガラスを多用したかったことと、右端の小さな貝の集合は実写写真に示すように、小さな貝の集合がとても印象的だったので、そのインプレッションをどうしても表現したかったのです。残念ながら、説明しなければ誰も気が付きませんでした。 なぜこの右端に小さな貝の集合を置いたか、なぜ誰も分かってくれないのか、当方には信じられないことです。
元になった小さな貝殻の集合実写。このフォルムのバラエティーに感動したことが、作品の原点になっています。
<渚にて>の右パネルと、<水の流れのように>に登場する葉っぱみたいなパーツは、水面の実写写真からのパターンをデフォルメした水の流れ定形パターンです。
チョウはこれも当方の定形蝶パターンで水面のパターンだけで寂しかったので追加しました。チョウっぽくないので、ヒトデだとか鳥だとかいう方もいらっしゃいました。チョウが大きくしめるので、水の流れが見えなくなって、題名と実体がずれてしまい、見る方に興味を誘導できなかった。しかし、何だかわからないところがいいじゃないのと自画自賛しているのですが。
2連作品 水の流れのように2024
わざわざクロスに配置しています。2つの作品の微妙な掛け合いが、むちゃくちゃ面白い作品と思うのですが。全くわかってもらえなかった。
この作品を見ると、現展の奨励賞タイルモザイクと当方の陶絵画とは全く違う手法のものだということはこの作品をご覧になればわかると思います。
現展は何か<現代アート>はこんなものだという固定概念があり、それに合致しないとその概念をすっ飛ばすくらい、よっぽど斬新でない限り受け入れてもらえないという予感がしています。伝統ある展覧会ということは権威あると同時に知らず知らずのうちに固定概念が苔のよう覆ってくる。固定概念をぶち壊すという破壊的方向よりは質の高いアートを大事にするという傾向が強い気がするのです。もっとアートの質を上げないと現状では現展で注目されないから、技術的斬新性を売りにした作品はアート未来展に出品した方がいいと考えたのです。よってアート未来展に作品を集中しました。現展には失敗作品を、アート未来展には現在出来る限りの作品を出展したのです。この戦略は当たって、アート未来展では昨年の奨励賞に続いて、秀作という賞をいただき、会員にも推挙していただきました。2年続いて賞を取るケースは極めてまれだと言われました(これはとても困るので、来年もさらに上の賞を取らないといけないと思っているのですが、どうしましょう)。
喜んでいるとお思いでしょうが、とんでもない。来場するお客さんが、当方の作品にどうレスポンスするかをしばらく観察していると、現展の昨年、今年、アート未来展の今年いずれもお客さんのほとんどは当方の作品を見向きもせずに通り過ぎて行きます。友人いわく、色が地味だ、インパクトに乏しい、もっと目立たなければと言い続けます。
隣の小さな作品はのぞき込むのに、これだけの左側力作と、これだけユニーク右側の作品を好き嫌いは別として、覗こうともしない。
これほど無視される作品のはずはないという自信(本当にそう思っているのですが)に反して、現実はどうしようもない。自然教育園の写真展でも当方の抽象写真は無視されて、一瞥もされずに観客は通り過ぎる。 もういい加減に嫌になった。
諦めるな、諦めるな、どうしいたらいいのだ???
左側の作品は2連ですでに60kgで一般の絵画に対抗するには最低この2倍、120kgの作品が必要になる。決して不可能とは言わないが、ここまで作った過程の苦労がさらに数倍になることは必至で、始める前から疲れてしまっている。重たい事に疲れてしまったら、陶器で絵画を作ることそのものが無理だということになる。完全な敗退だ。
右くらい、15kgぐらいの絵を独立に吊って数枚組にすればいいとアート未来の先輩がアドバイスしてくれた。家内はタイルモザイクに転向すればもっと目立つ色が苦も無く使えるという。どちらも正しい。当方はもっとガラスを使いたい。陶・ガラスのハイブリット立体を陶絵画にさらにハイブリットさせるのだと思っている。
何だ頑張ってるじゃないかといいますが、体は重たく、心も重たく、どこにも救いようのない毎日が続いている。友人の一人は、理解されないことは、既存概念を壊しているということで、誇るべきことだとおっしゃる。全く受けないのか、既存概念を壊しているか分からない当人にとって、どう誇ったらいいのでしょう?
2024-7-3
今日は、大学の同期の友人2名+その奥さん1名がアート未来展を訪ねて来てくれ、楽しく一時を過ごしました。この時、以前通っていたガラス工房のスタッフに遭遇あいました。案内を出していたのですが、互いに都合を合わせたわけでないので、全くの偶然です。ガラスと陶器のハイブリットを進化させる当方の今後の作品のプランを伝えて、ご協力を依頼し、快諾されました。この偶然がとてもうれしかった。完全にノックダウンという状態から、何とか立ち上がるよれよれの<明日のジョー>みたいな気分です。
7月1日、3日はアート未来展の受付などの仕事を手伝いや、作品の撮影などの下働きをしたのですが、その時に会長さんや理事さんのご命令で働きながら、彼らと話をする機会がいくつもあり、アート未来の内情を少しずつ知ることになりました。アートという分野で、苦心しながら自分を表そうとする意志を持つ仲間のふれあいとは、これまでにビジネスやサイエンスで付き合った人々との関係とは大きく違っており、新しい世界を垣間見ました。この時接触した人の作品を以下載せましょう。
会場入り口
絵画部門(一部)
絵画:アート未来大賞
作者は理事さんの一人です。
絵画:審査員
会長さんの作。よく見ると葉っぱがセロテープで貼ってあります。ミックスト・メディアを追いかけると申しております。
絵画:審査員
最も活動している副会長さんの作。当人は宇宙アートといっております。
彫刻:審査員
理事さんの一人の作 この方のアート未来展HP作成のお手伝いをしました。会場で作品の写真を撮ったのです。
工芸:奨励賞 素敵な陶器作品と思います。
絵画:アート未来準大賞
作者は理事さんだったかな??
絵画
理事さんの一人の作、モスクワ在住時代にアートを吸収したと申しております。
2024-7-4
7月4日には、お会いできませんでしたが、中学高校同期の友人がアート未来展を訪ねてくれて、以下のような感想を同期会の連絡メールに流してくれました。長く書籍出版に関与してきた文章の上手な方です。感謝。
<受賞作品は、白い砂浜をイメージする海辺に、大小の貝殻と打ち寄せ
砕ける波紋が、あたかも教会の壁飾りのようにリズミカルに彫刻?
されています。扁平な土台の白に青と緑の限られた2色を基調とした
グラデーションは爽やかです。
「水の流れのようにー2024」も、ヒトデか鳥か蝶のようですが、秀
作と異なり額に収まった独立したタブローの体裁をとっています。
いずれの作品も、画題にもあらわれているように、高原くんの作品の
特徴である「生命」の波動が熱っぽく息づいているのが伝わってきま
す。大きな貝殻に耳をあてると、潮騒がきこえるかもしれません。>
うまいこといいますね。
2024-7-6
今日はアート未来展の受賞式、その前に家内と展覧会をまわりました。土曜ということもあって来客が多く、家内と自分の作品の前の椅子に座って、どんな人が当方の作品に立ち止まるかを30分くらい観察しました。結論は子供さんが立ち止まる、大半の大人は無視するということでした。小学生、中学生の絵を対象としたアート未来コーナーというのがあって、今日は土曜ですから、家族で見に来ているようです。このなかで子供さんは当方の作品を熱心に見ており、親は知らん顔しているということらしい。自然教育園の写真展でも同じ、色がきれいな抽象写真には子供さんが反応し、大人は一瞥もしない。
大人はガチガチに既成概念の衣をかぶっているということです。
受賞式の風景は、評論家や色々な団体の偉い方である来賓の方々、アート未来の理事達、作品の評価者、みな相当な年の方ばかり、ガラパゴス村の集会のようでした。
当方はガラパゴス村に合わせて作品を作っているわけじゃない。自分の表したいことを表したいと作品を作っているだけだ。
何か吹っ切れました。どう思われようと知ったことか、次の作品は爆発だ! すべてをぶっ飛ばそう!
2024-7-8
今日は搬出の日。作品は一辺に車に積むことが出来ずに2往復ということになりました。
今回最も注目されなかったこの作品を工芸のチーフである理事が、この作品がもっとも美しいと言ったこと。もう一人の理事が、当方の作品をどう思っているかと聞くので、結構いいと思っていますと答えたら、私も気に入っていると言ってくれました。
以上で<公募展への挑戦2024>を終わります。