毎日がちょっとぼうけん

日本に戻り、晴耕雨読の日々を綴ります

送別会    2011年6月25日(土)   No.158

2011-06-25 23:40:10 | 中国事情
 朝起きるのが次第に遅くなってきた。
授業のある日は6時に起きる。今は8時頃自然に目が覚めるまで寝ている。こういうスケジュール枠が取り払われた暮らしがうれしい。人間の暮らしを取り戻したようで。しかし、枠の中できちんきちんというか、「次!はい、終わった。また次!」とテキパキこなす癖がついていて、いまだにちょっと毎朝、(さて、こんなことはしておれん)なんて一瞬ソワソワする。
 退職直後の人たちは、(みんな働いているのに、自分だけこんなにノンビリしていていいのか)と申し訳ない気持ちになるという。何十年もかかって体と心に沁みついたリズムは、どれくらいで洗い流せるのだろう。私はどちらかというと鈍重で、自分のペースを崩せず、何でもてきぱきこなすのは苦手な方だ。それでも、日本の組織で仕事をするということは、苦手のヘチマの言ってはいられない。見よう見まねで何とか全体のペースに合わせて片づけなければならない。私は教員だったので、まだ融通かかなり利いたが、一般の会社員だったらどうなっていただろう。ぜったい自信喪失した窓際族だろうな。
 そんな私が、今中国で、(もっとチャッチャと進めてくれないかな!)などと偉そうに思ったりしているから可笑しくなる。「のんびり屋さんは中国に集まれ!」だ。

 今日は、南昌市で働く日本語教師の一人が3年ほど勤めた大学を辞めて、日本に帰るので何人かが集まり送別会をした。以前からずっと、誰かが帰国するときは南昌に残る日本人たちが送別会を開くのが伝統のようだ。このほかにも、帰国した人が南昌を訪れた時には、歓迎パーティーを催す。だから一年間に何回も歓送迎会がある。帰る人たちは、日本に戻っても、ここでの生活がフラッシュバックするに違いない。ここにいた時には、腹立たしかったことも、何年か後に日本で思い出すと全く別の感覚でとらえられるかもしれない。そんなことを思いながら、食べたりしゃべったりした。江鈴杯スピーチコンテストについて、ひとしきり話題になった。自分の大学の子が優勝すると思っていたとか、最優秀賞の楼さんの即席スピーチ内容はテーマからはずれていたとか、即席スピーチのテーマのレベルに差がありすぎだとか、散々言い散らかしていた。テーマのレベルの差はその通りだが、最優秀賞を得た子の指導をした者に言うことではない。こういうとき、コミュニケーションの取り方が下手なのは私だけではないな、と思う。

 宿舎に戻ると、どっと疲れが出た。私はあまり知らない日本人と話すと、そのあと滅茶苦茶疲れる。こういうのを人見知りというのだろう。そうとは気づかれないように気を付けている。でも、あまり知らない中国人と話してもこんなにまで疲れないのはどうしてだろう・・・。
言葉が通じるということと、心が通じることは別だからかな。今日は疲れたのでもうおしまい。
コメント
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