今日は、久々に傍聴券を入手しました。
思えば、この裁判が始まったとき一回当たって以来、二回目の当選です。
(つまり、最初と最後の二回 )。
いつもの裁判には記者団などほとんど誰も来ていなかったのに、
今日だけは裁判所前に人だかりがしていて、
法廷でも傍聴席の前から三列が記者席になり、30人は座っていましたね。
(いつも来て報道してくれたらよかったのに~)と、ちょっぴりすねましたね、私は。
法廷で裁判長が判決を読み上げました。
あの、私たちはかなり勘違いしていると思います。
少なくとも私は勘違いしていました。
裁判官は学者と肩を並べるくらいの認識が深い人たちだと思っていたのです。
今日の裁判長(佐藤哲治さん)から感じたのは、
なんか冴えない公務員かサラリーマン
(いえ、公務員やサラリーマンは、即ち冴えない、ということではありません)
という雰囲気で、私は思わずメモ帳に似顔絵を描きました。
人は見かけによらないと言いますが、
佐藤さんは、こう言ってはなんですが、お見かけ通りの方でした。
ペラペラで薄っぺらく、裁判官としての人格が感じられない、
お役所の書類のような判決文でした。
(なんか、文を読み上げる雰囲気が誰かに似ているな)と思ったら、
アベ首相でした。
その辺のあまり勉強してこなかったおじさんみたいな裁判官が、
遠く台湾で日本軍兵士として戦争に駆り出され、
むりやり靖国に「英霊」として祀られた戦没者遺族や、
肉親を戦争で亡くした人たち、
遺族であり神道とは異なる宗教を信ずる人たち、
新たな戦争への道を強引に進む国によって
平和的に生存する権利を脅かされている若者たちなど、
私たち庶民一人ひとりの歴史を、上っ面だけ聞くふりをして最後に、
「いや、ボク、過去のことはわからないから~。
今の法律から見て靖国参拝のどこが問題?」
と言ったに等しいような判決でした。
(そうか、キーワードは『歴史』だ。ブルーハーツの、
『歴史がぼくを問い詰める 青い空の真下で~』とはそういうことか)と
私は妙に納得しました。
〈全ての歴史は『現代史』である〉とは哲学者、ベネデット・クローチェの有名な言葉です。
私は高校生の時、世界史の先生からその言葉を聞いて、
ものすごく納得し、感動しましたが、
大阪地裁の佐藤裁判官も含めて、今、日本の多くの人々は、
歴史の大切な真実を捨象し、
社会に生起する様々な問題の背景を振り返って検証することなく
断ち切る傾向が顕著です。
歴史の大切な真実とは、
その時代に生きた一人ひとりの人生によって形成されているのであり、
歴史から、無数の庶民の姿が浮かんで来なければなりません。
為政者が歴史の主役ではないのです。
そのことに考えが及ばない人々は、あらゆる事象に対して浅薄な認識しか持てず、
日本社会は雪崩をうって浅薄で貧相なものに変化しているという現実があります。
私の聞き間違いでなければ、佐藤裁判長は、
「時代とともに裁判での判定の基準が変わることがある」
と、以前の福岡地裁や大阪高裁での判決は時代遅れと言わんばかりの言葉を発しました。
今日の大阪地裁の判決は、
「事象の背景・歴史を掘り下げない裁判にろくなものはない」という見本になる
つまらない判決だと私は思います。
今日は早々とヤフーにいくつか記事が出ました。
ここに記事を転載させていただきます。
―――朝日新聞デジタル 1月28日(木)10時38分配信
安倍首相の靖国参拝、原告の請求棄却 大阪地裁
安倍晋三首相による2013年12月の靖国神社参拝で精神的苦痛を受けたとして、国内外の戦没者遺族ら765人が安倍首相と国、神社に1人1万円の慰謝料を求めた訴訟の判決が28日、大阪地裁であった。佐藤哲治裁判長は「原告らの法的利益を侵害していない」として請求を退けた。参拝が憲法の政教分離原則に反するかは判断を示さず、今後の参拝差し止めを求めた訴えも棄却した。
安倍首相の参拝に対しては東京地裁にも国内外の633人が提訴しており、大阪地裁判決が先行した。現職首相の靖国参拝をめぐっては、過去に中曽根康弘氏、小泉純一郎氏について訴訟が起こされ、小泉参拝に関する8訴訟のうち福岡地裁と大阪高裁が「違憲」と判断している。
安倍首相は13年12月26日、礼服姿で公用車に乗り、戦没者約246万人が合祀(ごうし)されている靖国神社へ参拝。宮司の出迎えを受けて昇殿し、「二礼二拍手一礼」の神道形式をとり、「内閣総理大臣 安倍晋三」と記帳。私費で10万円の献花料を納めた。
39都道府県や台湾に住む戦没者遺族や被爆2世、宗教者ら20~80代の原告団は、こうした参拝方法や外交上の影響が見込まれる韓国や米国にも事前通告した点を踏まえ、「職務として公的参拝したのは明らか」と指摘。公権力が特定の宗教と結びつくことを禁じた憲法20条の政教分離原則に反すると主張した。
そのうえで、戦争責任を負うA級戦犯も含めた戦没者を「英霊」として顕彰する宗教施設を国の代表者が特別に支援する印象を与えたと指摘。戦没者が靖国に祭られていること自体をよしとしない遺族原告らは首相参拝で一層苦しみ、憲法上の内心・信教の自由、身近な人の死を悼む方法を自ら選ぶ自己決定権を圧迫されたと訴えた。
さらに、集団的自衛権の行使容認などを進める安倍首相が、戦前の軍国主義を支えた靖国神社に参拝するのは「戦争の準備行為」とみなせると主張。戦争遺族以外の原告らも、憲法前文がうたう平和的生存権を侵されたとした。
一方、安倍首相や国側は参拝はあくまで私人の立場で、首相個人の信教の自由の範囲内であり、政教分離原則に反しないと主張。参拝時の公用車使用は警備上の都合で、肩書付きで記帳したのも地位を示す慣例上の行為にすぎないとした。小泉参拝訴訟で最高裁判決(06年6月)が「参拝行為で不快の念を抱いたとしても、直ちに損害賠償の対象となる法的利益の侵害とは言えない」とした点も踏まえ、今回の参拝でも具体的な損害はないと反論した。
靖国神社側も06年の最高裁判決を引き、首相の参拝が個人の利益を害しないことは明らかと主張。参拝の趣旨に沿った参拝をする人なら、安倍首相を含め誰でも参拝を受け入れているとしていた。(阿部峻介)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160128-00000023-asahi-soci
―――時事通信 1月28日(木)10時14分配信
首相靖国参拝憲法判断せず=原告の差し止め請求棄却
―法的利益侵害認めず・大阪地裁
安倍晋三首相が2013年12月に靖国神社を参拝したのは、政教分離を定めた憲法に違反し、平和的生存権の侵害だとして、全国の戦没者遺族ら765人が首相や国、靖国神社を相手に、将来の参拝差し止めと原告1人当たり1万円の慰謝料を求めた訴訟の判決が28日、大阪地裁であった。
佐藤哲治裁判長は「参拝による原告らの法的利益の侵害を認めることはできない」と述べ、請求を棄却した。違憲性の判断はせず、参拝が首相の職務行為か公私の区別にも言及しなかった。
安倍首相の靖国参拝に関する訴訟は、東京、大阪両地裁に起こされ、判決は初めて。原告らは控訴する方針。
佐藤裁判長は、首相の参拝について「特定の個人の信仰を妨げたりして圧迫、干渉するような性質のものではない」と指摘。内心の自由や信教の自由の侵害との原告の主張に関して、最高裁判決を踏襲し、「自己の心情や宗教上の感情が害されたとして不快の念を抱いたとしても、直ちに損害賠償を求めることはできない」と退けた。
過去には小泉純一郎元首相の参拝で違憲判決が出ているが、佐藤裁判長は「社会情勢や国民の権利意識の変化で裁判所の判断が変わることもあり得る」とした。
原告は首相の参拝について、憲法前文や9条で保障された「平和的生存権」の侵害と訴えたが、判決は「平和的生存権として保障すべき権利、自由が現時点で具体的権利性を帯びているか疑問」と退けた。
安倍首相側は参拝は私的行為で、原告らの法的利益を侵害していないとして、請求棄却を求めていた。首相は第2次政権発足から1年となった13年12月26日、靖国神社を昇殿参拝した。「内閣総理大臣 安倍晋三」と記帳した。
萩生田光一官房副長官は28日の記者会見で、判決について、「国の主張が認められたものと承知をしている」と述べた。首相が参拝に公用車を使用したことに関しては、「警備上の問題だとか、緊急対応の問題などを考えると、公用車以外の車で移動するということは想定できない」と話した。
http://news.yahoo.co.jp/pickup/6189192
―――東京新聞 2016年1月28日 夕刊
安倍首相の靖国参拝訴訟 大阪地裁、差し止め請求を棄却
安倍晋三首相による二〇一三年十二月の靖国神社参拝は政教分離を定めた憲法に反するとして、国内外の七百六十五人が国と首相、靖国神社に将来の参拝差し止めと一人当たり一万円の損害賠償を求めた訴訟の判決で、大阪地裁は二十八日、請求を棄却した。参拝の公私に関する区別や違憲かどうかの判断は示さなかった。
安倍首相の靖国参拝をめぐる訴訟は東京地裁でも起こされており、判決は初めて。原告側は控訴する方針。
佐藤哲治裁判長は判決理由で、靖国神社を歴史的経緯から一般の神社とは異なると位置付けた上で「一般人と比べ、首相による参拝は原告らの信教の自由などに大きな影響を及ぼすことは認めることができる」としながらも「神社に参拝する行為自体は他人の信仰や生活に干渉するものではなく、原告に法的利益の侵害があったとはいえない」と判断。
小泉純一郎元首相の参拝をめぐる〇六年の最高裁判決の判断手法をほぼ踏襲した。
安倍首相は第二次政権発足から一年の一三年十二月、現職首相として小泉元首相以来約七年ぶりに靖国神社を参拝。公用車を使って訪れ、「内閣総理大臣 安倍晋三」名で献花した。
原告は二十~八十代で、大学生や会社員、主婦のほか戦没者の遺族、在日コリアンらも参加。閉廷後の記者会見で、福岡市の僧侶木村真昭さん(65)は「後退どころか、裁判所の存在理由を失わせるようなでたらめな判決だ」と批判した。
原告側は憲法二〇条の政教分離原則違反を訴え、さらに安倍首相による参拝を「軍国主義を発展させて戦死を美化した神社の役割を承認するもので、憲法九条の改正を目指す姿勢を含めて戦争への準備行為といえる」として、平和的生存権の侵害に当たると主張していた。
http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201601/CK2016012802000253.html