現在開かれている第189回国会に「格差是正及び経済成長のために講ずべき税制上の措置等に関する法律」案が提出されていました。衆議院議員提出法案第4号ですので、以下では衆法4号としましょう。今月3日に古川元久議員外三氏により衆議院に提出されたのですが、今月13日に否決されました。賛成会派は民主党・無所属クラブ、反対会派は自由民主党、維新の党、公明党、日本共産党、次世代の党、生活の党と山本太郎となかまたち、および社会民主党・市民連合です。
衆議院で否決された以上、法律とはならない訳ですが、ここで取り上げておくのも一つの手であろうと考え、今回は衆法4号を少しばかり紹介いたします。衆議院のサイトに、法律案、法律案の要綱が掲載されていますので、そちらも御参照ください。
衆法4号にある個々の条文は改正法のスタイルです。例えば、第2条は次のようになっています。
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(社会保障の安定財源の確保等を図る税制の抜本的な改革を行うための消費税法の一部を改正する等の法律の一部改正)
第二条 社会保障の安定財源の確保等を図る税制の抜本的な改革を行うための消費税法の一部を改正する等の法律(平成二十四年法律第六十八号。以下「税制抜本改革法」という。)の一部を次のように改正する。
附則第一条第二号中「平成二十七年十月一日」を「平成二十九年四月一日」に改める。
附則第十五条中「二十七年新消費税法」を「二十九年新消費税法」に、「及び次条」を「、次条及び第十八条の二」に改める。
附則第十六条第一項中「二十七年新消費税法」を「二十九年新消費税法」に、「二十七年旧消費税法」を「二十九年旧消費税法」に、「平成二十七年十月三十一日」を「平成二十九年四月三十日」に改め、「、「同月三十日」とあるのは「同月三十一日」と」を削り、「平成二十七年四月一日」を「平成二十八年十月一日」に、「二十七年指定日」を「二十八年指定日」に改め、同条第二項中「二十七年新消費税法」を「二十九年新消費税法」に改める。
附則第十八条の見出しを削り、同条の前に見出しとして「(消費税率の引上げに当たっての措置等)」を付し、同条の次に次の一条を加える。
第十八条の二 国は、一部施行日までに、国会議員の定数削減並びに国家公務員の総人件費改革、各府省が所掌する事務及び事業の見直し並びに国の不要な資産の売却等その他の行政改革を図るための必要な措置を講ずるものとする。
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従って、内容を手っ取り早く知りたければ要綱を参照するほうがよいかもしれません。
法律案には必ず提案理由が示されます。衆法4号については、次のように述べられています。
「社会経済情勢の急激な変化に伴い国民の間に生じている経済的格差その他の格差を是正し、及びその固定化を防止するとともに、雇用及び国内投資を拡大させること等により経済成長を促すことが、我が国の経済社会の持続的な発展のために緊要な課題であることに鑑み、消費課税、個人所得課税、資産課税及び法人課税等に関し講ずべき措置を定める必要がある。これが、この法律案を提出する理由である。」
また、「本案施行に要する経費」として「本案施行による減収見込額は、平成二十七年度約二兆三百七十一億円、平成二十八年度約四兆七百四十三億円である」とも述べられています。
提案理由をほぼそのまま条文にしたのが、「趣旨」という見出しが付けられた第1条で、「この法律は、社会経済情勢の急激な変化に伴い国民の間に生じている経済的格差その他の格差を是正し、及びその固定化を防止するとともに、雇用及び国内投資を拡大させること等により経済成長を促すことが、我が国の経済社会の持続的な発展のために緊要な課題であることに鑑み、消費課税、個人所得課税、資産課税及び法人課税等に関し講ずべき措置を定めるものとする」というものです。一目瞭然で、格差是正、経済成長の双方を柱とする旨が示されています。しかし、この両者はトレードオフの関係にある、とまでは言い切れないまでも、両立できない部分があります。「二兎を追う者は一兎をも得ず」ということになりかねません。そこで、どちらを軸にするかが問われることとなりますが、衆法4号は格差是正のほうに重きを置いているように読めます。
さて、中身に入りましょう。上で引用した第2条は消費税に関する規定です。「社会保障の安定財源の確保等を図る税制の抜本的な改革を行うための消費税法の一部を改正する等の法律」(以下、税制抜本改革消費税法)の「一部改正」で、税制抜本改革消費税法の附則第1条第2号には、現行の消費税率6.3%を7.8%に引き上げる規定の施行期日を平成27年10月1日から平成29年4月1日に遅らせることが示されています。また、税制抜本改革消費税法の附則に第18条の2を追加し、消費税率を7.8%に引き上げる日までに「国会議員の定数削減並びに国家公務員の総人件費改革、各府省が所掌する事務及び事業の見直し並びに国の不要な資産の売却等その他の行政改革を図るための必要な措置を講ずるものとする」ことを要請する旨が定められています。
消費税の税率引き上げを延期するのであれば、地方消費税の税率も延期しなければなりません。また、税制抜本改革消費税法は国税に関する法律であり、地方消費税については別の法律が定めています。そればかりでなく、消費税は地方交付税の財源の一つですので、消費税率の引き上げを延期すれば地方交付税にも影響が出ます。そのために、衆法4号の第3条は「社会保障の安定財源の確保等を図る税制の抜本的な改革を行うための地方税法及び地方交付税法の一部を改正する法律」(以下、税制抜本改革地方税法)の「一部改正」を定めています。かなり長く、わかりにくいかもしれませんが、要綱の第三も参照しつつ、主な内容のみを記すと次の通りです。
・現行の地方消費税率1.7%(消費税率換算)を2.2%(やはり消費税率換算)に引き上げる規定(税制抜本改革地方税法附則第1条第2号)を改正し、施行日を平成27年10月1日から平成29年4月1日に延期する。
・税制抜本改革地方税法の附則にある現行の第19条を第18条に移し、新たに第19条として「国は、一部施行日までに、国会議員の定数削減並びに国家公務員の総人件費改革、各府省が所掌する事務及び事業の見直し並びに国の不要な資産の売却等その他の行政改革を図るための必要な措置を講ずるものとする」という規定を置く。
税制抜本改革消費税法および税制抜本改革地方税法が制定されたのは野田内閣時代で、言うまでもなく、社会保障と税の一体改革の産物でした。当初、この改革は消費税・地方消費税の税率引き上げのみならず、所得税や相続税などにも手を広げて名実ともに日本の税制を抜本的に改めることを目指したものであり、また、消費税・地方消費税を社会保障のための特定財源化または目的税化することを目論んでいました。しかし、三党合意で消費税・地方消費税の税率引き上げに矮小化され、その引き上げ分の税収を社会保障以外の分野(主に公共事業)にも使用することができるようにされたのです。そこで、衆法4号の第4条は「消費税法の一部改正」の見出しの下に、消費税法第1項第2項にある「経費に」を「経費にのみ」と改めることを規定しました。衆法4号の第5条も同様で、「地方税法の一部改正」の見出しの下、地方税法第72条の116にある「経費に」を「経費にのみ」と改めることを規定しました。これらは、要綱の説明を借りるならば「消費税の収入については、地方交付税法に定めるところによるほか、毎年度、制度として確立された年金、医療及び介護の社会保障給付並びに少子化に対処するための施策に要する経費にのみ充てるものであることを明確にすること」(要綱第四)、「引上げ分の地方消費税の収入(市町村交付金を含む。)について、制度として確立された年金、医療及び介護の社会保障給付並びに少子化に対処するための施策に要する経費その他社会保障施策に要する経費にのみ充てるものであることを明確にすること」(要綱第五)という趣旨によるものです。
以上の他に、地方税制では自動車関連の諸税目の意義が問題となっています。軽自動車税も論議の対象となりました。衆法4号では軽自動車税の標準税率引き上げを廃止する、自動車取得税を廃止する、などの旨が示されています。
消費税・地方消費税や自動車関連諸税目と比較すれば具体性に欠けることは否めませんが、衆法4号の第7条ないし第10条は、今後の税制の在り方につながる重要な規定であると評価することはできるでしょう。以下に紹介しておきます。
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(個人所得課税及び資産課税に関する措置)
第七条 政府は、国民の勤労及び資産の形成の意欲を著しく阻害することのないよう配慮しつつ、経済的格差の固定化の防止、税負担の公平性等の観点から、個人所得課税及び資産課税の改革について早急に検討を加え、その結果に基づいて必要な法制上の措置を講ずるものとする。
(法人の実効税率の引下げ等に関する検討)
第八条 政府は、所得税法等の一部を改正する法律(平成二十六年法律第十号)第十四条の規定による復興特別法人税の指定期間の短縮に係る政策的な効果を検証した上で、雇用及び国内投資の拡大の観点から、法人の実効税率の引下げ、社会保険料に係る事業主の負担の在り方等について検討を行うものとする。
(消費税の逆進性を緩和するための施策に関する措置)
第九条 政府は、消費税(地方消費税を含む。以下この条、次条及び第十一条において同じ。)の逆進性(所得の少ない世帯ほど、家計において消費税として支出する額の所得の額に対する割合が高くなる傾向にあることをいう。)を緩和する観点から、税制抜本改革法第七条第一号イの給付付き税額控除の導入について検討を加えた上で、必要に応じ、併せて同号イの総合合算制度、同号ロの複数税率等の施策の導入について検討を加え、その結果に基づき、税制抜本改革法第三条の規定の施行の日までに、必要な法制上の措置その他の措置を講ずることにより、消費税率(地方消費税率を含む。第十一条において同じ。)の引上げの円滑な実施を確保するものとする。
(医療、介護等に係る消費税の課税の在り方に関する措置)
第十条 政府は、医療、介護等に係る消費税の課税の在り方について、平成二十九年三月三十一日までに検討を加え、その結果に基づき、速やかに必要な法制上の措置その他の措置を講ずるものとする。
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まだ衆議院における審査・審議状況を細かく読んでいないので、詳しい分析は別の機会に行いたいと考えておりますが、とくに第7条および第8条については、提案者、賛成会派が何らかの分析を既に行っているのか、いかなる方向性なり展望なりを持っているのかが気になります。以上のような法律案を提出する以上、現行の所得税法や法人税法などが抱える欠陥、短所などは多少とも意識されているはずです。法人税の税率引き下げがどのような効果をもたらすのか、たとえば、引き下げによって国際競争力の向上がどの程度実現されうるのか、などの検証は「みんなでこれから行う」のではなく「こちらは既にこれだけのものを行っている。少なくとも●●の部分についてはこちらの検証に異論はあるまい」というのが、提案時の状態であるべきでしょう。所得税制についても同様で、金融資産課税のあり方など、問題は山積していますから、いかなる所得税制の像がありうるのか、端的であっても衆法4号で示されたほうが望ましかった、と言えます。