ひろば 川崎高津公法研究室別室

川崎から、徒然なるままに。 行政法、租税法、財政法、政治、経済、鉄道などを論じ、ジャズ、クラシック、街歩きを愛する。

あれから20年

2015年03月21日 21時51分33秒 | 日記・エッセイ・コラム

 今年は2015(平成27)年ですが、二つの大事件から20年を迎える年でもあります。

 一つは、1995(平成7)年1月17日の阪神・淡路大震災です。この時、私は修士課程に在学中でしたが、朝、起きてからテレビのスイッチを入れてみたら、東京のどこの局も大災害の様子を伝えていました。一瞬、どこの話なのかがわからず、神戸市を筆頭とする兵庫県の被害の状況には言葉を失いました。およそ2年後、就職のために大分へ向かう途中、神戸市に寄りましたが(車を運転していたためです)、東海道線の住吉駅から六甲アイランドへ向かう六甲ライナーの南魚崎駅付近に仮設住宅が並んでいたのを、今でも覚えています。

 もう一つは、1995年3月20日の地下鉄サリン事件です。たしか、この年の3月20日は月曜日でした。平日、ラッシュ時にこの事件です。このニュースも,最初は何だかわからなかったくらいですが、日比谷線、丸ノ内線、千代田線が事件の舞台であったことから、霞ヶ関駅を狙ったことはすぐにわかりました。この三線が集まり、乗り換えができる駅が霞ヶ関しかないためです。私は、大学院生時代にも東急田園都市線と営団(現在は東京メトロ)半蔵門線を利用していましたので、戦慄を覚えました。この事件のため、東京都内などの駅からゴミ箱などが撤去されました。今でも東急線の駅には、基本的にゴミ箱がありません(自動販売機のそばの缶やペットボトル用のゴミ箱はありますが)。

 そう言えば、3月20日は、福岡沖玄界地震からちょうど10年という日でもあります。2005(平成17)年の3月20日、午前10時53分にこの地震が起こりました。ちょうど、うちでテレビ朝日の「サンデー・プロジェクト」を見ており、速報が入ったことを覚えています。

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