シカゴは6~7月にかけてのヨーロッパ・ツアーを無事に終了しました。
今回はジミー・パンコウ、ウォルター・パラザイダーは帯同せず、ニック・レーン、レイ・ハーマンが参加。
そして7月31日からは
これまた往年のベテラン・バンドREOスピード・ワゴンとのジョイント・ツアーを全米で敢行。
シカゴはビーチ・ボーイズ、EW&F,アメリカ、ヒューイ・ルイス&ザ・ニュース、ドゥービー・ブラザースなどとのジョイント・ツアーは過去にありましたが今回の取り合わせも嬉しいですね。
まずはREOのステージ、その後シカゴが登場、最後はお互いの代表曲各3曲計6曲を合同演奏。
REOにブラス・セクションが吹き荒れるという贅沢な内容。
シカゴも「36」から「NOW」を披露したそうです(シカゴ・ナヴィ参照THANKS!)。
私はREOがブレイクする前からのファンで「ツナ・フィッシュ」は今でもフェバリット・アルバムです。
彼らもシカゴ同様にバラード・バンドのイメージが強いですが(実際、その路線で人気に火が付きました)もともとは古き良き伝統的な正統派アメリカン・ハード・ロック・バンドでした。シカゴと同じ1967年結成。
1970年のデビューから過酷なツアーを年間にわたってこなしながらも、数多くのアルバムを発表。しかしアルバム、シングルともにチャートをにぎわす事はほとんどなく1ローカル・バンドのくくりに位置づけられる程度に甘んじていたのです。
幾度のメンバー・チェンジ、または出戻り(!?)を繰り返しつつもいつか訪れるであろう、輝きしき成功の日を夢見てロードに励んでいた矢先、遂に訪れたターニング・ポイントが1981年のこと。
初のベスト・セラー・アルバム「禁じられた夜」、そしてそこからカットされたシングルも立て続けに大ヒット。遂に彼らの時代到来です。
その波に乗って初来日公演も同年9月に早くも実現。私は最終日の東京新宿厚生年金会館大ホール30日コンサートを堪能しました。
長年の苦労が報いられて遂に花開いたばかりの彼ら。やっと時代が微笑んでくれた瞬間を目撃でき、心から「良かったなあ・・・頑張ってきたもんねえ」とつくづく思ったものです。苦節14年・・・・・。まさに「継続は力なり!」を身をもって実証した感ありですね。
惜しみない拍手を浴びていた彼らも初めて体験する日本のステージに大満足している様子。
写真はパンフレットに書いてもらった黄金期のメンバー全員直筆サイン。そして弦楽器奏者3人のピック。実際にライブで使用していたものなので磨り減っています。私がサイン、ピックをゲットした経験はこれが初めてなので震えがくるほど超感動ものでした。
リード・ギターの巨漢ゲイリー・リッチラース(現在は脱退)、ボーカルとサイド・ギターのケヴィン・クローニン(この人が出戻り)、当時は一番新しいメンバーでもあったナイスガイ・ベースのブルース・ホール。
ケヴィンは名前が示すとおり本当に「苦労人」です。ちなみに結成当初からの唯一のオリジナル・メンバーはキーボード紳士ニール・ドーティただひとり。彼がバンド名の発案者です。