世界一周タビスト、かじえいせいの『旅が人生の大切なことを教えてくれた』 

世界一周、2度の離婚、事業の失敗、大地震を乗り越え、コロナ禍でもしぶとく生き抜く『老春時代』の処世術

旅して暮らす目的は?

2018年08月27日 | 100の力
旅においては、

名所旧跡、絶景などの観光スポットを訪れつつ、

地元の人たちを交わり、

美味しいものを食べ、

うまいお酒を飲む。


時には、

地元の人の家に招待される。

そして、交流を深める。


あるいは、

マリンスポーツやトレッキング、

スキー、乗馬などのアクティビティを行ったり、

音楽や民俗芸能を堪能する。


もしくは

博物館や美術館を訪れ造詣を深める。


そうした中で、

相手を知り、自分を成長させ

新しい自分を発見していく。


そのプロセスを経て、

自分自身を創造する。



Not only find myself, but create myself.


そしてその先にある究極の旅の形とは。

それは、

「貢献の旅」


出逢う人の力になりたい、支えになりたい。

そう思うようになる。


それも、

ただ単にお金をばらまくのではなく

智慧を配りたい。


生き甲斐、やりがいを見つけ、

貧困を少しでもなくし、

平和な世界に近づける。


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ふと思うことがある。

「多文化共生」は本当にできるのか?


日本人同士でも

多様性を認めあうことは難しい。


個人はもとより、

男女間の価値観、

世代間の価値観の違いの溝は埋められるのか。


単なる個性で片づけられないものがある。



ましてや、外国人に至ってはどうか。


「日本の常識は、世界の非常識」とまで言われる。


言葉の違い、

文化しきたりの違い、

食べ物の違い、

肌の色の違い、


その他、

体格、におい、表情、しぐさ(ジェスチャー)

言葉使いのニュアンス(ユーモアの観点)、

怒る、笑う、泣くポイントの違いなどなど

様々な違いがある。


それらをすべて受け入れ、

認めることができるのか。


また、

相手だけではなく、

自分のことも認めてもらわなければならない。


いる国にもよってどちらを優先するか変わってくる。

日本なのか、相手の国なのか、

あるいは第三国なのかでそれぞれの立場が違ってくる。


自分だけ、相手だけが歩み寄るのではなく、

共に妥協点を見つけることが大事なのではないか。

どちらか一方が我慢するようでは成り立たない。


それを拒むと

紛争や戦争に発展しかねない。


とくに、

こと宗教の問題になってくると、

ややこしい。


お互いの立場を尊重し、

敬うことを忘れてはならない。


それができれば、

争いにはならないはずだが。



【追記】

もはや移民の受け入れは避けて通れない道だ。


ヨーロッパの各国でも、

大きな問題となっている。


一人一人がどう対処するのか、

心構えをきちんと持っていなければ

様々なトラブルを引き起こすことになるだろう。


日本だけにいては

気づかないことが、

旅によっていろいろと考えさせらるようになる。


選択肢も増えていくだろう。

答えは一つだけではないのだから。

いや、

正解などないのだから。


人間としてどうなのか。

アイデンティティはどうなのか。


ナショナリズムに走ろうという世界の流れは

どこへ向かうのか。


我々は、

どこへ向かおうとしているのか。


とにかく、

争いだけは避けなければならない。
























8月26日(日)のつぶやき

2018年08月27日 | ライフスタイル