世界一周タビスト、かじえいせいの『旅が人生の大切なことを教えてくれた』 

世界一周、2度の離婚、事業の失敗、大地震を乗り越え、コロナ禍でもしぶとく生き抜く『老春時代』の処世術

経営者の胸の内

2012年01月16日 | 苦境
最近


苦しみネタが多いけど


大丈夫か?



というお言葉を


数人の人からいただいた。






大丈夫ではないようだけど、


とも。








そうかもしれないし、



そうでないかもしれない。






Nobody knows.



Who knows?






ご心配をおかけして


申し訳ない気持ちと、





心配してくださる方がいらっしゃるのだという



嬉しさと


感謝の気持ちが湧き上る。









ただ


これだけは



言える。






経営者は




孤独だ。







孤独を恐れていては



経営者たる資格はない。






むしろ



自ら進んで


孤独を受け入れ



孤独を楽しむすべを知ることこそが





経営者の資質であり、





ひいては


人生の極意となる。







だから




どんな状況においても





悩みや苦しみは


尽きないのだ。







悩むこと、



苦しむことは




経営者に与えられた



試練であり




ある意味


特権なのかもしれない。






悩み、苦しみのない経営者が


どれほどいるだろう。










そして



その悩みや苦しみに耐えかね


潰れていく経営者もいれば、






そのたびに乗り越えて




さらに成長するものもいる。







誰しも後者を望む。







ならば



そのためには


どうしなければならないか。










まず


あるがままを受け入れる


ことだろう。





くよくよしない、



じたばたしない、


ダラダラしない、




自暴自棄にならない。






自制心を失ってはならない。



自生しなければならない。








悩み、苦しむということは



「考える」
 ということである。



「学ぶ」 ことである。







ボクは



主に





自然の中で考え、



自然から学んできた






自然から


知恵とエネルギーをもらってきた。








自然の中で



一人静かに佇む。






座禅を組む。




ひたすら


無に近づく。





あるがままを



無心で受け入れる。





ただ



それだけのことだ。







心を無にすることは





考えることとは



相矛盾するようだが





これこそが極意なのだ。







無になることで







この苦しみを受け入れ




苦しみを極める中で





苦しみさえ


楽しめれるようになる。











また、




こうして


人にはあまり見せたくない



心の内を



吐露することで




自分自身


正直で、




素直
な気持ちになることができる。




心にけじめをつけることができるのかもしれない。







誰しも



弱みは見せたくないものだ。






ひたすら


胸の内に仕舞い込み、





我慢する。






とくに


嫌なところ、


欠点、




短所、



見苦しい様、など。








壁を作り、



自分を見せようとしない人が多い。



隠そうとする人が多い。







なかなか



心を開こうとしない。




心を許そうとしない。











それができる




家族や


友がいないのかもしれない。







中には



カウンセラーや



コンサルタントの


コーティングを受けるかもしれない。






巷のセミナーに


足しげく通う人もいる。







だが



そうしたことが


功を奏することは少ないようだ。






最悪



心を病んで、




病院や


薬に頼ることになる。









その点



自然は正直だ。





自然に語りかけ、



自分を見つめ、





何らかの示唆を受ける。



感じ取る


といってもよいだろう。







都会の雑踏や


ビルの狭い一室を抜け出し






海や


山、



森や




草原の中に





身を置くだけで





癒され


治癒されていく。










だからといって






自然は


悩みや苦しみに



答えを与えてはくれない。







人間の悩みの多くは



お金や


ビジネス、



家族、


人間関係、




健康の問題がほとんどだから。










自然はただ



そうした悩みや苦しみを




希釈し、





時には



消し去ってくれる。






その過程で



あくまで



自らの力で




いわゆる


「自然治癒力」を持って



乗り越えていかなければならない。







それが



経営者というものなのだ。








【追記】



英語の



Solution (名詞)


Solve (動詞)



には



解決する


答えを出す




という意味があるが




溶かす、



溶解する




和らげる(solvent)





といった意味もある。







悩みや苦しみには




必ずしも



答えを探し、



答えを出す必要はない。







溶かして


和らげるか


消し去ればいいだけのことだ。

酒と女とギターと  ある起業家ミュージシャンの生き様

2012年01月15日 | 人生
33年来の友人である。




彼は福岡に住んでいる。



33年前、


ボクが阿蘇でペンションを始めた時、




かれは


フラ~ッとやってきた。





片手にはギターケース、



もう一方の手には


飲みかけのウィスキーのボトルが。





そして


後ろには



若い女性が恥ずかしそうに



うつむき加減で立っていた。







それ以来


ボクの知るところでは



かれは




4つの会社を興し、



4人の女性と結婚した。





そして







4つの会社と、



4人の女性を手放し





酒も断った。






ただ、



ギターと歌だけは




いつも


彼のもとにあった。







そして今、



かれは


過去を想う。








生まれ故郷



佐世保を訪ね、





前妻(たぶん最初の)との間に生まれた


息子と娘の二人の子供の所在を知る。




ともに美容師として働いていた。





何を今更と


拒まれることを承知で




勇気を絞って


会いに行った。






快く迎えてくれた息子から



娘が半年前に渡米したと聞く。






彼は


息子から教えてもらった住所を頼りに




娘のいるロスへ飛んだ。




















話を33年前に戻そう。





当時彼は


某大手住宅会社に勤めていた。





優秀な営業マンだった。



当時


数年付き合った若い女性とは



結局結ばれることはなかった。




彼には

すでに妻子がいたのだ。









その後



しばらく




音信が途絶えた。








アル中で


療養施設に入っていた。






しばらくして


かれは



立派に更生して



不動産業を始める。




そのころ


3度目の結婚。






同時に


司法書士の資格も取る。





そして



会社を興し


事務所を開設する。





一流ホテルで派手なパーティを開き


自ら企画したコンサートで歌いまくった。




飛ぶ鳥を落とす勢いだった。








ところが


ある日出社すると





取締役会で


社長を解任される羽目に。






だが

かれは




挫けなかった。




若い女性社員を引き連れ





再び


会社を興す。





その女性と結婚。





東京にも進出、





全国を飛び回り、



同時に


ライブハウスを中心に歌手活動を続ける。











そして



去年、




サラ金法の改正と



3・11の震災で





再び、



会社を追われ




4度目の離婚。







彼はひとり


故郷を訪ねたのだ。











いま、



子供を想う。






ロスに渡った娘と16年ぶりに再会する。






渡米の折


頼んだ業者に騙され、





つたない英語で


苦労をしているという。







娘を何とか助けたいと



かれは


言う。





今までの付けを払うつもりだと



漏らした。







だが


彼も海外経験は少ない。





ボクは


危うさを感じた。









無職、



一人身、




忍び寄る歳、




郷愁に浸る気持ちは


嫌というほど分かる。









「もう一花咲かせろよ」


と彼に言った。






あとは




「ボクでよかったら


力になるよ」



って答えるのが精いっぱいだった。







そう言いながら


返す刀で





自分に



その余力があるのかと



問いかけてみた。








明日は



わが身



を想いつつ。

子育ての秘訣

2012年01月14日 | 教育
最近


母子家庭の多いことに驚かされる。




両親がそろっていても


事実上



母子家庭になっている家族も多いように思う。





あるいは



仕事や


親の趣味、都合で




子供をほったらかしにしているような



光景も多々見受けられる。







親が大人になりきれていない状況にも



遭遇することがよくある。





そして今日も、


悩める親から



相談の電話を受けた。





親も子も


不幸である。






そして


決まってつぶやく。



「子育てを


失敗した」 と。









ボクの子育て経験 (失敗、後悔も含めて) から


こういう風に子供と接したらいいのに




ということを考えてみた。







============================================


できるだけ


そばに寄り添うこと。




子供を保育園や、



親に預けっぱなしにしない。







できるだけ多くの


体験をさせること。




子供が自分からやりたいといったことは



基本的に


やらせる。





場数を踏ませる。






手を貸さないで



耳を貸すこと。




子供の話をよく聞く。




目を見て話す、聞く。






子供の目線、



つまり、



しゃがんで聞く。








否定しないこと。


認めること。



受け入れること。



任せること。




責任を取らせること。






お金を容易に与えないこと。



お手伝いをしたら



報酬として


お小遣いを与えるようにして



お金は


労働の対価として


生まれることを分からせること。





あるいは、


人の役に立った時 (お手伝いなど) に、



収入が発生することを教える。






食べ物のありがたみを教えること。


残さず食べる習慣をつける。



いただきます、


ご馳走様を必ずいう。





食べた後の


片づけをさせる。




人のありがたみを教えること。




挨拶を忘れない。




おはようから


おやすみまで。






基本的に、


ほめて育てること。





ありがとうを連発する。







テレビを


だらだら見せたり、



ゲームを

やらせぱっぱなしにしない。




おもちゃで遊んだら


片づけることを教える。





親が読書する姿を見せる。




読み聞かせをする。




日本語と英語と両方の



絵本をそろえる。






叱るときも


決して怒鳴らない。





静かに語るように



言って聞かせる。




などなど。









まだまだあるが



こうしてみると



子供への接し方は



大人になってからも



同じことが言えはしないか。






つまり



これらはみんな




子供だけに限らず





人間関係、



コミュニケーションの基本




ではないだろうか。






ようは




子供も



大人と同じように



一人の人間として



人格を認め、



尊重することが




大切なのではないだろうか、





と感じた。






「笑顔で



褒める、



感謝する」






これだけは



忘れたくない。





下には



参考文献を上げておきます。







中には



子供は叱って育てよ、



とか



徹底的に教え込め




とかいった


内容や考え方を




お持ちの諸氏もおられる。





人それぞれ、



個性もある。




子育てに



万人に共通する


法則はない。







だから


全く否定するものではないが




褒めてばかりもいけないし




けじめと


タイミング
がポイントだと思う。






子供は



30になっても、



40にになっても





親から見れば



やはり子供であって




可愛いものである。






仕事もしないで



パラサイト化している大人、





あるいは




心の病を持つ大人も多く見受けられる昨今。






そしてまた


年老いた母の叫びが



空しく響いた。




「子供の育て方を



間違えました」 と。





後の祭りにならないように。








子育て、



しつけは




おなかの中に



生を宿った瞬間から



始まっている。






子育ては


自分育て。







子を見て


親も育つ。







いくつになっても



親の姿は


子供の鏡なのだ。





親は


『愛』





子は



『孝』




を忘れてはいけない。


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1月13日(金)のつぶやき→「どんなに苦しくても、夢だけは追い続ける」

2012年01月14日 | 結婚
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どんなに苦しくても、夢だけは追い続ける goo.gl/w81UV

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日本の温泉旅館も連泊を前提に! - Chikirinの日記 (id:Chikirin / @InsideCHIKIRIN) d.hatena.ne.jp/Chikirin/20120…

14:50 from Hatena
熊本県阿蘇の「ドゥリーミン カントリー・インAso」です。ご指摘の通り、選べるホテルです。部屋にキッチンがフル装備でついているので、長期滞在にはもってこいです。dreamin.ftw.jp で詳細をご覧いただけます htn.to/6o843A

by asaykaji on Twitter

どんなに苦しくても夢だけは追い続ける

2012年01月13日 | 苦境
苦しい。



収入がないのだから。



支払いは刻々と迫る。




預金もついに底が見えてきた。






このままだと


早晩行き詰る。






もちろん


手をこまねいているわけではない。





何とか切り抜ける手立てがないわけではない。







夢を見た。





海面へ向かって下降する


飛行機の操縦桿を必死で引き上げている




機長の姿があった。





たぶん



自分のようだ。






海面すれすれでもいい、


何とか機首が上向いてくれればと




必死の形相で頑張っている。







同時に


海面に突っ込んだ時の



脱出方法を考える。





だが



突っ込む1ミリでも



機体が浮いている以上



諦めはしない。












なぜこれほどまでに



不安が襲うのか。





それは


「もし・・・・・・」



と考えるからだ。






もし


水面に激突したら



機体は壊れる。





自分も死ぬかもしれない。



死ななくても



大けがをするだろう。




その場合、


機体から脱出できるのだろうか。





仮に脱出できたとしても


泳ぎ切れるのだろうか。






タイタニックを連想する。






無事生還できても


賠償責任が生じる。




今度は



負債地獄が待っている。





どっちに転んでも


悲惨な人生が待つだけだ。








などなど



まだ


起きてもいない状況を





しかも



最悪の状況ばかりを



つい考えてしまう。







そして


その亡霊にとりつかれ




不安のスパイラルへと



自らを招いていく。







妄想が


精神さえも蝕み、





体力を奪う。











そんなことを考えず、





とにかく今は


機体を起こすことに




全身全霊を捧げれば




この危機を脱出できるかもしれないのだ。







歯を食いしばり、



渾身の力を注ぐ。






火事場の馬鹿力とは



自分が思う限界を超えた




超常現象的エネルギーだ。






今は



それに賭けてみるしかない。






生き延びる希望を失ってはいけない。





そして



生き延びた後の



夢を




妄想するのだ。







絶対に


切り抜けてやる。





そして


その先には




信じられない



バラ色の光景が広がっている。







妄想しろ。




笑え。





苦しいときほど



笑え。






歯が砕けんばかりに


食いしばれ。








生き抜く。



夢を捨てない、



諦めない。








また


必ず




大空へ向かって


飛び続けるのだ。







オレは



できる。






オレなら




できる。






オレしか




できない。






オレだから



必ず



できる。







やってみせる。





やらねばならない。






ナニクソ!




コンチクショウ!






どんなに苦しくたって



夢を希望だけは



失うまい。






自分の最高の姿を



描こう。






脳に刻み込め。






自分を信じろ。



自分の脳を信じろ。





描いた姿に


脳が導いてくれる。





もしも


神がいるなら、




自分の脳にこそ宿っている。








実現するまで


夢をあきらめない。





実現するまで


何としてでも




生き延びてやる。








目が覚めた。

フリートークは面白いイベントがいっぱい!

2012年01月12日 | 仕事
「フリートーク」って


英会話スクール?




いいえ、違います、


カフェ(喫茶店です)。





「フリートーク」には



英語が喋れないといけないの?




いえ、いえ、


日本語だけでもOKですよ。




ただ、


ちょっとだけ、



英語に関心があって、


英語が喋れたらいいなー、とか


外国に興味があれば




それだけで十分です。






無理してしゃべらなくてもいいんです。



ただ、そこに座って



雰囲気を楽しんで



静かに浸っているだけでもいいんです。





心の安らぎを求めにやってくる人も


いっぱいいらっしゃいます。




なんてったって


「フリートーク」



都会のオアシスですから。



=======================================



International & Community Cafe



として


「フリートーク」では


様々なイベントを行っています。






今あるものだけでも


英語読書会(月2)


英会話ドラマ作り(月1)


マリアの英語の歌を唄おう会
(月2)


English Speech 道場(月1)


実践英会話勉強会(週1)


英語でしゃべり隊(ナルくん主宰)(月1)


夢実塾(月1)


コーヒー講座(ヒロ)(月2)


ほめ方教室(コミュニケーション講座) (月1)


考えるって刺激的(ナルくん主宰)(月1)



IT塾 (ナルくん主宰)



などなど。





そして


月1パーティは


BBQパーティ

合コンパーティetc.





季節には



ハロウィンパーティや


クリスマスパーティ
なども。




さらに



夏には


英会話合宿



阿蘇・西原村のドゥリーミン カントリーで開催しています。






その他



英会話の勉強の仕方

カウンセリング & コーティング




人生相談

瞑想教室(Meditation)







ジャンルにとらわれず


カルチャーセンター的意味合いも兼ねて





いろんなイベントが盛りだくさんです。





今後は


海外でのビジネスの起しかた



ベトナム、カンボジア視察ツアー



アメリカホームステイ体験ルアー





などなど、


ドンドン海外へも飛び出して



活動を広げていきます。









広報手段としては



フライヤー(ちらし)を作ったり、




このブログや


facebook 上でその都度発表していますが、




オフィシャル・ウェブサイト



制作検討中です。






また



「フリートーク」


コミュニティ・スペースとして



誰にでも開かれた空間です。





皆さんのアイデアで


パーティやセミナー、


ミーティング、


お茶会
などなど




いろんな形でご利用できます。




皆さんの企画をご提案ください。







「フリートーク」のモットーは



"What can we do for you?"


を合言葉に




楽しく、明るく、面白 です。






そして



みんなが



happy になることを目指します。






英会話


そのための必須アイテムなのです。




世界中の人たちと



繋がって友達になり



世界を笑顔と平和にするための





強力な

言語のコミュニケーションツールなのです。








マリアの歌声が聞こえます。



「フリートーク」



毎日が



イベント&パーティなのです。




まるで


ディズニーランドのよう。






さあ、



今日も



「フリートーク」は元気いっぱい



活動しています。




そして


皆さんとお会いできることを楽しみに頑張っています。



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ネイティブなら子どものときに身につける 英会話なるほどフレーズ100―誰もここまで教えてくれなかった使える裏技
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アルク

行き詰った時、どうするか

2012年01月11日 | 苦境
「ピンチはチャンス」


とか言われる。




だが


それは


後から振り返ってみた時に言えることであって



ピンチの真っただ中にいて、


これはチャンスだ、なんて





なかなか思えない。







今、


資金繰りに苦しんでいる。




このままだと


破産だ。





金策に走る。




当然の行動だろう。





しかし


当面の苦境は逃れても



所詮、


一時凌ぎにすぎない。





根本的原因を解決しなければ


すぐにまた



行き詰る。





根本的原因とは、



売り上げを伸ばし、


利益を上げること





これが事業の鉄則だ。





薄利多売で



売り上げを確保しても


利益が出なければ


同じことだ。





ただ


忙しいだけで


徒労に終わることは目に見えている。





基本は


利益を上げること、だ。






今までのやり方では


客足が激減したわけだから、




やり方を変えなければならない。





値下げはもっとも簡単なやり方だが、


先ほど述べたように



利益を圧迫し、


かえって自分の首を絞めることになりかねない。





サービスを強化する、ことも考えられる。




システムを変えることだってできる。




どれも


即効性はないものが多いから




持ちこたえる


忍耐が要求される。




なにくそ



という負けん気だ。






そうして


もがき苦しむことが




新たな展開を生む元になることがある。





それゆえに


ピンチがチャンスにもなるのだ。




ただ


それは



結果論にすぎない。






ピンチの時は


やはり



どうもがいても



ピンチであることに代わりはない。






折れないよう


ただ踏ん張り続けるしかない。




その中で


その苦しみの中で




救いの一手を見出すしかないのだ。





それが


事業であり、




人生なのだから。









【追記】



土俵際の粘り腰。



これが



サバイバル力だ。





だが


もし、



それでも



土俵を割ったら、



どうするか。






鍛えなおし、



次の勝負に賭けるか。







その時



鍛えなおす


余力、



気力は残っているか。





はたして


次の勝負に臨めるのか。




巻き返しができるのだろうか。







ピンチはチャンス







いくら言い聞かせても




ピンチの最中にあっては


どうしても




弱気が頭をもたげてくる。







相田みつお風に



人間だもの


と言ってしまえば



それまでだ。





ひとは




往々にして


弱者の論理、



負けの構造にひかれる。




人とは


弱いものだ。








だが



諦めてはいけない。


Be strong!



There is surely a way,





強くなれ、


道は必ずあるものだ。







泣き言は言うまい、


愚痴はこぼすまい、




ましてや


人のせいにはするものではない。






死ぬまでは



生き続けることに



必死であれ。





【追記²】


人の真価が問われるのは



順調な時ではない。




ピンチに立たされた時こそ


その人の


真価が試される。





そして


今、



まさに


真価が試されようとしている。

一人の時間

2012年01月10日 | 結婚
久しぶりに


海溝の深淵に落ち込んだように


眠ってしまった。




目覚ましをかけず


自然に目覚めを迎えた時、




とろけるような全身の虚脱化が


また好きだ。





布団の温もりからなかなか抜け出せずに



そのまま微睡(まどろみ)に体を委ねる。





再び目が覚めたとき



あっという間に


一時間が過ぎていた。





新しい年をむえた


緊張感が



一瞬にして解(ほど)けてしまった。






ベッドの温もりを抱えたまま



熱めのシャワーを浴びる。





一気に


全身が覚醒する。











そういえば



昨日は




街のいたるところで


着物を着たたくさんの若者を見たし




結婚披露宴にも行ったっけ。












今朝の目覚めで




お祭りのような


非日常の連続の中から




ふと現実に引き戻された。





そこへ


この虚脱感だ。





それは


孤独や寂寥感とともに




さわやかな解放感を伴っている。






人の気持ちとは


我儘なものだ。





多くの人といる時は



一人になりたいと思うし




いざ


一人っきりになると



妙に人恋しくなる。






だが


雑踏の街から


半時間余りで



一人自然の中に身を置ける立場を思えば




この上なく贅沢なのだろう。







いま、


一人の時間を持つことすら


難しい世の中になっている。






同居人がいると


寂しさはまぎれても





時に鬱陶(うっとう)しくもなる。






一人になれる空間は



トイレとお風呂だけという方もおられよう。





だから勢い


その時間が長くなる。





それでも


ささやかな解放感を味わっていると



「いつまで入ってんの」


などと


急かされる始末。









時に


一人でいるより



二人でいる時のほうが


寂しさを感じるのは



なぜだろう。






大勢の人に囲まれているとき





時に


フッ~と孤独感に陥ることがあるのは



なぜだろう。







都会の中で


雑踏と喧噪が




自分の周りから



スーッと消えていく瞬間がある。





まるで


写真の中で




自分以外のものに


暈(ぼか)しが入っているような。






逆に


自然の中に



一人ぽつんといる時、




草木や


小鳥たちが取り巻いて




一緒に遊んでくれている



情景が鮮やかに浮かんできて




笑顔でいっぱいになる。






そういう時は


決まって




静かなエネルギーが


体の芯から湧き上って来ている




鼓動のようなものを感じる。







そうしてまた



雑踏と喧噪の街へと



帰っていくのだ。

引き受ける力 (頼まれごとは断らない)

2012年01月09日 | 人生
頼まれごとをしたら


基本的に



断らずに


引き受けることにしている。






自分のキャパを超えていると思っても


挑戦することで



新たな可能性を開くことができる。






無理なように思えること


やったことがないことこそ


チャレンジし甲斐があるものだ。






ただ


いったん引き受けたら

いい加減には扱えない。




そこに

責任が生じることは言うまでもないことだ。





真剣に考えれば考えるほど


時間とエネルギーを要する。




悩みの種になる場合も少なくない。





だが


その過程で



自分にも


思わぬ才能があることを発見することがある。




人助けをしたうえで

自分自身も成長できるのだから




お互いに気分がいい。







ところが


困った例もある。



(具体例を書くと


読者の中に思い当たる方が

おられると思うので

ここでは控えることにするが)




頼む側と


頼まれる側に



温度差がある場合に多い。





こちらが


必死で考え、


解決策を示しても、



「なにそれ?」

みたいな顔をされると



がっかりすることもしばしばだ。




逆に

恨みを買うことだってある。



相手の人格を疑いたくなる。







頼む方にも


マナーがあり、


責任がある。





だが


比較的


その責任感は薄いようだ。




頼む側の気安さはあるのかもしれないが


頼まれた側は


至って真剣なのだ。





仕事や人生の効率性を求めれば


「断る」

とか


「捨てる」


とかいった


割り切りがたが注目を集めているようだが




ボクは


『縁』 に重きを置く。



頼まれるのは


何かの縁なのだと思う。





情に流される方でもある。



だから


騙されたり、

失敗することも多い。





しかし

それで学ぶことも多い。



人間の本質に触れることもできる。




けっして


損だとか


無駄だとかとは


感じない。





それ以上に

得るところは大きい。





無駄を省くことは重要だが



案外


無駄だと思うところに


真実が隠れていたりする。





やってみなければ



それが


本当に無駄なのかどうかも分からない。







旅をしていると


結構


無駄や遠廻り的な出来事に多く出くわす。





だが

それが返って



旅を面白くし


潤いを持たせることも多い。





人生の妙も


無駄や


遠回り的なことにあるのではなかろうか。




そして

それが



得てして

頼まれごとの中に存在しているものなのだ。





頼まれるのは


認められている証拠。





門前払いするには


あまりに


もったいない。