こんな義時は観たくなかった………
次の鎌倉殿についての、譲歩案を提示したり、2度の最後通告をしたりして、比企討伐の言い訳(うしろめたさを軽減)を用意したが、比企能員を騙し討ちの形で殺害。さらに、跡目争いの種となるとはいえ、政子の孫の一幡や、自分の甥にあたる頼家の嫁・せつを含む比企一族をせん滅してしまう。
景時討伐の際に、景時から「坂東武者のために立ち上がった。源氏は飾りに過ぎぬ」という兄から受け継いだ信念を再確認させられたが、心の奥底の棚に仕舞っていたような誓いを持ち出された印象。取って付けたような伏線に思えた。頼朝存命で、彼に仕えていた時は、“頼朝第一”主義としか思えなかった。
その信念(大望)の為に、非常に徹したと解釈できるが、やはり、そんな義時は観たくなかった。
せめて、騙し討ちはやめて欲しかった。
比企が「実衣の身も危ない」と嘘をついて、全成に呪詛を掛けさせて、それが、全成の死罪を決定的にした。その報復でもよかった(政権争いとしては、大義名分にはならないが、人間らしい動機だ)
☆迷い悩む義時
・今回の決断に、泰時に疑問を投げかけられ、その疑問そのまま迷っていた義時は「当たり前だ!」と怒鳴る。自分の迷いを断ち切るように。
・政子や比企の出の妻・比奈の心情を思うとつらい
・比企討伐がなった場合、幼き鎌倉殿を補佐する役(実質、御家人のトップ)を時政が担うことになるが……大丈夫なのだろうか?
============================================
【参考】番組サイトの解説「比企能員の乱」
建仁3年(1203)9月2日、源頼家の乳母夫めのと・比企能員が誅殺されました。源頼家が突如病に倒れて危篤となると、幕府は頼家の弟・千幡(のちの源実朝)に「関西三十八カ国の地頭職」、長男・一幡に「関東二十八カ国の地頭」と「惣そう守護職」を分割して譲与する配置を取りました。しかし、能員は「一幡以外に地頭職を与えると北条時政の一族に家督が奪われる」と頼家に訴えて時政追討を許可させ、対決姿勢を鮮明にしたのです。これに対し、政子から急報を受けた時政は、能員が謀反を企てようとしていると断じます。そして御家人たちを招集し、逆に能員を追討して比企家を滅亡させました。これが『吾妻鏡』の描く「比企能員の乱」です。
しかし慈円が著した『愚管抄』には、『吾妻鏡』と異なる記述がいくつも見られ、能員が時政追討を画策したという記述はありません。むしろこの事件を、幼い千幡の擁立を図った北条時政のクーデターであるかのように記されています。
============================================
それはともかく、
この際、“13人の合議制”(9人に減ってしまったが)を利用して、比企を追い落とすか、世継ぎを善哉で採決するかすればよかったのに……
9人の内、時政、義時、和田は北条派、足立遠元もほぼ北条方。大江広元は私欲で動く比企は好かなそう。三善康信、二階堂行政は比企から接待を受けていたが、説得すれば応じそう。八田知家は「どちらにもつかぬ」と言っていたので、棄権か?
となると、合議制では北条有利だったのではないだろうか。
とにかく、非情な比企討伐だった……しかし、そこまでして決着させたのに、頼家が復活してしまった!
……どうする?
【その他の感想】
・一幡(頼家の長男)、善哉(頼家の次男)、千幡(頼家の弟)、三幡(政子の次女・頼家の妹)……名前が紛らわしい
・相変わらず自分本位のりく
・便利屋・八田は、再び祭壇づくり
・復活、若返った「佐々木のじいさん」……頼家を診察した医者(康すおん)は佐々木秀義の孫だった
【追記】
一幡の命
泰時&善児+トウがせつに続いて一幡に手を掛けようとしたところでシーンが終わった。こういうパターンの場合、実は死ななかった……泰時が父の命令に背いて逃がした……となることが多い。
こののち、義時は「一幡は行方知れず」と言っている。
①泰時が一幡殺害を遂行しているが殺害したと言うより、行方不明とした方が風当たりが弱い(政子を怒らせない為でもある)
②泰時は命に背いて一幡を殺害せずに何処かに匿い、義時に「殺害した」と報告。泰時はその事実を知らずに、世間の風当たりを考えて「行方不明」とした(政子を怒らせない為でもある)
③泰時は命に背いて一幡を殺害せずに何処かに匿い、義時に正直にそれを打ち明けた。義時も内心ほっとした。
のケースが考えられる。
頼家に対する家人の気持ち
頼朝の危篤時に似ているせいもあり、頼家は助からないと思い、皆、死ぬものとして(死亡決定として)、臨終出家の儀や死後の段取り(葬儀の準備や朝廷へ代替わりの手続き、世継ぎ争い)に忙しく動く。
せつは途中まで看病していたようだが、一幡を連れて比企に里帰り。その後は「北条対比企」に明け暮れ、放置状態(存在すら忘れ去られていた?)
頼朝の時は、政子と安達盛長が看病や心配していたが、あまりにも寂しい頼家。まあ、バカ息子だったので、仕方がないかも。
第1話「大いなる小競り合い」
第2話「佐殿の腹」
第3話「挙兵は慎重に」
第4話「矢のゆくえ」
第5話「兄との約束」
第6話「悪い知らせ」
第7話「敵か、あるいは」
第8話「いざ、鎌倉」
第9話「決戦前夜」
第10話「根拠なき自信」
第11話「許されざる嘘」
第12話「亀の前事件」
第13話「幼なじみの絆」
第14話「都の義仲」
第15話「足固めの儀式」
第16話「伝説の幕開け」
第17話「助命と宿命」
第18話「壇ノ浦で舞った男」
第19話「果たせぬ凱旋」
第20話「帰ってきた義経」
第21話「仏の眼差し」
第22話「義時の生きる道」
第23話「狩りと獲物」
第24話「変わらぬ人」
第25話「天が望んだ男」
第26話「悲しむ前に」
第27話「鎌倉殿と十三人」
第28話「名刀の主」
第29話「ままならぬ玉」
第30話「全成の確率」
【ストーリー】番組サイトより
源頼家(金子大地)の後継者をめぐり、激しさを増す北条と比企の争い。比企能員(佐藤二朗)はせつ(山谷花純)が産んだ頼家の長男・一幡(相澤壮太)を推し、早々に朝廷の許しを得ようと躍起になるが、大江広元(栗原英雄)らは取り合わない。一方、義時(小栗旬)は比奈(堀田真由)に頼んで比企の動向を探り、三浦義村(山本耕史)にも相談を持ち掛ける。そんな中、政子(小池栄子)のもとに北条時政(坂東彌十郎)、りく(宮沢りえ)らが集まり……
脚本:三谷幸喜
次の鎌倉殿についての、譲歩案を提示したり、2度の最後通告をしたりして、比企討伐の言い訳(うしろめたさを軽減)を用意したが、比企能員を騙し討ちの形で殺害。さらに、跡目争いの種となるとはいえ、政子の孫の一幡や、自分の甥にあたる頼家の嫁・せつを含む比企一族をせん滅してしまう。
景時討伐の際に、景時から「坂東武者のために立ち上がった。源氏は飾りに過ぎぬ」という兄から受け継いだ信念を再確認させられたが、心の奥底の棚に仕舞っていたような誓いを持ち出された印象。取って付けたような伏線に思えた。頼朝存命で、彼に仕えていた時は、“頼朝第一”主義としか思えなかった。
その信念(大望)の為に、非常に徹したと解釈できるが、やはり、そんな義時は観たくなかった。
せめて、騙し討ちはやめて欲しかった。
比企が「実衣の身も危ない」と嘘をついて、全成に呪詛を掛けさせて、それが、全成の死罪を決定的にした。その報復でもよかった(政権争いとしては、大義名分にはならないが、人間らしい動機だ)
☆迷い悩む義時
・今回の決断に、泰時に疑問を投げかけられ、その疑問そのまま迷っていた義時は「当たり前だ!」と怒鳴る。自分の迷いを断ち切るように。
・政子や比企の出の妻・比奈の心情を思うとつらい
・比企討伐がなった場合、幼き鎌倉殿を補佐する役(実質、御家人のトップ)を時政が担うことになるが……大丈夫なのだろうか?
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【参考】番組サイトの解説「比企能員の乱」
建仁3年(1203)9月2日、源頼家の乳母夫めのと・比企能員が誅殺されました。源頼家が突如病に倒れて危篤となると、幕府は頼家の弟・千幡(のちの源実朝)に「関西三十八カ国の地頭職」、長男・一幡に「関東二十八カ国の地頭」と「惣そう守護職」を分割して譲与する配置を取りました。しかし、能員は「一幡以外に地頭職を与えると北条時政の一族に家督が奪われる」と頼家に訴えて時政追討を許可させ、対決姿勢を鮮明にしたのです。これに対し、政子から急報を受けた時政は、能員が謀反を企てようとしていると断じます。そして御家人たちを招集し、逆に能員を追討して比企家を滅亡させました。これが『吾妻鏡』の描く「比企能員の乱」です。
しかし慈円が著した『愚管抄』には、『吾妻鏡』と異なる記述がいくつも見られ、能員が時政追討を画策したという記述はありません。むしろこの事件を、幼い千幡の擁立を図った北条時政のクーデターであるかのように記されています。
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それはともかく、
この際、“13人の合議制”(9人に減ってしまったが)を利用して、比企を追い落とすか、世継ぎを善哉で採決するかすればよかったのに……
9人の内、時政、義時、和田は北条派、足立遠元もほぼ北条方。大江広元は私欲で動く比企は好かなそう。三善康信、二階堂行政は比企から接待を受けていたが、説得すれば応じそう。八田知家は「どちらにもつかぬ」と言っていたので、棄権か?
となると、合議制では北条有利だったのではないだろうか。
とにかく、非情な比企討伐だった……しかし、そこまでして決着させたのに、頼家が復活してしまった!
……どうする?
【その他の感想】
・一幡(頼家の長男)、善哉(頼家の次男)、千幡(頼家の弟)、三幡(政子の次女・頼家の妹)……名前が紛らわしい
・相変わらず自分本位のりく
・便利屋・八田は、再び祭壇づくり
・復活、若返った「佐々木のじいさん」……頼家を診察した医者(康すおん)は佐々木秀義の孫だった
【追記】
一幡の命
泰時&善児+トウがせつに続いて一幡に手を掛けようとしたところでシーンが終わった。こういうパターンの場合、実は死ななかった……泰時が父の命令に背いて逃がした……となることが多い。
こののち、義時は「一幡は行方知れず」と言っている。
①泰時が一幡殺害を遂行しているが殺害したと言うより、行方不明とした方が風当たりが弱い(政子を怒らせない為でもある)
②泰時は命に背いて一幡を殺害せずに何処かに匿い、義時に「殺害した」と報告。泰時はその事実を知らずに、世間の風当たりを考えて「行方不明」とした(政子を怒らせない為でもある)
③泰時は命に背いて一幡を殺害せずに何処かに匿い、義時に正直にそれを打ち明けた。義時も内心ほっとした。
のケースが考えられる。
頼家に対する家人の気持ち
頼朝の危篤時に似ているせいもあり、頼家は助からないと思い、皆、死ぬものとして(死亡決定として)、臨終出家の儀や死後の段取り(葬儀の準備や朝廷へ代替わりの手続き、世継ぎ争い)に忙しく動く。
せつは途中まで看病していたようだが、一幡を連れて比企に里帰り。その後は「北条対比企」に明け暮れ、放置状態(存在すら忘れ去られていた?)
頼朝の時は、政子と安達盛長が看病や心配していたが、あまりにも寂しい頼家。まあ、バカ息子だったので、仕方がないかも。
第1話「大いなる小競り合い」
第2話「佐殿の腹」
第3話「挙兵は慎重に」
第4話「矢のゆくえ」
第5話「兄との約束」
第6話「悪い知らせ」
第7話「敵か、あるいは」
第8話「いざ、鎌倉」
第9話「決戦前夜」
第10話「根拠なき自信」
第11話「許されざる嘘」
第12話「亀の前事件」
第13話「幼なじみの絆」
第14話「都の義仲」
第15話「足固めの儀式」
第16話「伝説の幕開け」
第17話「助命と宿命」
第18話「壇ノ浦で舞った男」
第19話「果たせぬ凱旋」
第20話「帰ってきた義経」
第21話「仏の眼差し」
第22話「義時の生きる道」
第23話「狩りと獲物」
第24話「変わらぬ人」
第25話「天が望んだ男」
第26話「悲しむ前に」
第27話「鎌倉殿と十三人」
第28話「名刀の主」
第29話「ままならぬ玉」
第30話「全成の確率」
【ストーリー】番組サイトより
源頼家(金子大地)の後継者をめぐり、激しさを増す北条と比企の争い。比企能員(佐藤二朗)はせつ(山谷花純)が産んだ頼家の長男・一幡(相澤壮太)を推し、早々に朝廷の許しを得ようと躍起になるが、大江広元(栗原英雄)らは取り合わない。一方、義時(小栗旬)は比奈(堀田真由)に頼んで比企の動向を探り、三浦義村(山本耕史)にも相談を持ち掛ける。そんな中、政子(小池栄子)のもとに北条時政(坂東彌十郎)、りく(宮沢りえ)らが集まり……
脚本:三谷幸喜
比企能員の乱に関しては、『吾妻鏡』と『愚管抄』の違い、つまり、比企が謀反を画策していたか、そうでないかによって、その姿が大きく異なります。(本文の参照記事)
脚本の三谷氏は、『吾妻鏡』を原作にしているとのことですが、この件に関しては、『愚管抄』に近い気がします。
私の理解不足かもしれませんが、三谷氏は敢えて義時に非道の行いをさせたように思います。
それはともかく、北条と比企の戦力はどうなのでしょうか?ドラマでは北条が主人公なので、北条方の登場人物が多いので、北条の戦力が優位に思えますが、この辺り(戦力)の描写がないので、よく分かりません。
伝記では、能員殺害後、一族は能員陣に立てこもり、激しく抵抗し、拮抗を保ったとあります。
その後、畠山の強力武力投入によって、拮抗状態が崩れたようです。
「騙し討ち」の利点は、味方の犠牲を
極力減らす事ができるという1点にある??
のかな??
ただ・・・・なんか「きたねえな」と言う
その、なんというか、
北条時政のセリフが頭から出そうな気が
するんですよねぇ~~~~。
やっぱ、当時の比企の方が軍勢が
圧倒的に多かったんでしょうかねぇ~~~~。
(頼家の命と言えば、普通に兵が集まりそう
ですから騙し討ちも仕方なしでしょうか?
(その頼家・寝てますが・・・・)
逆だったら、比企一族に北条氏『族滅』
させられますからねぇ~~~~)
☆時政のトップ・・・・
なんとなんとあの『時政さま』が・・・・。
楽しみです。
ではではっ。
>今回の義時も……かなりえげつないことをしていました。
ええ、本文で書いた以外にも「頼朝の徹底ぶりに倣う」と言い訳するなど、迷いを表現していました。
そして、その迷いを吹っ切る役目が、泰時の疑問の投げかけや反対意見でした。
>一幡が殺害される明確な描写はありませんでしたね。さすがに子供を殺害する場面を描くのは自粛したのか、あるいは、泰時の様子から、父の命令に背いて逃がした可能性もあると、個人的には思っています。
ええ、私もそう思いました。書くのを忘れたので、追記することをお許しください。
こうなることを予感させる話の流れではありましたが、ついに主人公・義時が暗黒面に足を踏み入れましたね。
主人公の行為を正当化する狙いがあったのか、このところ比企能員の悪辣ぶりが強調されていましたが、今回の義時も、断られると分かっている譲歩案を提示してアリバイ作りをしたり、比奈にスパイ行為をさせたりと、かなりえげつないことをしていました。
ちなみに、一幡が殺害される明確な描写はありませんでしたね。さすがに子供を殺害する場面を描くのは自粛したのか、あるいは、泰時の様子から、父の命令に背いて逃がした可能性もあると、個人的には思っています。