雪もなく 凍りし風や 寒光り
中村 梅士 Baishi
今朝はこの冬一番の冷え込みとなった。
と言っても、2℃の予想よりは高く、3.7℃だった。
ストーブですぐに温まる気温である。
博多は小雪ぐらい舞ったのかもしれない。
九重の山々は積雪しているという。
昨日は2000年ころからのアルバムを整理をした。
年末の九重温泉へのドライブは積雪とタイヤチェーンと
の格闘だった。
それにしても、われながら子供のように若い。
ということは、やっぱり歳相応に老けたんだなあと思う。
学生たちの顔を久しぶりに眺めた。
今はみんな活躍しているだろう。
学生の若さに何の違和感もなく親しんできたのだ。
楽しい仕事をさせてもらったと思う。
白内障になって死期を迎えていた愛犬の写真もあった。
ほんとうに思い出深い、苦楽を共にした犬だった。
老母に見せたら涙を流すだろう。
だから見せない。
生老病死から逃れることはできない。
自分も終活の時期に入った。
しかし、自己保身で終活したくはない。
それでは、不安と恐怖の老後にしかならないからだ。
最後まで、サービス精神で終わりたい。
劣悪な条件を提示された契約を拒否したのも、悪い前例
を作りたくなかったし、同僚のためにも必要なことだった
と思う。
終活は、みんなのためにを信条としたい。
人生いたるところ青山ありである。
中共がジェノサイドや残虐な人権弾圧を大規模に行って
いることは国際的に知られていることである。
そんな証拠はないという日本政府や大企業の言い訳は、
黙認するのが無難だという事なかれの拝金主義に他ならな
い。
そういう、ジェノサイド容認の選択が、北京オリンピッ
ク参加でもある。
外交的ボイコットとは、選手団は送り出すのだから、ボ
イコットと言うべきではない。
IOCはもちろん、JOC以下も同罪である。
政治とスポーツは別物だというのも詭弁に過ぎないし、
人権尊重のオリンピズムにも反する。
クーベルタンが言ったように、オリンピックは潰した方
がよい。
IOCの馬ッ鹿会長以下、スポーツマンシップに反する恥
さらしである。
選手自身も自問自答するべきである。
スポーツの精神を穢してまでメダルを獲りたいのか。
そうした問題意識が持てないのだとしたら、あまりに無
教養で良識がないスポーツ馬鹿である。
スポーツ・エゴイズムと言ってもよい。
それでも滑りたいというなら、七輪大会を作ればよい。
七輪とは、五大陸に加え、アジア島嶼連合、英国島嶼連
合と言うので良いのではないか。
あるいは平和を象徴して「ブルーアース大会」でもよい。
ともかく、オリンピックは終わりにするべきだ。
そして、軍事独裁国家や共産国家、ドーピング国家は除
外することにしたい。
China、アフガン、ミャンマー、タイ、北コリアなどは
不適格である。
スポーツの誇りは勝敗にではなく、武士道精神と言うべ
きフェアネスとノブレスオブリージュにあると知るべきで
ある。
日本国独立宣言・神聖九州やまとの国
New Asia Happiness Party