つづき ②
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そして一週間もすると、やはり彼女は飽きてきてしまい
ました。
そのうち「自分はこんな単純作業をするためにいるので
はない」と思い、辞表を書きました。
でも、彼女はそんな自分が嫌いでした。
本当はもっと耐えなければダメだとわかっているのです
が、でも続かないのです。
東京での一人暮らしはあきらめて、実家に帰ろうと荷物
を片付けていると、小学校時代の「ピアニストになりたい」
と言う夢を書いた日記が出てきました。
心から夢を追いかけていた小学校時代。
でも今は、逃げる癖がついてしまっていて、もっと情けない。
このままではいけない。
そう思い直した彼女は、辞表を破り、もうしばらく頑張ろ
うと、またスーパーに出勤します
そしてある日、彼女は、ふとピアノを練習していたときの
ことを思い出します。
キーの位置を指が覚えたら、鍵盤を見ないで弾けるよ
うになった。
それならば、レジのキーを覚えればいいのではないか。
そして彼女は、キーの位置を覚え、ピアノを弾くような気
持ちで打ち込むと、いつしかものすごいスピードでレジが
打てるようになったのです
すると不思議なことに、今まではレジのキーだけを見て
仕事をしていた彼女が、今まで見もしなかったことに気が
つくようになったのです。
最初に目に入ったのはお客さんの様子でした。
「あの、お客さん、昨日も来ていたな」
「この時間になったら子供連れでくるんだ」と言うことか
ら始まり、「この人はいつも安い商品を買う」とか、「高いも
のしか買わない」ということがわかるようになりました。
そしてそれは彼女のひそかな楽しみになったのです。
ある日、いつも期限切れ間近の安い物ばかり買うおば
あちゃんが、5000円する立派なタイの尾頭付きをレジに
持ってきたのです。
彼女はビックリして、思わずおばあちゃんに話しかけま
した。
「今日は何かいいことがあったんですか?」
おばあちゃんは、にっこり笑顔を向けて話しましました。
「孫がね、水泳の賞を取ったんだよ。今日はそのお祝い
なんだよ」
「良かったですね。おめでとうございます!」
彼女のくちからは、自然に祝福の言葉が飛び出しました。
お客さんとのコミュニケーションが楽しくなったのは、これ
がきっかけでした。
そして、彼女は、お客さんの顔と名前まで、すっかり覚
えてしまいました。
「このチョコレートもおいしいですが、今日はあちらにもっ
と安いのが出てますよ」
「今日はマグロよりカツオのほうがオススメですよ」
レジでそんな話までするようになり、お客さんからも、「今
から換えてくるわ。いいこと教えてくれてうれしいねえ」と会
話が弾むようになりました。
彼女は、次第にこの仕事が楽しくなってきました。
そんなある日、今日はすごく忙しいなと思いながら、いつ
ものようにお客さんと話しながらレジを打っていると、店内
放送が響きました。
「本日は込み合いまして誠に申し訳ございません。恐れ
入りますが、空いているレジにお回りください」
ところがまたすぐに、放送が入ります。
「本日は、込み合いまして誠に申し訳ございません。重ね
重ねおそれいりますが、空いているレジにお回りください」
そして3回目、同じ放送が聞こえてきた時に、彼女は初
めておかしいと気付きました。
そして周りを見渡して驚きました。
5つあるレジのうち、4つは全部空いているのに、お客さ
んは自分のレジにしか並んでいなかったのです。
店長があわてて駆け寄り、お客さんに「どうぞ空いてい
るレジへお回りください」と言ったその時、「ほっといてちょう
だい。私はここに買い物に来てるんじゃない。あの人としゃ
べりに来てるんだ。だから、このレジじゃないといやなんだよ」
その瞬間、彼女は感激のあまりワッと泣き崩れました。
ほかのお客さんも店長にこういいました。
「そうそう。わたしたちはこの人と話しをするのが楽しみ
で来てるんだよ。特売なんて他のスーパーでもやってるよ。
でも私は、このお姉さんと話をしたくて来てるんだ。だから
このレジに並ばせておくれよ」
彼女はボロボロと泣き崩れ、もうレジを打つことができな
いほどでした。
仕事と言うのはこれほど素晴らしいものだと、初めて気
がついたのです。
(出典:「涙の数だけ大きくなれる」木下晴弘著、フォレスト出版)
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この文章を読んで、つい感涙してしまった。
この文章を入力しながら、また涙が出た。
その文章の入力が消えたのでまた入力しなおした。
もう冷静だろうと思ったが、また涙が出た。
なぜだろう・・・。
仕事のやりがいと言うのは素直なサービスから生まれ
るのかもしれない。
そういう仕事のやりがいを、若者たちにも生み出してほ
しいものである。
立憲女王国 神聖九州やまとの国
梅士 Baishi