北の風に吹かれて~独り漫遊記~

町歩きを中心に、日々の出来事を綴ります。 
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プレイバック1986

2008-10-05 19:52:25 | 懐かしの思い出
「仮面ライダーキバ」を見ていて思うこと。
ストーリーや登場キャラについても色々と思うことはあるが、何より、過去編を見ていて、舞台である1986年に思いを馳せることが多い。
ということで、今日は、いくつかの特撮関連誌でも企画されている、「プレイバック1986」。つまり、私の1986年を振り返ってみることにします。

私にとって1986年最大のトピックスは、小学校を卒業して中学校に入学したこと。
卒業式のことも幾つか覚えているけれど、やはり、真新しい制服(学生服ではなくブレザー)を着て、入学式に出た時のことの方が印象深い。
私の入学した学校は、1つ上の学年までは、1学年12クラスという超マンモス校だったのだけど、この年、近郊に新しい学校が出来たことで、1学年9クラスとなった。(それでもマンモス校には変わりないけど)
で、私が入ったのは、9クラスの最後の9組。小学校は5組までしかなかったので、「9組」という響き自体がすごく新鮮に感じられたのを覚えている。(その後、高校では、11組あるうちの10組になったけど(笑))
3つの小学校から生徒が集まってくる形になっていたので、新しいクラスの大半は初対面の奴らばかりだったが、割とすんなり打ち解けることができ、友達も沢山作ることが出来たように記憶している。
また、男女共に仲が良く、団結力のあるクラスだったので、学校祭とか合唱コンクールでも、大変な思いをしながらも、和気藹々楽しみながらやれた記憶がある。
担任の先生は、当時確か50歳くらいの理科の先生。
この先生は、ゲンコツの痛さで定評のある先生で、普段は温厚だが、何かイタズラをしたり、規律を乱すような行動を取った生徒は容赦なく叱り、時にはゲンコツを頭にということで、しっかりとした信念で生徒の指導に当たられていたのが印象深い。
最近の学校では、ゲンコツとかビンタなんてのはもってのほかみたいになっちゃってると聞くけれど、こういう先生を知っている世代の私としては、ちょっと寂しいような気もしたりして・・・。

学校生活以外では、当時の私はプロ野球に夢中で、この頃は、「週間ベースボール」を毎週買っていて、読者投稿コーナーにも採用されたことがあるほどだった。
当時好きだったのは西武ライオンズだったが、この年は、広島東洋カープとの日本シリーズで、3敗1引き分けの崖っぷちから、見事に4連勝して逆転Vを果たしたのが印象深い。とりわけ、伝説となっている、秋山浩二選手の、「バック宙ホームイン」は、見ていて本当にしびれたものだった。
そして、86年のプロ野球と言えば、先日、感動の引退セレモニーで最後を飾った、清原和博選手が西武に入団した年。
前年の秋、意中だった巨人から指名されなかったことで見せた涙は、小学生だった私も、何だかとても複雑な気持ちにさせられた。
この年の開幕直後、西武球場の南海ホークス(懐かしい~!)戦で放ったプロ初ホームランは、ちょうどテレビ中継で見ていたこともあって、今でも鮮明に覚えている。
あれから22年。「完全燃焼」とはいかなかった部分もあったようだけど、常にファンを魅了し、感動を与えてくれた清原選手、本当にお疲れ様でした。

今に通じる話で言うと、この年は、戦隊が「超新星フラッシュマン」で、メタルヒーローが「時空戦士スピルバン」が放送されていたのだが、当時は年齢が上がるにつれて、こうした番組に対する興味も薄れかかっていた頃で、実は、どちらも、途中で見るのを止めてしまっていた。
今にして思うと、すごく後悔させられることなのだけど、あれから20年以上経った今、あの時以上にハマることになろうとは、よもや想像もできなかっただろうと思う。

最後に1つ。
もし自分が、「キバ」劇中と同様、22年前にタイムスリップできるとしたら、どの場面に行きたいか?
考えたけど、22年後の状態を当時の自分に告げて、「フラッシュマン」と「スピルバン」を最終回まできちんと見るように言うぐらいしか思い浮かばないです・・・。(笑)
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雨に煙る戦いの地

2008-10-05 09:43:55 | ロケ地巡り
先月のロケ地巡りで行った場所のうち、一番早くに決めていた行き先が、東京都東村山市と東大和市に跨る、都立狭山公園。
埼玉県との境にあり、西武ドーム球場や西武ゆうえんちにも近い憩いの場所で、初期の戦隊でよく使われたロケ地である。


(狭山公園の公式ホームページ)
http://www.sayamaparks.com/sayama/index.html


我々がここへ来たのは、9月21日(日)。
当初は、台風一過で晴れとの予報だったのだが、台風の後、前線や寒気が関東付近に接近していて、この日は曇り時々雨というあいにくの天候。
我々が、最寄駅である、西武多摩湖線武蔵大和駅に着いた時は、傘を差すか差さないかギリギリの霧雨模様だった。





まず最初に行ったのが、この「太陽広場」。
さすがにこの日のような悪天候では、訪れている人も少なかったが、好天の日には、多くの人が憩いを求めて訪れているという。





ここは、「太陽広場」の隅にある小高い丘。
この広場自体、何度となくロケ地として使用されているが、中でも印象的なのは、「電子戦隊デンジマン」第43話「謎なぞ七色レディ」の中で、敵に捉えられた、デンジピンク=桃井あきらが、十字架に磔にされるシーン。
その十字架が、この小高い箇所に建てられ、あきらか窮地に追い込まれるシーンが描かれている。





こちらが、その小高い位置から撮った反対側の写真。
劇中のあきらの目線で、写真の位置には、敵の怪物デスマスクラーと、戦闘員ダストラー達が立っているのが確認できる。





続いて向かったのが、広場からちょっと離れた位置にある、「多摩湖堰堤」の近く。
このあたりも、初期の戦隊ではかなりの頻度で使われていたのであるが、現在、来年度の竣工を目指して、堤防の耐震強化工事が進められており、立ち入りできる区域が制限されているのが何とも残念なところ。

上の写真は、そんな立ち入り可能区域の一角にある階段。
ここでは、「太陽戦隊サンバルカン」第25話「ドッキリ海蛇の穴」の冒頭で、謎の黒装束の集団(敵の戦闘員マシンマンの変身)が、「海蛇の生贄」として捧げる若い娘を連れ去る場面が描かれている。





連れ去られようとする娘の悲鳴を聞いた、バルイーグル=飛羽高之は、黒装束の集団の前に立ちはだかり、見事これを撃退し、娘と、その父親を救出する。
その場面では、飛羽達の立っている位置の側に、古い小さな橋が描かれ、対岸へ向けて渡れるようになっているのが確認できるが、残念ながら、その橋は、上の写真のように、現在はフェンスで遮られ、対岸へ渡ることができないようになってしまっている。





フェンスの真ん前から撮った1枚。
橋の向こうは、耐震強化工事の区域になっていて、立ち入りが制限されている。





続いて、その橋の近くにある小さな人工の滝へ移動。
ここは、「科学戦隊ダイナマン」第5話「進化獣のこわい夢」の中で、ダイナブルーが、カンフースタイルの敵の戦士と戦闘を繰り広げるシーンで登場するのが印象的。
写真でもわかるとおり、頂部と下部の間に中間部があって、劇中では、段ごとにジャンプして下へと降りるアクションが展開されている。





そのアクションシーンの後に、同じくダイナブルーの戦闘シーンで、敵の戦士が、ジャンプして橋の欄干に乗っかるシーンが描かれているが、それが、写真のこの橋。
そう、これも、耐震強化工事の関係で、立ち入りが制限されてしまっているのだ。





ということで、こちらもフェンスの前まで歩いて行って撮影。
工事期間中、誰も出入りしていないせいか、樹木も伸び放題になっているのが印象的だった。





狭山公園は、ここまで紹介してきたエリアの他に、多摩湖(村山貯水池)との間にある大きな堤防と、その下にある通路でも多くの印象的なシーンが撮影されているのだが、写真のとおり、フェンスによって立ち入りが制限されており、現在は、フェンスの向こうに、堤防の頂部を確認できるのみ。
工事は来年3月までの予定だそうなので、工事が終わり、立ち入りが出来るようになった時に、またみんなで来てみよう、そういう話を仲間としながら、公園を後にした。
楽しみは後に残しておく。工事が終った後、きっとまた行きますよ。
コメント (6)
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