『名も無く豊かに元気で面白く』

読んだ本、ニュース、新聞、雑誌の論点整理、備忘録として始めました。浅学非才の身ながら、お役に立てれば幸いです。

政治壊滅 「対米従属に甘んじる政府」と「自立を志向しない国民」

2024-04-21 05:20:42 | 日記
米国の属国であり続けてきた戦後日本の歪みで日本の政治と社会は進退窮まった。自民党の裏金キックバックの問題は、自民党議員の襟を正させるどころか、完全に政争の具と化した。処分の根本的な異常性を見てみると、国会の政倫審で、安倍派幹部の政治家たちは、不正なカネの還流がどのようにして再開したのか、ついに誰も語らず、口を揃(そろ)えて「自分のせいではない」と述べた。問題はこの証言の真偽と処罰の関係だ。この証言内容を真実だと党が認めているのならば、処分する根拠がない。反対に、証言が虚偽であると認めているのならば、真相が何であるかを明らかにし、それを根拠として処分を下さなければならない。ところが、根拠はまったく曖昧なままに、処分は下された。何があったのか一向に明らかでなく、明らかにする気もなく、関係者の誰も責任を認めていないが、それでも処罰するというのである。法治国家においてあってはならない蛮行にほかならない。  かくして、処分はおよそ原則を欠いた恣意(しい)的なものとなった。その目的は、この問題にけじめをつけたというポーズの演出と、それ以上に、岸田首相ほか有力者の政治力学のなかで、生贄(いけにえ)として失脚させる者を決める一方、懐柔して自らの影響力のもとに取り込むべき者を決める、という権力闘争のゲームを演じることでしかない。どれほど不正が暴かれ、腐敗が明らかになっても、問題に対して誠実に対処しようとする意志は皆無である。
派閥解体宣言は、岸田政権を支え、また従わせてきた麻生太郎に対する強烈なカウンターパンチとして繰り出された。実際、裏金キックバックの問題が出現するまでは、麻生は支持率の低迷する岸田に対して首相交代を働き掛けていたと目されるが、この派閥解体宣言によって形勢は逆転した。「性懲りもなく派閥政治に固執する麻生(と茂木敏充)」というイメージを首尾よく流布させることにより、岸田は麻生に対して一転優位な立場に立った。 
繰り広げられている権力闘争、その具体的なメイン・プレイヤーは岸田、麻生、茂木、二階俊博といった面々だが、そこには政治理念上の差異はまったく認められない。岸田は支持率低迷の逆風のなかで自らの政権の持続を専ら目指しており、麻生はキングメーカーとしての影響力を維持することのみを目指している。茂木にしても、「頭は切れるがハラスメント体質」といった人間性についての噂が盛んに立つばかりで、何をやりたい政治家であるのかは、誰も知らない。二階に至っては、先手を打って事実上の引退宣言を発することで処分を免れるという老獪ぶりを見せつけたが、その意図するところは、地元和歌山で世耕弘成の挑戦を退けて子息に議席を世襲させたいということでしかない。  つまり、これらの面々が演じている「闘争」は、見事なまでに無内容であり、きわめて純粋な権力闘争だ。そこには、政策に関する対立も、政治理念の衝突もない。ただひたすら権力や影響力を維持しようとする意図がせめぎ合っているだけであり、権力闘争そのものである。 
自民党支配の危機の深さは、1980年代末から90年代にかけてのリクルート事件・佐川急便事件によるものや、2000年代初頭の森喜朗政権の低迷、2000年代末の麻生政権の低迷に匹敵するか、それ以上のものだ。
 
今回の党員資格停止一年の処分を受けて「負け組」となった下村博文の言動で、地元支援者を前にした下村は、裏金問題について弁明するとともに、次のように述べたという。 「自民党は結党70年近くなるわけですけども、本来の保守政党としての政策をやってこなかった。憲法改正もしてないし、日米安保条約についても、集団的自衛権を含めた日米地位協定もそうです。  これだけ米軍基地が日本にあってですね、アメリカの大統領が日本に来る時、成田や羽田を経由しないんですよ。横田基地から来て、正式な通関なしで入国できるっていうのはですね、まさに日本が独立国家じゃない証でもあるわけですね。その間、羽田空港の飛行機の離発着が相当制限される。これが当たり前にできてしまっていることが、自民党が本来の保守政党ではないということでもある」 
この下村の言葉の内容はまったくの正論であり本質を衝いている。しかし、下村は長年議席を守り、大臣も務めた自民党の有力な政治家である以上、ここに述べられている惨状について大いに責任がある。自民党とは、その本質において、保守政党でも何でもなく、戦後日本の対米従属体制の仕切り役にほかならず、したがって、売国的性格を根本的に帯びていることは周知の事実だ。この発言はまさに「それをお前が言うか」の極みである。 
「人の将(まさ)に死せんとするその言や善し」(『論語』)という面がある。正論を下村が口にできたのは、いままさに下村が自民党の政治家として死にかけているからにほかならない。それは、政治的な死を覚悟せざるを得ない状況から発せられた言葉なのだ。 「革命が爆発するには、『下層』が以前のような仕方で生活することを欲しないというだけでは十分ではない。『上層』がこれまでのようにやっていけなくなるということが、また必要なのだ」とは、レーニンの言葉である。まさに「上層」にいた下村は、「下層」に滑り落ちようとするなかで、真実を指摘せざるを得なくなった。
今後の政権の枠組みがどうであれ、問題は、この10年以上続いてきた異常な政治の状況に終止符が打たれるか否かにある。その異常さとは、ひとことで言えば、現実に対する対処能力が欠如してきたことだ。不都合な事実から目を背け、誤っていると十分に判明している道を走り続ける。さらには真実を指摘する者を数を恃(たの)んで糾弾する。この政治状況の悲惨さは、社会の惨状を土台としておりその反映である。そして、そのような社会の出現は、まさに下村が指摘したように、独立国であろうとすることから逃げ続けてきたことの帰結であると思われる。「一身独立して一国独立す」とは福沢諭吉の名言だが、裏を返せば、独立を志向しない国には独立した個人もあり得ないことを、この言葉は物語る。 今の政治危機は、どのような政治を国民が選んできたのかを白日の下に晒(さら)している。このままの道を行けば「死」が待っているのは、下村だけではない、すべての国民だ。この自覚のみが社会を変えうるし、ひいては政治を変えうる。希望的観測を述べるならば、バイデンといちゃつく岸田の腑(ふ)抜けた笑顔に、国民が激怒し、そこに己の自画像を読み取るとき、本当の変化が始まるであろう。
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