monologue
夜明けに向けて
 



 バージニア工科大学での乱射事件の犯人が韓国系学生であったことからアメリカの韓国人社会では衝撃を受けてその影響を懸念していることだろう。犯人はアメリカ社会の民族間に存在する差別意識による疎外感に苛まれていたのかもしれない。

 こんなことがあった。まだわたしが朝の眠りの中にあるとき、妻が泣きながら揺り起こした。
息子を小学校に送っていった帰りに首からかけていたポシェットを強奪されたという。
その中には現金40ドルほどとカードと運転免許証などが入っていた。
現金はあきらめるしかないがカードはすぐに会社に破棄手続きの電話をした。
911番の非常用電話をするとすぐにL.A.P.D.(ロス市警)がやってきた。
事情を説明すると命をとられず良かった、と言っただけで別にくわしく調べるでもなくすぐに帰っていった。
 その日、妻は息子を学校に送り届けて帰る道で同じ歩道上の正面から来る黒人青年に気づいて車道を渡って隣の歩道に移ろうと思ったという。
でも、それは相手を黒人というだけで怪しんで避けているようで失礼なような気がして躊躇した。その躊躇が事件の回避を妨げた。
次の瞬間、青年は妻のポシェットにつかみかかった。ポシェットは簡単にはちぎれなかった。それでも青年は馴れているらしく前に倒れ込んだ。体重を使って引きちぎる術(すべ)を知っていたのだ。青年は紐のちぎれたポシェットを握りしめて逃げ始めた。
妻は大声を上げて後を追いかけた。頭に血が上っていた。青年は振り向いて驚愕の表情で一目散に逃げた。それまで、被害者に追いかけられたことは皆無だったのだろう。この国では強盗に遭ったとき、追いかけてはいけないことはだれでも知っている。命が危ないのだ。わずかな金ならあきらめたほうがいい。
 広い通りに出ると車が待っていた。妻はそれが息子を学校に連れて行くとき、横を通った車であることを思い出した。そのとき、その車で町を徘徊して獲物を物色していたらしい。車中で待っていた男が被害者に追いかけられてきた仲間の姿に驚いて出てきた。まさか、と思ったことだろう。まともな武器は用意してなかったらしくなにやら慌てて探して妻を脅した。その手に握られたものはスクリュードライバー(ねじ回し)だったという。
相手が偶々(たまたま)武器を持ってなかったことは幸いだった。
 そこで妻はハッと我に返った。自分の方が窮地に立っていることに気がついたのだ。
黒人青年二人相手に勝ち目はない。それでとうとうあきらめて泣きながら家に帰ってきたというわけである。
 事件に遭った人にとってはその事件だけが判断の材料になる。ほとんどの人はいい人であっても一部の者のために民族全体が白眼視されてしまう。そのおかげでなにか犯罪が起こるとすぐに少数民族が容疑をかけられる。民族全体が不利益を受けることになる。
妻が前から来る黒人青年を一瞬避けようとしたことは人種差別意識だったのか。そんな意識を消し去るためにはなにが必要なのだろう。
fumio


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