ネタは降る星の如く

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『アルカサル―王城―』第13巻(完) 青池保子

2007-09-18 23:03:45 | 読書
『アルカサル―王城―』第13巻(完) 青池保子(秋田書店) リンク先はamazon.co.jp

 腰巻きの惹句が泣かせる。
王の暗殺により、カスティリア内戦は泥沼化へ。歴史の奔流は、残された者たちを何処へ導くのか? 1369年3月23日未明 ドン・ペドロ死す!! 開始から24年。巨匠の代表作、入魂の完結作!!

 そうかぁ、開始から24年……作者も読者も干支が二回り……るーるる~♪
 でも、こうして、物語を完結させてくれた作者の青池保子さん、完結編を書く機会をつくってくれた編集者さんに、感謝感謝。

 スペイン語とスペイン文化を専攻していた自分にしても、カスティリア王ドン・ペドロ1世は、スペイン史の時間にちょっと名前を聞いた程度の存在だった。むしろ、先王の嫡子であったドン・ペドロを暗殺してトラスタマラ王朝を開いた庶子のエンリケの方が、スペイン・トラスタマラ王朝の開祖として記憶されていた。

 ふたりの名前は、スペイン美術史の授業で聞いた覚えがある。今は亡き神吉敬三教授のスペイン・ラテンアメリカ美術史の時間はベラスケスやスルバランやゴヤなどスペイン絵画の巨匠を知る素晴らしい機会だったのだが、建築史も多少入っていて、ドン・ペドロといえばセビリアの王城《アルカサル》であり、エンリケ・デ・トラスタマラといえばセゴビアの王城《アルカサル》――ディズニーの白雪姫の城のモデルとして知られている――と私の記憶にインプットされているのだ。

 英仏戦争時代のスペインは、700年にわたるイスラム勢力との共存・スペイン人による再征服《レコンキスタ》時代の一局面で、ヨーロッパ史全体においては辺境の歴史として扱われている。イギリスとフランスが覇権を巡って争う時代、中世も後半になってローマ教皇の地位も失墜し、スペインはそうした諸勢力の覇権の衝突の場面として登場する……たとえば、フランスの軍人ベルトラン・デュ・ゲクラン(自分はこの人の存在を佐藤賢一の小説『双頭の鷲』で知った)がフランス重騎兵を率いてエンリケの加勢にやって来るのだし、一方ドン・ペドロに加勢するイギリス王侯の中にエドワード黒太子がいたりする(しかし、ドン・ペドロとはすぐに提携関係が破綻してしまう)。

 第13巻の完結編においては、前半ではドン・ペドロがエンリケら諸勢力を圧倒してスペインをほぼ統一する絶頂期が描かれ、後半では主人公ドン・ペドロは既に死んでおり、死に至る場面は回想的に描かれる。第13巻の後半、その大半はドン・ペドロの娘たちのカスティリア奪還というか父王の名誉復権のための戦いの描写に費やされる。ドン・ペドロのカスティリア制覇を支えてきた、愛妻マリア・デ・パデリアや忠臣のイネストロサ(マリアの叔父)やマルティン・ロペス・デ・コルドバが第13巻後半ではバタバタと死に、ドン・ペドロの周辺が寂しくなった。と同時に、下っていくジェットコースターのようにドン・ペドロは覇気と勢力を失っていってしまうのが、何とも切ない。しかし、ただひとり、ガリシアの騎士ロドリゲス・デ・カストロがイギリスに亡命したドン・ペドロの娘たちに忠誠を尽くして、やがて娘のひとりであるコンスタンスが父王の名誉回復をスペインで遂げる結末は、感動ものだった。

 リーダーシップ論を勉強した身には、生まれながらの王族で、ひっきりなしに庶子たちや臣下たちの裏切りに悩まされてきたドン・ペドロが深い猜疑心に陥り、ごく少数の、王への忠誠のために心身を犠牲にすることをいとわない臣下や家族にのみ心を開き、それ以外の人々は信じられなくなる過程を理解しつつも、その孤高の道が破滅への道でもあったのだと寂しく思う。一方、金や地位を諸侯に約束することで庶子の身分ながら(ドン・ペドロを暗殺して)王の地位を手に入れたエンリケも、死ぬまで諸侯の面従腹背に悩まされることになることには、金で釣った相手はいつか金で他所に釣られてしまうものだということを改めて思う。

 青池先生、少女マンガにしてはとても骨太な作品で長年楽しませてくれて、ありがとうございました。もし外伝的な作品をさらに描いていただけるのでしたら、まだまだ待ちますよ(^^)。