先日、追悼式典に向かうポーランド大統領がロシア領内で飛行機事故で亡くなって一瞬物議をかもしましたが、「カティンの森」は侵攻したソ連軍により連れ去られたポーランド軍兵士が大量虐殺された事件の現場です。
カティンの森虐殺事件はドイツのソ連侵攻時に発見され反ソ宣伝に使われる一方で、戦後のソ連占領下ではナチスドイツの仕業とされます。
ソ連が公式に自らの行為だと認めたのはゴルバチョフ政権になった1990年です。(詳細はWikipedia参照)
映画では、家族の死もナチスの政治宣伝への協力を要請されたり、ソ連からは墓碑銘に正式な享年を書くことすら禁じられるという中で生きることを強いられるポーランド市民の様子が描かれます。
そして、「虐殺者」が「統治者」になった戦後のポーランドで、生き延びるために妥協をする人としない人との対立、そしてそれが日常事あるごとに試され、占領が続くことで心が疲弊してしまうさまが痛いほど伝わってきます。
前半でポーランド軍の将軍が徴兵されて捕虜になった兵士たちに向かってこう語りかけます。
「生き延びてくれ、君たちなしでは自由な祖国はありえない、我々は欧州地図上にポーランドを取りもどすのだ。」
しかしポーランドの民主化が実現されるにはそれから50年の年月が必要だったことを考えると、それがいかに困難な道のりだったかを改めて考えさせられます。
話がちょっと変わりますが『ピアノの森』ではちょうどショパンコンクールの二次予選に入ったところです、ショパンの楽曲にこめられたポーランド人の苦難の歴史をいかに表現するかということが一つのポイントになっているのですが、そこにはショパンの時代以後も繰り返されてきた東西列強による支配の歴史へのポーランド人の思いも込められているのかもしれません。
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