一寸の虫に五寸釘

だから一言余計なんだって・・・

『寺院消滅』

2015-11-30 | 乱読日記

地方を中心に寺院の経営が成り立たなくなり、廃寺されていく現状を、自らも実家の寺の副住職でもある著者が取材した本。

地方での人口減少をきっかけに、経営難、後継者不足、地域コミュニティの中での役割の低下などの負のスパイラルに巻き込まれている寺院の現状を紹介するとともに、新しい寺院経営の在り方を模索している実例も紹介している。

そして、経営難の背景を掘り下げていくと、人口減少だけでなく、さまざまな要因が明らかになってくる。

たとえば戦前の寺の経営は地代に支えられていたこと。1700年代頃から地域コミュニティの核であった寺院が住民に貸金を行い、代物弁済をうけて貸地を増やしていったが、戦後の農地解放で所有権を失い地代収入が一気に少なくなったこと(逆に言えば都心部の寺院は貸地が宅地だったので今でも借地の底地をたくさん持っているわけだ)。
(注:葬儀についても直葬やお布施の見える化などが進み、寺院の関与の仕方が変わってきていること(現在の寺院経営の「葬式仏教化」への批判の代表例としては『0(ゼロ)葬--あっさり死ぬ』参照)。
さらには、東日本大震災の被災からの復旧においては、政教分離の原則により、国や自治体からの補助金をうけられないという事情もある。


本書は寺院経営に関するのドキュメンタリーとしては幅広い問題を扱っているが、最後は「経営」と「宗教・信仰」という二つの性格の違う問題になってしまうことが難しさを象徴している。
本書では檀家制度の廃止や事情があって引き取り手のいない遺骨の「送骨サービス」などの新しい取り組みを始めている寺の事例が紹介され、また各地の先進的な僧侶とのインタビューのも挿入されている。
それらの中では、宗教・信仰に立ち返ることの重要さが強調されていた。

反面、本書の帯には「あなたの菩提寺がなくなる?」とあるが、「寺がなくなるから困る」ではなく、時代の経済環境や死生観に合った宗教・寺院のありかたを寺院だけでなく檀家や檀家候補者の我々も模索していく必要があると思う。


一方で、現実には、改葬(墓を移す)の際には行政に提出する改葬申請書に住職の署名が必要で事実上住職の同意が必要になる(これは本書で初めて知った)など寺院・宗教法人にはさまざまな既得権がある。それ以前に、そもそも墓地を作るの許可は宗教法人か地方公共団体にしか与えられない。

しかし、イエ主体から個人主体への変化に伴う宗教観・死生観の変化や人口の(都市部への)移動に伴う墓地・祭祀のありかたの変化があり、それを無視して既得権をてこに変化に抗おうとするのであれば、寺院の在り方は今後、より厳しくなるのではないか。

これからの寺院には、経営面以上に、宗教により軸足を置いた変化が求められているように思った。






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