雨水。冬の氷水が陽気に溶け天に昇り、雨水となって降るの意で、雨水と言う。雪が降った割には昨日、今日の暖かさだった。散歩に出たが、風が温んできた感じだった。然し尚、寒さは厳しい。早春賦の歌詞そのものである。春、未だ浅きの想いだ。
歳を重ねてくれば、色々と疾病が出る。一番に困るのが、歩けなくなること。病院に行けばいいという安易な考えでは、良くはならないのだが。足の痛みや膝の痛みには、麦ご飯を食べよう。この数ヶ月で軽減し、足の運びがいい。腰痛にも影響が大きい。
注射にしろ、膝に溜まった水を抜くにしろ、それで完全によくならない。却って悪化し、手術して金属を埋め込む。入れた時には良くなった気がするが、異物を注入するのだ、痛みが激しくなるのは必須。その痛みに耐えるくらいなら、枇杷葉温圧療法だ。
こちらは、根気と努力だけ。自分の持続力、諦めない気持ちも大切なこと。然し、自然治癒能力を援ける働きをする。眼に見えての回復は、及ばないかもしれないし、一長一短の駆け引きがあるかもしれない。枇杷葉には、遣ってみるだけの価値はある。
どんな高価な薬も治療も、続けなければ元の木阿弥。地道なこと、目立たないことが回復させる。謂わば、縁の下の力持ちで、主演女優ではなく、脇役であったり裏方に徹する。でも、その存在がなければ、主役は舞台に立てないし、観客も居ない道理。
枇杷葉の効果が著しいものではないが、続けることによって体質改善されるのに、鼾もあるようだ。疲労が重なって、自分でも気づかぬ内に、物凄い鼾に跳ね起きていた。また、息苦しさもなくなった。花粉症に近い症状があったことは否めないのだが。
自律神経失調症の、心のバランスを保つ意味合いも大きい。何がどういう折り合いで、効果がもたらせるのかは断定できないが、感情の起伏の激しさが落ち着く。然し、何れも個人差があり、或いは枇杷葉の効果と裏づけもない。憂いを取り去る意味。
細胞の活性化。免疫や抗体の自家製造をしている。風邪を引かなくなったことは、多いな要因だろう。年間を通じて、直ぐに咽喉が痛くなり、扁桃腺が腫れ高い熱にうなされていた。薬で散らしても、治ることはなかった。手術すればいいと聴いたが。
枇杷葉のお蔭としか思えない。自然治癒能力を発揮させ、あらゆる症状の改善が診られる。自分にあった処方を、長い月日で見つけられたこともありがたい。自然に還ることで、その恩恵に預かった。他力本願にも、信じる有効性があったに違いない。
晩秋の薔薇と夕顔。昨夏、長引く暑さではあったが、夕顔は霜が降りるまで咲き続けた。花の姿は頼りないが。