木村秋則さんが、無農薬の林檎を作るきっかけには、自分の命を絶とうとする絶望感が心痛であった。でも、死なせてはくれなかった。いや、生かされたのだ。奈落に往っても、必ず這い上がって来るとの、神さまの配慮があったものか。
往きたいように生き、命を終えれるのがいいのか。苦難あり、挫折有りでも、生かされていることに感謝できるのがいいのか。人様々であろう。同じ考えの者は居ず、違うからこそ学べることもある。誰かの役に立つことができればいい。
とはいうものの、それらには耐えることや、苦難、我慢の路が待っていて、おいそれとは進めない。挫折感も多々あり、ちょっとしたことで傷つくもの。自分も相手に同じ事をしているかもしれないが、認めたくない想いもあり自問自答。
どんなに正しいことを言っても、それが作用しあうことになると、或いは異なる意味にも転じる。然し、見えているものは換わらない。納得できないから、ずっとしこりで残る。我慢を強いられて鬱積する。自分で解決しようと読書に励む。
歯医者から電話あり。すっかり予約を忘れていた。医者にはかかりたくない心境が、そうさせたものだろう。伸びに延ばしていた人間ドッグに、必ず行くようにとも言われている。その予約は取ったが、人間いつかは死ぬのだと呟いて。
図書館に返却に行き、MOEをまとめて借りる。宮城谷昌光氏の孟嘗君もカウンターに置く。あれっ?読んだかな、と記憶が定かでない。で、帰宅して調べたらあった。再読しよう。郵便料金が4月から上がるが数円と半端でややこしい。
政府の財政管理は、笊勘定になっている。赤字国債で、オリンピックなどできようか。施設を増やし、その時だけ使って、その後のことを考えているとは思えない。でかけりゃいいというのも問題だろう。何がおもてなしか、裏ばっかりだ。
白枇杷の花芽が、大寒を過ぎた頃から咲き始め、ちょっと緩んだ気温に満開になった。寒さにめげず、咲いていることに感謝。庭中を見て歩きながら、声をかけていく。クリスマスローズが、春の陽射しを受けながら、日々開花していく。
満月を取ってくれろという児かな。実際、これほど美しい月には、少しばかり明かりに借りたくなることが。