枇杷の葉なし

枇杷の生育や、葉・花芽・種のことを日々の生活のなかで書いていく。

旧師走・下弦、雨になる。

2015年02月12日 | Weblog

 夕方の、そろそろ勤務を終えようかという時間に、突然のにわか雨である。それも屋根に当る音が、響くような雨音である。歯医者の予約に行く頃には止み、薄墨が広がった。本来は、雪であるところが、暖かいので雨になったらしい。

 東北の地域では、豪雪に車が埋まり、大変な状況になっている。同じ日本なのに、別世界である。それはそれで、地域性の豊かさになればいいが、原発再稼動を容認して、核の廃棄物をどうするのだろう。処理施設の目処も立たず。

 滋賀県と京都府の動きに注目したい。事故が起きれば、あっと言う間に汚染されるのに、その可能性がないと、どうしたら断言できるのか。自然災害ではなく、人為的なことが解かっているのに、どうして許可するのか不思議でならない。

 某新聞で、原子の森という連載が始まったが、物理学者が危険性を云っているのに、何故聴こうとしないのか?戦後間もない頃、原爆の恐怖を伝えて、何人が命を落とした。これも所謂殺人だ。化学兵器での、大量殺人に他ならない。

 日本は、第二次世界大戦後、戦争には加担しないことを誓った筈だ。どんな理由であれ、殺してはいけないのに、戦争であればいいのか?直接でなく、遠隔操作をしてなら、無差別にしていいのだろうか。人間の心を持ち続けたいもの。

 沖縄には、何も云えず死んでいった、大勢の魂がある。忘れてはいけない、無念の想いがある。父をかえせ、母をかえせ、と叫んでいた広島や長崎の人々の魂を、我々は足蹴にしてはならない。生かされていることは感謝に尽きるのだ。

 歴史は嫌いで、難しいと言うが、自分が生きていること自体が、歴史の一コマである。私たちは、そうした魂の上に生まれ育っている。地球が自分だけの物ではなく、万物の棲む星なのに気づかない。人間だけでは、何も生み出せない。

 球根類は、土が痩せてくると消えてしまう。白いカラーがきれいで買ったが、いつの間にかこれだけになった。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする