お菓子の荷出しを終えた、恩田すみれは、自分の担当、乾物の補充をすることにした。特に、カップラーメンは良く動く商品で、補充が間に合わないことが多い。自分の担当のところだけ、しておけばよい、というものではなく、
普段は、このように自分の担当に関係なく、入荷された定番商品を順次バタバタと荷出しする。
しかも、接客しながら。
自分の担当の補充が出来るのは、それが終了後という事になるのだ。
時刻は1時を回っている。この時間帯を過ぎると、2階にある本社から
続々と社員が店へ降りてくる。
休憩時間に入る為だ。
本社、すなわち机上での お仕事が主な、2階からやってくる方々は、
我々現場のような室内土方が仕事の主流の人間とは、一味違う。
やはり、本社の人間は、雛壇の一段高い所にいるような雰囲気である。
この日も、いつものように、本社から来た社員達がカップラーメンを選んでいく。
もうすぐ2時だ。
補充しても、補充しても、追いつかない時間帯が お昼どき。
約半分の補充を終え、残り半分の在庫をバックへ取りに行こうとしていた、
その時だった・・・。
あの声が聞こえてきたのは!
「店長、これさあ、坦々麺、人気商品なのに、
しょっちゅう
品切れしてるって、狸部長が言ってたよお~
」
「・・・・・」
なっ・・・・なんだって!? 今、なんて言った?
しょっちゅう・・・・ですって!?
私が知る限り、自分が担当になってから、
坦々麺が品切れしたか、しそうになったのは、
クリスマス前後に一度だけ・・・だ。
しょっちゅうとは、どのくらいの頻度の事を言うのだろうか。
恩田すみれは、思わず台車から手を離し、声がした方へ向った。
そこには、室井課長の背中と坦々麺をしっかりと握りしめた
右手が・・・
恩田すみれは、室井課長の後ろ姿をしかと、見届け、バックへ下がった。
今、現在、売り場の棚には、ほぼ、いっぱいに坦々麺が出ている。
バックには、3箱も 坦々麺の在庫がある。
乾物の入荷日は、明日だ。
品切れする可能性はゼロだ!
それにしても・・・。
しょっちゅう品切れとは、どういうことだ。
再び売り場へ戻った私が荷出しをしていると、社員さんがやってきた。
「あっ、今から休憩ですか? あの、質問があるんですけど・・。
この、坦々麺、しょっちゅう品切れしてますか?」
この際、とばかりに私は第三者に聞いてみることにしたのだ。
彼もグロッサリーで、どの担当の商品も毎日、荷出ししているのだから。
「いいや、俺は見たことないね、坦々麺が欠品してるのは。
でも、なんで??」
と思議そうに私に尋ねた。
「さっき、本社の社員が売り場の、ど真ん中で、
しかも、青島店長に向って『坦々麺は人気商品なのに、しょっちゅう品切れしてる!って、言ってたから」
すると、社員さんは、心底 驚いた顔になり、叫んだ。
「ええ~っ!そんな事、言う人がおると??(・・・九州弁=いるの?)
しかも、青島店長に?
誰? それ!! 」
どうしても その人物の名前と住所が知りたいようだったが、
個人情報保護法の為、伏せておいた。
本当は、『この人、 Wanted !』
と、顔写真入りで掲示板に貼り出したいところだが。
「名前は、知りません。でも、本社の人間です。この、緑の制服、着てましたから」
私は、そう言いながら、ジャンバーを指差した。
「たまたま、その人が これを買おうと思って来たときに、棚に出てなかったんだろうね」
と言うと、何度も、へえ~、へえ~、と繰り返しながら、棚を眺めていた。
今度は、カップラーメン博士のハマグリ君が、やって来た。
私は、調査を続行した。
「これ、坦々麺、しょっちゅう品切れしてる?」
何でそんな事を聞くんだ?といった表情のハマグリ君だったが、
カップラーメンのことなら、彼の右に出る人は居ないのだ。
彼は自信を持って質問に答えた。
「坦々麺は、人気商品っすよ。 美味しいし、よく売れてます。
でも、品切れしてるのは、見たことないっすね」
この日は、ロッテンマイヤーさんから眼鏡を借りてこなかったようだが、
カップラーメンについて語る時の彼の顔は、秀才ハマグリ君だった。
「それがね・・・」
私は、ことの成り行きを説明した。
「それで、青島店長は何て答えたんっすか?」
「何も言ってなかったね」
室井課長の声だけが、店内に、とどろいていたが、
それに対して、青島店長は、肯定も、否定も、謝りもしなかった。
その場では、ただ、黙って 室井課長の顔を じ~っと見ていただけだ。
ちょっと、考え込む態勢に入りかけた私を励ますかのように、
ハマグリ君は言った。
「大丈夫っすよ! 青島店長だって、真下副店長だって、
お昼には、毎日カップラーメンを買いに、ここへ来て、
見てるんですから! しょっちゅう品切れなんて 嘘って、分かってますよ!」
そうよね。
そうだよね・・・。
商品補充を常日頃から行っている 二人のグロッサリースタッフの意見を聞いた恩田すみれは、考えていた。
これは、試練かな・・・。
本社からの挑発か?
本社現場?
挑戦状を突きつけられて、もはや黙ってはいられない。
「ここは、日本だってば! 日本!! オーストラリアじゃないんだよお~。
暴走するなよ、君!!」
心の片隅で、理性を持て!と呟く声が聞こえたような気がした。
しかし、そんな声は無視!
恩田すみれ。三十ん?歳にして、初めて、
日本で (*注意:海外では日常的に)
ぶちっと切れたのである。
続く・・・。