まほろば自然博物館

つれづれに、瀬戸のまほろばから自然の様子や民俗・歴史や見聞きしたおはなしをしたいと思います。

雪片の 舞来る朝に 大くしゃみ

2010年02月21日 | 歴史
 さて、今日も大霜の朝になった。きっと、いい天気になるなぁと思った。気象予報士ではないのだけれど・・。

 円覚寺の「叶丸難船図絵馬」は、遭難を免れた感謝を込めて奉納されたもので、荒れ狂う大波に翻弄(ほんろう)される弁才船の姿が描かれている。叶丸(かのうまる)は松前藩の御用船で、これと全く同じ絵馬が、北海道松前町の渡海神社(とかいじんじゃ)にも奉納されている。

  

 遭難時には帆を下ろし、船を安定させるため船首から碇(いかり)を垂らした。時には自ら帆柱を切り倒すこともあった。どうしようもなくなると、乗組員は丁髷(ちょんまげ)のモトドリを切って、神仏の加護を一心に祈った。その願いが通じたのか、この絵馬では、神仏が瑞雲に乗り、御幣(ごへい)に姿を変えて、救いに現れている。

  

 遭難を免れた後でも、御礼として、神仏との約束に従って自分の丁髷を切り、これを絵馬として奉納する風習があった。円覚寺には「髷額」(まげがく)と呼ばれる丁髷の絵馬が多く残されており、全国的にも貴重な資料となっている。

 で・・さぬき広島にある海難絵図だが・・

 

 左上に剥落しているが・・御幣が描かれていた跡が見える・・。写真では見えないのだけれど。上の画像の叶丸の絵馬では右上に御幣があるが、普通は・・左上に御幣や阿弥陀、釈迦三尊、紫雲などが描かれるという・・。下の画像左の左上に御幣が見える。

 

 上段右側は西洋の海難絵馬だが、同じように左上端にマリア様が描かれている。

 さて・・広島神社の絵馬の前の部分に、二人の水夫が合掌して神仏に祈る姿が見える。この時代、嵐に遭遇した場合には、帆を下ろし、あるいは帆柱を切り倒し、錨を前に入れ、まげを切り、紙くじを引き、最後には神仏に祈るしかない・・。

 

 さて、この向井さんの絵馬は、遭難時にロープを後ろに流して船を安定させているということで、大いに参考になるということで取り上げられる海難絵馬なのだが、当日に参加した会員さんから、「ロープを後ろに流すのは不自然ではないか」という意見が出た。ガフという前帆を出して前を安定させているならば、ロープも前に流さないと意味がないし、ガフが風を後ろから受けているから、ロープを後ろに流しても前に流れてしまう・・・という意見が出た・・・。なるほどなぁ・・。それはそうだ。

 

 これは、同じ広島神社にあった海難絵馬の一つの「白賀氏」のものだが、荷物の米俵を海の中に投げ捨てている。これを「跳ね荷」といい、「捨て荷」「荷打」とか言われて、船のバランスを保つために荷物を捨てることをいうらしい。白くなった部分の上側に米俵が山積みになっている。その海のほうには・・米俵が投げ込まれている図が見える。

 ま、おおまかだけれど、海難絵馬には、こうしたものが見えてくるというお話だった。

 

じゃぁ、また、明日、会えるといいね。

春の小川(唱歌)

2010年02月21日 | 自然
春の小川(唱歌)


「春の小川」は高野辰之作詞、岡野貞一作曲になるもので、文部省唱歌(四年)で学習するものだった。

春の小川は さらさら流る。
岸のすみれや れんげの花に、
匂(にお)いめでたく 色うつくしく
咲けよ咲けよと ささやく如く。

春の小川は さらさら流る。
蝦(えび)やめだかや 小鮒(こぶな)の群に、
今日も一日 ひなたに出(い)でて
遊べ遊べと ささやく如く。

春の小川は さらさら流る。
歌の上手よ いとしき子ども、
声をそろえて 小川の歌を
歌え歌えと ささやく如く。

【林柳波による改作などを経た現在の歌詞】

春の小川は、さらさら行くよ。
岸のすみれや、れんげの花に、
すがたやさしく、色うつくしく、
咲けよ咲けよと、ささやきながら。

春の小川は、さらさら行くよ。
えびやめだかや、こぶなのむれに、
今日も一日、ひなたでおよぎ、
遊べ遊べと、ささやきながら。

 まだ、今の時期には水辺の草も枯れたままだし、岸のすみれやれんげの花には遠い。

ツイッター

<script type="text/javascript" src="//platform.twitter.com/widgets.js"></script>