ひとつ違いの兄は高校農業科に合格すると、親は早速腕時計を買った。「どないや。ピカピカやで」と見せびらかす兄に、内心羨ましくて堪らなかったが、「そんなもん要らんわ」と無視を決め込んだ。兄との差が生まれたのを感じた。「お?もうこんな時間や」と腕を顔の前に上げ時間を確かめる兄の姿が眩しかった。
机に無造作に置かれた兄の腕時計を見つけた。手に取って右腕左腕とシルバー色のバンドをつけたり外したりした。手首に巻かれた腕時計の重さはしびれるような感覚だった。
高校に合格すると、夢に見た腕時計を手にできた。いつも兄が見せびらかしたのと同じもの。コチコチと時を刻む文字盤に感激した。新品の腕時計を左腕につけると、それだけで、大人に一歩近づいたと晴れがましかった。
「大事にせいや。遅刻はもう出来んからな」
ふだん寡黙な父がボソッと言った。父にしては珍しい冗談を口にした。それだけ、息子の高校合格が嬉しかったのだろう。
机に無造作に置かれた兄の腕時計を見つけた。手に取って右腕左腕とシルバー色のバンドをつけたり外したりした。手首に巻かれた腕時計の重さはしびれるような感覚だった。
高校に合格すると、夢に見た腕時計を手にできた。いつも兄が見せびらかしたのと同じもの。コチコチと時を刻む文字盤に感激した。新品の腕時計を左腕につけると、それだけで、大人に一歩近づいたと晴れがましかった。
「大事にせいや。遅刻はもう出来んからな」
ふだん寡黙な父がボソッと言った。父にしては珍しい冗談を口にした。それだけ、息子の高校合格が嬉しかったのだろう。