あおしろみどりくろ

楽園ニュージーランドで見た空の青、雪の白、森の緑、闇の黒の話である。

親方物語 3

2014-09-16 | ガイドの現場
7月21日 誕生日。
撮影二日目。
美術班の朝は早い。誰よりも先にホテルを出る。
だが僕は元々朝が早く、仕事の無いときでも朝4時とか5時に起きるたちなので何の苦でもない。
早朝の道が凍っているかもしれないのでスピードは控えめ。ボスとおしゃべりをしながら現場へ向かう。
昨日の現場はどうなっているんだろう、ちゃんと作業は進んだのか、それとももう来てやってるか、だけどキウィの大工だから当てにならないかも・・・など考えが浮かぶ。
しかも現場に近づくに連れ、雪も降りだした。
現場に着いてみると、辺り一面雪野原。ちなみに今日のシーンの設定は夏だ。
朝7時から始めると言っていた大工は当然のようにいない。やっぱりね。
親方も呆然と立ち尽くしている。その後ろで僕は何と声をかけていいか分からない。
昨日打ち合わせしたゲートはかろうじてできているものの、小屋の方は昨日のまま作業中断したんだろうな。何も変わっていない。
こちらの大工は時間を守らないとか、できると言っておいてできないという事がよくある、という話をよく聞くが、まさか自分の身に降りかかるとは。昨日の晩のイヤな予感がここで当たってしまった。
ボスの鈴村さんがひっきりなしに電話をしている。こちらの状況を説明しているんだろうな。
それでも30分もすると大工達もやってきて作業を始めた。
撮影隊はまだ着いていない。道に雪があるので到着が遅れるだろう。それがせめてもの救いだ。
「あの鈴村さん、ここって雪があってもいいんですか?」
「ダメです。夏なんだから」
「どうするんですか?」
「どうするんでしょうねえ」
他人事のように言うもんだ。
「撮影ができなくてプランが変わるという事もあるんですか?」
「そういうこともあります。ただね、そうなると大事になるんですよ。色々な物がすでに手配済みだし、下手をするとホテルや飛行機の変更なんて話にもなっちゃう。」
「まあ、とんでもないことになるのは見当がつきます。でも夏のシーンですよね」
「夏のシーンです」
「雪があってはダメですよね」
「ダメです」
振り出しに戻る。
ボスが言葉をつないだ。
「でもね天気とか雪とかでダメって場合もあるんだけど、小屋の準備とかできていないと『でも美術だって出来ていないじゃん』とこっちに飛び火する事もあるんです。そういう面倒くさいのに巻き込まれたくないのよ。」
「ああ、分かりやすい説明だ。じゃあ小屋の回りとか片付けて、作業がほぼ終わっているように見せた方がいいですね」
「そうですね。それでお願いします」
人がたくさん集まるといろいろと面倒くさい人間関係も生まれてくるんだろうな。
本来ならばこんな時、別の美術のスタッフにもっと早い段階からこの現場を任せ、自分はその先へという段取りができると言うのだが、今回は鈴村さん一人で全部の現場を見て廻らなくてはならない。
莫大な仕事の量だ。
「昨日もう少し残って見ていけばよかったな」
ボスがつぶやいた。本音だろうな。
それにしてもこの人は怒らない。ここで美術の監督が怒りまくるなんてことになってもおかしくないシチュエーションである。
そして怒鳴り散らすような人もいるだろうな、ということは容易に想像できる。
多分この人はここで怒っても事態は何も良くならない、むしろ悪い方向へ行ってしまう、という事を知っているのだろうな。
遅れてきたスタッフを叱るわけでもなし、言い訳も言わさずすぐに作業に入らせる。そして自分も黙々と作業をする。
かっこいいぜ、ボス。
そうこうしているうちに撮影隊が着いた。
ボスは監督やカメラマンなど首脳陣と協議をしている間、現場は急ピッチで仕上げに入る。
時間が立つにつれ青空も出てきて日も差し始めた。雪も少しずつ解けてきた。
小屋もなんとか完成。最後などやっつけ仕事なもんだからペンキの塗り残しなどもあるが遠目には分からない。
分からないだろうが作る方としては納得がいかないだろうな。でも時間もない、他の作業もある。
妥協、あきらめ、やりきれなさ、そういった想いがボスの背中からにじみ出ていた。



撮影が始まる頃、やっと一息つく余裕ができた。
今日のロケでは日本人のエキストラも何人も雇われており、クィーンズタウンの知り合いも多く来ている。
こういう非日常の場で友達に会うのはちょっと嬉しい。
「あれ、聖さんがこんな所で働いているよ」と話していたらしい。
ここに長くいるといやが上でも知られた顔になってしまう。
おまけにこの風貌なので一回見ただけで向こうは僕の事を覚えてしまうし、僕は絶望的に物覚えが悪い。
「初めまして、聖と言います」と挨拶をすれば「何回も会っています」と言われてしまう。
『どこで会ったっけかなあ、この人』と考えながら当たり障りの無い話をしていると「いつも、どこで会ったかなあって顔をされますね」と言われてしまう。
自分は相手のことを知らず(忘れる自分が悪いのだが)相手が自分を知っているというのは怖いものだ。
そう考えると俳優なんてのは何と恐ろしい職業なんだろう。
エキストラの友達は、50年代のアメリカの設定なのでそれなりの衣装を着ているのだが妙に違和感がない。
ただしシーンの設定が夏なので衣装も夏服。
天気は日が射したかと思えばすぐに吹雪になったりとコロコロ変わる。
待っている間は厚手のジャケットを着ているが、撮影の時は夏服、これも辛そうだ。

撮影中も美術班は忙しい。
注文しておいたキャベツ500個が届き、それを畑に並べる。
届いたキャベツは余計な葉っぱを取られ商品として売られる状態で届く。
それをそのまま畑に並べても違和感があるので周りの葉っぱを何枚かはがして広げ本物の畑のように見せる。
一つ一つ手作業だ。いろいろな人に応援を頼むが、親方もせっせとキャベツを並べる。
筋書きでダイナマイトを投げ込まれるシーンがあるのだが、その時には窓からガラスを外しそれを割って破片をいくつか窓に戻してそれらしく見せる。
また爆発であいた穴ということで、地面に穴を掘り黒く色をつけてその周りに木を割ってちりばめる。
まあ大変と言えば大変だが、面白いと言えば面白い。
爆発の穴を掘っていると、エキストラで来ていた友達のエイジさんが手伝いに来てくれた。
この人は夏は山小屋の管理人をやっていて、昔からのつきあいだが夏はお互いに忙しくてなかなか会えない。
「穴掘りなら得意だから手伝わせてよ、待っているのも寒いから」
「ありがとう。助かるよ」
「この前は2mぐらいの穴を掘ってねえ」
「それって、ロングドロップ?」
ロングドロップとは、ぼっとん便所の事である。
「そう。大きさは1m四方で深さ2m。いっぱいになると穴を掘るんだよ」
さらっと言うが大変な作業だぞ。
「手掘りなんだあ。誰かが掘るのかなあって思ってたけどさ・・・」
そんな話をしながら穴を掘っていると親方がやってきて言った。
「穴はそれぐらいの大きさでいいです。後で埋め戻さなきゃならないから」
エイジさんはもっと堀りたそうだったがあきらめると、今度は向こうの畑でキャベツを並べている人を手伝いに行った。



役者が使う小物が足りないからその場で作れ、なんてこともある。
バスケットに布を敷いて、サンドイッチを紙袋に入れて、ジュースを今時のペットボトルから昔のビンに入れ移して、果物は昔も今も変わらずだからよし。全部をバランスよく飾って持っていったら使われなかった、なんてね。
ある時、親方が作業をしながらこう言った。
「俺達のやってることって本当に無駄が多いんだ。ゴミばっかり出るし、全然エコじゃないんだよ」
確かにそうだ。そのとおりである。
その点で言えば自給自足の方向にいる僕とは対極、一番遠い所とも言えよう。
でもそれを意識しながらやっているのと、気づかずにやっているのでは大きな違いがある。
だから普段は接点が全く無いようなところにいるが、今回のような出会いにも繋がる。
親方の肩を持つわけではないが、夢を作る仕事とはそういうものだと思う。



今日のロケ地、プールバーンから次の街オアマルまで車で3時間ちょっと。
多忙な親方は次へ次へと先の事を心配しなくてはならない。
明日のセットは八百屋、一晩で八百屋を作り上げるわけだが、借りる店の営業が終わり作業を始められるのが夕方。
なので6時ぐらいにはオアマルに着きたい、それにはプールバーンを3時ぐらいには出たい、というのが当初の予定。
夕暮れ迫る中、未だ撮り続けている撮影本隊を横目に見ながら現場を出たのが6時頃だっただろうか。
途中で親方はビール、僕は眠くならないようレッドブルを飲みながら夜道を3時間かっとばした。
オアマルに9時ぐらいに着き、その足で簡単な晩飯を取り、すぐにセットへ。
セットでは足場が組まれ1日限りの八百屋が作られていた。大工達は徹夜仕事になるだろう。
セットで僕達も仕事をする。さっきは土方のように穴を掘り、今度は八百屋になるのだ。
昨日クロムウェルの市場のセットで使った野菜を、今度はこちらの八百屋で使う。
2時間ぐらい仕事をしたか、撮影本隊がオアマルに着いたと連絡があり、僕らもホテルへ向かった。
彼らは僕達が出た後も真っ暗な中、撮影を続けたんだな。寒かったろうに。
モーテルへ着きベッドにもぐりこんだら12時を廻っていた。
46歳の誕生日はすごい勢いで駆け抜けたが、一生忘れる事はできない経験となった。
天がくれたプレゼントだと僕は考える。
ありがたやありがたや。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする