あおしろみどりくろ

楽園ニュージーランドで見た空の青、雪の白、森の緑、闇の黒の話である。

親方物語 6

2014-09-19 | ガイドの現場
7月24日
朝いつものように親方をホテルでピックアップしてベースへ行き、ぎょっとした。
衣装とメイクの間にライフルや機関銃がずらりと並び、その周りには軍隊で使うような物が置かれてる。
その一角だけ即席軍用品展示コーナーがあるようだ。
そういえば今日はキューバのゲリラのシーンがあるような事を言っていたな。
そのために色々な物を借りるんだろう。軍事マニアらしきおじさんが緑色の軍服を着てそこにいた。
全く毎日毎日いろいろあって楽しい。





その日の撮影は中米の町並みから。ベースから歩いて数分の距離だ。
スペイン語の看板はすでに用意されているし、交差点のストップサインを隠す看板も用意済みで、本番の時にちょいと引っ掛けるだけ。
段取り八分現場二分、あわてることもなくスムーズに撮影に入った。
『いつもこうありたいものだ』という僕の願いはこの後、見事に吹き飛ばされるのだが目隠しジェットコースター状態の僕にはそれを知る由もなかった。



中米の町並の撮影が終わると次は南米の客車のシーン。
僕らのベースの建物の裏はほとんど車の通りのない道がありその向こうは線路、そしてその先は海だ。
オアマルでは今でもたまに蒸気機関車を走らせており、今回の撮影も蒸気機関車を出してもらった。
そのシーンでは美術班の仕事はなく、次のセットそして今晩のセットの準備へと向かった。





午後の予定はキューバのゲリラのアジト、そして夜はキューバの廃墟のような町並みとのことだが、それを聞かされても僕にはイメージが湧かない。
ベースの建物は昔の羊毛の倉庫で、太い柱に白い石を積み上げた壁、高い天井に板敷きの床という造りである。
この一角に厚手の布を吊り下げ、天井から裸電球をぶら下げ、弾薬や武器を入れるような木箱を並べるとナルホドそれらしくなった。
だがこれだけで終わりでなく、壁にスローガンを書いたり、キューバの地図やスローガンを書いた紙を貼ったりというような細かい作業がある。
だがゲリラのアジトは作業途中のまま放って置かれ、美術班は建物の外で今晩のセットの作業をやっている。
この国の人達は気ままな所があって、物事をノリでやる。
だからそのノリとタイミングが合えば全てスムーズにトントン拍子に行くのだけれど、筋道だって考えて行動するのは苦手だ。
夜の撮影のセットはまだ時間があるのだから後でやって、先に午後から始まるセットを仕上げるという、素人の僕でも分かる事ができない。
気分は外のセットへぶっ飛んでしまって、ゲリラのアジトは遠い忘却の彼方へ押しやられてしまったようだ。
そんな忘れられたゲリラのアジトに親方と二人。
ボチボチと作業をしながらちょっと心配になり親方に聞いた。
「あのう親方、彼らを呼んできましょうか?」
「イヤ、ちょっとこのままやらせてみましょう、ジョンなりに考えがあるだろうから」
ジョンというのは美術班のボスだ。
ちなみに美術班は常時5人、ボスのジョン、僕の古くからの友達のサイモン、看板やサインを作る純朴ペインターのアンディ、小道具などを担当するジョシー、そして雑用のヘイディという顔ぶれである。
そのまま作業を続け、撮影の時間も近づいてくる頃、美術班のメンバーもボチボチとアジトに戻ってきた。
そしてお決まりのドタバタ劇だ。
8時だよ全員集合のコメディが終わって歌謡曲に移る時のあの音楽、あれがBGMに欲しいぐらいである。
壁にでかでかと[Todo por la Revolucion](全ては革命の為に)という文字を書くのだが、当初のイメージでは基本黒文字でRevolucionだけ赤文字、とアンディに伝えたのだが全部黒文字で書いてしまった。
水で流せば消えるペンキだがやり直している時間はもうない。
「もうしょうがないからRevolucionのところだけ黒の上から赤でなぞって」
そしたらアンディ、今度は黒字の周りに赤で縁取りをしてしまった。
「あーあアンディ、そうやっちゃったか。うーん、じゃあ黒の周りを赤でベタベタ塗っちゃえ。」
現場合わせもいいとこだが、アンディが塗ると、どうしても芸術っぽくなってしまう。
「それじゃあちょっとポップだぞ、軽すぎる。革命なんだから、もっと力強く」
ポップというのは和製英語なのか?うまくアンディに伝わらない。
このあたりは僕の英語にも問題がある。ポップな字体、というような感覚を伝えきれない。
おまけに時間がなくてアンディも僕もあたふたしている。
結局は親方自ら筆を取って壁にペンキで力強くどかっと。
それでアンディも納得したようで、その後を引き継ぎなんとか壁のスローガンができた。
天井からロープを垂らし鉤をつける。
キューバの国旗と革命軍旗を飾る。
コーヒーで汚した地図を貼る。
そして軍事マニアから銃を借りてきて弾薬箱の前に飾り、なんとかゲリラのアジトができあがった。



撮影が始まると親方は床に水をまいたり煙を焚いたりあれやこれや忙しそうだが、僕の出る幕ではなく基本ヒマだ。
撮影の様子を見物したり、強面ゲリラが旨そうにデザートを食べるのを写真に撮ったり、他のスタッフとおしゃべりしたり、そんな余裕も出てきた。
ジェットコースターだってゆっくり走る時もあるさ。





午後丸々かけて撮影は続き、その間に外のセットの準備をする。
土のうが着いたというので行ってみると、軍用トラック一杯に土のうが積んである。
ただし中身はおがくず。本物は土を入れるがそれだと重いからね。
土のうを積み上げ塹壕をつくり、そこに機関砲を据え付ける。
こちらは本物だろうな、かなり重たかった。



夕食後は夜の屋外シーンである。
ゲリラのアジトと関連があるのだが、設定はキューバ革命時の廃墟のような町。
道端の車からは煙が流れ、塹壕の脇には無骨な軍用テント。
木箱が無造作に積み上げられ、民兵がドラム缶で焚き火をする。
建物の壁にはキューバ革命のスローガンがベタベタと貼られ、その横で革命軍の旗がなびく、というようなセットを美術班が作った。
夜空に照明が煌々と焚かれ、撮影が始まった。
美術班も配置に着く。
遠くに置かれた車から白い煙、近くの車からは黒い煙ということで、白い煙はスモーカーという機械を使い、黒い煙は大きな皿に燃料を入れて燃やす。
黒い煙の役目は旧友サイモンなのだが、こいつがやらかした。
気をきかして車のボンネットの中から煙を出そうとしたんだろうな、ゴムの部分が焼けてしまい本物の黒い煙がモクモクとふき出し臭い匂いが辺りにただよった。
そんな事をやってあわてて消したものだから、今度は次のテイクで間に合わなくなりあたふた準備をしなおすというドタバタ劇。
そのうちに焚き火をしているドラム缶からの火が弱くなり、サイモンが燃料をぶちこむ。炎が上がる。やけに嬉しそうだ。
それを見て親方が言う。
「人間って火を見て興奮するタイプと冷静になるタイプがあるんですよ。サイモンは典型的な興奮型だな」
ナルホド、僕も興奮する方だな。
サイモンが担当する黒い煙は、普段消しといて本番に合わせて点火ということになったのだが、またやってくれた。
いざ本番、さあ黒い煙を出せ、いう所で煙が出ない。どうしたサイモン。
見るとあのバカ、よっぽど興奮したのか女の子と話に夢中で無線も聞いちゃいない。
近くにいた小道具のジョシーがプンプン怒りながら言った。
「全くあいつは最低!どうしようもないわ。クロムウェルの市場の飾りつけの時からずーっとそうだったのよ」
美術班の中でも人間関係は色々あるようだ。親方にそれを伝えると言った。
「サイモンみたいなタイプは力仕事とか大きな仕事はいいけど、こういうタイミングを合わせて動くというような細かいことは苦手なんだろうな」
ごもっともである。
実際サイモンはスキー場では圧雪車のオペレーターだったし、今でも普段は重機を使った土方をやっている。



撮影の合間、カメラの位置か変わる時に細かい指示が出る。
焚き火を焚いているドラム缶の位置をずらせと。
熱々のドラム缶をどうやって動かすんだ、と思って美術班の全員がお互いに顔を見回していると、親方がどこからか木の棒を持ってきて、それでズリズリと動かしてしまった。
現場上がりの親方は強し、そしてかっこいいぜ。
僕だけでなく美術班全員が親方の事を認め、そして尊敬していた。
ちなみに親方はビッグボスと呼ばれ僕はリトルボスと呼ばれていた。
親分と子分みたいなものだな。
こうしてキューバの廃墟の撮影もなんとか終わった。



帰り道、一昨日撮影をした八百屋の前を通った。
当たり前だが八百屋の面影は全くなく、ここにあの店があったという事が夢のように感じられた。
それがわずか数日前なのだ。
そこから僕はベネズエラ、ブラジル、チリ、カリフォルニア、中米のどこかの町、そしてキューバ革命を旅した。
あまりに毎日がめまぐるしく変わるので、まるで現実ではない夢の世界で生きているような錯覚さえも覚える。
後で親方にそれを言ったら、笑いながら「これが現実ですよ」と言った。
うーん、まあそうだけど、こんな事を年がら年中やってそれが現実だというのもそれはそれですごい世界だな、などと思うのだ。


続く

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