7月26日
クライストチャーチの撮影はサムナーとフェリーミードで行う。
現場へ行く車の中で親方から面白い話を聞いた。
「以前やった映画で『それでも僕はやってない』という痴漢の冤罪のドラマをやったんです。今ね日本の電車は怖いですよ。誰かに『この人痴漢です』と腕をつかまれたら最後、自分がやっていようがやっていまいが連れて行かれて『やりました』と認めればその日に放してもらえるけど『やっていない』と言い張ったらそのまま拘留されるんです。その間に社会的地位はパアですね。裁判をすれば費用もかかるし、例え無罪になっても失う物が大きすぎる」
「はあ、何か本でそんな話は読んだことがあります」
「だからね私は満員電車でも両腕は下げない。片方はつり革か何かに掴まってもう片方は顔の前で本を読むとかします。そうすれば誰かが近くで騒いでも『私の両手はここにあります』と言えるから。ホント怖いですよ」
「そんなじゃ、通勤の時も大きなストレスですね」
「そう、満員電車で女の人に近くに来てもらいたくないもの。『お願いだから、あっちに行ってください』と思っちゃう。それが今の日本なんです」
社会の歪みとでも言うのか、ここで生活をしていると遠い世界の出来事だ。
後日、女房にそれを話したら、「オヤジ専用車両があればいいのに」と言った。
ナルホド、女性専用があるならオヤジ専用だってあっていいはずだ。
女性しか専用車両がないのはオヤジに対する差別だ。
そんなのができたら親方は喜んでそこに乗ることだろう。
この日はサムナーの撮影から。
ちょうど朝日が海から昇ってくる時で、スタッフも写真などを撮る余裕もある。僕も朝日に向かって拝んだ。
この日のシーンは50年代のロス・アンジェルス。
道路標示の看板を古いものに付け替えて、現代っぽい壁を植木で隠し、クラッシックカーを用意すると、サムナーの住宅害がLAになった。
親方が車のナンバーを貼りかえるのに付き合っていると、向こうから親子連れがやって来た。
僕が所属するブロークンリバー・スキークラブのメンバーで、娘も僕の娘と同じ年でかれこれ十数年のつきあいか。
彼らがサムナーに住んでいるのは知っていたし、ひょっとすると会うかもな、とは思っていたがこうもあっさり何気なく出会うとはね。
「あらあら、こんな所で何をしているの?」
「日本のテレビドラマの撮影で働いていてね。見物していくといいよ。この向こうの道は50年代のLAだよ」
「へえ、それは面白いわ。撮影はここだけ?」
「いや、昨日まではオアマルで四日間、その前はセントラルオタゴで二日間だったよ」
「そうなの。次に会うのは山で会いたいわね」
「全くだよ。じゃあね」
彼女の家族と会うのはいつも雪山だ。街で出会う事は珍しい。
今年は雪が無くスキー場が開いていないのでこういう事もある。
もしも例年通りに雪が降っていたら、彼女の家族はこんな週末には滑りに行っているだろうし、僕もどこかの山へ行っていてこの仕事をしていないだろう。
そうなったら当然親方にも会っていないわけで、そう考えると雪が降らないことにも感謝というべきところだが、スキーヤーの僕は諸手を挙げて、というわけでもない。
複雑な心境である。
それにしてもこの仕事をしていて、よく知り合いに会う。
日本人のエキストラは知った顔がほとんどだし、オアマルの街でセットを作っていたらクライストチャーチの友達家族にばったり会った。
同じ街に住んでいながら普段は全然会わないのにこんなところで出会うとは。
「ニュージーランドは人が少ないから知り合いにもよく会うんですよ」と親方には冗談半分で言ったが、こういう何気なく嬉しい出会いがあるのは、自分が良い状態にいる証しと僕は見る。
午前の撮影が終わると場所をフェリーミードへ移し昼食後は南米のシーンの撮影だ。
チンチン電車の看板をスペイン語の物に代えたり、小さな旗を飾ったり。
細々した仕事をしてフェリーミードの撮影を終了。
その後、全員で街中のホテルへ移動。
そこでこの日の最後の撮影が終わり、その後はそこのホテルのレストランで食事。
俳優のOさんと女優のTさんの撮影がこの日に終わったので全員で食事会。
撮影はもう1日残っているので打ち上げというわけではなく、あくまで食事会だそうな。
僕は親方と離れ撮影班の人達と並んで座った。
横に座った高橋君は30をちょっと超えたぐらいか。初NZどころか初海外が今回の仕事だと。
その高橋君が話してくれた。
「僕達は仕事の時は全体の出発時間より15分早く撮影班は集合するんです。準備とかいろいろあるので。僕が新人だった頃はそれよりも15分早く来て機材のチェックとかしました。言われたわけではないけど早く一人前になりたかったし、先輩に誉められたら嬉しいし。でも最近の新人君はそうじゃないんですよね。言われたままの集合時間に来るだけなんです」
「ああ、それと全く同じような話を聞いたことがあるよ。言われたことだけはそつなくこなすけど、それ以上は何もしないというのは今の風潮なのかねえ」
近くにいたADの田中さんが話し出した。この人も面白い人だ。
「この前なんか、うちの若い子が遅刻してきたものだから『どうして遅刻したの?』って聞いたら『家を出るのが遅れました』って言われちゃって・・・。」
「アハハハ」
「今のご時世、暴力なんかは絶対ダメだし、きつく言ってもパワハラなんて言われちゃうから、やさしく『家を出るのが遅れたのは分かったけど、じゃあ何故家を出るのが遅れたの?』って聞いたのさ。そしたら『何かいろいろやってたら、遅れちゃって・・・』とお話にならないんです。僕らが若い頃は遅刻したら『スミマセン、スミマセン、スミマセン』と平謝りに謝ったものだけど、今の若い子ってのはそういうものらしいねえ」
「いや若いとかそういう問題じゃないでしょう。人間としてどうなの?という問題じゃないですか。親の顔が見たいとはこういう事ですよね。」
親の顔が見たい、という言葉はあるが親を見たくない時もある。
親方は会社の社長をしているので、新入社員の面接もやるという。
その面接に母親がついてきて、あれこれ自分の子供のアピールをするのだと。
そういう親がいるというのは、何かの記事で読んだ事はあるが実際に面接でそういう親が来たという話を聞くとリアルさが増す。
「お母さん、残念ながらあなたのお子さんは不採用です。その理由はあなたです。自分の行動の判断と責任という、人間にとって一番大切な芽を摘み取っている事に気がつかない、あなたのような親が育てた子供に人並みの仕事が出来ますか?自分の事を自分でするという当たり前の事、自分の面接を自分だけで受けるという当たり前の事をさせないのはあなたです。それを許す父親も父親です。子離れできないバカ親とはあなたのような人のことです。いい加減に目を覚まして、子供への依存を止め、あなたが自立しなさい。」
僕がもしも面接官だったらこれくらいの事は言ってしまうだろうな。
そしてバカ親からすぐに苦情が来てクビになるだろう。
そういう親に育てられた子供が仕事に遅刻して謝る事もせず、上司は叱ることさえもできない。
一昔前なら「バカヤロー」って怒鳴られ、時にはゲンコツの一つでも貰って自分から気づいたのだろうが、歪みに歪んだ社会はそれも許さない。
可哀そうだ。みんな可哀そうだ。
自分の愚かさに気づかないバカ親も可哀そうだし、そんな親に育てられた子供も可哀そうだ。
そして自立できない部下を持つ田中さんもかわいそうだし、面接について来るバカ親の相手をしなければならない親方もかわいそうだ。
でも、早く一人前になりたいからと、自ら進んで早出をする高橋君のような若者も存在する。
歪んだ社会の闇だけではなく、明るい光もあることを忘れてはならない。
続く
クライストチャーチの撮影はサムナーとフェリーミードで行う。
現場へ行く車の中で親方から面白い話を聞いた。
「以前やった映画で『それでも僕はやってない』という痴漢の冤罪のドラマをやったんです。今ね日本の電車は怖いですよ。誰かに『この人痴漢です』と腕をつかまれたら最後、自分がやっていようがやっていまいが連れて行かれて『やりました』と認めればその日に放してもらえるけど『やっていない』と言い張ったらそのまま拘留されるんです。その間に社会的地位はパアですね。裁判をすれば費用もかかるし、例え無罪になっても失う物が大きすぎる」
「はあ、何か本でそんな話は読んだことがあります」
「だからね私は満員電車でも両腕は下げない。片方はつり革か何かに掴まってもう片方は顔の前で本を読むとかします。そうすれば誰かが近くで騒いでも『私の両手はここにあります』と言えるから。ホント怖いですよ」
「そんなじゃ、通勤の時も大きなストレスですね」
「そう、満員電車で女の人に近くに来てもらいたくないもの。『お願いだから、あっちに行ってください』と思っちゃう。それが今の日本なんです」
社会の歪みとでも言うのか、ここで生活をしていると遠い世界の出来事だ。
後日、女房にそれを話したら、「オヤジ専用車両があればいいのに」と言った。
ナルホド、女性専用があるならオヤジ専用だってあっていいはずだ。
女性しか専用車両がないのはオヤジに対する差別だ。
そんなのができたら親方は喜んでそこに乗ることだろう。
この日はサムナーの撮影から。
ちょうど朝日が海から昇ってくる時で、スタッフも写真などを撮る余裕もある。僕も朝日に向かって拝んだ。
この日のシーンは50年代のロス・アンジェルス。
道路標示の看板を古いものに付け替えて、現代っぽい壁を植木で隠し、クラッシックカーを用意すると、サムナーの住宅害がLAになった。
親方が車のナンバーを貼りかえるのに付き合っていると、向こうから親子連れがやって来た。
僕が所属するブロークンリバー・スキークラブのメンバーで、娘も僕の娘と同じ年でかれこれ十数年のつきあいか。
彼らがサムナーに住んでいるのは知っていたし、ひょっとすると会うかもな、とは思っていたがこうもあっさり何気なく出会うとはね。
「あらあら、こんな所で何をしているの?」
「日本のテレビドラマの撮影で働いていてね。見物していくといいよ。この向こうの道は50年代のLAだよ」
「へえ、それは面白いわ。撮影はここだけ?」
「いや、昨日まではオアマルで四日間、その前はセントラルオタゴで二日間だったよ」
「そうなの。次に会うのは山で会いたいわね」
「全くだよ。じゃあね」
彼女の家族と会うのはいつも雪山だ。街で出会う事は珍しい。
今年は雪が無くスキー場が開いていないのでこういう事もある。
もしも例年通りに雪が降っていたら、彼女の家族はこんな週末には滑りに行っているだろうし、僕もどこかの山へ行っていてこの仕事をしていないだろう。
そうなったら当然親方にも会っていないわけで、そう考えると雪が降らないことにも感謝というべきところだが、スキーヤーの僕は諸手を挙げて、というわけでもない。
複雑な心境である。
それにしてもこの仕事をしていて、よく知り合いに会う。
日本人のエキストラは知った顔がほとんどだし、オアマルの街でセットを作っていたらクライストチャーチの友達家族にばったり会った。
同じ街に住んでいながら普段は全然会わないのにこんなところで出会うとは。
「ニュージーランドは人が少ないから知り合いにもよく会うんですよ」と親方には冗談半分で言ったが、こういう何気なく嬉しい出会いがあるのは、自分が良い状態にいる証しと僕は見る。
午前の撮影が終わると場所をフェリーミードへ移し昼食後は南米のシーンの撮影だ。
チンチン電車の看板をスペイン語の物に代えたり、小さな旗を飾ったり。
細々した仕事をしてフェリーミードの撮影を終了。
その後、全員で街中のホテルへ移動。
そこでこの日の最後の撮影が終わり、その後はそこのホテルのレストランで食事。
俳優のOさんと女優のTさんの撮影がこの日に終わったので全員で食事会。
撮影はもう1日残っているので打ち上げというわけではなく、あくまで食事会だそうな。
僕は親方と離れ撮影班の人達と並んで座った。
横に座った高橋君は30をちょっと超えたぐらいか。初NZどころか初海外が今回の仕事だと。
その高橋君が話してくれた。
「僕達は仕事の時は全体の出発時間より15分早く撮影班は集合するんです。準備とかいろいろあるので。僕が新人だった頃はそれよりも15分早く来て機材のチェックとかしました。言われたわけではないけど早く一人前になりたかったし、先輩に誉められたら嬉しいし。でも最近の新人君はそうじゃないんですよね。言われたままの集合時間に来るだけなんです」
「ああ、それと全く同じような話を聞いたことがあるよ。言われたことだけはそつなくこなすけど、それ以上は何もしないというのは今の風潮なのかねえ」
近くにいたADの田中さんが話し出した。この人も面白い人だ。
「この前なんか、うちの若い子が遅刻してきたものだから『どうして遅刻したの?』って聞いたら『家を出るのが遅れました』って言われちゃって・・・。」
「アハハハ」
「今のご時世、暴力なんかは絶対ダメだし、きつく言ってもパワハラなんて言われちゃうから、やさしく『家を出るのが遅れたのは分かったけど、じゃあ何故家を出るのが遅れたの?』って聞いたのさ。そしたら『何かいろいろやってたら、遅れちゃって・・・』とお話にならないんです。僕らが若い頃は遅刻したら『スミマセン、スミマセン、スミマセン』と平謝りに謝ったものだけど、今の若い子ってのはそういうものらしいねえ」
「いや若いとかそういう問題じゃないでしょう。人間としてどうなの?という問題じゃないですか。親の顔が見たいとはこういう事ですよね。」
親の顔が見たい、という言葉はあるが親を見たくない時もある。
親方は会社の社長をしているので、新入社員の面接もやるという。
その面接に母親がついてきて、あれこれ自分の子供のアピールをするのだと。
そういう親がいるというのは、何かの記事で読んだ事はあるが実際に面接でそういう親が来たという話を聞くとリアルさが増す。
「お母さん、残念ながらあなたのお子さんは不採用です。その理由はあなたです。自分の行動の判断と責任という、人間にとって一番大切な芽を摘み取っている事に気がつかない、あなたのような親が育てた子供に人並みの仕事が出来ますか?自分の事を自分でするという当たり前の事、自分の面接を自分だけで受けるという当たり前の事をさせないのはあなたです。それを許す父親も父親です。子離れできないバカ親とはあなたのような人のことです。いい加減に目を覚まして、子供への依存を止め、あなたが自立しなさい。」
僕がもしも面接官だったらこれくらいの事は言ってしまうだろうな。
そしてバカ親からすぐに苦情が来てクビになるだろう。
そういう親に育てられた子供が仕事に遅刻して謝る事もせず、上司は叱ることさえもできない。
一昔前なら「バカヤロー」って怒鳴られ、時にはゲンコツの一つでも貰って自分から気づいたのだろうが、歪みに歪んだ社会はそれも許さない。
可哀そうだ。みんな可哀そうだ。
自分の愚かさに気づかないバカ親も可哀そうだし、そんな親に育てられた子供も可哀そうだ。
そして自立できない部下を持つ田中さんもかわいそうだし、面接について来るバカ親の相手をしなければならない親方もかわいそうだ。
でも、早く一人前になりたいからと、自ら進んで早出をする高橋君のような若者も存在する。
歪んだ社会の闇だけではなく、明るい光もあることを忘れてはならない。
続く
最近の子、そんな子多いですよ。
うち仕事9時半からなんですけど、最初から言っておくんです、9時20分には集合場所で仕事が出来る状態で待機しておく事って。
そうじゃないと、9時半まで朝ごはん食べてる子とかいるんですよ。
ま、エクスチェンジだからとか思うんですけど、最近はちゃんとした仕事場でも現れてるんですね~。
古いって言われちゃうんですかねぇ・・・
ところでひっじさん、女優のTさん知らなかったんですか!? 私たちの年代では、20代の頃にトレンディードラマの主演何度もやってた人気女優さんですよぉ~
お久しぶりです。お元気ですか?
9時半から仕事なのに9時半までご飯食べてちゃダメじゃん。そういう人は仕事の段取りなんて事も一切考えないんだろうなあ。
エクスチェンジだろうがプロだろうが仕事は仕事。
そんなエクスチェンジに一々言わなければならない深雪さんもかわいそうです。
女優のTさんだけど、僕はトレンディードラマという物を一切見たことがないので知りません。
何かで見たとしても覚えてないのかもしれない。
だけど素顔は素敵な人でしたよ。
ひっじさんの事はいつも勝手にこれ読んでるから久しぶりな気がしないんですよ、ははは。
9時半にたばこプカプカ吸ってるの見た時はさすがに静かに怒りました。。。こっちは待ってるのにね。
ドラマみないんですか~
私はよく見ましたよ。今は全く女優さんの名前解りませんけどね。