今だに台風の被害から立ち上がれない保津川下り!
今週から、航路をふさいでいる巨岩の撤去作業を
予定していましたが、一昨日晩の夕立によりまたしても
水量が上昇、工程がずれ込むという最悪の事態に!
作業にかかれるのは明日以降ということになり、
今週末の再開を期待していた私達船頭の落胆も大きいです。
私達はあの台風から後、追い討ちをかける様な度重なる雨に
運休を余儀なくされ、ただただ、恨めしく‘天’を見あげることしか出来ないのです。
今日はその‘天’が爽やかな秋晴れを運んできました。
気分転換もかねて、京都で一番好きな秋の嵐山に行くことに!
家の中で失意に浸っていても余計に落ち込むだけで
心身にもいいことはないですからね。
せっかく‘天’がくれた休みです。有意義に使わなくては
バチがあたるというもの!
今日はいつもと趣を変え、背中にはリュックサック、
首にはカメラを掛けるという完全な観光客スタイルで、
通い慣れたこの地を訪れてみるのも一興かと。
先ずは嵐山の象徴、渡月橋を目指します。
年間数え切れない程この橋を渡っているはっちんですが、
この時期に、この様にのんびり渡月橋を渡ったのは何年ぶりでしょう。
いつもの年なら、この橋を渡ることは時間との戦いです。
1日1000人~2000人のお客さんが訪れ、待ち時間もでるほどの忙しさ。
急いで乗船場に帰らねばならない私達船頭は、
観光客で歩行者天国になっている渡月橋の上を、
人波掻き分け、走り抜けなくてはならないのです。
ここが天下の名勝などということすら忘れていたのかもしれません。
のんびりと橋を渡っていると、いつも知っている渡月橋ではない
感覚に囚われ、周りの美しい景色や観光客の楽しそうな笑顔まで
自然と視界に入ってくるから不思議です。
そこは昔、私はっちんが京都で一番好きだった場所、嵐山なのです。
学生の頃やこの仕事に就く前は、よくこの地を訪れ、
自然の中に身を置き、心身のリフレッシュを図ったものです。
橋の上から周りを見渡し、一歩一歩、足を進めると、
忘れていた懐かしさが蘇ってくるようです。
その昔、平安王朝華やかなりし頃、朝廷貴族たちが競うように
別荘あるいは山荘を営み愛された‘山紫水明’の地・嵐山。
王朝文化は花開き、「平家物語」や「源氏物語」など
日本を代表する古典文学の舞台にもなった地。
それでいて雅やかと呼ぶにはあまりにも、とりすましたところもなく
素朴な自然、野趣に富んでいるのは、農産物や材木を流通するという
生活に密着した運河であったからでしょうか?
山々は、ほんの少し紅葉がかってきているようです。
嵐山が最高に美しくなるのは、これからです。
今日改めて思いました。
この山と水の自然を損なわない限り、
この地は永遠に美しく恵まれていくことでしょう。
そして、1日でも早く美しいこの地に、船を浮かばせたい!
そう願わずにはいられないはっちんなのでした。
今週から、航路をふさいでいる巨岩の撤去作業を
予定していましたが、一昨日晩の夕立によりまたしても
水量が上昇、工程がずれ込むという最悪の事態に!
作業にかかれるのは明日以降ということになり、
今週末の再開を期待していた私達船頭の落胆も大きいです。
私達はあの台風から後、追い討ちをかける様な度重なる雨に
運休を余儀なくされ、ただただ、恨めしく‘天’を見あげることしか出来ないのです。
今日はその‘天’が爽やかな秋晴れを運んできました。
気分転換もかねて、京都で一番好きな秋の嵐山に行くことに!
家の中で失意に浸っていても余計に落ち込むだけで
心身にもいいことはないですからね。
せっかく‘天’がくれた休みです。有意義に使わなくては
バチがあたるというもの!
今日はいつもと趣を変え、背中にはリュックサック、
首にはカメラを掛けるという完全な観光客スタイルで、
通い慣れたこの地を訪れてみるのも一興かと。
先ずは嵐山の象徴、渡月橋を目指します。
年間数え切れない程この橋を渡っているはっちんですが、
この時期に、この様にのんびり渡月橋を渡ったのは何年ぶりでしょう。
いつもの年なら、この橋を渡ることは時間との戦いです。
1日1000人~2000人のお客さんが訪れ、待ち時間もでるほどの忙しさ。
急いで乗船場に帰らねばならない私達船頭は、
観光客で歩行者天国になっている渡月橋の上を、
人波掻き分け、走り抜けなくてはならないのです。
ここが天下の名勝などということすら忘れていたのかもしれません。
のんびりと橋を渡っていると、いつも知っている渡月橋ではない
感覚に囚われ、周りの美しい景色や観光客の楽しそうな笑顔まで
自然と視界に入ってくるから不思議です。
そこは昔、私はっちんが京都で一番好きだった場所、嵐山なのです。
学生の頃やこの仕事に就く前は、よくこの地を訪れ、
自然の中に身を置き、心身のリフレッシュを図ったものです。
橋の上から周りを見渡し、一歩一歩、足を進めると、
忘れていた懐かしさが蘇ってくるようです。
その昔、平安王朝華やかなりし頃、朝廷貴族たちが競うように
別荘あるいは山荘を営み愛された‘山紫水明’の地・嵐山。
王朝文化は花開き、「平家物語」や「源氏物語」など
日本を代表する古典文学の舞台にもなった地。
それでいて雅やかと呼ぶにはあまりにも、とりすましたところもなく
素朴な自然、野趣に富んでいるのは、農産物や材木を流通するという
生活に密着した運河であったからでしょうか?
山々は、ほんの少し紅葉がかってきているようです。
嵐山が最高に美しくなるのは、これからです。
今日改めて思いました。
この山と水の自然を損なわない限り、
この地は永遠に美しく恵まれていくことでしょう。
そして、1日でも早く美しいこの地に、船を浮かばせたい!
そう願わずにはいられないはっちんなのでした。
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