散日拾遺

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おもひはかりと常識と ~ クリスマスにラフカディオハーンのネタ元を知ること

2018-01-17 00:06:08 | 日記

2017年12月25日(月)・・・昔々、3週間ほど前、昨年のクリスマスのこと。

 2017年は12月24日が日曜日にあたったので、プロテスタント教会はどこも大忙しだった、に違いない。

 カトリックは25日当日を大事にするが、プロテスタントは25日に最も近い日曜日を「クリスマス主日」としてまもる。日曜日はキリストが復活した日だから大事なわけで、毎週の日曜日が小イースター、イースターなくしてクリスマスなしという筋目である。

 とはいえ年間で最も人の集まるのはイースターならぬクリスマスで、午前中は礼拝堂がぎっしり満杯、午後は教会学校の子どもたちの降誕劇があり、夕は聖夜の燭火礼拝である。降誕劇を意味する pagent を日本の教会ではページェントと読むが、アメリカでは誰もがパジェントと発音していた。辞書にもそうあり、これがページェントになった経緯はよく分からない。ラテン語の「舞台」に由来し、「野外劇、華やかな行列、見世物」といった意味があるという。

 そのページェント/パジェントが始まる前の空き時間、kindleで『宇治拾遺物語』を開いた。教会堂でこれを読む人間も珍しいだろうと可笑しかったが、ちょうど画面に出てきたのが8巻の第6話、『猟師仏射事』というのである。一読、愕然とした。大袈裟なようだが非常に驚いたには事情がある。

 まずこの話、小泉八雲ことラフカディオ・ハーンの短編『常識』とそっくり同じ内容である。

 もちろんこれは話が逆で、ハーンの短編が宇治拾遺物語とそっくり同じ、つまりハーンが宇治拾遺から(あるいは今昔物語20巻13話に見える同じ話から)想を拾ったものに相違ない。ただし着想を得て翻案したというようなものではなく、短い物語をそっくりそのまま現代語に置き換えたものである。ハーンは英語で書いたから、正確に言えばハーンの英語訳を介して再度現代日本語に戻したものが、嘗て僕の読んだ『常識』の実質ということになる。いわゆる「再話」という形式だが、これを創作と言ってよいものかどうか。

 ただしハーン自身の工夫と見えるものが、文庫で5ページほどの短い作品の中に少なくとも一箇所、ないではない。確かにある。それを語るために話のあらすじを示しておこう。

***

 山中で仏道に専念する老僧の前に、夜な夜な普賢菩薩が顕現するという。弟子の小僧もそれを証言する。これを聞いた出入りの猟師が陪席を請い、三人で待つところへ闇夜を明々と輝かせ、白象に乗った普賢菩薩が現れた。すると猟師はやにわに立ち上がり、満弓をひきしぼって矢を放つとたちまち菩薩は消え失せた。

 涙ながらに非難する老僧に対し、猟師の弁明はこうである。仏道に専心する僧に菩薩が現れるのは自然として、駆け出しの小僧や殺生を生業とする自分などが菩薩を拝めるはずがない。してみるとあれは菩薩を謀る?物の怪の仕業に違いない、どのみち真の菩薩なら、自分などの矢に害されるはずもないだろうと。

 夜が明ければ地面には点々と血痕、それをたどっていったところ、洞穴で大きな狸(今昔物語では野猪(くさいなぎ))が矢に射抜かれて絶命していた。あらましそういう話である。

 ハーンがいささか工夫したというのは、この結びの部分である。宇治拾遺は次のように結ぶ。

 「聖なれど無智なれば、かやうにばかされける也。猟師なれども慮(おもひはかり)ありければ狸を射害(いころ)し、そのばけを顕しけるなり。」

 無智とは辛辣な表現で、とりわけ「智」は単なる「知」を越えた「叡智」に関わるコンセプトだと思われるから、多年の修行の結果が無智に終わったのでは、いささか気の毒というものである。いっぽう、猟師は修行はせずとも「おもひはかり」があったので物の怪のたくらみをたやすく暴くことができたという。「おもひはかり」とはよい言葉である。

 さてハ―ンはこれをどう訳したか。彼の使った言葉が他ならぬ「常識」であった。

 ”The priest, although a learned and pious person, had easily been deceived by a badger. But the hunter, an ignorant and irreligious man, was gifted with common sense; and by mother-wit alone he was able at once to detect and to destroy a dangerous illusion.”

 僧は博識で敬虔な人物でしたが、いともたやすくたぬきにだまされてしまったのでした。しかし猟師は、無学で仏門の修行を積んではいませんでしたが、しっかりと常識を身につけていました。そして、こうした生来の智恵こそが、危険な幻想をも即座に見破り、撃退することができたのでした。(『新編 日本の怪談』(池田雅之訳、角川ソフィア文庫))

 ***

 今見直してみるとなかなか味わいある英文で、"was gifted with" とか "mother-wit" とかいった表現が素敵にスピリチュアルである。それは置くとして。

 常識という言葉をめぐっては古くから議論のあるところで、養老孟司センセイが何の壁でだったか、ピーター・フランクルが「日本人は常織を雑学と取り違えている」と言ったのに強く同感しておられたように、常識とは判断(力)の範疇にあるべきものである。「そんなのジョーシキ!」というところだが実際には微妙な面もあって、共通理解のプロセスとその産物とは signifiant と signifie のように表裏一体を為す。トマス・ペインが「アメリカが独立すべきことは既にジョーシキ(common sense) 」と書いたときには、明晰な判断(=常識)の成果としての共通認識(=常識)こそがポイントだっただろう。

 ただ俗流「常識」の問題は、いったん成立した共通認識を固定化し、そこから外れるものを価値下げするところにある。これは倒錯だが、きわめて強力な力をもっている。この倒錯を打ち破る力は本来の(判断の範疇としての)「常識」の役割であって、そのほかにはない。ハーンが "and by mother-wit alone" と書いた、"alone" の一語が光るところである。

 デカルトはこの意味での本来の常識 ~ フランス語では bon sens(良識 ー この訳も問題含みだ)~ を、彼の考究の核心に据えた。

 「良識(bon sens)はこの世のものでもっとも公平に配分されている。」

(『方法序説』落合太郎訳、岩波文庫版 第一章)

 もっとも公平に配分される故に、無学な猟師をも博学の僧同様にそれをもちあわせ、要らぬ学問に曇らされることなくこれを発揮することができる。西欧史の中で階級制を打破する原動力となったものでもあり、西欧がどこまでも粘り強いのはこの力によっている。ハーンが「おもひはかり」を "common sense" と訳したのはこの文脈においてであり、そこにこの再話の価値があると共に、日本人に対するハーンの愛を見ることもできるかもしれない。ある種の恩返しの気もちがありはしなかったか。

***

 ところで冒頭に「愕然とした」と書いたのは、ハーンの『常識』が今昔/宇治拾遺に取材していることを知ったからではない、のね。

 そうではなく、なぜそのことに、今の今まで気づかなかったかということなのですよ。

 ハーンの短編は、昔懐かしい対訳本(これは出版文化上の金字塔だと僕は思うが、今や絶滅危惧種である)がなぜか家の本棚にあり、10代の頃には読んでいた。東大の教養課程の英語で "common sense" の意味をテーマにレポートを書いたことがあり、これはフランクル-養老対話より30年は先んじていた。

 いっぽう、『宇治拾遺物語』はセントルイス時代に祖国への熱愛をこめて読み返したぐらいで、やはり30年来の愛読書である。なのになぜ『猟師仏射事』というこの一篇を見落としていたのか、それこそキツネにつままれたような気分である。

 僕は昭和40年夏から3年間、島根県松江市に暮らしていた。内中原(うちなかはら)小学校の3年から6年にかけてである。松江といえばピンとくるであろう、ラフカディオ・ハーン/小泉八雲が住んだ土地であり、その記念館と旧居とがわが家の近くに存在した。遠来の知人があると市内観光の案内役を仰せつかり、おかげで八雲記念館や旧居に関する情報はあらまし諳んじていた。

 ハーンが「おもいはかり」を "common sense" と訳した時の心情を察したくなるのは、そんな背景によるものでもあるが、これは稿をあらためることにしよう。

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