2018年3月9日(金)
二月下旬、大阪へとんぼ返りすることがあった。市営地下鉄の谷町線は乗ったことがなく、JR梅田駅構内のど真ん中で方向が怪しくなり、制服を着て人の流れを整理しているおじさんに「すみません」とお伺いを立てた。
上背はないがどっしりした体格の彼、谷町線と聞いて深くうなずくと、白い手袋の拳を目の高さに掲げて親指を突き立てる。思わず釣り込まれるこちらの視線を、ぐぅっと引っ張るように白い拳を水平に回した。見えない糸に引かれて思わず南を遠望するところへ、
「まっすぐ行って、二つ目を右」
ゆっくりはっきり、尊厳すら感じさせる声が腹から響いた。
こんな堂々たる道案内の所作は初めてである。大阪の土地柄か、おじさん個人の芸なのか、何しろ他所で見た記憶がない。そう言えば昭和44年の大昔、黒塗りのブルーバードで山形から名古屋経由はるばる愛媛ヘ帰省の途中、大阪の交番で道を聞いたことがあった。
「この道をストーンと行ってね、突きあたりを右に、またストーンと行って…」
ストーンという響きの面白さと警官の親切が、大阪という土地の最初の印象を形づくったっけ。
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おかげで迷いもせず南森町駅から地上に出る。交わる大通りのどちらが一号線なのか、そこでしばらく思案投げ首。行き先は教団の天満教会、名前の通り大阪天満宮の至近にあって駅からは目と鼻の先のはずである。
見透かしたように仕掛け人の申先生から着信あり、土地勘のない僕のために電話で連呼された。
「天神さんの鳥居の真ん前です。本殿じゃなくて鳥居ですよ。道を訊いて『天神さんの近く』というと本殿のほうに連れて行かれます。必ず『天神さんの鳥居はどこ?』と訊いて来てくださいね・・・」
鳥居、鳥居、どんなすごい鳥居かと思ったら、こんなすごいのだ。
立派な鳥居をこの風景に押し込めるのは実にもったいない。両翼が空を切り取る輪郭が見たいではないか。よそ者の気楽さで放言するなら一帯の建物に高さなり道路までの距離なりの規制を設け、ついでに参道は自動車乗り入れ禁止にすれば良いのにと思う。ここの七夕は日本三大祭の一つに数えられるそうな。名だたる神社の鳥居としては、少々扱いが気の毒である。
白い車が通っていく目の前の天神筋をはさんでこちら側、僕の背後に天満教会が建つ。つまりこんな具合(⇩)。天神さまの筋向かいに天の神さまあり。池上本門寺の直近にある大森めぐみ教会のことなど連想する。最初はなかなか、大変ではなかったかしらん。
会場では少人数だが熱のこもったやりとりがあり、良い一日を過ごした。スティグマについて昨年東京で話した時は、なかなか話が急所へ届かなかった。今日はとても食いつきがよく、そうとわかっていれば長話は控え、早々に質疑応答に持ちこむのだった。これも参加者の偶々の個性か、土地柄のあることか。思いあたるところがないでもない。
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ところ変わって東京は今朝の新宿駅頭、やや高齢の白人旅行者ペアを見かけた。大荷物を抱えて番線に迷っており、聞けば松本へ行くのだという。近くで山手線を物々しく送り出したばかりの駅員に声をかけると、「あずさで松本…」と言い終わるのを待たずに「トラック、ナイン!」と怒鳴ってよこした。オーストラリア人男性が一瞬ポカンとして「トラック、ナイン!」の連呼を招いたのは、駅員の発音が聴き取れなかったからでは(たぶん)なく、鬼瓦みたいに目を剥く相手に面食らったのに違いない。
礼を言って背を向けてから、
"He doesn’t look friendly, don’t you think?"
と言ったら、
"That’s OK, he may not be very happy this morning."
と世慣れた返事が帰ってきた。優しいな、こう考えればいいんだね。
" Thank you for your help. Have a nice day."
nice day が nice die に聞こえるのは、紛れもなく豪州人の証しである。外国人旅行者が信濃路へ向かう姿も、すっかりあたりまえになった。そういう時代に鬼瓦氏、梅田駅で修行してきたらどうかしらん。せっかく track nine がすらっと出るんだったら、笑顔を添えれば効果百倍なのに。
ああ、もったいない!
Ω