散日拾遺

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武漢に作家あり

2020-12-09 13:17:35 | 日記
2020年12月9日(水)

 「一つの国が文明国家であるかどうかの尺度は、高層ビルや車の多さ、強大な武器や軍隊、科学技術の発達、卓越した芸術、派手な会議、絢爛たる花火、世界各地で豪遊する旅行者の数などではない。唯一の尺度(基準)は、弱者にどう接するか、その態度だ」
 
 孫引きの誹りは覚悟の上で書きとめておく。
 齋藤愼爾『終わりなきコロナの時代 ー 生と死のあわいで』(『てんとう虫』2020年、7+8月号P.68-69)に引用されたものを転記している。
 「新型コロナに感染した人は当初<被害者>であったのに、忌むべき不吉な<加害者>と位置づけられてしまう。中国武漢が発症元と伝えられると、中国人全体に対する差別が欧米や日本で顕在化する。武漢在住の作家、方方氏の日記がブログで公表されても黙殺される。方方氏の一節を引かぬ訳にはいかない。」(齋藤氏)
 「黙殺された」仔細など寡聞にして知らず、おかげでこういう作家のあることを知った。

 なお、「終わりなき感染症時代に真に求められるのは、宗教でも医学者の専門知でもなく、英知に支えられた思想だと考える」との齋藤氏の主張は真にもっともであるが、それに先立ち「キリストが磔刑にされたときの、「わが神、わが神、なぜ私を見捨てられるのですか」という叫びを何故に信者は問題視しないのか」と斬りつける調子で書かれているのには鼻白んだ。
 この深い叫びを信者が「問題視していない」と、何をもって決めつけるのか、まずはその点を伺いたいものだ。
 博学に裏づけられた示唆豊かなエッセイだが、緊張感を保って一文を書ききるのは易しい作業ではないと見える。

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 方方(ファンファン)
 1955年、中国・南京生まれ。現代中国を代表する女性作家の一人。2歳時より武漢で暮らす。運搬工として肉体労働に従事したあと、文革後、武漢大学中国文学科に入学し、在学中から創作活動を始める。卒業後はテレビ局に就職し、ドラマの脚本執筆などに従事。80年代半ばから、武漢を舞台に、社会の底辺で生きる人々の姿を丁寧に描いた小説を数多く発表。2007年からは湖北省作家協会主席も務めた。2010年、中篇「琴断口」が、中国で最も名誉ある文学賞の一つである魯迅文学賞を受賞。「新写実小説」の代表的な書き手として、高い評価を得ている。主要な作品は映画化もされた「胸に突き刺さる矢」(2007年)、『武昌城』(2011年)、『柩のない埋葬』(2016年)など。
武漢日記 :方方,飯塚 容,渡辺 新一|河出書房新社 
(www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309208008)
 
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