Jun日記(さと さとみの世界)

趣味の日記&作品のブログ

うの華 22

2019-07-27 12:33:35 | 日記

 どれどれ、やや物見遊山な感じの顔で、父は私が見詰める中、彼の両親の寝所へと入って行った。

「やぁ、父さん、具合が悪いんだって。」

直ぐに父の朗らかな言葉が聞こえた。私には見えない障子の向こうだ。食事後にその儘居間にいた私は、部屋を仕切っている障子戸の、白い障子紙を見詰めた。

 私は父の言葉を頭で反芻してみた。そしてやはり祖父は具合が悪いのだと再認識した。そこで障子紙の向こうある光景、祖父の布団が引かれていると思しき辺りを見透かすように見詰めていた。

「なぁ、父さん、そう大した事は無いんだろう。」

そんな茶化すような声がした。父は自分の父にお道化たように話し掛けている。

「いやそれがな…。」

何だか祖父の声はぼそぼそとして聞き取りにくい。私の父もそうだったらしく、布団の中から何か言われても聞こえないという様な事を言っているのが聞こえた。そして、「布団を剥がすよ。」と父が言うと、「否、それは止めた方がいいんじゃないか、お前の為に。」等、祖父も祖母同様に、息子が彼の父を見ることを制しているようだった。

「さっきの母さんの声と、この部屋の様子を見て判断出来無いかい。」

そんな祖父の物言いが私には聞こえた。

 私はこの時、先ほどの祖母の妙に悲鳴めいた声を思い出した。しかし私に現在の部屋の様子は想像出来なかった。何時もなら、日中は普通に畳だけの座敷である。庭に向けた障子の面には縁側が有った。昼寝時や夜であれば、祖父母の布団が仲良く並べられて部屋の中央辺りに敷かれている。祖父が寝ているのなら、祖父の布団は未だ畳の上に敷かれているのだろうと私は思った。祖母の布団は押し入れに片付けられているのだろう。私は四角い部屋の何時もの場所に、祖父の布団が1人分だけ敷かれている光景を思い浮かべた。

 さぁさぁ、子供の機嫌でも取る様な父の声が聞こえて来た。と思ったら、次の瞬間、

「おわっ!」

ひえっ、ひぇえぇ…!。といった様な、悲鳴の2段構えとでもいう様な悲鳴が聞こえた。どどん!。何やら倒れる様な音がした。 私はその大きな物音に、箪笥か何か、大きな物が倒れたのだと思った。しかし、考えてみると祖父母の部屋には箪笥など無く、普段、畳だけしか敷かれていないのだ。

『何かしら?。』

私は倒れた物体を考えてみたが全く想像できなかった。そして障子の向こうは水を打ったような妙な静けさに包まれた。

 私は、今度こそは謎に満ちた部屋の中に真理を求めて押し入ろうと考えた。歩みかけて祖母を見ると、祖母はまだ階段下の場所にいた。私が「お祖母ちゃん、何が倒れたの?。」と聞くと、祖母は意外な事にえ、何が?と答えた。私が何を言っているのか判じられない、という様子だった。私の言葉が何故発せられたのか、前後の事の繋がりが分からないという顔付だった。

「お祖母ちゃん、部屋の中で大きな音がしたでしょう。」

何か箪笥みたいな大きなものが倒れたみたいに。そう私が言うと、祖母はへん!と言った感じで私を見ると、顔に嘲笑いを浮かべた。そんな物が、箪笥なんか部屋にはないよ。と言う。

「でも、ドン!という大きな音がしたでしょ、何か大きなものが倒れたみたいだった。」

私が真剣にこう言った物だから、私の必至な顔付に気付いた祖母は

「部屋の中で、…箪笥みたいな大きなもの…。」

そう考えながら呟いていたが、ハッと何かに思い当たったらしい。彼女は足早に素早く自分達の部屋の入り口に駆け寄ると、室内を覗くや、すいっと部屋に入り込んだ。そしてちらりと私を見やったが、待ってましたとばかりに駆け寄ろうとする私の足が1歩、2歩と出る前に、部屋の障子戸はパタリと閉じられてしまった。

 ああ、これで部屋の様子を知る術が無くなったのだ。私は事万事休すの感で閉められた祖父母の部屋の戸を見詰めていた。下から上、上から下と障害になる障子の戸を眺めてみても、これでは何も分からない。この時の私には、この閉じられた戸を押し開き、目の前の障害を突破して部屋に押し入るという、勇猛果敢な気概は無かった。成す術無く階段の下で佇んでいた。


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