Jun日記(さと さとみの世界)

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うの華 番外編5

2024-10-20 14:19:27 | 日記
 姉も妹のこの落胆ぶりに言葉が無かった、妹の顔から目を逸らすと、ほうっと溜息を漏らした。

「次が有るわよ。」

「有るかしら。」「有るわよ、お前なら。」「私は行かずだから有っても無いわ、よ。だけどお前は嫁に行きたいんだから、必ず有るわ、ね。」と、姉は明るく静かに言うと、外の方を向いて微笑んだ。窓には日中の陽光が穏やかに差し込んで来る。

 「分かったかい、私は行けずしゃなくて、行かずなんだよ!。」

窓の外の子供に向かって、姉は叫んだ。彼女の叫びはそう大きな声でも無かったが、外にいる子供の耳にでもよく聞き取れる声だった。『いかず?、いけずの間違いじゃ無いのかしら?。』外の子供には又謎の言葉が増えた。この世は謎だらけだ。

 お芝居しなくて良いなら、と、妹は思う。『お誂え向きに、丁度よく目の前に子供がいる事だし…。』彼女は破談でむしゃくしゃした気持ちを、未だ道に留まっている子供で晴らしてしまおうと考えた。態々外まで出掛けて、憂さ晴らしの相手を探す手間が省けたという物だ。彼女はほくそ笑んだ。彼女は部屋の隅に置いた先程の物差しを手に取った。これは私自身の物差しだし、『どの道この尺を喰らう運命にあった子なのだわ、気の毒に。』と、彼女は苦笑いした。

 「お止めよ、その子は…。」

窓辺ににじり寄った妹に、姉がその手にある尺を目に留めて小声で囁いた。えっ、と驚いた妹。「だって、さっき姉さんもそのつもりだったんでしょう。」「そうだけど、お止めよその子は。」姉は子供がもう寺で誰かのとばっちりを受け、誰彼の諍い事に巻き込まれた様だと説明した。嘘だと思うなら、あの子の頬に残る涙の筋を見てご覧。言われて妹は、道にいる子の涙で擦り成した汚れ顔を眺めてみた。「成程、それで、私達は誰かと誰かに先を越されたらしい。誰かしら、姉さん分かる?。」と、彼女は姉に尋ねた。姉妹は寺で喧嘩したらしい人物を想像した。

 「一方は今の住職さんらしい。」

姉が言えば、「もう片方は?、誰かしら?。」と、妹は惚けた。二人共、相手は先代の住職であろう事の想像が容易に着いた。さぁ?、と、姉も返した。「さっぱり分からないわ、私。」姉妹は二人でくすくす忍び笑いした。その後、まぁ、もう一寸あの子に詳しく聞いてみようじゃ無いか、と、二人は笑顔になった。

 「ねえねえ、あなた、智ちゃんだったね。」窓から顔を出し、妹の方が子供に声を掛けた。「あなた、その様子では、何だかお寺で泣いた様子だけど、お寺で何かあったのかしら。」ここに居るお姉さん達に教えて、と言うのだ。さもよしよしと、あやされ賺されて、子供は喋り出した。

 「お前は変わった子だと言われて、」

「住職さんが?。」そうだよ、と子供は答える。「さっきもそう言ってたわよね。」姉が付け加えた。「それで、」妹の促しに、子供は答える。

 「私を助ける事が出来るって。」

この私は誰か?、目の前の子供の事では無いねと、姉妹はそれでは何方だろうねと、小声で囁き交わしたが、「若い方だろう」「そうだね」と意見が一致した。妹が再び尋ねた。

 「話の腰を折って悪いけど、」

その子、その言葉は知ら無いね、と姉は口を挟んだ。「私の方がその子の事はよく知っているから。」と彼女は妹と交代すると提案した。すると、子供の話を聞きながらそれと無く道の両通りに目を呉れていた妹は、ふふっ、ならそれで。…うふふん。と、口にすると、彼女は一方の通りを見て何やら思い付いた素振りで、遠くに向けていた視線を戻した。それから用心深く窓の桟に寄り、そこからそうっと何かを窺うと、身を乗り出して来た姉と交代して窓から離れた。彼女は部屋の中、置いてある座り机へと急いだ。

 さて、妹の代わりに姉が窓から顔を出した。

 「さっきの私、それは誰?、あなたが助ける事が出来る人は?。」

子供はハッとして、それは、住職さんだよと答える。若い方の?年寄りの?、姉は問いを続ける。妹は室内でガサゴソと忙しない。年寄り?、と、子供は怪訝そうに口にする。そこで窓辺の姉の方は、そうね、二人いるから迷うよねと、さも子供に共感したという風に装ってみせる。すると子供は、住職さんは一人と言い掛けた。しかし、その時本堂の中にいた年配の男性が、私は先代の住職と口にした事を思い出した。『あの人年寄り?、かもしれ無い。』そうかな。子供に人の見た目年齢等、直ぐには判断出来無かった。子供は暫し考えてみる。そうだ!、お年の人だ。年寄りにしては若そうだったと子供は考えた。子供は自分の祖父を引き合いにして思い浮かべていた。祖父に比べるとかなり若そうに思えた。でも、あの人は確かに住職と言っていた。そう気付くと、子供は言った。

 「年寄りって、先代の住職さんっていう人?」

おや、姉は驚いた。知っているのかいと問い掛ける。子供はうんと頷くと、その人がそう言っていたと答えた。ははぁんと、姉は先代さんにも会ったのかいと合点した。住職二人が居合わせていたのなら、昨日からのこの界隈の騒動を考え併せみても、子供がとばっちりを受けたその場所は、本堂だろうと彼女は想像した。それはそれは、彼女は言った。お前もとんだとばっちりを受けた物だ。如何にもその様子だね、と、彼女は子供に妙に共感して感じ入ると、じいっと子供の頬の幾筋かの涙の跡と、顔の黒い擦りなしの模様を眺めた。

 「汚い手で目を擦っちゃダメだよ、目にばい菌が入るからね。」

親切にそんな助言さえ与えながら、昨日もそんな調子だったんだねぇ、あのお寺の方はと、彼女は自分の幼い日を思い出していた。私の時もそんな事があったのよね、先先代と先代と、「今はもうあのうら若かった住職さんも、先代になったのか。」そんな事を彼女は呟いた。

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