私は一層耳に神経を集中させると、階段の入り口の方を見詰めた。未だ座ったままだったが膝を崩すと、声の方向に向かって倒れる様に自分の体を伸ばしてみるのだった。
「ミーちゃん、ミーちゃん、」
なかないでミーちゃん。こう祖父の言っている言葉がはっきりと聞き取れると、『猫だ!』、私は思った。猫のミーちゃんだ!。
私の外出時の事、時折だが、大人達がこの界隈をうろついている猫を見ると、大抵そういう猫は野良なのだが、ミーちゃん、よしよし等声を掛けている。そうやって猫を呼ぶと、皆屈みこんでは彼等の頭など撫でているのだ。
可愛い…、そうだ!、きっと子猫なのだ!。階段では祖父が子猫をあやしているのだ。子猫はきっとみぃみぃと鳴いているのだ。私は目を輝かせた。動物が大好きな私は、さっと立ち上がるとぱたぱたと階段へ急いだ。そうして胸をときめかせて、階下への入り口から階段を覗き込むと足下を眺めた。真っ暗だ。
靄の様な底知れぬ闇が、煤けた様に私の眼下に広がっていた。お陰で私は全く要領を得なかった。それでも私は可愛い子猫見たさに靄の細かな粒の最中に目を凝らしてみた。すると、私の目に見慣れた祖母の頭、未だ黒髪が多い髪の毛の筋、彼女の頭に丸く結った髷が映って来た。そうだ、祖母の髪は未だ黒い髪の方が多かった。近所のお祖母ちゃんと呼ばれる婦人達の頭を思い起こして、私はこの時ふとそんな事を思った。きっと、家のお祖母ちゃんはまだ若いのだ。そう感じると、私は何だか無性に嬉しい気がした。
「お祖母ちゃん。」
私は反射的にそう声を掛けたが、直ぐに怪訝に感じた。『お祖父ちゃんじゃない。』、声は祖父の物だったのに、階段には祖母がいるのだ。私が不思議に思い、益々目を凝らして祖母を見詰めると、段々と階下の靄が晴れるに連れて、彼女の体に異変が有る事を私は感じ取った。
彼女はとても太って見えたのだ。頭は普段通りの大きさなのに、彼女の胴体、首から下の部分が何時もの2倍はあろうかという大きさに暗く膨れているのだ。周囲の暗さも手伝って、私は背筋に寒い物を覚えた。
階段、ここは階段なのだ。「階段で怪談を見るとは」、一時前の意味有り気な祖父の言葉が蘇って来ると、私の背筋の寒気はそれを凍らせる程になった。
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