Jun日記(さと さとみの世界)

趣味の日記&作品のブログ

うの華 75

2019-10-12 11:12:21 | 日記

 「父と息子でこの違い。」

そう父は茶化したように言って、その実、内心の不満をちらりと覗かせているのが私にも分かった。

 その日の夕餉は明るく賑やかだった。祖母も明るい表情で笑いさざめき、家族の会話が弾み、祖父も目を細めて極めて嬉しそうだった。母さえ満足気な笑みを漏らして明るかった。私はそんな家の大人達の顔を不思議にも思い眺めていた。少なくとも父と祖母は揉めていたんじゃないのかなぁ?、と疑問に思っていたが、皆の和やかな様子が私に取っても嬉しくない訳が無かった。私もほっとした笑みを浮かべていた。

 「そんなに私の事をお父さんが思っていてくれたなんて、嬉しいじゃないかい。」

祖母はそんな事を言っていたし、母にしても、「この人が余計な事をしたから…。」と、叱られて当然ですと祖母に味方し、自業自得という物だと言うと、父が酷い目に遭った事を何だか喜んでいる様にも見えた。

 父はこれでは立つ瀬が無いなぁと、その日の夕餉の晩酌で珍しく酔いが回り、赤い頬で独り言ちていた。祖父もその晩の酒量が進んだようで、普段に無く言葉数も多く陽気だった。この日、家の大人は夕餉の饗宴に皆笑いさざめき、一家団欒の幸福な時を過ごした。勿論私もだ。

 雨降って地固まるという様に、家族が纏まったような我が家だった。私は何思う所無く平穏な日々を送り始めた。そんなある日の事、外出先から帰った私は、家に上がり居間に入った。

「しかし妙だなぁ。」

また見知らぬ男の人が襖の前に立っていた。

「あの人がこんな物を何時までも残して置くなんて。」

独り言を言っているようだ。あの人の事だ、こんな物を見たらその日の内に、半日、否、2、3時間の内に貼り直してしまうだろうに。

「本当に妙だ。」

そう言って、その人は顎に手を当てて考えていた。

 私がその人の傍らで居間に入り切れ無いでいると、私の気配に漸く気付いたのだろう、彼は私の方を振り向いた。

「こんにちは。」

私は微笑んで挨拶した。するとその人は顎に手を当てた儘で黙っていた。挨拶が聞こえなかったのかな?、私はそう思い、前より明るく、声も大きくして再び笑顔で挨拶した。その人は詰まらなそうな顔で「挨拶は聞こえていたから。」とのみ答えた。子供の私には用が無いのだろう、仕事の事なら家の大人だと、私はその儘その場を離れて奥に入ろうとした。するとその男の人は、一寸と、私を呼び止めた。

 「この障子だがねぇ。」

と言い出すと、「如何思う?。」と私は尋ねられた。如何と言われても、もう長くなる穴の開いた障子襖だ。私は返答の仕様が無かった。既に見慣れていたのだ。

「如何と言われても…。」

私は言葉に詰まった。

「行儀悪いと思わないかい。」

まぁ、確かにそうだ。私は最初にこの穴が開いた時とその時の感情を甦らせつつあった。

 あの時は、母の事を何て馬鹿なんだと怒ったが、今から思えば私の為にと穴を開けてくれた母だ、優しい所がある、それに何よりあれは私の母親なのだ、変に思っても仕様が無いと考えた。私は行儀が悪いです。そう思うと目の前の男性に同調しながら、心の中では母の事を思い、若し聞かれたとしても誰が開けた穴かは黙っていようと決めた。

「誰も張り替えないのかねぇ。」

男の人は続けた。確かに、あれ以降誰も張り替える様子はなかった。のみならず、家の大人達はこの障子の事につい触れようとせず、みっともないとか、張り替えなさい、張り替えようという様な言葉が、彼等の話題に上っているのを私はついぞ聞いた事が無かった。

「何時張り替えるんだって?。」

そう聞かれても、聞かれた私は答えようが無かった。さぁとしか言いようがない。

「さぁって、」

私の返事を聞いた男の人は何だか雲行きが怪しくなった。怒った様子だ。ぷりぷりとしている気配が彼の体全体から感じられだした。


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