彼は話の接ぎ穂を折られてまた言葉を失いました。今春が進んで来た明度の有る日差しの中で、遊具の側に立つ2人の影は共にうな垂れているように見えました。
沈黙の時が過ぎました。もう彼女の表情に怒髪天を突くというような激しい感情は見られ無くなりました。代わりに酷く疲れたような、疲労困憊した色がその顔に浮かんでいました。彼の方も、彼女の表情の移り変わりを見る内に、反省と後悔の念が感じられるような沈痛の面持ちに変わっていました。好奇心旺盛な彼でしたが、彼女に対しては心底友情を感じていたのです。似た者同士というのでしょう、外見の整った形と同様、彼らは共に内面の思考、物に対しての嗜好も似ていました。この時、彼女の表情を読んでいた彼には、彼女の考えている事が殆ど理解出来ていました。
『叔父さん、私だけが頼りだなんて言って置いて、ちゃっかり近所でも一番の資産家の御子息に従姉妹をくっ付けていたんだわ。』『この子の言う通り、叔父さんは油断出来ない人間だったんだ。今後気を付けるようにお母さんからお父さんに言ってもらおう。』この時彼女はそう考えていました。
彼女は年下の従姉妹に将来の玉の輿の先陣を越された事が、腸が煮えくり返る程に悔しくまた腹立たしいのでした。そこには妬みともいえるような嫉妬心が含まれていました。彼女は大好きな叔父に裏切られたという感情で泣きたいくらいに悲しくなって来ました。
「あの子の事はもう聞きたくないから。何で私がこれ以上あの子の話を聞かなくちゃいけないの。」そう力なく呟くように彼女は言いましたが、振るえる語尾が何時も冷静沈着で物に動じない普段の彼女とは違う、今の彼女の内面の沈痛な思いを表していました。
「あの子だったら私の方がお似合いだわ。」
『そうなんだけど…』、我知らずの内にこの言葉を彼の前で口に出してしまい、彼女は赤面しました。彼女は酷く混乱し、取乱して、心情切なく思うのでした。
実は話題に上った資産家の御曹司には、彼女も密かに恋心にも似た淡い思いを抱いていたのです。その事が目の前にいた友人にもばれてしまい、彼女の目には熱い物が込み上げて来ました。
目の前で涙を流す親しい彼女の姿に、彼は何だか悪い事をしたような気がして来ました。聞かれたので有のまま、起こったままの事を彼女に話したのですが、それでは何だか彼女に悪い事をしたような結果になったと後悔しました。『もう少し考えて喋ればよかったかな。』と思いました。
それにしても…。と彼は思いました。如何やら先程からの彼女の様子では、向こうの奴らの話していた「…ちゃん」は本当のあの子の事じゃ無いなと、ある事を推理をしました。そこで泣き出した彼女が落ち着いて来たら、その自分の考えた事が真実か如何か真相を確かめてみようと考えていました。
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