Jun日記(さと さとみの世界)

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うの華3 59

2020-10-27 09:10:47 | 日記
 台所を歩き出すと、庭に向いた窓辺で父と母が間近に向かい合い、2人立っているのが見えた。両親はにこやかに笑い声を立てて楽しそうに話し合っている様子だ。珍しい事だと私は思った。あの2人が声に出して談笑するなど、私には初めてみる心地がした。
 
 が、私は彼等に近付くに連れて、その笑いが愉快な物では無く、嘲笑であるらしい事に気付いた。父が母さんもなぁと言うと首を傾げ、話をする相手の母から顔を逸らすと、皮肉っぽい彼の笑いを彼の後方である私の方へと漏らしたからだ。その言葉を受けた母も、ほんとにと言って笑ったが、私がその笑顔をよく見ると、苦しそうであり、その笑顔の皺には人を見くびった様な影が浮かんでいた。私はそんな様子の2人に気付くと、つい俯いてしまい、表情が曇ってしまった。が、次に私が目を上げると、こちらに視線を向ける父の目と私の目が合ってしまった。父は明らかに私の姿や表情を確認した様子だった。彼は驚いた様に目を見開いていた。
 
 この時、必要に迫られた私は否応なく2人の傍に歩み続けなければならなかった。が、本来の私なら、この様な雰囲気の彼等に近付きたくはなかった。
 
『母さんというからにはお祖母ちゃんの事だ。』
 
私は両親の話題が祖母の事だと感じ取ると、何だか嫌な気がしていた。父は祖母の事を嘲っているのだ、私が大好きな祖母の事を、と思う他に、私の父が自分の母の事を馬鹿にして話題にしているのだ、と考えると、今迄日頃、公明正大を謳い、正直や正義等、聖人君主めいて放言していた彼が、何だか自らの虚飾を今その場で剥がし、醜い姿でそこに立っているように見え、シュンとして心が冷え込む物を私に感じ取らせた。
 
 それでも、立ち止まりかけた私の足を、私は踏み出し歩み続けなければならない。そんな緊急の状態にあるのだ!。本当に否応なくだ!。私はその事を自らに感じていた。私は仕方なく歩み続けた。元々現況では早足になれなかった私だが、それでも、山々歩みを遅くしたい気分には十分なっていた。
 
 そんな時だ、私が両親2人の傍に辿り着く前に、裏庭の開いた戸口の向こう側から「姉さん!、姉さん!…。」と、母を呼ぶ慌てふためいた祖母の声が聞こえて来た。母はハッとした様子で、はいと答えると、振り向きざまに裏口へと駆け出して行った。お陰で台所の明るい中庭に面した窓辺には、私の父1人が残った。
 
 私は台所から母が1人減った事で、それ迄感じていた重く沈んだ自分の気持から自分の心の上に載った重石が外れて、ふわっと浮き上がる様な軽い気分になったと感じた。私にとっては、目の前の通り過ぎなければならない難所から、忌むべき者の数が減ったのだ。
 
 『もう少しだ!。』
 
私は急いで父の傍を通り過ぎるのだと、無理をして少し早く足を踏み出した。パタパタ…。と、そんな私が彼の横を通り過ぎるという事に、今更のように気付いたという感じで、父は「お前何処へ行くんだ。」と問い掛けて来た。

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