三姉妹とは、おなじみのこの人たちではなく、
映画の題名です。
今日の「てんがらもんラジオ」は向井さんの旅の話でした。
番組は、http://www.ustream.tv/recorded/115946867
この映画については向井さんの話には出なかったと思います。
「六月燈」が「六月堂」に聞こえたので、ネットで「六月堂」を検索したら映画「六月燈の三姉妹」が表示され、この予告編を観て頭に浮かんできたのが私の兄と弟のことでした。予告編では、家業の和菓子屋の経営難打開の方策が探られるなか、一家の娘3人とその連れ合いなども絡めて、「六月燈で何かが起こる⁉︎」と。
何が起きたのか予告編では分かりません。
我が身に戻ると、兄は2年前に亡くなったのですが、亡くなる三年ほど前から認知症の初期と診断されていました。そんな兄を見ながら三兄弟が家業であった和菓子屋を3人で引継ぎ、営業し続けていたらどういうことになっていただろうか、と思ったことがありました。実際には親の代に廃業していたので全く妄想ともいえる話なのですが。
「六月燈」は三姉妹とその両親、この親子関係も単純ではなさそうですが、いくつもの複雑な関係を含みながら、またそれだからこそ映画鑑賞者がうなずけるてん末を迎えたのでしょう。そこへ導く舞台として「六月燈」が大きな役割を果たしているに違いありません。
山本コウタロウーの「岬めぐり」では、傷心の青年が生きる力を取り戻す場としてバスの旅=岬めぐりが舞台とされていました。「六月燈」では更に大きな舞台になったのではないでしょうか。
それは何処から来るか、こういう「六月燈」が目に止まりました。
種子島のある町の「六月燈」。
70年くらい前近所の子供たちが大人の手も借りながら舞台を作り、演芸大会をやった時の気分を思い出します。鹿児島市内の規模の大きい「六月燈」も基本は手づくり感だろうと思います。
もしも、少し余裕ができ行けるものなら、弟夫婦と嫂(あによめ)とともに夫婦の旅で何ヶ所かの「六月燈」を巡ってみる、そんな誘いが鹿児島の七月にはある、と教えてもらった時間でした。