願はくは
花の下にて春死なん
そのきさらぎの望月(もちづき)のころ
西行 『山家集』
(2月16日は西行の命日)
審査委員を務めさせていただいた
文化庁「芸術祭賞」テレビドキュメンタリー部門で、
「大賞」を受賞した
BS1スペシャル「正義の行方~飯塚事件30年後の迷宮~」。
ディレクターの木寺一孝さんと。
特集ドラマ「ももさんと7人のパパゲーノ」における演技で、
テレビドラマ部門「放送個人賞」を受賞した伊藤沙莉さん。
2023.02.15
ドラマ24「今夜すきやきだよ」
(テレビ東京系)
蓮佛とトリンドルという絶妙の組み合わせ
タイトルだけ見るとグルメドラマみたいだが、「今夜すきやきだよ」(テレビ東京系)の主人公は自分の〝生き方〟を探るアラサー女子たちだ。
あいこ(蓮佛美沙子)は内装デザイナー。仕事では優秀だが、家事全般は苦手だ。恋人がいて結婚願望も強い。
ともこ(トリンドル玲奈)は絵本作家。料理など家事全般が得意だが、仕事はやや行き詰り状態だ。また、他者に対して恋愛感情を抱かない「アロマンティック」でもある。
そんな2人が同級生の結婚式で再会し、ふとしたことから同居生活が始まった。
経済的に不安定なともこは、会社員のあいこに助けられている。あいこは、ともこと仕事や恋愛をめぐる雑談をすることで癒されている。
タイプの異なる2人が互いの足りない部分を補いながらの暮らしは、イソギンチャクとクマノミのような、やさしい「共生」かもしれない。
自分の感情を大事にしたいからこそ、他者の気持ちも大切にする。そして「性」ではなく、「人」として相手を見る。
何より「女だから」とか「世の中そういうもんだから」といった〝決めつけ〟と、やんわり距離を置こうとする2人の姿勢が爽やかだ。蓮佛とトリンドルという絶妙の組み合わせが効果を生んでいる。
原作は谷口菜津子の同名コミック。ともこが編集者と打ち合わせをする場面のロケセットは、版元である新潮社の社屋だ。
(日刊ゲンダイ「TV見るべきものは!!」2023.02.14)
彩色一角双耳獣(「兵馬俑と古代中国」より)
報道が仕えるべきは国民だ。
統治者ではない。
S・スピルバーグ監督作品
映画『ペンタゴン・ペーパーズ』より
織田信長、豊臣秀吉、そして徳川家康は、これまでもNHK大河ドラマに度々登場してきました。
「戦国三英傑」などと呼ばれますが、その人気には差があるようです。
天才的な英雄としての信長。農民から天下人への出世物語が愛される秀吉。
しかし最終的な勝者である家康には、どこか近寄り難い印象があります。
家康は死後、神格化されました。
それが変わるのは明治以降で、特に影響を与えたのが大正時代の立川文庫『真田十勇士』です。
猿飛佐助や霧隠才蔵が活躍する物語での家康は最大の敵であり、陰謀の限りを尽くして豊臣家を滅ぼす「ずる賢いタヌキおやじ」でした。
この立川文庫以来、すっかり定着した「タヌキおやじ」を覆したのが、山岡荘八の長編小説『徳川家康』(1950年に新聞連載開始、完結は67年)です。
家康の信奉者だった山岡は、戦乱の世の先の平和を望み、そのための困難を乗り越えた苦労人として家康を描き、大ベストセラーとなります。
「人の一生は重荷を負うて遠き道をゆくが如し」という有名な遺訓と共に、人格者・家康のイメージが広まりました。
この山岡の小説を原作にした大河が1983年の『徳川家康』です。主演は滝田栄さん。
後に『葵(あおい)徳川三代』(2000年)も作られますが、家康一人を主人公としたのはこれが初めてでした。
しかも原作にかなり忠実であり、優秀で真面目な戦国大名がそこにいたのです。
そして今回の『どうする家康』。何より、脚本の古沢良太さんが描く家康がユニークです。
天下を取ろうという野心も、重荷を背負う覚悟もない。
何か事あれば「どうしよう?」と焦りまくり、自らの運命に悩んだり、もがいたり、泣き出したりする心優しき青年。
古沢さんと制作陣が目指しているのは、「神」でも「タヌキおやじ」でも「人格者」でもない、新たな家康像です。
主演の松本潤さんもこの難役に果敢に挑んでいます。
『徳川家康』の滝田さんや『葵 徳川三代』の津川雅彦さん。
さらに『功名が辻』(06年)の西田敏行さんや『真田丸』(16年)の内野聖陽さんなどとも異なる、〝等身大〟の家康を現出させています。
ここからいかにして信長(岡田准一)や秀吉(ムロツヨシ)といった怪物たちを超えていくのか。見所はそこにあると言っていいでしょう。
その兆候があらわれ始めたのが、第4話でした。
清州で信長と向き合った元康(家康)。
信長は「今川を滅ぼせ」と命じ、さらに妹の市(北川景子)を「おぬしの妻とせよ」と言い渡します。
何とか抵抗したい元康は、大高城をめぐる戦の「勝利」を主張しました。
「なるほど、物の見方とはいろいろだな」と信長。
物の見方・・・。
大高城は今川義元(野村萬斎)をおびき出すための作戦だったと、木下藤吉郎に説明されてしまうのです。
「まあ、物の見方いう話でごぜーます」と、追い打ちをかける藤吉郎。
愕然とする元康。
ここで思い出したのは、歴史学者の磯田道史さんが、井上章一さんとの対談本『歴史のミカタ』で語っていたことです。
歴史は「史実の集合体」ではない。歴史の正体とは「物のミカタ(見方)」である。
過去のどの部分を、どのように見るかであり、人それぞれなのだ、と。
元康の中で、何かが変わり始めた瞬間です。
市との結婚を拒否し、今川と戦うことを決めた元康。果たして、今川氏真(溝端淳平)の手から、妻・瀬名(有村架純)を奪い返すことが出来るのか。
昨年10月にスタートした、水谷豊主演『相棒 season21』(テレビ朝日系、水曜よる9時)。
今回は、初代の〝相棒〟である亀山薫(寺脇康文)が復帰し、杉下右京(水谷)と息の合ったところを見せています。
20年も続いてきた『相棒』ですが、一体なぜ、その人気は衰えないのでしょう。
ドラマの舞台は警視庁です。
しかし、右京は捜査1課の花形刑事でも、重大事件を指揮するエリートでもありません。
主人公が「傍流」であることが、国民的人気を得る重要な要素になっているのではないでしょうか。
推理力と洞察力に優れた右京は、いわば「斬れ過ぎる刀」です。
上層部にとっては煙たい存在でもあり、「特命係」という窓際に追いやられました。
「特命係」とは名ばかりの部署で、特別な任務が与えられているわけではありません。
組織から「邪魔者」の烙印(らくいん)を押され、隅っこに追いやられたにもかかわらず、活躍する右京。その姿は見る側をスカッとさせます。
私たちの社会でも、みんなが「主流」や「王道」を歩んでいけるわけではありません。
だからこそ共感を呼ぶし、応援もしたくなるのです。
また右京の個性は、全く違うタイプの〝相棒〟を隣に置くことで際立ちます。
その最たるものが、愛すべき直情径行型の亀山でしょう。
これは推理ドラマの典型的な手法でもあります。
シャーロック・ホームズにワトソンが、エルキュール・ポアロにヘイスティングスがいたように、名探偵には相棒がつきもの。
20年前のスタート時、この普遍的な関係を、現代の警視庁を舞台に再現したところが新鮮でした。
亀山以外にも、個性に満ちた相棒が登場しました。
右京を監視するために送り込まれてきた、神戸尊(及川光博)。
右京にスカウトされる形で特命係にきた、甲斐亨(成宮寛貴)。
そして法務省のキャリア官僚だった、冠城亘(反町隆史)。
彼らとの関係も実に刺激的でした。
また、そんな『相棒』を支えている一つが、よく練られた脚本です。
初期から参加している脚本家である輿水泰弘さん、岩下悠子さん、森下直さん。
さらに、『科捜研の女』などの戸田山雅司さんや、今年の大河ドラマ『どうする家康』の古沢良太さんも常連でした。
彼らが手掛ける脚本の特色は、事件を解決するラストが「勧善懲悪」という紋切り型ではないことです。
どこか割り切れなさが残る、余韻があります。
リアルな人間社会では、全てがマルとバツ、白と黒では片付けられないことが多い。
何が正解かを簡単には言えない世の中です。
そういうグレーな社会を反映したラストだからこそ、視聴者は納得がいくのです。
時代の変化が激しい中で、チャンネルを合わせれば一貫して変わらない右京がいる。
そのこと自体が、見る側にとっての幸せです。
そして『相棒』は、まるで伝統を継承する和菓子屋さんのようです。
脚本も演出も演技も、すべてが職人芸と言っていい。
変わらない味を守りつつ、時代によって新しい要素を組み入れて常に進化している。
だからこそ、『相棒』は開始から20年を経ても根強い人気を保っているのだと思います。
西山太吉、佐高信『西山太吉 最後の告白』
集英社新書 1045円
1971年、毎日新聞記者だった西山太吉は、沖縄返還に際してアメリカが支払うべき400万ドルの補償金を、日本が肩代わりする密約をスクープした。
だが、取材方法が国家公務員法違反に問われ有罪判決を受ける。密約問題よりも西山と外務省女性事務官との男女関係に世間の目が向けられたのだ。追及はうやむやとなり、結果的に報道の自由が封じられていった。
西山太吉、佐高信『西山太吉 最後の告白』は、91歳の西山にとって覚悟の一冊だ。沖縄密約の構図を多面的に分析している。
岸信介の時代、すでに別の密約があった。安保改定における朝鮮議事録だ。半島で緊急事態が起きれば、事前協議なしで在日米軍基地から出撃可能との内容だった。
また弟の佐藤栄作は早くから沖縄返還を、ポスト池田勇人を狙う自分のメインイシューにする。
政権獲得後は政治的野心から72年返還のタイムスケジュールを厳守。その無理が秘密を生み、密約となる。基地の自由使用という政治密約と、費用の過大負担という財政密約が、返還合意とほぼセットで決まっていたのだ。
密約のスクープは機密漏洩事件として貶められたわけだが、情報は女性事務官が「私にくれた」ものであり、強要も要請もしていないと西山。
ただし、彼女を情報ソースとして守れなかったことを、ミスであり失敗だったと自己批判する。
半世紀が過ぎても解決しないままの沖縄問題。自民党政治と日米同盟の本質を衝く、貴重な証言集だ。
(週刊新潮 2023.02.09号)
騎馬俑(「兵馬俑と古代中国」より)
新しいものは常に謀叛(むほん)である。
我らは生きねばならぬ。
生きるために謀叛しなければならぬ。
徳富蘆花『謀叛論』
テレビ70年記念ドラマ
「大河ドラマが生まれた日」
(NHK)
「いいものを創りたい」というシンプルな情熱
どんなジャンルであれ、前例がないことに挑む「はじめて物語」は面白い。4日夜に放送された、テレビ70年記念ドラマ「大河ドラマが生まれた日」(NHK)は、1963年の第1作「花の生涯」の舞台裏を描いていた。
きっかけは芸能局長・成島(中井貴一)の「映画スターを呼んで日本一の時代劇を作る」という思いつきだ。プロデューサーの楠田(阿部サダヲ)とアシスタント・ディレクターの山岡(生田斗真)が動き出す。
当時のテレビは、隆盛だった映画界から「電気紙芝居」と見下され、専属俳優たちを出してもらえなかった。楠田たちは松竹の看板スター・佐田啓二(中村七之助)に狙いを絞る。
アメリカでテレビが映画を凌駕しつつあることを知った佐田は出演を決意。「花の生涯」の主人公・井伊直弼のブレーンで、副主人公の長野主膳を演じた。
また俳優たちの拘束時間が限られていたため、同じセットで複数回の撮影を行う「同一セットまとめ撮り」や、セット替えの時間を短縮する「引き枠セットチェンジ」などの手法を生み出す。
何もかもが手探りだからこそ、携わった人たちの「いいものを創りたい」「身近な人を喜ばせたい」というシンプルな情熱が印象に残った。
徳川幕府崩壊の決定的要因となった「桜田門外の変」。60年後の大河の主人公が家康であることに不思議な感慨がわく。
(日刊ゲンダイ「TV見るべきものは!!」2023.02.07)
家畜犬陶俑(「兵馬俑と古代中国」より)
型を捨てろ、水のように。
友よ、水になれ。
ブルース・リーの言葉
NHK 映像の世紀 バタフライエフェクト
「ブルース・リー 友よ 水になれ」
2023.02.06 放送