碓井広義ブログ

<メディア文化評論家の時評的日録> 
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ドラマ『海に眠るダイヤモンド』が問う「戦後」

2024年12月06日 | 「しんぶん赤旗」連載中のテレビ評

 

 

ドラマが問う「戦後」

 

日曜劇場「海に眠るダイヤモンド」(TBS系)から、ますます目が離せなくなっている。

1955年、大学を卒業した鉄平(神木隆之介)は故郷の長崎県・端島に戻った。父(國村隼)や兄(斎藤工)が炭鉱員として働く鉱業会社に職員として就職したのだ。

一方、2018年の東京に暮らすホストの玲央(神木の二役)は、会社経営者のいづみ(宮本信子)と知り合い、彼女の秘書となった。

物語は2つの時代と場所を行き来しながら展開されるが、軸となるのは昭和30年代後半の炭鉱の島だ。鉄平、彼とは幼なじみの朝子(杉咲花)や百合子(土屋太鳳)などの恋愛模様だけでなく、この時代を生きる人たちの現実と痛切な心情が映し出されていく。

たとえば、鉄平の家では20歳だった長兄がビルマで戦死している。父は、名誉なことだと信じて息子を戦場に送った自分をずっと責め続けてきた。

そして百合子は、母や姉と出かけた長崎で被爆している。姉はその時に亡くなり、生き残った母も長く患った末に白血病で逝った。いつか自分も発症するのではないか。百合子はその恐怖を抱えながら生きてきた。戦後10年が過ぎても戦争は終わっていないのだ。

鉄平が胸の中で問う。「お国の偉い人たちがいつの間にか始めた戦争が、勇ましい言葉と共に国じゅうに沁(し)み込んでいった。日本は戦争に負けた。人を殺して、殺されて、たくさんの国に恨まれて、何が残た?」

さらに、島での労働争議も描かれた。賃上げを要求する労働組合が「部分ストライキ」を起こしたのだ。完全なストだと賃金が出ない。そこで編み出されたのが、働いて賃金をもらいつつ部分的に操業を止める部分ストだ。会社側はこれを認めず、入鉱禁止の「ロックアウト」を断行。両者は激しくぶつかった。

このストは全日本炭鉱労働組合の指令によるものだったが、突然中止となる。東京ではすでに話がついていたらしい。だが端島の組合員たちは、地域の事情への配慮もなく、横並びで動かされる自分たちの立場に憤る。

当時の労働現場の内実を、ここまで活写したドラマはあまり例がない。ここにも脚本の野木亜紀子の強い問いかけがある。

(しんぶん赤旗「波動」2024.12.05)


朝ドラ「おむすび」における「ギャル」への違和感

2024年10月25日 | 「しんぶん赤旗」連載中のテレビ評

 

 

「ギャル」への違和感

 

今年度後半のNHK連続テレビ小説は「おむすび」である。前作「虎に翼」は実在のモデルがいた実録系だった。しかも大正生まれの女性であり、近い過去とはいえ一種の歴史物でもあった。

今回は架空の人物が主人公の現代物だ。実録系であれば、既にその人物に対する評価というものがあり、ドラマ化されても大きくズレることはない。だが、架空の人物の現代物は要注意だ。過去に迷走するばかりのヒロインが複数いたからだ。

さて、「おむすび」である。舞台は2004年の福岡県糸島郡だ。主人公は高校1年の米田結(橋本環奈)。両親と祖父母との5人暮しだが、最近、姉の歩(仲里依紗)が東京から戻って来た。

現在までに分かったのは、このドラマにはいくつかのテーマがあるということだ。1つが「食」。結の家は農家で、食べることも大好きだ。「おいしいもん食べたら悲しいこと、ちょっとは忘れられるけん」といったセリフが、食に関わる将来を暗示している。

次は「災害」だ。結は1995年の阪神淡路大震災の被災者でもある。神戸に住んでいたが、震災を機に父親の故郷である糸島に移り住んだ。災害に遭遇した人たちの過去と現在、さらに「これから」も描こうとしていることがうかがえる。

そして3番目のテーマが問題だ。何と「ギャル」である。ギャル文化の全盛期は90年代後半だ。ドラマの背景である2000年代半ばにもギャルはいたが、すでに往時の勢いはない。特に地方では微妙に浮いた存在と化していた。

そんなギャルが、ドラマでは何らかの価値観の「象徴」として扱われている。「自分がやりたいことを貫く意思」といったものだ。

しかし、どこか無理がある。「食」や「災害」とは異なり、ギャルに理屈抜きの拒否反応を示す視聴者は少なくないからだ。毎朝、あの独特の派手なメイクや「チョー受ける!」といった話し方、パラパラダンスなどに接することをストレスと感じる人もいるだろう。

サブカルチャーとしてある輝きをもってはいるが、それをメインカルチャーのように提示されることに違和感があるのだ。果たしてギャルで見る側の共感が得られるのか。物語の行方に注目だ。

(しんぶん赤旗「波動」2024.10.24)

 


ハートネットTVが共有した「8月31日」の夜

2024年09月13日 | 「しんぶん赤旗」連載中のテレビ評

 

 

「8月31日」の夜に

 

10代の若者たちにとって8月下旬は鬼門だ。夏休みが終わるのが怖い。学校に行きたくない。誰を頼ればいいのか分からない。自分を追い込んだ結果、9月の新学期を待たずに自殺してしまう者も少なくない。

そんな8月の終わり、31日の夜に生放送されたのが「ハートネットTV #8月31日の夜に。」(NHK Eテレ)だ。10代が抱える憂うつや、生きるのが辛(つら)いという気持ちを語り合っていこうとする番組だった。

スタジオには司会を務めるミュージシャン・作家の尾崎世界観、モデル・タレントの井手上漠、精神科医の松本俊彦、そして絵本作家・イラストレーターのヨシタケシンスケがいる。

番組の軸となるのは10代の投稿だ。学校について、「周囲の普通と自分の普通の違いが分らない」「嫌われていて居場所がない。早くこの世から居なくなりたい」といった切実な声が並ぶ。

また将来について、「やりたいこともなく、未来に希望が持てない」「頑張れない自分のまま大人になるのが怖い」などの不安が寄せられた。

それに対して松本は、辛いことをノートに書くなど「言葉にしてみること」を勧める。ヨシタケは辛い時には自分の顔を描いたと言い、「自分を俯瞰(ふかん)で見るなど客観視すること」で少し楽になったと体験を語っていく。

そして、後半には印象深い投稿文が登場した。

「無理に全てを前向きに頑張ろうとしなくていいし、綺麗(きれい)なところを取り繕った私じゃなくて、過去の辛かったことも、失敗も、弱さも、嫌も、全部持って大人になりたい。今はこうやって後ろ向きに前を向けるおかげで、以前よりもずっと楽に生きられています」

この言葉は同世代の胸に響いたのではないか。ヨシタケも「後ろ向き=自分にとってのポジティブ」と考えて、「今日は絶対前向きにならないぞ」と自分で決める日があっていいと笑った。

この番組で際立っていたのは、スタジオの大人たちが全員、上からの目線ではなく、同じ悩みを持つ地続きの人間として10代と向き合っていたことだ。

たとえ偶然でも構わない。番組を見たおかげで「8月31日を乗り切れた」という10代が一人でもいてくれたらと思う。

(しんぶん赤旗「波動」2024.09.12)

 

 

 

 


「海のはじまり」の物語感

2024年08月10日 | 「しんぶん赤旗」連載中のテレビ評

 

 

「海のはじまり」の物語感

 

この夏、最も気になるドラマだ。「海のはじまり」(フジテレビ系)である。この作品でしか体験できない物語感がそこにあるからだ。

主人公は印刷会社でく月岡夏(目黒蓮)。大学時代、付き合っていた南雲水季(古川琴音)から一方的に別れを告げられた。それから7年。現在の夏には恋人の百瀬弥生(有村架純)がいる。

ある日、水季が亡くなったという知らせが届く。葬儀で出会ったのが水季の娘・海(泉谷星奈)だ。しかも水季の母親・朱音(大竹しのぶ)から、父親は自分だと聞いて衝撃を受ける。水季が妊娠した時、彼女は中絶を決めており、突然の別れはその直後のことだった。

海と接触する機会が増えるにつれ、夏の中でその存在が大きくなっていく。父として一緒に暮らしたい気持ちも膨らんできた。しかし、自分にそれが許されるのか。さらに弥生との関係もある。彼女を巻き込むことに強いためらいがある。脚本の生方美久は、その構成力とセリフの力で、登場人物たちの揺れる心情を丁寧に描いていく。

俳優陣も大健闘だ。自分より相手の気持ちを優先してしまう夏を繊細に演じる目黒。その表情から目が離せない泉谷。難役の水季を存在感のある女性にしている古川。

抱える葛藤を、抑えた演技で見せる有村。そして、「男は妊娠や出産をしなくても父親にはなれる」といった言葉に納得感を持たせる大竹。彼らの高い表現力がこのドラマを支えている。

生方の連ドラデビュー作は2022年の「silent」(同)だった。8年前に別れた恋人たちが再会する。だが、青年は両耳の聞こえが悪くなる病気を抱えていた。互いの思いをどう伝え合うのか。ハンディキャップ・ドラマの既成概念を覆す展開に驚かされた。 

昨年の「いちばんすきな花」(同)では、男女間に友情は成立するかというテーマに挑んだ。4人の男女が織りなす友情と恋愛の物語は、「自己」と「他者」との新たな関係性を考えさせた。

そして今回の「海のはじまり」は、恋愛ドラマや家族ドラマといったジャンルを超えた、「生きること」の意味を問うヒューマン・ドラマとなっている。深化した物語世界に引き続き注目だ。

(しんぶん赤旗「波動」 2024.08.08)


「新プロジェクトX~挑戦者たち~」 番組「復活」の難しさ 

2024年06月24日 | 「しんぶん赤旗」連載中のテレビ評

 

 

番組「復活」の難しさ

 

NHKの「プロジェクトX~挑戦者たち~」がスタートしたのは2000年3月。2005年12月に終了するまで200本近くが放送された。

中には録画機器のVHS開発を描いた「窓際族が世界規格を作った」や、黒部渓谷に膨大な資材を運び上げた「厳冬 黒四ダムに挑む」など、今も記憶に残る作品がある。

当時、あの番組が人気を得たのは、実に分かりやすい成功物語だったからだ。取り組むべき困難な仕事があり、当事者たちは努力を重ねて見事に達成していく。

しかし、そこには「分かりやすさ」と「感動」を優先することの危うさもあった。一つはプロジェクトの「リーダー」に重点を置いていたことだ。

傑出したリーダーの存在は、成功物語にとって有効かもしれない。だが、多くの人間が携わった取り組みが、一人のヒーローの功績に矮小化される恐れもある。

また安易な分かりやすさは単純化につながる。ストーリーを複雑にする情報を排除したことで、内容の矛盾や事実誤認を指摘された例も少なくなかったのだ。

今年4月、「新プロジェクトX~挑戦者たち~」が始まった。約20年ぶりの復活である。

これまでに東京スカイツリーの建設、カメラ付き携帯電話や電気自動車の開発、三陸鉄道の復旧などが取り上げられてきた。

そして今月16日に放送されたのが、「世界最速へ技術者たちの頭脳戦~スーパーコンピューター『京(けい)』~」だ。

かつては世界を席巻しながら、2000年代に風前のともし火となった国産スパコン。国の産業の競争力にかかわる国家プロジェクトとして開発されたのが「京」だった。

主な舞台は富士通。コンピューターの演算や制御の中心であるCPUや、そのCPUをつなぐインターコネクトの設計者たちが登場する。

中でも「6次元のインターコネクト」というアイデアを実現するエンジニアの挑戦は見応えがあった。

番組は一人のリーダーに集中することなく、また単純な感動物語にもなっていない。

ただ残念だったのは、総開発費1120億円の「国家プロジェクト」が、一企業の開発秘話に見えたことだ。共同開発における国との関係性、その課題や問題点も明かして欲しかった。

(しんぶん赤旗「波動」2024.06.20)

 


社会性と共感性の朝ドラ

2024年05月16日 | 「しんぶん赤旗」連載中のテレビ評

 

 

社会性と共感性の朝ドラ

 

NHK連続テレビ小説(朝ドラ)の主人公には二つのタイプがある。一つは架空の人物。もう一つが実在の人物をモデルにしたものだ。

最近は後者が続いている。「らんまん」は植物学者の牧野富太郎。「ブギウギ」は歌手の笠置シヅ子。そして放送中の「虎に翼」は三淵嘉子がモデルだ。

大正3年生まれの嘉子は、昭和13年に現在の「司法試験」に合格。日本初の女性弁護士・判事であり、司法界の「ガラスの天井」を次々と打ち破ってきた女性だ。その軌跡は戦前・戦後を貫く、試練の女性史でもある。

実は放送開始前、朝ドラのヒロインとしては堅苦しくないかと懸念していたが、杞憂だった。

第一の功績は主人公・猪爪寅子を演じる伊藤沙莉だ。世間の常識が、まだ「女性の幸せは結婚にあり」だった時代。自己主張する女性が疎まれた時代に、寅子は自然体で自分の道を切り拓く。

納得がいかない事態や言動に接したときに、寅子が発する「はて?」という疑問の声は、彼女の生き方の象徴だ。芯は強いが、どこか大らかな寅子のキャラクターを伊藤が全身で表現している。

次に、この作品が朝ドラでは珍しい「強い群像劇」であることだ。寅子と共に学ぶ女性たちの人物像をきちんと造形してきた。

華族の令嬢である桜川涼子(桜井ユキ)。弁護士の夫がいる大庭梅子(平岩紙)。朝鮮半島からの留学生、崔香淑(ハ・ヨンス)。そして、いつも何かに怒っている勤労学生の山田よね(土居志央梨)だ。単なる周囲の人ではない彼女たちの存在が、物語に広がりと奥行きを与えた。

しかし、最終的に弁護士の資格を得たのは寅子だけだった。大学が主催した祝賀会。新聞記者たちの前で、寅子は抑えてきた思いを口にする。

「生い立ちや信念や格好で切り捨てられたりしない、男か女かでふるいにかけられない社会になることを、私は心から願います……いや、みんなでしませんか? しましょうよ!」と呼びかけたのだ。

主人公個人が際立っていた「らんまん」や「ブギウギ」とは異なり、見る側を引き込むような社会性と共感性がこのドラマにはある。物語は中盤に差し掛かってきた。弁護士として歩み始めた寅子からも目が離せない。

(しんぶん赤旗「波動」2024.05.16)

 

 


「下山事件」という闇

2024年04月12日 | 「しんぶん赤旗」連載中のテレビ評

 

 

「下山事件」という闇

 

日本がまだ占領下にあった1947年7月。行方が分からなくなっていた国鉄の下山定則総裁が、列車に轢かれた死体となって発見された。その後、犯人はもちろん、自殺か他殺かも特定されないまま捜査は打ち切られ、迷宮入りとなった。いわゆる「下山事件」である。

3月30日の夜、NHKスペシャル「未解決事件File.10 下山事件」が放送された。これまでに「グリコ・森永事件」や「地下鉄サリン事件」などを扱ってきたシリーズであり、前回は「松本清張と帝銀事件」だった。そして今回が〈戦後最大のミステリー〉と呼ばれてきた下山事件だ。

この事件に関しては、松本清張「日本の黒い霧」をはじめ、近年の柴田哲孝「下山事件 最後の証言」や森達也「下山事件」などで様々な考察が行われてきた。現時点で、番組としての新たな視点や知られざる事実を提示できるのか。そこが注目ポイントだった。

番組を見て驚いた。下山事件を担当した主任検事の名は布施健。後に検事総長として「ロッキード事件」の捜査を指揮し、田中角栄元首相を逮捕したことで知られる人物だ。制作陣は布施たちが残した700ページにおよぶ膨大な極秘資料を入手。これを4年かけて分析し、取材を進めてきたのだ。

浮上してきたのはソ連のスパイを名乗り、下山暗殺への関与を告白した“李中煥”という人物の存在だ。やがて李がGHQの秘密情報組織「キャノン機関」の密命を受けていた可能性が明らになっていく。いわゆる「二重スパイ」である。

さらに制作陣は、キャノン機関に所属していた人物をアメリカで発見する。李の写真を見せると、面識があったと証言した。

またGHQの下部機関であるCIC(対敵情報部隊)にいた人物の遺族と面談。本人が「あれは米軍の力による殺人だ」と語ったことを聞き出す。

米ソ対立が深まる中、米国は有事の際に国鉄を軍事輸送に使うことを計画。下山亡き後の朝鮮戦争ではそれが実施された。事件は米国の反共工作の中で起きていたのだ。

番組は森山未來が布施検事を演じたドラマ編と、ドキュメンタリー編の二部構成。両者は互いに補完し合いながら、現在の日本社会に繋がる戦後の闇に光を当てていた。

(しんぶん赤旗「波動」2024.04.11)

 


Nスぺ「続・“冤(えん)罪”の深層」は、執念の調査報道

2024年03月01日 | 「しんぶん赤旗」連載中のテレビ評

 

 

執念の冤罪調査報道

 

昨年12月、ある冤罪事件をめぐる賠償請求訴訟の判決が言い渡された。結果は勝訴。東京地方裁判所が警視庁や検察の捜査を違法と認め、被害者への賠償を命じたのだ。

2月18日に放送されたNHKスペシャル「続・“冤(えん)罪”の深層〜警視庁公安部・深まる闇〜」は、この事件を追った執念のドキュメンタリーだ。昨年9月のNスぺに続く第二弾である。

大川原化工機は、横浜市にある化学機械製造会社だ。4年前、社長の大川原正明さんら3人が逮捕された。「軍事転用」が可能な精密機械を中国や韓国へ不正に輸出したとの容疑だった。

身に覚えのない経営者たちは無実を主張するが、警察側は聞く耳を持たない。長期勾留の中で1人は病気で命を落としてしまった。元顧問の相嶋静夫さんだ。末期のがんだったが、最後まで保釈は許されなかった。

ところが、相嶋さんの死から5ヶ月後、突然、「起訴取り消し」という異例の事態が発生する。「冤罪」だったのだ。

会社側は東京都に賠償を求めて裁判を起こす。昨年6月には、証人となった現役捜査員が、法廷で「まあ、捏造ですね」と告白している。

昨年のNスぺでは、捜査を担った警視庁公安部の問題を検証していた。曲解ともいえる資料の作成。結論ありき、逮捕起訴ありきの恣意的な捜査。その背景には、捜査幹部たちの「組織内評価」への焦りもあった。

そして今回、制作陣は国や都が裁判への提出を拒否した文書など、警察の内部資料を新たに入手。それらは、冤罪の歯止めになり得るはずだった警察上層部や経済産業省担当者、検察などの「判断」をうかがい知ることが出来る内容だ。

さらに事件の背後には、国が推進する「経済安全保障」への忖度も見えてくる。「韓国や中国でネタを挙げれば、喜ぶ政治家もいる」という警察関係者の証言に驚かされる。いくつもの独自取材によって冤罪の深層を探る過程は見応えがあった。

背筋が寒くなるのは、この捏造事件が決して他人事ではないからだ。公安部がいったん狙いを定めたら、証拠も含めて「何とでもなる」という実例と言っていい。公安部のリアルな「闇」に迫る、出色の調査報道だった。

(しんぶん赤旗「波動」2024.02.29)

 

追記:

この番組のディレクターであるNHKの石原大史さんが、昨年9月放送のNスぺ「“冤(えん)罪”の深層〜警視庁公安部で何が〜」で、芸術選奨新人賞を受賞しました。おめでとうございます!

 


能登半島地震の初期報道

2024年01月24日 | 「しんぶん赤旗」連載中のテレビ評

 

 

能登半島地震の初期報道

 

今月1日、「令和6年能登半島地震」が発生した。マグニチュード7.6という日本海側で起きた過去最大級の地震だった。道路の寸断、停電や通信網の損壊などもあり、半月が過ぎた現在も被害の全貌はつかめていない。

圧倒的な情報不足の中で行われた初期報道で突出していたのが、5日に放送されたNHKスペシャル「最新報告 能登半島地震〜命の危機いまも〜」である。現地で何が起きたのか、なぜ起きたのかに迫っていたからだ。

番組は倒壊した家屋からの救出作業、災害派遣医療チームの活動、孤立集落の現状などを伝えた上で、何が地震を引き起こしたのかを考察する。

京都大学防災研究所の西村卓也教授は、「GNSS(衛星測位システム)」を使って能登半島の地盤の動きを調べてきた。

その結果、2010年からの2年間で「水平方向に最大3センチ、垂直方向に最大7センチ」の動きがあったという。

通常は年に1ミリ程度であり、これは異常な値だ。その原因として、地下の深い所から上がってきた高温・高圧の水である「流体」の存在を挙げる。

流体が「断層」に流れ込み、滑りやすくなった断層がズレることで地震が多発。それによってさらに断層が大規模に破壊され、結果的に大地震が発生したのだ。

西村教授は以前から自治体などに対して警鐘を鳴らしてきたが、「事前に想定していたシナリオの中でもワーストシナリオの事態が起きてしまった」と言う。

また地震工学を専門とする愛媛大学の森伸一郎教授は、穴水町などで損壊家屋の実態調査を行っている。今回の被害の特徴は、強い揺れが繰り返されたことで建物の強度が低下する「累積損傷」だと指摘する。

100の揺れが1回の場合より、80の揺れが2回のほうが被害が大きい。特に古い家屋の「耐震補強」の重要性を強調した。

この番組は現地の被害を取材しただけのリポートではない。今回の地震に関する有益な「知見」を、わかりやすい形で見る側に提供していたのだ。それは能登半島における今後の対応だけでなく、各地で続いている地震と向き合うヒントでもある。

何より、これだけの内容を災害発生からわずか4日の時点で放送したことに大きな意義があった。

(しんぶん赤旗「波動」2024.01.18)

 


読書という「対話」 ETV特集『個人的な大江健三郎』 

2023年12月01日 | 「しんぶん赤旗」連載中のテレビ評

 

 

読書という「対話」

 

今年3月3日、作家の大江健三郎が88歳で亡くなった。大学在学中、『飼育』により23歳で史上最年少の芥川賞作家となったのは昭和33年だ。以来、60年以上も文学の最前線に立ち続けてきた。

ETV特集『個人的な大江健三郎』(NHK)が放送されたのは11月11日だ。大江作品やその人生について、様々な分野の8人が語る番組だった。

たとえば歌手のスガシカオは、将来に迷っていた時代に「自分を巨大なエネルギーが通り抜けていった」ような衝撃を受けたとして、『芽むしり仔撃ち』を挙げる。

太平洋戦争末期、集団疎開した感化院の少年たちが、疾病の流行によって山村に閉じ込められる物語だ。社会的に疎外された人間の実相が描かれていた。

また『この世界の片隅に』などの漫画家・こうの史代は、大江の『ヒロシマ・ノート』がなかったら、原爆や広島をテーマにした作品を描かなかったと語る。

「絶望的な状況に陥ったとしても、悲観し続けることでも、楽観視しようと努めることでもなく、冷静に現実を見つめながら、それでも希望を捨てないこと」を大江から学んだ。

そして、特に強い印象を残したのが作家・中村文則の話だ。自分が窒息しそうなほど悩んでいた時期に読んだのが、脳に障がいのある長男をモチーフに大江が書いた小説『個人的な体験』だった。

大江はこの息子と暮らすことで「人々の悪意」に触れ、同時に「他者の善意」にも触れたのではないか。だからこそ、大江の小説は「どんなにしんどい話でも希望が見えた」と中村は言いきる。

この番組に登場した人たちに共通するのは、その「読書」体験が、大江との「対話」体験になっていることだ。読書という対話である。

今年10月に出版された大江の『親密な手紙』にも、恩師の渡辺一夫をはじめ、大岡昇平、林達夫、井上ひさしなど、大江が影響を受けた人物と作品が並んでいる。

大江は彼らの亡き後も読書による「対話」を続けてきた。書物は自分に苦境を乗り越える力を与えてくれる、親密な手紙だったのだ。

優れたドキュメンタリーもまた、見る側にとっての”親密な手紙”になる得るのではないか。そんなことを思わせる、見応えのある1本だった。

(しんぶん赤旗「波動」2023.11.30)

 


向井理主演『パリピ孔明』 異色の「音楽ドラマ」への挑戦

2023年10月20日 | 「しんぶん赤旗」連載中のテレビ評

 

 

三国志と音楽ドラマ

 

今期ドラマ随一の「奇作」かもしれない。向井理主演「パリピ孔明」(フジテレビ系)である。

何しろ、「三国志」で知られる天才軍師・諸葛孔明(向井)が現代の渋谷に転生し、駆け出しのシンガーソングライター・英子(上白石萌歌)の夢を叶えようと奮闘する物語なのだ。

この設定だけで「もう無理」と思う人も少なくないだろう。しかし見ないで終わるには惜しい。奇作ではあるが際物ではないからだ。

このドラマの第一の見所は、向井が演じる孔明のキャラクターだ。三国時代の「漢服」と「羽毛扇」をそのままに、自身の知力や経験を生かして、英子の歌手としての才能を開花させるべく様々な策略を繰り出していく。

たとえば、英子が歌う会場に来た客を逃がさないために、大量のスモークを焚いて不明瞭感を演出。客の動線で照明を明滅させ、判断力を鈍らせた。さらにステージの配置を工夫したことで客は出口にたどり着けず、フロアに留まって映子の歌を聴くことになる。

これは一度足を踏み入れたら元の場所に戻れない幻惑の陣、「石兵八陣(せきへいはちじん)」の応用だった。三国志ファンならずとも拍手だ。

また孔明がハロウィンやクラブなど、三国時代とは異質の文化に接したた時のリアクションが笑いを誘う。同時にその柔軟な発想や適応力に驚かされる。

自分が転生したことを隠さず、周囲の人からは「諸葛孔明になりきった変人」と思われていることで、逆に彼の個性やカリスマ性が際立つのだ。向井はこの役柄を悠々と演じている。

もう一つの見所は、英子という女性の成長物語だ。彼女は孔明から刺激を受け、カバー曲だけでなくオリジナル曲にも挑戦しようとする。ここは英子ではなく、「歌手・上白石萌歌」の力量が問われる難しい部分だが、ぜひ頑張ってもらいたい。

加えて、孔明との間に生まれ始めた信頼や友情の行方も大いに気になる。

三国志とポピュラー音楽という全く異なるジャンルを融合させた、斬新な設定やストーリー。三国志の歴史や人物に詳しい人も、そうでない人も楽しめるような演出。そして向井や上白石による緩急自在の演技。異色の「音楽ドラマ」への挑戦ともいえる1本だ。

(しんぶん赤旗「波動」2023.10.19)

 


NHKスペシャル「映像の世紀バタフライエフェクト~GHQの6年8ヶ月 マッカーサーの野望と挫折~」

2023年09月09日 | 「しんぶん赤旗」連載中のテレビ評

 

 

日本占領の光と影

 

今年の夏もまた、何本もの戦争関連番組が放送された。その多くは日本の敗戦で終わっているが、歴史の流れが止まることはない。

8月21日放送のNHKスペシャル「映像の世紀バタフライエフェクト~GHQの6年8ヶ月 マッカーサーの野望と挫折~」は、戦後の占領期を舞台としていた。

昭和20年8月末、マッカーサーは厚木飛行場から横浜へと移動する。

イギリスの従軍記者が撮ったプライベートフィルムには、マッカーサーが見たものと同じ景色が記録されていた。

驚くのは沿道の日本兵たちが背を向けて立っていることだ。それは戦勝国の最高司令官を守ろうとする、敬意のジェスチャーだった。

マッカーサーは五大改革と呼ばれる政策を断行していく。婦人の解放、労働組合の奨励、教育の民主化、経済機構の民主化、そして圧政的諸制度の廃止だ。

政治犯や思想犯が釈放され、18年間刑務所にいた日本共産党の徳田球一も出所。

「連合国軍と人民大衆の同情と絶大なる援助のもと、解放された」と笑顔で語っている。歴史的人物の映像と肉声による臨場感はこの番組の真骨頂だ。

また日本国憲法が生まれる過程も興味深い。憲法改正調査会の試案を見たマッカーサーは、日本政府には民主主義的な憲法は作れないと判断し、民政局に草案作りを命じた。

その際、「マッカーサー・ノート」で基本原則を示している。一つは天皇が最上位にあること。もう一つが国の主権的権利としての戦争の廃止、つまり戦争放棄だ。憲法9条につながる考えが、すでに挙がっていた。

しかし、やがてアメリカは占領政策の転換へと動く。民主化・非軍事化に逆行する方針を打ち出す、いわゆる「逆コース」だ。

昭和25年、朝鮮戦争が勃発するとマッカーサーは国連軍司令官となり、治安の空白を埋めるために警察予備隊(後の自衛隊)の創設を指令。自ら手掛けた憲法9条があるにも関わらず、日本の再軍備を進めていく。

マッカーサーは何をもたらし、何を失わせたのか。当時の日本に与えた影響が現在も続いていることがよくわかった。

世界各国から収集した貴重なアーカイブス映像をもとに、歴史への新たな視点を提示するこの番組の意義もそこにある。

(しんぶん赤旗「波動」2023.09.07)

 


「家飲みドラマ」再び

2023年07月28日 | 「しんぶん赤旗」連載中のテレビ評

 

 

「家飲みドラマ」再び

 

ビール好きのヒロイン、伊澤美幸(栗山千明)が帰ってきた。ドラマ25「晩酌の流儀2」(テレビ東京系)である。

不動産会社に勤務する彼女は、一日の終わりに美味しい酒を飲むことを無上の喜びとしている。

最高の状態で酒と向き合うためには準備も必要だ。定時に退社して、ボルダリングやボウリングで汗を流したりする。

さらに行きつけのスーパーで安くて旨い食材を探す。モットーは「家飲みで一番大事なのは、最小のコストで最大のパフォーマンスを出すこと」。

帰宅後の手早い料理でガーリック豚テキや茄子の揚げびたしを作るかと思うと、焼き鳥や握り寿司にも挑戦する。

毎回の見せ場が待望の1杯目だ。うっとりした目でビールが注がれたグラスを見つめ、やがて静かに、しかし情熱的に黄金色の液体を喉に流し込む。

そして2杯目。美幸は「これが私の流儀だ!」と、別のグラスを冷蔵庫から取り出す。適度に冷えた状態のグラスで飲み続けたいからだ。このこだわりが快感を呼ぶ。

振り返れば、グルメドラマは社会の価値観の変化を反映してきた。食と向き合うドラマという新ジャンルを切り開いたのは「深夜食堂」(TBS系)だ。

次に架空の人物が、一人で実際の店に行って食事をする構造を「孤独のグルメ」(テレビ東京系)が完成させた。

好きな場所で好きなものを食べる自由という幸せを提示しただけでなく、一人飯のネガティブなイメージを払拭し、個人の多様性を尊重する社会に先駆けたのだ。

長く続いたコロナ禍の中で、「家飲み」に注目したのが昨年の「晩酌の流儀」だった。

自分の家で、誰にも気兼ねすることなく、好きな酒を好きな料理と共に味わう。一見当たり前のような行為の中に、自分にとっての価値を再発見したのだ。

食も酒も身近な存在でありながら奥の深いテーマだ。おかげでグルメドラマには幅広い年齢の視聴者が集まる。またテレビ局にとっては小さな予算で制作可能な優良コンテンツでもある。

今や刑事ドラマや医療ドラマと並んで、ドラマジャンルの新定番となった感があるグルメドラマ。一人飯、一人晩酌の次はどんな仕掛けが登場してくるのか、大いに楽しみだ。

(しんぶん赤旗「波動」2023.07.27)

 


ギャラクシー賞の今後

2023年06月30日 | 「しんぶん赤旗」連載中のテレビ評

 

 

ギャラクシー賞の今後

 

5月31日、第60回ギャラクシー賞(放送批評懇談会主催)の贈賞式が行われた。メインイベントは、すでに公表されていた「入賞作」から選ばれる「大賞」の発表だ。

今回、「テレビ部門」では大賞候補といえる入賞作が14作品あった。ラインナップを見ると、2022年におけるテレビの“成果”が概観できる。

14本のうち、ドラマは連続テレビ小説「カムカムエヴリバディ」(NHK)、「エルピス-希望、あるいは災い-」(関西テレビ放送)、そして「ブラッシュアップライフ」(日本テレビ放送網)など5本だ。いずれも高く評価された作品であり、ドラマの豊作年だったことがよくわかる。

残りの9本はドキュメンタリーなどのノンフィクション系だ。決定的な物証も自白もないまま有罪となった事件を、死刑執行から20年以上を経て問い直し、文化庁芸術祭賞の大賞を受賞したBS1スペシャル「正義の行方~飯塚事件 30年後の迷宮~」(NHK)。

安倍晋三元首相銃撃事件で明らかになった、日本の政治と旧統一教会との深い関係を掘り下げ、いち早く報じた報道1930「激震・旧統一教会と日本政治~問われる政治との距離感は」(BS―TBS)など、こちらも秀作が並んでいた。

最終的に、テレビ部門の大賞に選ばれたのは「エルピス」である。冤罪事件をテーマに、権力や忖度や同調圧力などに挑む者たちを描いただけでなく、メディアのあり方にも一石を投じる優れたドラマだった。

ただ、この結果を知った時、強く感じたことがある。長い歴史を持つギャラクシー賞だが、そろそろドラマとドキュメンタリーを同じ「テレビ部門」で審査する形を変えてもいいのではないか。

賞の審査は最終的に優劣を決めることになる。ドラマの「エルピス」が大賞で、「激震・旧統一教会と日本政治」が優秀賞、「正義の行方」は選奨という序列だが、ジャンルという足場が異なる作品を同じ土俵に上げて審査することに、どこか無理はないだろうか。

放送に関する他の賞はドラマ部門とドキュメンタリー部門が分かれているものがほとんどだ。「エルピス」の大賞に拍手を送りつつ、ギャラクシー賞の今後を思った。

(しんぶん赤旗「波動」2023.06.29)

 


〝大人のドラマ〟の傑作「グレースの履歴」

2023年05月19日 | 「しんぶん赤旗」連載中のテレビ評

 

 

〝大人のドラマ〟の傑作

 

3月から5月にかけて、見事な〝大人のドラマ〟を堪能した。NHK・BSプレミアムとBS4Kで放送された「グレースの履歴」(全8話)だ。

主人公は製薬会社の研究員、蓮見希久夫(滝藤賢一)。子どもの頃に両親が離婚し、唯一の肉親だった父も他界した。家族はアンティーク家具のバイヤーである妻、美奈子(尾野真千子)だけだ。

仕事を辞めることを決意した美奈子は、区切りの欧州旅行に出かける。ところが旅先で不慮の事故に遭い、急死してしまう。

希久夫は現れた弁護士から、実は美奈子が命にかかわる病気の治療を続けていたことを告げられる。呆然とする希久夫に遺されたのは、美奈子が「グレース」と呼んでいた愛車、ホンダS800だけだった。

希久夫がグレースのカーナビに触れると、履歴に複数の見知らぬ場所が表示される。日付によれば、美奈子が走ったのは欧州に旅立つ前の一週間。彼女は希久夫に出発日をずらして伝えていたことになる。

一体、誰に会いに行ったのか。疑ったのは男の存在だった。履歴に記された街に向かってグレースを走らせる希久夫。

藤沢、松本、近江八幡、尾道、そして松山。待っていたのは希久夫自身の過去であり、美奈子の切実な思いだった。

このドラマ、今は亡き愛する人が仕掛けた謎を追う、いわばロードムービーだ。古いクルマでの移動だからこそ味わえる、美しい日本の風景。歴史のある街に暮らす、かけがいのない人たち。画面の中には、ゆったりとした時間が流れている。

また、このドラマのテーマは〝再生の旅〟である。そこには人生の苦みや痛みもあるが、まさに再び生きるための旅であり、出会いである。

しかも主人公だけの再生の物語ではない。それを深みのある映像と、絞り込んだセリフで構成することで成立させている。

原作・脚本・演出は源孝志。本作同様、脚本・演出を手掛けた新感覚チャンバラドラマ「スローな武士にしてくれ~京都 撮影所物語」(NHK・BSプレミアム、2019年)などの秀作がある。

極上のエンタメとしての〝源ドラマ〟は、それ自体が一つのジャンルだ。「グレースの履歴」の一挙再放送を熱望しつつ、次回作を待ちたい。

(しんぶん赤旗「波動」2023.05.18)