明日 やるよ。
すごく やるよ。
ヨシタケシンスケ
『思わず考えちゃう』
「週刊新潮」に寄稿した書評です。
辻 惟雄『最後に絵を語る。~奇想の美術史家の最終講義』
集英社 2530円
今や絶大な人気を誇る伊藤若冲や曽我蕭白。彼らを「江戸のアバンギャルド」として評価し、その後の美術界に影響を与えたのが著者の『奇想の系譜』(1970年刊)だった。本書は、その「揺り戻し」を自ら企図した一冊だ。やまと絵、琳派、狩野派、円山応挙と続いてきた「正統の系譜」が語られる。半世紀を経て相対化される正統派と奇想派。視野の広い複眼で概観する、刺激的な日本美術史だ。
安田 登『名場面で愉しむ「源氏物語」』
平凡社 3080円
NHK大河ドラマ『光る君へ』が終盤へと向かい始めた。主人公の紫式部(吉高由里子)もひたすら「源氏物語」の筆を進めている。本書は、このあたりで「源氏物語」と向き合っておきたい人に最適な案内書だ。女性を幸せにする「来訪神」光源氏。その物語を原文と行き届いた解説文で再構成し、「名場面」の連なりとして堪能させてくれる。光るのは能楽師である著者のユニークな視点だ。
谷川健司『坂本龍馬の映画史』
筑摩書房 2200円
坂本龍馬が日本人に人気があるのはなぜか。幕末期における歴史的功績、優れたリーダーシップ、また志半ばで非業の最後を遂げた人物への判官びいきもある。しかし、より大きいのは映画やドラマだった。映画ジャーリストの著者は映像作品が描いた「龍馬像」を検証し、背後にある「時代の価値観」を探っていく。中でも司馬遼太郎『竜馬がゆく』と映像化作品群の分析と考察は本書の白眉だ。
リチャード・J・ジョンソン:著、中里京子:訳
『肥満の科学~ヒトはなぜ太るのか』
NHK出版 2530円
肥満に関する最新研究だ。米コロラド大医学部教授の著者によれば、メタボリック症候群と肥満の主な原因は果糖の過剰摂取にある。キーワードは「サバイバル・スイッチ」。生存を脅かす危機の際に起動し、脂肪を増やしていく。果糖は、このスイッチを常にОNの状態にしてしまう。本書ではスイッチの作用から逃れる食事法や、体重を減らし、その状態を維持していくプランも提示される。
(週刊新潮 2024.09.26号)
一番面白かった「最強の月9」を決めよう!
【37年続くフジテレビの看板ドラマ枠を徹底討論】
エンタメ特別座談会
『東京ラブストーリー』『ロンバケ』から『ミステリと言う勿れ』『海のはじまり』まで 数多ある名作たちの頂点に立つのは――
「月9」とは、フジテレビの月曜夜9時に放送される同局の看板ドラマ枠で、’87年から続く、日本のテレビ文化を象徴する存在です。
この枠から、時代を代表する数々の名作が生まれ、特に平成以降は若者文化や恋愛模様を描いた作品が多くの視聴者に支持されてきました。
今回、「最強の月9」を決めるべく、元上智大学教授でメディア文化評論家の碓井広義氏とライターの田幸和歌子氏にお声がけさせていただきました。
(以下本誌に続く、ということで・・・)
(FRIDAY 2024.10.11号)
「改竄」「偽装」「偽証」……
”世紀の冤罪”渾身の取材記録
青柳雄介
『袴田事件~神になるしかなかった男の58年』
文春新書 1210円
ビートルズが来日したのは1966年6月29日のことだ。翌日から3日間、今や伝説と化した日本武道館での公演が行われた。
彼らの羽田到着から約22時間後の30日未明、静岡県清水市(現・静岡市清水区)で味噌製造会社の専務宅が全焼した。焼け跡から見つかったのは専務、その妻、次女、長男の遺体だ。刃物でのめった刺しという惨殺だった。
警察は当初から従業員で元プロボクサーの袴田巌を犯人と決めつけて捜査を進め、8月18日に逮捕する。連日厳しい取調べが行われ、袴田は勾留期間満了の直前に自白した。
だが、公判では否認に転じる。80年に死刑判決が確定した後も冤罪の可能性が指摘され続けた。2014年に静岡地裁が再審開始を決定し、袴田の48年におよぶ幽閉が終わった。
雑誌記者を経てフリーのジャーナリストとなった著者は06年から事件の取材を続けてきた。特に15年からの2年間は、釈放された袴田が住む浜松に居を移しての密着取材にも挑んでいる。いわばライフワークだ。
本書では袴田本人はもちろん、長年弟を支えてきた姉・ひで子の軌跡と心情も丹念に追っていく。また46時間におよぶ当時の取調べ録音テープを精査。捏造が強く疑われる重要証拠「五点の衣類」の信憑性も再検証する。
さらに、袴田に対する死刑の判決文を書いた熊本典道元裁判官を始めとする司法関係者や、袴田の獄中仲間などから貴重な証言を得ることで、前代未聞の冤罪が生まれた深層に光を当てている。
浮かび上がってくるのは、証拠を「改竄(かいざん)」することで袴田の犯人らしさを「偽装」し、それに基づいて公判廷で「偽証」が行われるという構造だ。著者はこれを「不正による三位一体の不利な条件」と呼ぶ。
袴田の釈放後、検察の抗告で再審開始の決定は取り消されるが、20年に最高裁が再審開始を支持。24年5月に審理が終了した。そして今月26日、判決の言い渡しが行われる。
(週刊新潮 2024.09.26号)
戦争は過去のものではない
という現実的な「苦み」
大泉洋主演
「終りに見た街」
(テレビ朝日系)
先週末、テレビ朝日の開局65周年記念ドラマ「終りに見た街」が放送された。
原作は山田太一の小説。1982年と2005年にドラマ化されている。今回の脚本はクドカンこと宮藤官九郎だ。
田宮太一(大泉洋)は売れっ子とは言えない脚本家。妻(吉田羊)、高校生の娘(當真あみ)、小学生の息子(今泉雄土哉)と暮らしていたが、突然、戦時中の昭和19年にタイムスリップしてしまう。
そこは社会の空気も人々の気持ちも、現代とは違い過ぎる日本だ。太一たちは周囲に悟られないよう適度に溶け込みながら、終戦を待とうとする。
戦時下の「現在」で生きること。東京大空襲や敗戦という「未来」を知っていること。太一の葛藤は深まる。
だが、それ以上の苦悩は、子どもたちがこの時代に飲み込まれていったことだ。娘は「お国のために死んだ人を笑うの?」と怒り、息子は「僕だって戦いたい!」と叫ぶ。
「正気を失っている」と太一は驚くが、普通の人たちが「正気を失う」のが戦争なのだという事実に見る側も慄然とする。
そして、衝撃のラスト。現代に戻った太一を襲う悲劇は原作の通りだが、起きていることを理解する時間がないため、どこか置き去りにされた感じは否めない。
しかし、山田太一とクドカンが伝えようとしたのは、戦争は過去のものではないという現実的な「苦み」だったことは確かだ。
(日刊ゲンダイ「TV見るべきものは!!」2024.09.24)
やりたいこと、
やれること、
求められること、
そのバランス
俳優・光石研の言葉
NHK「おれたち、北九州ホルモン隊!」
2024.09.23放送
〈Media NOW!〉
「新宿野戦病院」突然の終盤展開
クドカンならではの離れ業
クドカンこと宮藤官九郎が脚本を手掛けたドラマでは、特定の街・地域が背景となることが多い。「池袋ウエストゲートパーク」(TBS系)や「木更津キャッツアイ」(同)、そして岩手県の北三陸が登場したNHK連続テレビ小説「あまちゃん」もそうだった。
先日幕を閉じた「新宿野戦病院」(フジテレビ系)もまた、東京の新宿・歌舞伎町に焦点を当てた“地元ドラマ”と言えるだろう。しかし前記3作と異なるのは、軽妙なコメディータッチのドラマでありながら、「命」という重いテーマに正面から挑んでいたことだ。
物語の舞台は歌舞伎町の片隅にある「聖まごころ病院」。ヒロインは元軍医の日系アメリカ人、ヨウコ・ニシ・フリーマン(小池栄子)だ。外科医を探していたこの病院で働くことになった。「目の前の救える命を救うために軍医になった」とヨウコは言う。
アメリカでは患者の貧富の差が受けられる医療の差となっている。だが、戦地では男も女も善人も悪人も命に区別はない。「平等に雑に助ける、それが医者!」が信条だ。ドクターXならぬドクターY、手術は雑だが腕はいい。
日系アメリカ人っぽい英語と、岡山生まれの日本人である母親(余貴美子)から受け継いだ岡山弁が入り交じるヨウコの語り。それは見る者を引き込む独特の迫力と説得力があった。
「(英語で)私は見た。負傷した兵士、病気の子供。運ばれて来る時は違う人間、違う命。なのに死ぬとき、命が消えるとき、(岡山弁で)皆、一緒じゃ!」と力を込める。
続けて、「(英語で)心臓が止まり、息が止まり、冷たくなる。(岡山弁で)死ぬときゃ、一緒。それがつれえ。もんげえつれえ」と嘆く。もんげえつれえ(すごくつらい)からこそ、平等に雑に助けるのだ。そんなヨウコの存在は聖まごころ病院の医師たちを含め、周囲を少しずつ変えていく。
驚かされたのは終盤の展開だ。突然、物語の時間軸が2025年という近未来へと移り、新型コロナとは異なる新種のウイルス「ルミナ」の感染が拡大する事態を現出させたのだ。しかも、そこには見過ごせないリアリティーがある。
行政の機能不全。医療現場の混乱。SNS(ネット交流サービス)などによる誤った情報の拡散。ウイルスが海外から入ったことによる外国人への不当な抗議や排斥。そんな中、一人でも多くの命を救おうとヨウコらは奮闘する。未来の出来事の形を借りて過去と現在の状況を批評的に描く、クドカンならではの見事な離れ業だった。
(毎日新聞 2024.09.21 夕刊)
「週刊新潮」に寄稿した書評です。
車谷長吉
『癲狂院日乗(てんきょういんにちじょう)』
新書館 2860円
作家・車谷長吉が没して9年。本書は『赤目四十八瀧心中未遂』で直木賞を受賞した1998年の日記だ。書名の「癲狂院」とは精神病院のこと。車谷は強迫神経症で通院していた。記述で目立つのは編集者たちとの確執だ。しかもほとんどが実名で、相手に対する反感、嫌悪、恨みが半端ではない。また、書きたいことの八割は書いたから「もういつ死んでもよい」という嘆息にも作家の業が潜んでいる。
七尾和晃
『戦場の人事係~玉砕を許されなかったある兵士の「戦い」』
草思社 1870円
太平洋戦争末期の沖縄。死が目前に迫った戦場で、戦時名簿の管理者である准尉・石井耕一に中隊長が命令した。死んだ者たちのことを「生きて伝えてくれ」と。捕虜となって生き延びた石井は隠しておいた名簿を回収。後に戦友たちの遺族を探し出し、彼らの最期を語り伝えていく。記録作家の著者は米国側の資料も参照しながら石井の証言を再構成し、「最後の伝令」の記憶と体験を次代に残した。
デイヴィッド・フィンケル:著、古屋美登里:訳
『アメリカの悪夢』
亜紀書房 2680円
著者は『帰還兵はなぜ自殺するのか』などで知られるピュリッツァー賞ジャーナリスト。本書はイラク戦争の帰還兵を軸に描くアメリカの実相だ。舞台はジョージア州アトランタ。そこに暮らす普通の人々は、2016年と20年の大統領選挙をどう感じながら日々を過ごしたのか。また当時のトランプ大統領が利用した、米国民が抱える「恐怖」とは。今秋の大統領選挙の背後に潜むものが見えてくる。
滝口明祥
『井伏鱒二~ハナニアラシノタトエモアルゾ~』
ミネルヴァ書房 3850円
太宰治など多くの作家たちに慕われた井伏鱒二。戦前の「山椒魚」から戦後の「黒い雨」まで、その作品は今も教科書に掲載されている。豊かな作家人生を思わせる井伏だが、実は秘めたる苦悩や絶望を抱えていた。近代文学が専門の著者は若き日の井伏に注目し、学生時代の恩師との確執や作品に込められた「加害者性」などを明らかにしていく。浮上するのは「ためらいとよろめき」の作家像だ。
(週刊新潮 2024.09.19号)
何十年も寝かした結果の付加価値
小泉今日子・小林聡美
「団地のふたり」
(NHKBS)
プレミアムドラマ「団地のふたり」(NHKBS)の舞台は、築58年になる夕日野団地だ。
大学非常勤講師の野枝(小泉今日子)とイラストレーターの奈津子(小林聡美)。2人はこの団地で生まれ育った幼なじみだ。
若い頃は結婚や仕事で他の街に住んだりしたが、今は団地の実家で暮らしている。どちらも55歳の独身だ。
このドラマで最も魅力的なのは彼女たちの関係性かもしれない。保育園に始まり、小学校も中学校も同じ地元の公立で、ずっと親友だった。今は奈津子が作った夕食を差し向かいで楽しんでいる。
昔のことも今のことも、たわいない話を延々と続けられる相手がいるシアワセ。
野枝が仕事で落ち込んだ時、奈津子は何も聞かずにわざとバカなことを言って笑わせる。そして「大丈夫、私はノエチ(野枝の呼び名)のいいとこも悪いとこも知ってるから」と励ますのだ。
そんな2人の日常は淡々としているが、小さな出来事は起きる。野枝の兄(杉本哲太)が保存していたオフコースなどの古い「楽譜」を、奈津子がフリマアプリで出品すると高額で売れたのだ。
何十年も寝かした結果の付加価値。「この団地も立ってるだけでそうなったらいいなあ」と奈津子。「そうなったら素敵だね」と野枝。
見ているこちらもつい、「人間もそうだといいね」と応じたくなったのは、このドラマの滋味のせいだ。
(日刊ゲンダイ「TV見るべきものは!!」2024.09.17)