碓井広義ブログ

<メディア文化評論家の時評的日録> 
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『不適切』『虎』『ダイヤモンド』は、 なぜ「今年を代表する」ドラマになったのか?

2024年12月21日 | 「ヤフー!ニュース」連載中のコラム

 

『不適切』『虎』『ダイヤモンド』は、

ぜ「今年を代表する」ドラマになったのか?

 

今年も、あと10日となりました。この1年のドラマを振り返ってみたいと思います。

笑いのある批評『不適切にもほどがある!』

能登半島の地震で始まった2024年。その1月期で光っていたのが『不適切にもほどがある!』(TBS系)でした。

脚本は、クドカンこと宮藤官九郎さん。主人公は1986(昭和61)年から現在へとタイムスリップしてきた、体育教師の小川市郎(阿部サダヲ)です。

市郎は、いわば生粋の「昭和のおじさん」であり、当初、彼にとって「未来の日本」である令和の世界では浮いた存在でした。

しかし市郎は、拭(ぬぐ)えない違和感に遭遇するたび、「なんで?」と問いかけていきます。

何となく「当たり前」のことだと思っていた令和の人々も、本質的な疑問を共有することになりました。

この辺りが、クドカンの見事な手際だったりするのですが、このドラマは、時代や社会をストレートに「批判」するのではなく、笑いながら「批評」していったのです。

しかも、その批評の対象が「令和」と「昭和」の双方になっていたことに注目です。

時代や世代や個人間に「ギャップ」があるのは当たり前。

「差異」を否定し合うのではなく、違いを前提に話し合いを重ねて、徐々に「共通解」を探り、「共存」していこうとする市郎が新鮮でした。

画期的な社会派の朝ドラ『虎に翼』

4月から9月まで放送された、NHKの連続テレビ小説は『虎に翼』。

ヒロイン・寅子(ともこ/伊藤沙莉)のモデルは、実在の三淵嘉子(みぶち よしこ)です。戦前に初の女性弁護士の一人となり、戦後は初の女性判事となりました。

司法界の「ガラスの天井」を打ち破っていった嘉子の軌跡は、戦前・戦後の昭和における「試練の女性史」です。

それはドラマにも十分反映されており、画期的な社会派の朝ドラとなりました。

一見、堅苦しくなってもおかしくない物語でしたが、吉田恵里香さんの精緻な脚本と伊藤さんの硬軟自在な演技に救われました。

寅子が納得のいかない事態に遭遇した時に発する「はて?」は、見る側の心の声も代弁する名セリフとなっていきます。

とはいえ、さすがに後半は少し詰め込みすぎだったかもしれませんね。

「戦争責任」「原爆裁判」「尊属殺(そんぞくさつ)の重罰」「少年法改正」などが並び、さらに「同性婚」「夫婦別姓問題」といった現在につながる課題も取り込んでいったからです。

しかし、それも制作陣の確信犯的仕掛けだったはずです。

憲法第14条が明記する「法の下の平等」や「差別禁止」は、どのような経緯をたどってきたのか。

そして、今の社会においてさえ、本当に実現されているのか。この問いかけこそ、本作を貫く大きなテーマでした。

際立つ『海に眠るダイヤモンド』

今期放送のドラマでは、22日(日)に最終回を迎える日曜劇場『海に眠るダイヤモンド』(TBS系)が、やはり際立っています。

1950~60年代の炭鉱の島と2010年代の東京を舞台に、異なる時間と場所に生きる人々の人間ドラマが展開されていく。

描かれるのは、主人公の鉄平(神木隆之介)をはじめとする若者たちの恋愛模様だけではありません。

脚本の野木亜紀子さんは、風化させてはいけない出来事としての「戦争」、「原爆被爆」、「産業問題」などを、物語の中に丁寧に織り込んできました。

地続きとしての「昭和」

これら3本のドラマに共通するのは、令和という現在の社会や人間を、昭和という過去との「地続き」という視点で、相対的に捉(とら)えていることではないでしょうか。

過去は単なる「過ぎ去った時間」ではない。過去は、現在に繋がる重要な「足場」であること。

何が変わり、何が変わっていないのか。何を変えるべきで、何を変えるべきではないのか。検証すべきことが多々あることを示しています。

来年は「昭和100年」に当たります。その意味で、3本とも「昭和99年」である2024年にふさわしいドラマだったのではないでしょうか。

さらに共通するのは、終わってしまうと寂しくなる、もっと見続けたいと思えるような作品だったこと。来年もまた、1本でも多く、そういうドラマに出会えることを祈っています。

 


『海に眠るダイヤモンド』で光る 「池田エライザ」を開花させたもの

2024年12月17日 | 「ヤフー!ニュース」連載中のコラム

 

 

『海に眠るダイヤモンド』で光る

「池田エライザ」を開花させたもの

 

終盤へと向かっている、日曜劇場『海に眠るダイヤモンド』(TBS系)。

主要キャストの一人として、見る側に強い印象を与えているのが、リナ役の池田エライザさんです。

背負ってきた重い過去。鉄平(神木隆之介)の兄・進平(斎藤工)との出会い。新たな暮らしと出産。そして、進平が巻き込まれた炭鉱事故……。

諦めていた人生を、愛する人と共に再生していこうとする女性を、池田さんは懸命に演じています。

そんな池田さんには、この役柄に結びついた重要な作品があります。

それが、今年2月から4月にかけて放送された連続ドラマ『舟を編む~私、辞書つくります~』(NHK・BS)です。

ドラマ『舟を編む』

2017年、ファッション雑誌の編集者だった岸辺みどり(池田)は、突然、辞書編集部への異動を命じられます。

そこでは作業開始から13年、刊行は3年後という中型辞書『大渡海』の編集が行われていました。

当初は戸惑ったみどりですが、変わり者の主任・馬締(まじめ/野田洋次郎)、日本語学者の松本(柴田恭兵)など言葉を愛する者たちに刺激され、いつの間にか「辞書作り」にハマっていきます。

原作は、12年に本屋大賞を受賞した、三浦しをんさんの『舟を編む』です。この小説では、営業部から引き抜かれてきた馬締の歩みが本線となっていました。

また、13年に松田龍平さん主演で映画化された際も、ほぼ原作通りでした。

一方、このドラマの主人公は、原作の後半から登場する、みどりです。

ヒロインを通じて・・・

しかし、彼女は馬締のような言葉の天才ではありません。ごく普通の女性です。

見る側は、みどりを通じて言葉の面白さや奥深さを知り、辞書を編むことの意味を身近に感じることができました。

例えば、「恋愛」の「語釈」(語句の意味の説明)を任されたみどりは、既存の辞書が恋愛を「男女」や「異性」に限定していることに気づきます。

実際に『広辞苑』で「恋愛」を引いてみると、「男女が互いに相手をこいしたうこと」とあります。

みどりは、時代感覚を反映し、異性を外しても成立する恋愛の説明を探っていきます。

彼女の提案を元に、「恋愛」について次のような秀逸な語釈が仕上がりました。

「特定の二人が互いに引かれ合い、恋や愛という心情の間で揺れ動き、時に不安に陥ったり、時に喜びに満ちあふれたりすること」

3年に及ぶ編集作業の中で、みどりはいくつものハードルを越えていきます。

すべての言葉には、生まれてきた理由があること。人が何かを伝えたい時、誰かとつながろうとする時、「言葉の持つ力」が助けとなること。さらに、「紙の本」ならではの価値や魅力も描かれてきました。

女優「池田エライザ」の深化

辞書とそれを編む人たちへの敬意にあふれる、静かな秀作だったこのドラマ。その軸となったのが、池田さんの好演です。

当初、部署異動への不満を抱えて頑(かたく)なだった、みどり。その内面が、少しずつ変化していく様子を、池田さんは繊細な演技で表現していったのです。

それは、現在の『海に・・・』でより深化したものとなっています。ある時代を体現する女性として、物語の中で存在感を示す、リナ。そんな池田さんの演技を、最後まで見届けたいと思います。

 


「つないできた時間」が『海に眠るダイヤモンド』を 特別な「日曜劇場」にする

2024年12月15日 | 「ヤフー!ニュース」連載中のコラム

 

 

「つないできた時間」が、

『海に眠るダイヤモンド』を

特別な「日曜劇場」にする

 

日曜劇場『海に眠るダイヤモンド』(TBS系)から、ますます目が離せなくなっています。

やがて「廃墟」となる島で

1955年、大学を卒業した鉄平(神木隆之介)は故郷の長崎県・端島(通称・軍艦島)に戻りました。父(國村隼)や兄(斎藤工)が炭鉱員として働く鉱業会社に職員として就職したのです。

一方、2018年の東京に暮らすホストの玲央(神木の二役)は、会社経営者のいづみ(本名・池ケ谷朝子/宮本信子)と知り合い、彼女の秘書となりました。

物語は2つの時代と場所を行き来しながら展開されていますが、軸となるのは昭和30年代の「炭鉱の島」です。

鉄平、彼とは幼なじみの朝子(杉咲花)、百合子(土屋太鳳)、そして賢将(清水尋也)などの恋愛模様だけでなく、この時代を生きる人たちの「現実」と痛切な「心情」が丁寧に映し出されていきます。

戦争と原爆

たとえば、鉄平の家では20歳だった長兄がビルマで戦死しています。父は、名誉なことだと信じて息子を戦場に送った自分を、ずっと責め続けてきました。

しかも、会社の幹部の子弟は、戦争で死なずに済んでいる。「格差社会」という言葉もない時代の、理不尽な格差でした。

そして百合子は、母や姉と出かけた長崎の街で被爆しています。姉はその時に亡くなり、生き残った母も長く患った末に白血病で逝きました。

いつか自分も発症するのではないか。百合子はその恐怖を抱えながら生きてきました。戦後10年が過ぎても、彼らの戦争は終わっていないのです。

鉄平が、胸の中で問います。

「お国の偉い人たちがいつの間にか始めた戦争が、勇ましい言葉と共に国じゅうに沁(し)み込んでいった。日本は戦争に負けた。人を殺して、殺されて、たくさんの国に恨まれて、何が残った?」

経済成長の影

さらに、島での「労働争議」も描かれました。賃上げを要求する労働組合が「部分ストライキ」を起こしたのです。

完全なストだと賃金が出ません。そこで編み出されたのが、働いて賃金をもらいつつ部分的に操業を止める「部分スト」です。会社側はこれを認めず、入鉱禁止の「ロックアウト」を断行。両者は激しくぶつかりました。

このストは、全国組織である「全日本炭鉱労働組合」の指令によるものでしたが、突然中止となります。中央(東京)の上層部では、すでに話がついていたらしい。

しかし端島の組合員たちは、地域の事情への配慮もなく、横並びで動かされる自分たちの「立場」に憤ります。当時の労働現場の内実を、ここまで活写したドラマはあまり例がありません。

繋(つな)いできた時間

戦争も、原爆も、経済成長の影も、単なる「過去」ではない。それは現在と地続きになっている。

2018年に生きる朝子が言うところの「繋(つな)いできた時間」です。

それを現在の私たちは忘れているのではないか。しっかりと向き合わず、風化させているのではないか。

野木亜紀子さんの脚本には、強い「怒り」と鋭い「問いかけ」があります。

「昭和99年」である今年、このドラマが特別な「日曜劇場」となっているのは、そのためだと思えるのです。

 


今年起きた、『セクシー田中さん』問題とは何だったのか?

2024年12月12日 | 「ヤフー!ニュース」連載中のコラム

 

 

今年起きた、

『セクシー田中さん』問題とは

何だったのか?

 

『セクシー田中さん』は、2023年10月2日から12月24日まで、日本テレビ系の「日曜ドラマ」枠で放送されました。

派遣社員の倉橋朱里(生見愛瑠)は、会社の同僚・田中京子(木南晴夏)の秘密を知ります。仕事は完璧ですが地味で暗い「田中さん」には、セクシーな「ベリーダンサー」という別の顔があったのです。

「ベリーダンスに正解はない。自分で考えて、自分で探すしかない。私は自分の足を地にしっかりつけて生きたかった。だから、ベリーダンスなんです」と田中さん。それは彼女が自分を解放する魔法でした。

一方、誰からも好かれる朱里ですが、特定の誰かに「本当に好かれた」実感がありません。また不安定な派遣の仕事を続ける中で、リスク回避ばかりを意識してきました。

他人にどう思われようと気にしない田中さんと出会ったことで、朱里は徐々に変わっていきます。このドラマは、2人の女性の成長物語として秀逸でした。

原作者・出版社・テレビ局の関係

ところが同名漫画の作者、つまり「原作者」である漫画家・芦原妃名子(あしはらひなこ)さんは、ドラマの内容に違和感を覚え、最後の2話分の「脚本」を自ら書いていました。

しかも、その経緯をSNSで説明した後、今年の1月29日に遺体で発見され、自殺とみなされています。

日本テレビは、番組サイトで「映像化の提案に際し、原作代理人である小学館を通じて原作者である芦原さんのご意見をいただきながら脚本制作作業の話し合いを重ね、最終的に許諾をいただけた脚本を決定原稿とし、放送しております」と説明。

出版元の小学館は「編集者一同」名義で、「個人に責任を負わせるのではなく、組織として今回の検証を引き続き行って参ります」とコメントしました。

その後、5月31日に日本テレビが社内特別調査チームの報告書を公表。6月3日に小学館も特別調査委員会の報告書を明らかにしました。

しかし、「制作サイドが提案した改変は許される」という日本テレビと、「原作者の世界観をいかに守るか」とする小学館の姿勢は異なります。

中でも、原作者が持っている作品の「同一性保持権」の順守について、日本テレビ側の認識が希薄であることが目立ちました。

「オリジナル」に対する<敬意>と<誠意>

ドラマの根幹は、「どんな人物」が「何をするのか」です。漫画などの原作がある場合は、創造の「核」となる部分を原作から借りることになります。

難しいのは、原作をそのまま脚本化すれば、いいドラマになるとは限らないことでしょう。

制作サイドは通常、様々な要素を考慮し、映像化する際にドラマ的なアレンジを加えます。

芦原さんは日本テレビに対し、ドラマ化の条件として「漫画に忠実」であることを提示し、了承を得ていたとしています。

しかし、思うようには進まなかったようです。「忠実」の意味合いや度合いについてのすり合わせが足りなかったと思われます。

いずれにせよ、原作者である漫画家が脚本を執筆する事態になったことは極めて異例です。

やはり、ドラマの責任者であるプロデューサーなどが原作者と脚本家の間に立って、もっと丁寧に調整する作業が必要だったと言わざるを得ません。

今後は、「原作者」とその「創造物(オリジナル)」に対する<敬意>と<誠意>という基本を、これまで以上に踏まえたドラマ制作が強く望まれます。

 


伊藤沙莉と河合優実、2人の「ロス」を埋めてくれるもの

2024年11月16日 | 「ヤフー!ニュース」連載中のコラム

 

伊藤沙莉と河合優実、

2人の「ロス」を埋めてくれるもの

 

『虎に翼』(NHK)の伊藤沙莉さん。そして『不適切にもほどがある!』(TBS系)の河合優実さん。

どちらも、ドラマが終わって「ロス」になる人が大量発生しました。

テレビを見ていると、そんなロスを、一瞬とはいえ解消してくれるCMが流れています。

「カメラのキタムラ」の伊藤沙莉さん

カメラのキタムラのCMといえば、2017年から出演している安田顕さん。

リユース「キタムラ新たな旅立ち」篇では、『虎に翼』の印象がまだ消えない伊藤沙莉さんと共演しています。

田舎道のバス停。乗車する人影。走り出したボンネットバスを追いかける2人。

突然、安田さんが「キタムラ!お前、販売だけじゃなく買取も始めたらしいな!」と呼び掛けます。

どうやらカメラ以外に、時計やブランド品も買取の対象となるらしい。

伊藤さんも走りながら訴えます。

「キタムラ君、カメラの印象が強いから、ブランドのキタムラとか、時計のキタムラとか、ちゃんと言わないと伝わらないからね~!」。

つまずいて倒れ込む安田さん。気遣う伊藤さん。そして2人が声をそろえて叫ぶ。

「キタムラ、頑張れ~!」。

カメラについては実績があるけれど、それ以外の買取はまだ認知度が低い。

このCMでは、新規参入のハンデという弱点を逆手に取って訴求しています。

安田さんと伊藤さんが熱演するほど見る側は笑ってしまう。また笑えるからこそ印象に残る。

いやはや心憎い演出です。

「クノール カップスープ」の河合優実さん

ドラマ『不適切にもほどがある!』で、インパクトのある昭和の女子高生を演じて注目を集めた河合優実さん。

その後も、映画やドラマで「今年の顔」と言っていい活躍を見せています。

最大の魅力は、演じた人物の背後にある「物語」まで想像させる力でしょう。

どこか謎めいており、見る側は「本当はどんなひとなんだろう」「心の中で何を思っているんだろう」と気になって仕方がない。

そんな優実さんが、味の素「クノール カップスープ」のCMに、21代目キャラクターとして登場しました。

「コーンなうれしい朝にして」篇、「ポタージュなお年ごろ」篇、「ごちそうの方程式」篇の3本が並んでいます。

その中でも、「お年ごろ」篇から目が離せません。

お父さんと向き合ってスープを飲みながら、「子どもじゃないのよ私、もう」という〈心の声〉。

ポタージュの深みが分かるし、一緒に味わう「カレシだって」……なんて、つい言いそうになっちゃう。

驚くお父さんを見て、「カレシの存在」がウソともホントともとれる、何とも〈罪な微笑〉でごまかす優実さん。

ほら、もう目が離せない!

 


『おむすび』を揺さぶる、見る側の〈ギャル〉アレルギー

2024年11月05日 | 「ヤフー!ニュース」連載中のコラム

朝ドラ『おむすび』を揺さぶる、

見る側の〈ギャル〉アレルギー

 

「架空の人物の現代物」は要注意

放送開始から1ヶ月以上が過ぎた、NHKの連続テレビ小説『おむすび』。

前作『虎に翼』は実在のモデルがいた「実録系」でした。しかも大正生まれの女性であり、近い過去とはいえ一種の「歴史物」でもありました。

今回は、「架空の人物」が主人公の「現代物」です。

実録系であれば、既にその人物に対する評価というものがあり、ドラマ化されても大きくズレることはありません。

しかし、架空の人物の現代物の場合は要注意です。過去の朝ドラには、「迷走するばかりのヒロイン」が複数いたからです。

『おむすび』が持つ「テーマ」

さて、『おむすび』です。現在の主な舞台は2004年の福岡県糸島郡です。

主人公は高校1年の米田結(橋本環奈)。両親と祖父母との5人暮しですが、最近、姉の歩(仲里依紗)が東京から戻って来ました。

これまでに分かったのは、このドラマにはいくつかのテーマがあるということです。1つは、タイトルが象徴する「食」。結の家は農家で、食べることも大好きです。

「おいしいもん食べたら悲しいこと、ちょっとは忘れられるけん」といったセリフが、食に関わるであろう結の将来を暗示しています。

次は「災害」です。結は1995年の阪神淡路大震災の被災者でもあります。神戸に住んでいましたが、震災を機に父親の故郷である糸島に移り住みました。

本作は、災害に遭遇した人たちの過去と現在、さらに「これから」も描こうとしていることがうかがえます。

「ギャル」への違和感

そして3番目のテーマが、「ギャル」です。

ギャル文化の全盛期は90年代後半。確かに、ドラマの背景である2000年代半ばにもギャルはいました。とはいえ、すでに往時の勢いはなく、特に地方では微妙に「浮いた存在」と化していたのです。

そんなギャルが、ドラマでは何らかの「価値観」の「象徴」として扱われています。強いて言えば、「他者からどう思われようと、自分のやりたいことを貫く意思」といったものかもしれません。

ところが、どこか無理があるんですね。「食」や「災害」とは異なり、「ギャル」に理屈抜きの拒否反応を示す視聴者は少なくないからです。

放送開始以来、毎朝、あの独特のメイクや「チョー受ける!」といった話し方、パラパラダンスなどに接することを、ストレスと感じてきた人もいるでしょう。

前述の「貫く意思」みたいなものも、これをドラマの中で「ギャルマインド」とか言われちゃうと、ちょっと困りませんか?

ギャルが、「サブカルチャー」としてある輝きを持っているのは確かです。しかし、それを「メインカルチャー」のように提示されることに、どこか違和感があるのです。

今週に入っても、結がギャルをやめるとか、やっぱりギャルを続けるとか、何かとギャルをめぐる話題が続いていきそうです。

果たして、これほどギャルを引っ張って、今以上に見る側の「共感」が得られるのか。見る側が抱える〈ギャル〉アレルギーのようなものを、無視したままでいいのか。

少々心配になりますが、ひとまず物語の行方に注目したいと思います。

 


『海に眠るダイヤモンド』が、「今年を代表する」ドラマになる理由

2024年11月03日 | 「ヤフー!ニュース」連載中のコラム

 

 

『海に眠るダイヤモンド』が、

「今年を代表する」ドラマになる理由

 

「野木作品」の深化

『逃げるは恥だが役に立つ』(2016年、TBS系)、『アンナチュラル』(18年、同)、そして『MIU404』(20年、同)。これらのドラマを手掛けてきた脚本家、野木亜紀子さんの快進撃が続いています。

昨年の『フェンス』(WOWOW)の舞台は沖縄でした。主人公は、米兵による性的暴行事件を取材する雑誌ライター(松岡茉優)です。

沖縄と本土、日本とアメリカ、ジェンダーや人種の相違といった、さまざまな〈フェンス〉。それを乗り越えようとする人間の姿が生々しく描かれ、第74回芸術選奨の放送部門で文部科学大臣賞を受賞しました。

今年は、映画『カラオケ行こ!』で始まりました。綾野剛演じるヤクザが、合唱部部長の中学生から歌のレッスンを受ける話です。

訳ありのヤクザと、ちょっと気難しい中学生の絶妙な掛け合い。そして不思議な友情が印象に残ります。ただし、原作は和山やまさんの漫画。やはり野木さんのオリジナル作品が見たくなりました。

現在も公開中の映画『ラストマイル』は、そんな期待に応えてくれる1本です。

舞台は巨大ショッピングサイトの物流センター。そこから配送された段ボール箱が連続して爆発します。誰が、何のために仕掛けたのか。センター長(満島ひかり)はどう対処するのか。見えてくるのは、日本人の消費生活を支える物流の現場に潜む深い闇です。

監督は塚原あゆ子さん、プロデュースが新井順子さん。『アンナチュラル』や『MIU404』などと同じ制作陣です。

新たな代表作『海に眠るダイヤモンド』

そしてこの秋、野木さんたち3人が参加する日曜劇場『海に眠るダイヤモンド』(同)がスタートしました。主な舞台は長崎県の端島(通称・軍艦島)と東京です。

1955年、大学を卒業した鉄平(神木隆之介)は故郷の端島に戻ってきました。父(国村準)や兄(斎藤工)が石炭を掘る作業員として働く砿業会社に、事務職員として就職したのです。

石油に取って代られるまで、石炭はエネルギーの主役であり、「黒いダイヤ」と呼ばれていました。そんな炭鉱の島に現れたのが、歌手のリナ(池田エライザ)です。

一方、2018年の東京では、売れないホストの玲央(神木の二役)が、謎の婦人・いづみ(宮本信子)と知り合います。彼女に誘われて一緒に長崎へと飛び、港からフェリーで向かったのは、長く廃墟となっている端島でした。

まず、70年前の端島の風景に驚かされました。最新の視覚効果技術と、セットを組んだ美術チームの功績でしょう。多くの人が働き暮らす、活気に満ちた島が完全に再現されています。

しかし、見る側には複雑な思いもあります。現在の私たちは、石炭産業が急速に斜陽化していくことを知っているからです。いや、斜陽化というより切り捨てられたと言っていい。

野木さんは、このドラマで昭和の経済成長がもたらした、光と影の両方を描こうとしているのではないか。

もっと言えば、「愛と青春と友情、そして家族の壮大な物語」を通して、この国の70年間を総括する試みかもしれません。見る側にそんな妄想さえ抱かせる本作は、早くも「今年を代表する」ドラマになりそうです。

10月27日(日)は衆院選でした。「日曜劇場」の放送がなかったため、3日(日)がようやく第2話。鉄平や玲央、2人をめぐる人たちと2週間ぶりの再会です。

 


『新宿野戦病院』は、20年を経たクドカン「地元ドラマ」の令和進化形か!?

2024年08月23日 | 「ヤフー!ニュース」連載中のコラム

 

『新宿野戦病院』は、

20年を経た

クドカン「地元ドラマ」の令和進化形か!?

 

宮藤官九郎(クドカン)脚本『新宿野戦病院』(フジテレビ系)の舞台は、新宿・歌舞伎町にある「聖まごころ病院」です。

ヒロインは日系アメリカ人の元軍医、ヨウコ・ニシ・フリーマン(小池栄子)。

英語と日本語(岡山弁)のバイリンガルで、外科医を探していたこの病院で働くことになりました。

当初、新宿・歌舞伎町という「地域限定」の設定から、クドカン作品の『池袋ウエストゲートパーク』(TBS系、2000年)や『木更津キャッツアイ』(同、03年)のような「地元ドラマ」を連想しました。

歌舞伎町の「異分子」

しかし考えてみれば、ヨウコにとっての歌舞伎町は、生まれ育ったとか、ずっと生活してきたという意味での「地元」ではありません。

聖まごころ病院の院長・高峰啓介(柄本明)の娘とはいえ、歌舞伎町に入り込んできた者であり、いわば「異分子」です。

ところが、その異分子が周囲に影響を及ぼし、変えていく。

その構造は、同じクドカン脚本の朝ドラ『あまちゃん』(NHK、13年)を思わせます。

一般的な朝ドラのヒロインたちは、さまざまな体験を重ねることで成長し、変化していく。

だが、『あまちゃん』の天野アキ(能年玲奈)は、ちょっと違いました。

東京から、母・春子(小泉今日子)の地元である北三陸にやって来て、成長はしたかもしれませんが、基本的に当人の本質は変わらない。

むしろアキという「異分子」に振り回されることで、徐々に変化していくのは周囲の人たちのほうでした。

それは北三陸の人たちも、戻った東京で出会った人たちも同様です。

その様子が想起させたのは、文化人類学者・山口昌男が言うところの「トリックスター」でした。

いたずら者のイメージをもつトリックスターは、「一方では秩序に対する脅威として排除されるのであるが、他方では活力を失った秩序を更新するために必要なものとして要請される」(山口『文化と両義性』)からです。

アキが北三陸に現れた時、地元の人たちにとっては「天野春子の娘」という〝脇役〟にすぎませんでした。

また、アキはアイドルを目指して上京しましたが、本当に待たれていたのは「可愛いほう」のユイ(橋本愛!!)であり、「なまってるほう」のアキは、いわばオマケ(笑)でした。

ところが、いつの間にか、人々の中心にアキがいた。

「トリックスターは脇役として登場しながらも、最後には主役になりおおせる」(山口『文化記号論研究における「異化」の概念』)のです。

降臨した「トリックスター」ヨウコ

ならば、ヨウコもまた、歌舞伎町という地元に降臨した、稀代のトリックスターなのかもしれません。

日系アメリカ人っぽい英語と、岡山生まれの日本人である母親(余貴美子)から受け継いだ岡山弁が入り交じるヨウコの語り。それはクドカンらしい〝発明品〟です。

見る側を引き込む、独特の迫力と不思議な説得力があります。

「(英語で)私は見た。負傷した兵士、病気の子供。運ばれて来るときは違う人間、違う命。なのに死ぬとき、命が消えるとき、(岡山弁で)皆、一緒じゃ!」

続けて、「(英語で)心臓が止まり、息が止まり、冷たくなる。(岡山弁で)死ぬときゃ、一緒。それがつれえ。もんげえつれえ」

もんげえつれえ(すごく辛い)からこそ、「平等に、雑に助ける」。

「Yes」か「No」の判断が難しい時も、英語の“Yeah”と日本語の”いや“のちょうど中間を狙った、「イヤ~」で乗り切っていく。

そんなヨウコの存在は、チャラ系医師の高峰亨(仲野太賀)をはじめ、患者も含めた周囲の人たちを少しずつ、だが確実に変え始めています。

クドカンが30代で書いた「池袋」「木更津」、40代の「北三陸」、そして50代での「新宿・歌舞伎町」。

『新宿野戦病院』は、20年を経たクドカン「地元ドラマ」の令和進化形と言えるのではないでしょうか。

 


『虎に翼』が、物語の中で丁寧に描いていく「多様性」

2024年06月15日 | 「ヤフー!ニュース」連載中のコラム

 

 

『虎に翼』が、

物語の中で

丁寧に描いていく「多様性」

 

今週(第11週)の朝ドラ『虎に翼』。10日(月)に放送された、ある場面が話題になりました。

判事として、食糧管理法や物価統制令に関する案件を担当していた花岡(岩田剛典)が、闇米を食べることを良しとせず、餓死してしまいました。

ショックを受けた轟(戸塚純貴)は路上で泥酔。そんな彼を、よね(土居志央梨)が、カフェ「燈台」に連れてきます。

「仕方あるまい、それがあいつの選んだ道ならば」と、無理に自分を納得させるかのような轟。

すると、よねが、

「ホレてたんだろ? 花岡に。花岡と最後に会った時、そう思った」

轟は「なにをバカなこと言ってんだ」と言い返します。

「バカなことじゃないだろ。ホレたハレたは、カフェで死ぬほど見てきたからな」と、よね。

そして、

「別に白黒つけさせたいわけでも、白状させたいわけでもない。腹が立ったなら謝る。ただ、私の前では強がる意味がない。そう言いたかっただけだ」

轟はふと真顔になり、

「俺にもよくわからない。でも、あいつがいなかったら、俺は弁護士を目指していなかった。花岡が帝大をあきらめて明律で共に学べると知った時は嬉しかった」

続けて、

「戦争のさなか、あいつが判事になって、兵隊に取られずに済むと思うとうれしかった。あいつのいる日本へ生きて帰りたいと思えた」

そう本心を語ったのです。確かに、見ていて一瞬驚きました。

しかし同時に、第4週で以下のようなシーンがあったことを思い出しました。

寅子(伊藤沙莉)たちが学生だった頃です。

ハイキングの最中に寅子と花岡が口論となり、寅子に突き飛ばされた花岡が崖下に転落。大けがをしました。

花岡は、男女が一緒に学ぶことには無理があると言い出し、寅子を訴えて「痛い目に遭わせる」などと暴言を吐きます。

聞いていた轟は花岡を諭すように、

「花岡……俺はな、自分でも信じられないが、あの人たちが好きになってしまった……あの人たちは漢(おとこ)だ。俺が、漢の美徳と思っていた強さ優しさをあの人たちは持っている」

さらに、

「上京してからのお前、日に日に男っぷりが下がっていくばかりだ。俺は非常に悲しい!」

今思えば、轟の中で、花岡はずっと特別な存在だったのです。

人が誰を好きであろうと、他者が否定してはならない。当然のことです。

しかし、当時はまだ、それを表明することが困難な時代でした。

そして、これも当たり前のことですが、そんな時代にも、さまざまな性的指向を持つ人たちがいたのです。

ドラマの中の登場人物である轟もまた、自然な存在と言えるでしょう。

10日に2人が話をしていた「燈台」の店内の壁には、よねが筆で書いた「憲法14条」がありました。

「すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない」

ここには「性別」とありますが、それは単に男女を指すだけではないことを伝えていました。このドラマは、物語の中で「多様性」を丁寧に描いています。

 


再放送希望!「向田邦子賞」を受賞した、ドラマ『グレースの履歴』の魅力とは?

2024年05月27日 | 「ヤフー!ニュース」連載中のコラム

 

再放送希望!

「向田邦子賞」を受賞した、

ドラマ『グレースの履歴』の魅力とは?

 

優れた脚本を手掛けた作家に贈られる、「向田邦子賞」。

主催は東京ニュース通信社などで、前年度に放送されたテレビドラマの脚本を対象に選考されています。

先日、第42回「向田邦子賞」が発表されました。受賞したのは、源孝志(みなもと たかし)さんです。

作品は、2023年3月19日~5月7日放送の『グレースの履歴』(NHK BSプレミアム、全8話)でした。

「大人のドラマ」の秀作

主人公は製薬会社の研究員、蓮見希久夫(滝藤賢一)です。

子どもの頃に両親が離婚し、唯一の肉親だった父も他界。家族はアンティーク家具のバイヤーである妻、美奈子(尾野真千子)だけでした。

仕事を辞めることを決意した美奈子は、区切りの欧州旅行に出かけます。ところが、旅先で不慮の事故に遭い、急死してしまう。

希久夫は現れた弁護士から、実は美奈子が命にかかわる病気の治療を続けていたことを告げられます。

呆然とする希久夫に遺されたのは、美奈子が「グレース」と呼んでいた愛車、ホンダS800でした。

希久夫がグレースのカーナビに触れると、履歴に複数の見知らぬ場所が表示されます。

日付によれば、美奈子が走ったのは欧州に旅立つ前の一週間。彼女は希久夫に出発日をずらして伝えていたことになります。

一体、誰に会いに行ったのか。疑ったのは、愛人なのか恋人なのか、男性の存在でした。

希久夫は、何かに突き動かされるように、履歴に記された街に向かってグレースを走らせます。

藤沢、松本、近江八幡、尾道、そして松山。待っていたのは希久夫自身の過去であり、美奈子の切実な思いでした。

このドラマ、今は亡き愛する人が仕掛けた謎を追う、いわば「ロードムービー」です。

古いクルマでの移動だからこそ味わえる、美しい日本の風景。

歴史のある街に暮らす、かけがえのない人たち。

画面の中には、ゆったりとした時間が流れています。

受賞記念の一挙再放送を!

また、このドラマ全体が「再生の旅」でもあります。

そこには人生の苦みや痛みもあるのですが、まさに再び生きるための旅であり、「出会いの旅」なのです。

しかも、主人公だけの「再生の物語」ではありませんでした。

それを深みのある映像と、絞り込んだセリフで構成することによって成立させています。

滝藤賢一さん、尾野真千子さんの静かな演技が印象に残ります。まさに、「大人のドラマ」でした。

誰かを大切に思うこと。誰かと共に生きること。その意味を深く考えさせてくれる1本でした。

原作・脚本・演出は、いずれも源孝志さん。

本作同様、脚本・演出を手掛けた作品に、新感覚チャンバラドラマ『スローな武士にしてくれ~京都 撮影所ラプソディー~』(NHK・BSプレミアム、2019年)などがあります。

極上のエンタメとしての〝源ドラマ〟は、それ自体が一つのジャンルと言っていいでしょう。

向田邦子賞の受賞記念として、『グレースの履歴』の一挙再放送を熱望しつつ、源さんの新作を待ちたいと思います。

 


『らんまん』や『ブギウギ』とはひと味違う、『虎に翼』から「目が離せない」理由とは?

2024年05月20日 | 「ヤフー!ニュース」連載中のコラム

 

 

『らんまん』や『ブギウギ』とはひと味違う、

『虎に翼』から「目が離せない」理由とは?

 

NHK連続テレビ小説(朝ドラ)の主人公には二つのタイプがあります。

一つは架空の人物。もう一つが実在の人物をモデルにしたものです。

最近は後者が続いていますね。『らんまん』は植物学者の牧野富太郎。『ブギウギ』は歌手の笠置シヅ子でした。

放送中の『虎に翼』は、三淵嘉子(みぶち よしこ)がモデルです。

大正3年生まれの嘉子は、昭和13年に現在の「司法試験」に合格。

日本初の女性弁護士・判事であり、司法界の「ガラスの天井」を次々と打ち破ってきた女性です。その軌跡は戦前・戦後を貫く、試練の「女性史」でもあります。

実は放送開始前、朝ドラのヒロインとしては「堅苦しくないか」と懸念していたのですが、それは杞憂でした。

第一の功績は、主人公・猪爪寅子(いのつめ ともこ)を演じる伊藤沙莉さんです。

世間の常識が、まだ「女性の幸せは結婚にあり」だった時代。自己主張する女性が疎(うと)まれていた時代。寅子は自然体で自分の道を切り拓いていきます。

納得がいかない事態や言動に接したときに、寅子が発する「はて?」という疑問の声は、彼女の生き方の象徴でしょう。

芯は強いのですが、どこか大らかな寅子のキャラクターを、伊藤さんが全身で表現しています。

「社会性」と「共感性」の朝ドラ

次に、この作品がヒロインだけを追う朝ドラではなく、同時代を生きる人たちも丁寧に描く「群像劇」になっていることです。

これまで、寅子と共に学ぶ女性たちの人物像をきちんと造形してきました。

華族の令嬢である桜川涼子(桜井ユキ)。弁護士の夫がいる大庭梅子(平岩紙)。

朝鮮半島からの留学生、崔香淑(ハ・ヨンス)。そして、いつも何かに怒っている勤労学生の山田よね(土居志央梨)。

単なる「周囲の人」ではない彼女たちの存在が、物語に広がりと奥行きを与えています。

しかし、最終的に弁護士の資格を得たのは寅子だけでした。

大学が主催した祝賀会。新聞記者たちの前で、寅子は抑えてきた思いを口にします。

「高等試験に合格しただけで、女性の中で一番だなんて口が裂けても言えません」

続けて・・・

「志(こころざし)半ばで諦めた友。そもそも学ぶことができなかった、その選択肢があることすら知らなかった、ご婦人方がいることを私は知っているからです」

さらに・・・

「生い立ちや信念や格好で切り捨てられたりしない、男か女かでふるいにかけられない社会になることを、私は心から願います……いや、みんなでしませんか? しましょうよ!」

寅子は、そう呼びかけました。

ユニークな主人公“個人”が際立っていた『らんまん』や『ブギウギ』とはひと味違う、見る側を引き込むような「社会性」と「共感性」がこのドラマにはあるのです。

物語は中盤に差し掛かってきました。「女性の弁護士」というものが奇異な目で見られていた時代に、一人の「弁護士」として歩み始めた寅子から、やはり目が離せません。

 


第61回「ギャラクシー賞」入賞作品、NHKスペシャル「未解決事件File.10 下山事件」とは?

2024年05月07日 | 「ヤフー!ニュース」連載中のコラム

 

第61回「ギャラクシー賞」入賞作品、

NHKスペシャル

「未解決事件File.10 下山事件」とは?

 

先日、第61回ギャラクシー賞の「入賞」作品を、主催の放送批評懇談会が公表しました。

テレビ部門の入賞作品には、計14本のドラマやドキュメンタリーが並んでいます。

その中から1本の「大賞」が選ばれ、5月31日に行われる贈賞式で発表される予定です。

今年3月に放送されたNHKスペシャル「未解決事件File.10 下山事件」は、大賞の有力候補と思われる1本です。

日本がまだ占領下にあった1947年7月。行方が分からなくなっていた国鉄の下山定則総裁が、列車に轢かれた死体となって発見されます。

その後、犯人はもちろん、自殺か他殺かも特定されないまま捜査は打ち切られ、迷宮入りとなりました。いわゆる「下山事件」です。

〈戦後最大のミステリー〉に挑む

NHKスペシャルの「未解決事件」シリーズは、これまでに「グリコ・森永事件」や「地下鉄サリン事件」などを扱ってきました。

前回は「松本清張と帝銀事件」であり、最新作が〈戦後最大のミステリー〉と呼ばれてきた下山事件です。

この事件に関しては、松本清張「日本の黒い霧」をはじめ、近年の柴田哲孝「下山事件 最後の証言」や森達也「下山事件」などで様々な考察が行われてきました。

現時点で、番組としての新たな視点や知られざる事実を提示できるのか。そこが注目ポイントでした。

下山事件を担当した主任検事の名は布施健。

後に検事総長として「ロッキード事件」の捜査を指揮し、田中角栄元首相を逮捕したことで知られる人物です。

制作陣は、布施たちが残した700ページにおよぶ膨大な極秘資料を入手。これを4年かけて分析し、取材を進めてきたのです。

浮上してきたのは、ソ連のスパイを名乗り、下山暗殺への関与を告白した「李中煥」(り・ちゅうかん)という人物の存在。

やがて、李がGHQの秘密情報組織「キャノン機関」の密命を受けていた可能性が明らになっていきます。

検察をも翻弄した彼は、いわゆる「二重スパイ」だったのです。

さらに制作陣は、キャノン機関に所属していた人物をアメリカで発見します。李の写真を見せると、面識があったと証言しました。

またGHQの下部機関であるCIC(対敵情報部隊)にいた人物の遺族とも面談。本人が「あれは米軍の力による殺人だ」と語っていたことを聞き出します。

米ソ対立が深まる中、米国は有事の際に国鉄を軍事輸送に使うことを計画していました。下山亡き後の朝鮮戦争では、それが実施されます。

事件は、米国の「反共工作」の中で起きていたのです。

番組は、森山未來さんが布施検事を演じたドラマ編と、ドキュメンタリー編の二部構成。

両者は互いに補完し合いながら、現在の日本社会に繋がる「戦後の闇」に光を当てて見事でした。

 


『虎に翼』初回で、「日本国憲法」が描かれていた意味とは?

2024年05月06日 | 「ヤフー!ニュース」連載中のコラム

 

 

『虎に翼』初回で、

「日本国憲法」が描かれていた意味とは?

 

NHKの連続テレビ小説『虎に翼』。

第5週は、昭和11(1936)年の1月から10月にかけて行われた「共亜事件」の公判を軸に、物語が展開されました。

最終的に、猪爪寅子(伊藤沙莉)の父・直言(岡部たかし)を含む、16人の被告人全員が無罪。

寅子にとっては、父を心配すると同時に、「法律とは何なのか」を考え続けた日々でした。

この第5週が幕を閉じた5月3日は「憲法記念日」です。

「日本国憲法」は昭和21(1946)年11月3日に公布され、翌22(1947)年の5月3日に施行されました。

4月1日に放送された、このドラマの初回。その冒頭を思い起こします。

『虎に翼』と「日本国憲法」

画面には、川面(かわも)が映し出されました。水の流れに乗っているのは、小さな笹舟です。

川岸の流木に腰を下ろしている、一人の女性。寅子でした。

モンペ姿の寅子は、手にした新聞を見つめています。その紙面にあるのは、公布された「日本国憲法」の文字。

そして、「第14条」の文章を読む寅子の肩が、微かに震えます。泣いているのでした。

尾野真千子さんによる「語り」の声が、初めて視聴者の耳に聞こえてきます。

「昭和21年に公布された憲法の第14条にこうあります……」

画面は、寅子の父・直言が作っていたスクラップブック。

「初の女弁護士誕生へ・猪爪寅子さん」という、新聞記事の見出しが見えます。

さらに映像は敗戦後の東京の点描となり、語り手は第14条を朗読していきます。

「すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない」

歩いて行くのは、ツイードのスーツ姿となった寅子です。

向かった先は、当時司法省の各課が間借りしていた、法曹会館。

再会するのが、後に最高裁長官となる桂場等一郎(松山ケンイチ)でした。

初回は、そこから昭和6年へとさかのぼって寅子のお見合いシーンとなり、昭和11年の「現在」に至る、というわけです。

このドラマが、日本国憲法と様々な「差別禁止」が明記された第14条から始まったこと。

そこに脚本の吉田恵里香さんをはじめ、制作陣の強い意思を感じます。

また第14条の前に置かれた、「個人の尊重・幸福追求権」を示す第13条。

さらに「家庭生活における個人の尊厳と両性の平等」という第24条。

こうした憲法の精神が『虎に翼』という物語を支えており、今後ますます重要な要素となっていくはずです。

 


【ドラマ10年館】 ちょうど10年前、2014年5月は 「池井戸ドラマ」の同時多発

2024年05月03日 | 「ヤフー!ニュース」連載中のコラム

 

【ドラマ10年館】

ちょうど10年前、

2014年5月は

「池井戸ドラマ」の同時多発

 

「十年一昔(じゅうねんひとむかし)」という言葉があるように、10年は一つの区切りとなる時間です。

短いようでいて、それなりに長い10年。忘れていることも、ずいぶん多いのではないでしょうか。

たとえば、10年前の今月、どんなドラマをやっていたのか。

この【ドラマ10年館】では、記憶に残る作品を振り返ってみたいと思います。

杏主演『花咲舞が黙ってない』

10年前の2014年5月。

『花咲舞が黙ってない』(日本テレビ系)と日曜劇場『ルーズヴェルト・ゲーム』(TBS系)という、2本の池井戸潤原作のドラマが放送されていました。

「池井戸ドラマ」の同時多発です。

これはもちろん、前年に放送された池井戸さん原作の『半沢直樹』の大ヒットを受けてのことです。

まず、『花咲』は『半沢』を想起させる銀行ドラマでした。

問題を抱えた支店を指導する「臨店班」に所属する女性行員・舞(杏)が、毎回、行く先々で問題解決のために奔走する。

彼女の最大の魅力は、たとえ相手が上司であれ顧客であれ、間違ったことや筋の通らぬことに関しては一歩も引かないことです。

『花咲』は、そんなヒロインが言いたいことを言う、ガチンコ勝負ドラマでした。

もしもビジネスパーソンが、仕事場で「言いたいことを言う」を実践したら大変なことになるでしょう。

だからこそ、何でも口にする舞は危うくもあり、痛快でもある。

ただし、良くも悪くも『半沢』のような重厚感や奥行きを持つドラマではありません。

あくまでもライト感覚で楽しめる、勧善懲悪物語です。

舞が「お言葉を返すようですが……」という言葉をきっかけにたんかを切るのは、いわば水戸黄門の「印籠」のようなもの。

1話完結で見終わってすがすがしい、というパターンにも安心感がありました。

唐沢寿明主演『ルーズヴェルト・ゲーム』

一方の『ルーズヴェルト・ゲーム』は、中堅の精密機器メーカーが舞台でした。

大手の下請けとして成り立っていることもあり、経済情勢だけでなく、発注元の思惑にも揺さぶられています。

社長の細川(唐沢寿明)が、いかにして苦境を脱していくかが見どころでした。

このドラマの特色として、企業ドラマであると同時に、野球ドラマでもあることが挙げられます。

当時、社会人野球がきっちり描かれるドラマというのは珍しく、異色のスポーツ物にもなっていたのです。

会社のお荷物的な存在である野球部が、会社と同様、「逆転勝利」をつかむことができるのか。

チーフ・ディレクターは福澤克雄さん。視聴者の興味を引っ張る力技は、すでに突出していました。

池井戸作品には、企業小説と呼ばれるものが多い。

しかし、主軸はあくまでも企業内の人間模様であり、そこで展開される人間ドラマです。

また、山あり谷ありの起伏に富んだ物語構成と、後味(本なら読後感)の良さも池井戸作品の持ち味です。

その意味で、ドラマとの相性がとてもいいことは、当時も現在も変わりません。

 


【ドラマ10年館】10年前、2014年4月のドラマは「ハードボイルド」だった

2024年04月22日 | 「ヤフー!ニュース」連載中のコラム

 

【ドラマ10年館】

10年前、

2014年4月のドラマは

「ハードボイルド」だった

 

「十年一昔(じゅうねんひとむかし)」という言葉があるように、10年は一つの区切りとなる時間です。

短いようでいて、それなりに長い10年。忘れていることも、ずいぶん多いのではないでしょうか。

たとえば、10年前の今月、どんなドラマをやっていたのか。【ドラマ10年館】と名づけたコラムで、印象に残る作品を振り返ってみたいと思います。

 

『MOZU~百舌(もず)の叫ぶ夜~』

優れた海外ドラマのような骨格

 

『MOZU~百舌の叫ぶ夜~』の3人(番組サイトより)
『MOZU~百舌の叫ぶ夜~』の3人(番組サイトより)

2014年の春ドラマで、「真打ち登場!」といった感がありました。『MOZU~百舌の叫ぶ夜~』(TBS系)です。

12年の『ダブルフェイス』と同様、WOWOWとの共同制作でした。

東京の銀座界隈で爆発が起きます。テロの可能性が高い。爆弾所持者と思われる男(田中要次)と、現場に居合わせたという公安の女性刑事(真木よう子)の関係は不明です。

また犠牲者の中に、元公安で現在は主婦の千尋(石田ゆり子)がいました。彼女の夫は公安部特務第一課の倉木(西島秀俊)です。

妻の死の謎を解こうとして動き出す倉木。捜査一課の大杉(香川照之)も独自の捜査を進めていきます。

テロ組織vs.警察、刑事部vs.公安部、西島vs.香川などいくつもの対立軸があるのですが、それをさばく脚本(仁志光佑)と演出(羽住英一郎)の手際がよく、飽きさせません。

『ダブルフェイス』もそうでしたが、優れた海外ドラマのようなしっかりした骨格を、俳優たちが見事に体現化していました。

さらに繁華街の爆発現場、けが人が収容される病院なども、予算と人員をしっかりと投入しており、手抜きがありません。

たとえば、感心したのは、捜査本部となった大会議室の片隅に水とコーヒーのサーバーが置かれていたことです。しかも、残量がわずかで使用感があるのです。

ほんの一瞬しか映らないし、アップになるわけでもありません。しかし、こうした細部こそがドラマのリアリティーを下支えしていることを、制作陣は熟知していたのです。

 

『ロング・グッドバイ』

日本にマーロウを現出させる素敵な“暴挙”

 

『ロング・グッドバイ』の探偵(番組サイトより)
『ロング・グッドバイ』の探偵(番組サイトより)

 

2014年4月のNHK土曜ドラマは、浅野忠信主演の『ロング・グッドバイ』。

よもや「原作=レイモンド・チャンドラー」の文字を、日本のドラマで見られるとは思いませんでした。

一見、無国籍な街のたたずまい。丸みを帯びたデザインのクルマ。ずっしりと重そうなダイヤル式電話機。三つ揃えに帽子の男たち。

そして、誰もが当たり前のように燻(くゆ)らすタバコの煙。この雰囲気、オトナの男なら、思わず「うーん、いいねえ」と唸ってしまいそうです。

ドラマの中では細かい説明がないので、「ここはどこ?」「時代はいつ?」と思うかもしれません。

原作のハードボイルド小説『長いお別れ』が、米国で刊行されたのは1953(昭和28)年でした。

敗戦からの復興を経て、日本でテレビ放送が始まったこの頃が舞台らしいと推測します。

ドラマの中にも「新聞社や出版社を複数抱え、テレビ局までつくった」という大物実業家(柄本明)が登場。私立探偵の浅野が対峙していくことになる、巨魁ともいうべき人物です。

初回では、女優のヒモのような男(綾野剛)と浅野の奇妙な友情が描かれました。やがて綾野は殺されてしまうのですが、それぞれの生き方や2人の微妙な距離感にも、どこか原作の雰囲気が漂っています。

演出は『ハゲタカ』『外事警察』などの堀切園健太郎。音楽はその盟友で、『あまちゃん』の大友良英。

日本にフィリップ・マーロウを現出させようという、素敵な“暴挙”に拍手でした。