2024.12.31
それから私はベッドに坐り、
自分に向かって大声でいう。
「勇気! 愛! 美徳! 同情!
輝き! やさしさ! 知恵! 美!」。
こうした言葉は
大地の色に彩られているように思える。
そして私は、
この言葉を繰り返しているうちに、
心のなかに希望があふれてきて、
夜の闇のなかで
心が平和になるのを感じるのだ。
ジョン・チーヴァ―「世界はときどき美しい」
travel print by Nick Kuchar
肝腎なことは、ねえ、
望んだり
生きたりするのに
飽きないことだ。
その他のことは
私たちの
知ったことじゃない。
ロマン・ロラン『ジャン・クリストフ』
「週刊新潮」に寄稿した書評です。
四元康祐『詩探しの旅』
日本経済新聞出版 2420円
詩人である著者は長年アメリカやドイツに住んできたが、4年ほど前に帰国した。本書は海外生活の頃からの体験を元にした、詩をめぐる旅の記録である。軸となるのは、詩の朗読会やシンポジウムが行われる「国際詩祭」というイベントへの参加。オランダ、ポーランド、ボスニア、イスラエル、アイルランドなどで出会う、海外の詩人たちとその作品が刺激的だ。詩で繋がった、一種の共同体を思わせる。
佐々木 中『万人のための哲学入門~この死を謳歌する』
草思社 1430円
本書はコンパクトな哲学史でも、哲学的問題への回答集でもない。「あなたのために書かれた本」であり、出発点は「あなたが死ぬ」ということだと著者。人は何かのために生まれるわけではなく、人生には目的もない。しかし、ないからこそ目的を設定する余地があるという。著者は「すべてのものに根拠がある」とする「根拠律」をも疑いながら、既知と思われてきた生と死の課題を検討していく。
岡村靖幸『幸福への道』
文藝春秋 2475円
音楽家である著者が、「会いたい」「話を聞きたい」と思う22人と向き合った対談集だ。テーマは「幸せとは何か」だが、仕事から私生活まで自然な形で会話がはずむ。幸福は「風のように一瞬感じるもの」だと伊藤蘭。幸せを「ゴールにしてしまってはだめ」と語るのはショーン・レノンだ。また作家の高村薫は、身近につらいことがない「普通の日を過ごすこと」が幸せだと言う。これも奥深い。
山本英史『中国の歴史 増補版』
河出書房新社 3190円
国交正常化から半世紀以上が過ぎた中国。特に近年の覇権主義的な動きから目が離せない。本書は、どこか不可解なこの国を読み解く「補助線」となる通史である。政権の批判を許さない思想や言論の統制は、秦の始皇帝時代からのものだ。また中華帝国を形成した明の洪武帝は、敵対する恐れのある勢力を一掃した。現代の「中国」が、過去の「中国」から生まれたものであることがよくわかる。
(週刊新潮 2024.12.26号)
travel print by Nick Kuchar
人生の壁を乗り越えるには、
「とらわれない、
かたよらない、
こだわらない」
これが一番です。
養老孟司
特集『「人生の壁」を越える』より
週刊ポスト 2025.01.03/10号
「キープ・オン」っていうのは
僕の座右の銘なんです。
とにかく長くやる、
とにかく続ける。
そのことだけで価値がある。
五木寛之
「流されゆく日々」12000回記念対談
日刊ゲンダイ 2024.12.25
2024年「秀作ドラマ」ベスト5
第1位は「不適切にもほどがある!」
第5位「新宿野戦病院」(フジテレビ系)
元軍医ヨウコ(小池栄子)が秀逸だ。「すべての命は平等」が信条で、新宿・歌舞伎町に生息する人々への偏見もない。また〝ルミナ〟ウイルスは現実への痛烈な風刺だった。
第4位「舟を編む~私、辞書つくります~」(NHK)
辞書編集部へと異動してきた岸辺みどり(池田エライザ)の目を通して、地道な辞書作りが魅力的に描かれた。人に何かを伝えたい時、つながろうとする時、言葉の力が必要となる。
第3位「海に眠るダイヤモンド」(TBS系)
鉄平(神木隆之介)を軸に、異なる時代と場所で濃密な人間ドラマが展開された。風化させてはいけない「戦争」や「原爆被爆」などを、物語に丁寧に織り込んでいったことも高く評価したい。
第2位「虎に翼」(NHK)
戦前・戦後を法曹人として生き抜いた寅子(伊藤沙莉)。憲法第14条が明記する「法の下の平等」や「差別禁止」は今、本当に実現されているのか。この問いかけこそ全体を貫くテーマだ。
第1位「不適切にもほどがある!」(TBS系)
昭和からやって来た市郎(阿部サダヲ)が、違和感をおぼえるたびに「なんで?」と問いかける。それは令和と昭和、両方の時代や社会に対する、笑いながらの鋭い「批評」となっていた。
来年もまた1本でも多くの挑戦的かつ刺激的なドラマと出会いたい。
(日刊ゲンダイ「TV見るべきものは!! 2024.12.24)
哲学と矜持、CM超えたCMの力
カネボウ化粧品 カネボウ
フュージョニング ソリューション
「I HОPE.希望の美容液」
今年もまた膨大な数のCМを目にした。たくさんの優れたコンセプト、映像、コピーなどに触れてきた。
そんな中で強烈に気持ちを揺さぶられた1本が、KANEBOの新ブランドCM「I HОPE.希望の美容液」だ。
まず、「唇よ、熱く君を語れ」の合唱をバックに展開される映像の質感と情動感が見る者をとらえて離さない。
強い風にあおられながら、何かを模索するかのように世界を見つめるのはモデルの中島セナさんと俳優の森山未來さん、そして柔道家の阿部詩さんだ。いずれも自立と自律を体現する人たちである。
またナレーションによる「宣言」ともいうべき言葉も魅力的だ。いわく「人間そのものを見つめることで生まれた美容液だからこそ、人を動かす原動力になると信じたい」。
さらに「私たちは、化粧品を売っているのではない。 希望を売っている」と続くのだ。
不安定と不確実性の時代だからこそ、この確固たる哲学と矜持(きょうじ)が多くの人を励ますことにつながる。CMを超えたCMの力だ。
(日経MJ「CM裏表」2024.12.23)
誰も
いなくなってしまったけれど、
あるの、ここに。
わたしの中に
みんな、眠ってる。
池ヶ谷朝子(宮本信子)の言葉
ドラマ『海に眠るダイヤモンド』最終回より
「週刊新潮」に寄稿した書評です。
藤原貞朗『ルーヴル美術館~ブランディングの百年』
講談社選書メチエ 2200円
ルーヴル美術館は、なぜ多くの人の関心を引く「売れる」ブランドとなったのか。そのブランディングの歴史を検証したのが本書だ。大きな飛躍が3回あった。創設から百年後、1930年代の大改造。60年代に文化大臣アンドレ・マルローが主導した文化政策。そして80年代に断行された、ミッテラン大統領による「偉大なルーヴル計画」だ。何を捨て、何を得て、その「魔力」を増幅させていったのか。
小宮正安『ベートーヴェン《第九》の世界』
岩波新書 1056円
すでに日本の風物詩として定着した、ベートーヴェン「交響曲第九番」の年末演奏。そもそも「第九」とはどのような楽曲なのか。音楽評論家の著者は、創造の源泉となったシラーの詩「歓喜に寄す」をはじめ、フランス革命やナポレオンとの関係、「喜びの歌」とそっくりなメロディが登場するモーツアルトの作品、さらに現在まで続く数々の影響なども考察。その型破りなスケールが見えてくる。
朝日新聞取材班『ルポ 京アニ放火殺人事件』
朝日新聞出版 1980円
京都アニメーション・第1スタジオで、放火殺人事件が起きたのは2019年7月。青葉真司被告に死刑判決が下ったのは24年1月だ。本書では事件が「なぜ起きたのか」という最大の疑問への答えを探っている。生い立ちから事件までの経緯。被告が裁判で語ったこと。それを聞いた遺族や負傷者たちの思い。記者による面接の中身も明かされる。果たして事件は被告個人が引き起こしたものだったのか。
(週刊新潮 2024.12.19号)