2024.06.29
「週刊新潮」に寄稿した書評です。
椎名 誠『続 失踪願望。~さらば友よ編』
集英社 1760円
日録エッセイの最新刊だ。執筆、講演、飲み会など、2022年7月から23年6月までの「作家の日常」を垣間見ることが出来る。しかし、本書の中心はそこではない。書き下ろしの「さらば友よ!」だ。亡くなった親友・目黒考二について、自身の思いを綴っている。また目黒に背中を押されて書いた「わが爛れた異様な時期の出来事」と、若き日の「失踪」の話が読める。79歳にして開く新境地だ。
河原梓水『SMの思想史~戦後日本における支配と暴力をめぐる夢と欲望』
青弓社 3300円
多様性の時代、「他者の好きなもの」を否定しないことは常識となった。それはセクシュアリティについても同様だ。しかし、そうでなかった時代にサディストやマゾヒストを自認した人たちは何を思い、どう語っていたのか。著者は性文化・思想の研究家だ。1950年代の雑誌『奇譚クラブ』や小説『家畜人ヤプー』の沼正三などを検証することで、戦後民主主義に対する新たな視座を提示する。
(週刊新潮 2024.06.27号)
NHKスペシャル
調査報道 新世紀 File4
『オンラインカジノ 底知れぬ闇』
6月29日(土)
午後10:00〜午後10:50
インターネットを通じて行うギャンブル、いわゆる「オンラインカジノ」の闇に迫る。
手元のスマホからいつでもどこでも賭けられ、瞬く間に多額の借金を背負い、ギャンブル依存症を発症する人も少なくない。
日本では違法だが、利用者数は推計で約数百万人とも言われている。
取材班は、オンラインカジノの関連企業が存在すると見られる、地中海に浮かぶ島国「マルタ共和国」へ。
そこで働いていたのは、日本の若者たちだった・・・。
(番組サイトより)
南ヨーロッパのイタリア・シチリア島南約93kmにある、
人口約40万人の小さな島国「マルタ共和国」
5分で伝える『Nスぺ オンラインカジノ 底知れぬ闇』
予告動画
https://www.nhk.jp/p/special/ts/2NY2QQLPM3/episode/te/689LG7QGGZ/
〈この世とあの世は地つづき〉と唱え続けた、
「霊界の宣伝マン」の哀しみとは?
野村 進『丹波哲郎 見事な生涯』
講談社 2420円
俳優の丹波哲郎が亡くなったのは2006年9月のことだ。84歳だった。1922年に東京で生まれ、戦後に中央大学法学部を卒業。劇団を経て新東宝に入社する。
60年代から70年代にかけて『三匹の侍』や『キイハンター』などのテレビドラマで人気を集めた。また、『砂の器』や『日本沈没』といった映画でも、その存在感は際立っていた。
しかも、丹波にはもうひとつの顔があった。原案・脚本・総監督を務めた映画『丹波哲郎の大霊界 死んだらどうなる』で知られる、自称「霊界の宣伝マン」としての活動だ。
「人生はこの世だけで終わりではない。来世は存在する」という自身の死生観を公表し、「この世とあの世は地つづき」だと晩年まで唱え続けた。しかし、バラエティー番組などで霊界を語る大御所俳優の姿が、どこか奇異に見えたのも事実だ。
本書は丹波に関する初の本格評伝である。ノンフィクション作家の著者は丹波の全著作に目を通すだけでなく、彼について書かれたもの、手紙や私家版の映像も精査。さらに関係者へのインタビューも加えて「人間・丹波哲郎」の実像に迫った。
やがて「死後の世界」への関心の背後にあるものが見えてくる。第一に母親を含む近しい人たちの死であり、難病を抱えることになった妻への思いだった。
そして第二には、学徒動員で戦争に駆り出された自分が生き残ったことだ。愛する人を亡くした人たちの悲しみをやわらげるための霊界研究であり、「霊界の宣伝マン」の役割である。
長年、丹波と接してきた人物が言う。俳優は自分自身で自分以外の存在をつくりあげ、それを自分のものにしてしまう。霊界についても「自分なりの霊界をつくりあげていくにしたがい、その霊界を信じ込んでいったのではないか」。
著者によれば、丹波は「有言実行の人」だ。その意味でも全身俳優の生涯は、確かに見事なものだった。
(週刊新潮 2024.06.20号)
米倉涼子主演
「エンジェルフライト」
古沢良太の脚本が見事だ
海外で亡くなった人たちの遺体を、日本にいる遺族の元に届ける。それを実現するのが、「国際霊柩送還士」というスペシャリストだ。
米倉涼子主演「エンジェルフライト」(NHK BS)は、知られざる彼らの活動を描いている。
伊沢那美(米倉)が社長、柏木(遠藤憲一)が会長を務める「エンジェルハース」は羽田空港内にある会社だ。遺体送還の依頼があれば、世界のどこへでも飛ぶ。
海外で不慮の事故や災害に遭遇した遺体は、ひどい損傷を負った場合が多い。那美たちは遺体に丁寧なエンバーミング(遺体衛生保全)を施し、生前の姿に近づけるのだ。
マニラでギャングの抗争に巻き込まれて亡くなった青年。開発支援でアフリカ某国に赴き、テロ事件で命を落とした人たち。那美は新人の凛子(松本穂香)と共に、体を張って使命を果たす。
23日放送の第3話では、ソウルで急死した大衆食堂主人の恵(余貴美子)と、やはり現地で客死した会社社長の大波(井上肇)を同時に送還する事態が発生した。
悪天候で遺体を運べる便が限られ、那美たちはどちらを優先的に空輸するか、苦渋の選択を迫られる。
恵と大波、それぞれが歩んできた人生だけでなく、彼らの帰りを待つ人たちの思いも織り込まれた物語。予測を超えた鮮やかな展開を見せる、古沢良太(「どうする家康」など)の脚本が見事だ。
(日刊ゲンダイ「テレビ 見るべきものは!!」2024.06.26)
NHKスペシャル
調査報道 新世紀 File4
『オンラインカジノ 底知れぬ闇』
6月29日(土)
午後10:00〜午後10:50
インターネットを通じて行うギャンブル、いわゆる「オンラインカジノ」の闇に迫る。
手元のスマホからいつでもどこでも賭けられ、瞬く間に多額の借金を背負い、ギャンブル依存症を発症する人も少なくない。
日本では違法だが、利用者数は推計で約数百万人とも言われている。
取材班は、オンラインカジノの関連企業が存在すると見られる、地中海に浮かぶ島国・マルタ共和国へ。
そこで働いていたのは、日本の若者たちだった・・・。
(番組サイトより)
予告動画
https://www.nhk.jp/p/special/ts/2NY2QQLPM3/episode/te/689LG7QGGZ/
ラッパ屋 第49回公演
『七人の墓友(はかとも)』を
観てきました。
年齢的にも、こちらにドンピシャの題材。
例によって、大いに笑って、時々泣けて、
人生をじんわり考えたりして・・・
この舞台は、創立40周年となるラッパ屋の「現在」です。
ラッパ屋 第49回公演『七人の墓友』
<あらすじ>
雑誌編集者の仁美はある日突然、実家の母・邦子にスカイツリーの展望台に呼び出される。飼い犬の桃太郎が死んだと言うのだ。死や人生についてしみじみと語る邦子に、仁美は母の心境の変化を感じ取る。夏、家族や友人が久しぶりに顔を揃えた実家で、ひょんな諍いから邦子は夫・義男への積年の不満を爆発させ「あなたと同じお墓には入りたくない」と口走ってしまう。さらに海外在住の仁美の弟・義明が驚くべき告白をし一家は大騒動に。そして邦子は地元のファミレスでやがて「墓友」となる個性豊かな老人たちと出会い――。
脚本・演出:鈴木聡
出演:岩橋道子 / 弘中麻紀 / 俵木藤汰 / 宇納佑 / ともさと衣 / 中野順一朗 / 浦川拓海/ おかやまはじめ / 桜一花 / 林大樹 / 磯部莉菜子 / 熊川隆一 / 松村武 / 谷川清美 / 大草理乙子 / 武藤直樹 / 岩本淳 / 木村靖司
2024年6月22日(土)~30日(日)新宿・紀伊國屋ホール
脚本・演出の鈴木聡さん、ラッパ屋の俳優・福本伸一さんと
2024.06.25
「週刊新潮」に寄稿した書評です。
中沢孝夫『本を読む~3000冊の書評を背景に』
草思社 1760円
大学名誉教授の著者は、32年にわたり新聞や雑誌に書評を書いてきた、読書界のレジェンドだ。本読みのプロはどんな本と出会い、どう楽しんできたのか。本書は自伝的読書エッセイだ。本を読むことは、他者の「ものの見方、考え方」を知ることだと著者。さらに「本の持つ生命力」という意味で、小泉信三『読書論』や池田潔『自由と規律』などを挙げる。碩学による読書案内であり人生案内だ。
笹山敬輔『笑いの正解~東京喜劇と伊東四朗』
文藝春秋 1870円
昭和12年生まれの伊東四朗は86歳になる。初舞台から60年以上経つが、今も現役の喜劇人だ。演劇研究者の著者によれば、伊東の軌跡は「東京喜劇の歴史そのもの」。しかも本書は体験的演劇史を超えた、「笑い」の探究書である。てんぷくトリオや電線音頭はいかにして生まれたのか。「喜劇はお客さんに教えてもらう」という持論はどこから来たのか。その肩書は「喜劇役者(でありたい)」だ。
小堀歐一郎
『死を生きる~訪問診療医がみた709人の生老病死』
朝日新聞出版 2420円
かつて、子どもたちは自宅で臨終を迎える祖父母の死に立ち会うことができた。しかし今、多くの死は病院というブラックボックスの中の出来事だ。著者は700人以上の看取りに関わってきた訪問診療医。本書は多くの事例を踏まえた、現代医療をめぐる深い考察だ。「命を永らえる医療」の先の病院死。「命を終えるための医療」と在宅死。さらに介護と医療の分断という問題も検証されていく。
村井邦彦『音楽を信じる~We believe in music!』
日本経済新聞出版 1870円
1945年生まれの著者は学生時代から音楽に携わり、24歳で音楽出版社を設立。プロデューサーとして荒井由実のデビューアルバム「ひこうき雲」や、イエロー・マジック・オーケストラ(YMO)の世界進出を手がけた。自叙伝である本書は、そのまま現代ポピュラー音楽史だ。いかにして名曲を生み出し、新たな才能を発見し、創造とビジネスの両方で成功を収めるのか。その秘密が明かされる。
(週刊新潮 2024.06.20号)
番組「復活」の難しさ
NHKの「プロジェクトX~挑戦者たち~」がスタートしたのは2000年3月。2005年12月に終了するまで200本近くが放送された。
中には録画機器のVHS開発を描いた「窓際族が世界規格を作った」や、黒部渓谷に膨大な資材を運び上げた「厳冬 黒四ダムに挑む」など、今も記憶に残る作品がある。
当時、あの番組が人気を得たのは、実に分かりやすい成功物語だったからだ。取り組むべき困難な仕事があり、当事者たちは努力を重ねて見事に達成していく。
しかし、そこには「分かりやすさ」と「感動」を優先することの危うさもあった。一つはプロジェクトの「リーダー」に重点を置いていたことだ。
傑出したリーダーの存在は、成功物語にとって有効かもしれない。だが、多くの人間が携わった取り組みが、一人のヒーローの功績に矮小化される恐れもある。
また安易な分かりやすさは単純化につながる。ストーリーを複雑にする情報を排除したことで、内容の矛盾や事実誤認を指摘された例も少なくなかったのだ。
今年4月、「新プロジェクトX~挑戦者たち~」が始まった。約20年ぶりの復活である。
これまでに東京スカイツリーの建設、カメラ付き携帯電話や電気自動車の開発、三陸鉄道の復旧などが取り上げられてきた。
そして今月16日に放送されたのが、「世界最速へ技術者たちの頭脳戦~スーパーコンピューター『京(けい)』~」だ。
かつては世界を席巻しながら、2000年代に風前のともし火となった国産スパコン。国の産業の競争力にかかわる国家プロジェクトとして開発されたのが「京」だった。
主な舞台は富士通。コンピューターの演算や制御の中心であるCPUや、そのCPUをつなぐインターコネクトの設計者たちが登場する。
中でも「6次元のインターコネクト」というアイデアを実現するエンジニアの挑戦は見応えがあった。
番組は一人のリーダーに集中することなく、また単純な感動物語にもなっていない。
ただ残念だったのは、総開発費1120億円の「国家プロジェクト」が、一企業の開発秘話に見えたことだ。共同開発における国との関係性、その課題や問題点も明かして欲しかった。
(しんぶん赤旗「波動」2024.06.20)
高井戸の喫茶「マカボイ」
旧スタッフが中心の「実相寺昭雄研究会」
「遠くへ行きたい」1984年放送
実相寺組の「撮影監督」中堀正夫さんも
実相寺組の「記録」宍倉徳子さんと
会場近くの「神田川」
<MediaNOW!>
ギャラクシー賞 受賞作が映す「現在」
5月31日、放送批評懇談会が主催する第61回「ギャラクシー賞」の贈賞式が行われた。事前に公表されていたテレビ部門の入賞作はドラマとドキュメンタリーを合わせた14本。当日、その中から大賞1本と優秀賞3本が発表された。大賞に選ばれたのは、連続ドラマW「フェンス」(WOWOW)だ。
物語の舞台は2022年に本土復帰50年を迎えた沖縄。雑誌ライターの小松綺絵(松岡茉優)は、米兵による性的暴行事件の被害を訴えるブラックミックスの女性、大嶺桜(宮本エリアナ)を取材するために沖縄までやって来た。桜の経営するカフェバーを訪ね、彼女の父親が米軍人であることや、祖母・大嶺ヨシ(吉田妙子)が沖縄戦体験者で平和運動に参加していることを聞き出す。
綺絵は東京都内のキャバクラで働いていた頃の客だった、沖縄県警の伊佐兼史(青木崇高)に会い、米軍犯罪捜査の厳しい現実を知る。浮かび上がってくる事件の深層。ジェンダー、人種、世代間の相違、沖縄と本土、日本とアメリカといった、さまざまな「フェンス」を乗り越えようとする人間の姿が描かれていく。
脚本は「アンナチュラル」(TBS系)などの野木亜紀子。県警と米軍の力関係や軍用地売買など、現在の沖縄が抱える多様な問題も取り込んだ、緊張感に満ちたクライムサスペンスだった。
また優秀賞作品の中で注目したのが、NHKスペシャル「“冤罪(えんざい)”の深層~警視庁公安部で何が~」だ。4年前、横浜市にある中小企業の社長ら3人が逮捕された。容疑は軍事転用が可能な精密機械の中国への不正輸出。身に覚えのない経営者たちは無実を主張するが、警察側は無視する。長期勾留の中で1人は病気で命を落とした。
ところが突然、「起訴取り消し」という異例の事態が発生する。「冤罪」だったのだ。会社側は東京都と国に損害賠償を求めて裁判を起こし、証人となった現役捜査員は法廷で「捏造(ねつぞう)ですね」と告白する。
制作陣は関係者への徹底取材で「捏造」の構造を探り、「冤罪」の背景に光を当てていく。中には勇気を奮って内部告発を行い、組織の暴走と腐敗を止めようとした捜査員もいた。しかし、捏造の当事者やその上司には反省も罪の意識もない。彼らとっては「正当な業務」だったのだ。
見ていて戦慄(せんりつ)するのは、この事件が人ごとではないからだ。公安部にとっては、証拠も含めて「何とでもなる」という実例と言っていい。現在のリアルな「闇」に迫る出色の調査報道だった。
(毎日新聞 2024.06.08夕刊)
カバー装画:宮崎駿監督
完成は、
付加すべき
何ものもなくなったときではなく、
除去すべき
何ものもなくなったとき、
達せられる。
サン=テグジュペリ『人間の土地』
世田谷区・三軒茶屋
野菜のニンジンから命名された「キャロットタワー」
26階から眺める、武蔵小杉方面
世田谷方面
新宿方面