2024.03.30
妻のストレス軽減は夫の幸福に直結する
石原壮一郎
『押してはいけない 妻のスイッチ』
青春新書プレイブックス 1265円
それなりの年齢になれば、良くも悪くも自分の価値観を持っているものだ。それをベースに様々な判断を下しながら今を生きている。
とはいえ、範囲を家庭内に限ると、その価値観や物事の判断基準を検証してみたほうがいいかもしれない。特に妻に対する夫の言動は、自ら墓穴を掘ったり、いらぬ紛争を引き起こしたりする可能性が高いからだ。
石原壮一郎『押してはいけない 妻のスイッチ』は、そんな夫たちのための指南書である。
たとえば、妻が懸案事項を相談しようとした時、「えー、またその話?」と言ってしまう夫。その無責任ぶりが妻を幻滅させると著者は言う。
また、掃除をしている妻に「少しは手伝ってよ」と言われ、「何をすればいいの?」と返事をする。そこには「掃除は妻の仕事だけど、手伝ってあげてもいいよ」という思いが透けて見え、無用な炎上を招くのだ。
さらに、便宜的なだけの〈相づち〉も危険なスイッチだ。本当はわかっていないのに「わかるよ」。マウントを取るかのような「たしかに」。無意識で口にしてしまうが、確実に妻をイライラさせている。
同様に「そんなの聞いてないよ」や、「だってしょうがないだろ」といった〈言い訳〉も夫の株を暴落させる。
触れてはいけないものに触れることを「地雷を踏む」という。地雷は見えない。だから危険だ。しかし、スイッチは見えている。押さなければいいのだ。妻のストレス軽減は、夫の幸福に直結すると心得たい。
今期ドラマの隠れた佳作
「アイのない恋人たち」
朝日放送・テレビ朝日系
先日、福士蒼汰主演「アイのない恋人たち」(朝日放送・テレビ朝日系)が幕を閉じた。
主な登場人物は30代の男女7人だ。売れない脚本家の真和(福士)。食品会社で企画開発をしている多門(本郷奏多)。交番勤務の警察官・雄馬(前田公輝)。3人は高校時代からの友人だ。
彼らは多門の同僚である栞(成海璃子)、ブックカフェを営む絵里加(岡崎紗絵)、区役所勤務の奈美(深川麻衣)たちと合コンで知り合う。
やがて多門と栞、雄馬と奈美、そして真和と絵里加という3組のカップルが出来る。しかし真和には、初恋の相手だった愛(佐々木希)という忘れられない女性がいた。
かつての「男女七人夏物語」のような、にぎやかな恋愛群像劇かと思いきや、全く違った。
それぞれが他者との距離感をうまくつかめないでいる。無理に本音を隠したり、逆に思わぬ形で本音をぶつけることで、相手も自分も傷つけてしまう。
恋愛も含め、自分がこれからどう進めばいいのか、戸惑うばかりの7人。そこには見る側と地続きの等身大の姿があり、時には自画像を突き付けられるような痛みがあった。
脚本の遊川和彦が描こうとしたのは、普通の人が日常を生きる中で抱える不安や迷い、同時にその先にある希望だったのではないか。
福士たちキャストの好演もあり、今期ドラマにおける“隠れた佳作”となった。
(日刊ゲンダイ「TV見るべきものは!!」2024.03.26)
特撮への敬意、タイムリーに
オープンハウスグループ
「マイホームマン登場」篇
山崎貴監督「ゴジラ-1.0(マイナスワン)」が、第96回アカデミー賞視覚効果賞を受賞した。
視覚効果とは撮影された映像を加工したり、合成したりする技術だ。現実にはない世界や、撮影が困難なシーンを表現するために使われる。山崎監督は脚本や演出だけでなく、視覚効果も自身で手掛けた。受賞はアジア映画初の快挙だ。
オープンハウスグループの新作CM、マイホームマン「登場」篇。戸建ての契約を済ませた堺雅人さんに、「もし、怪獣とか来たら、これで」と謎のバッジが手渡される。
突然、怪獣が出現。驚きながらバッヂのボタンを押すと、堺さんは巨人へと変身する。購入した土地を守るべく、怪獣との戦いが始まった。日本の特撮映画で見慣れた「着ぐるみ」の怪獣と、「ミニチュア」の街並み。スーツ姿の堺さんと怪獣の対比が可笑しい。
今年は円谷英二監督が特撮技術を手掛け世界を驚かせた、初代「ゴジラ」の公開70周年にあたる。令和の現在まで継承される特撮の伝統と革新性。先人たちへの敬意にあふれる、実にタイムリーなCMとなった。
(日経MJ「CM裏表」2024.03.25)
「ああ、コレじゃないな」とか
「コレ、いがいとおもしろいな」とかが
まざりあって、
「やりたいこと」になっていくのよ。
ヨシタケシンスケ『おしごとそうだんセンター』
2024年3月24日、大相撲春場所千秋楽で尊富士が初優勝。
相手は、豪ノ山
新入幕での優勝は、110年ぶりの快挙だそうです。
おめでとう!
<Media NOW!>
ドラマ「不適切にもほどがある!」
クドカン脚本、批判にユーモア
冬の連続ドラマは油断できない。予期せぬ快作が飛び出してくるからだ。昨年の同じ時期には「ブラッシュアップライフ」(日本テレビ系)があった。
そして今年は「不適切にもほどがある!」(TBS系)である。今期という枠を超えて、「今年のドラマ」全体の大収穫になりそうな予感がする。
1986(昭和61)年、主人公の小川市郎(阿部サダヲ)は中学校の体育教師をしていた。ところが突然、2024(令和6)年の現在へとタイムスリップしてしまう。
市郎は未来の日本で遭遇するヒト・モノ・コトに驚きながらも、拭えない違和感に対しては「なんで?」と問いかける。
たとえば、会社員の秋津真彦(磯村勇斗)がパワハラの聞き取りを受けているところに遭遇する。彼は部下の女性への言動が問題視されていた。「期待しているから頑張って」をパワハラと感じたという女性は会社を休んだままだ。
聞いていた市郎が思わず間に入る。「頑張れって言われて会社を休んじゃう部下が同情されて、頑張れって言った彼が責められるって、なんか間違ってないかい?」
また、セクハラなどコンプライアンス順守に苦労するテレビ局に対し、市郎は「女性はみんな自分の娘だと思えばいいんじゃないかな?」と提案する。
規制や規則で縛るのではなく、自分の娘に言えないようなことは言わない。自分の娘にできないようなことはしない。それでいいじゃないか、と。
クドカンこと宮藤官九郎の脚本が見事なのは、異議申し立てではなく、やんわりと疑問符を投げつけていることだ。コンプラ社会をストレートに批判するのではなく、笑いながら批評する内容になっている。
心の中では、うっとうしいとか、行きすぎじゃないかと思っていても、下手なことを言えばたたかれ、炎上する。多くの人が身を縮めている中、「ちょっと待って。話し合っていこうよ」という市郎の発想が刺激的なのだ。
クドカンドラマの真骨頂は人物設定とセリフにある。「こんなヤツ、いるか? いや、いるかもしれない。いたらいいな」という愛すべきキャラクターの登場人物たち。
セリフには「その言葉がここで出るか!」というインパクトがある。誰もが心の中で思っていたり、忘れていたりしているが、本心では聞きたかった言葉だ。しかもその背後にはクドカン独特のユーモアセンスが光っている。
どこか閉塞(へいそく)感が拭いきれない時代や社会に、小さいけれど痛快な風穴を開けるのもドラマというフィクションの力だ。
(毎日新聞 2024.03.23夕刊)
「週刊新潮」に寄稿した書評です。
水野仁輔『スパイスハンターの世界カレー紀行』
産業編集センター 1870円
誰もが好きなカレーの世界は果てしなく広い。著者の「作り手がカレーだと言えばカレー、食べ手がカレーだと思えばカレー」という定義は最適にして名言だ。本書ではインド料理、唐辛子、肉料理、カレー、そしてスパイスをめぐる5つの「旅」が語られる。バングラデシュ、ペルー、ジャマイカ、ベトナムなど、各地の「匂いと音と景色が混然一体となった空気」が行間に漂う、読むカレーだ。
ピエール・ボワスリー、フィリップ・ギヨーム:脚本
シリル・テルノン:作画 鵜田良江:訳
『第三帝国のバンカー ヤルマル・シャハト~ヒトラーに政権を握らせた金融の魔術師』
パンローリング 4400円
第1次大戦後、銀行家として巨額の賠償金に苦しむドイツを救い、ナチス時代は経済大臣を務めたのがシャハトだ。しかし、ヒトラーやナチ党の方針を批判して解任。ニュルンベルク裁判では無罪となった。本書は、彼がいなければヒトラーもナチスも政権はとれなかったといわれる男の半生を描く、バンド・デシネ(フランス語圏のマンガ)。シャープな画調と的確な台詞は、まるで新作映画のようだ。
伊井春樹
『紫式部の実像~稀代の文才を育てた王朝サロンを明かす』
朝日新聞出版 1980円
NHK大河ドラマ『光る君へ』。吉高由里子演じる、まひろ(紫式部)が言う。自分が「男だったら、勉学に励んで内裏に上がり、世を正します!」と。果たして、実際はどんな女性だったのか。国文学者の著者は、村上天皇の第七皇子、具平(ともひら)親王をキーマンだと指摘。文化サロンだった親王邸で多くの知識を吸収したと見る。さらに、本書では物語執筆の裏側や道長との関係なども明かされていく。
(週刊新潮 2024.03.21号)
「舟を編む~私、辞書つくります~」
NHKBS
原作をより深めた脚本、後半も期待だ
ドラマ「舟を編む~私、辞書つくります~」(NHKBS)の主人公は、出版社に勤務する岸辺みどり(池田エライザ)だ。
ファッション雑誌の編集者だった彼女は、突然、辞書編集部への異動を命じられる。そこでは作業開始から13年という辞書「大渡海」の編纂が行われていた。
当初は戸惑っていたが、変わり者の主任・馬締光也(まじめみつや、野田洋次郎)に影響され、辞書作りにハマっていく。
原作は2012年に本屋大賞を受賞した、三浦しをん「舟を編む」だ。この小説では、営業部から引き抜かれてきた馬締の歩みが軸となっていた。また2013年に松田龍平主演で映画化された際も、ほぼ原作通りだった。
一方、このドラマでは原作の後半に登場する、みどりをヒロインに据えた。彼女は馬締のような言葉の天才ではない。ごく普通の女性だ。
いや、だからこそ見る側は、彼女を通じて言葉の面白さや奥深さ、辞書を編む作業やその意味を身近に感じることができる。
たとえば、「恋愛」の「語釈(語句の意味の説明)」を任されたみどりは、既存の辞書が「男女」や「異性」に限定していること気づく。感情論ではない根拠と、異性を外しても成立する語釈を探っていくのだ。
原作をより深めた、蛭田直美の脚本。それぞれの個性を生かした、池田や野田の演技。全10話の半ばまで来たが、後半も大いに期待できそうだ。
(日刊ゲンダイ「TV見るべきものは!!」2024.03.19)