創造的人生の持ち時間は10年だ。
芸術家も設計家も同じだ。
君の10年を
力を尽くして生きなさい。
映画『風立ちぬ』 (宮崎駿監督)
創造的人生の持ち時間は10年だ。
芸術家も設計家も同じだ。
君の10年を
力を尽くして生きなさい。
映画『風立ちぬ』 (宮崎駿監督)
<2019年5月の書評>
小川隆夫 『ジャズ超名盤研究2』
シンコーミュージック・エンタテイメント 2700円
昨年の第1弾に続く、ジャズの名作ガイド。セロニアス・モンクからウエザー・リポートまで33枚が並ぶ。たとえばジョン・コルトレーン「ジャイアント・ステップス」の解説では、彼の模索のプロセスと歴史的意味が明かされる。初心者もマニアも必読の一冊だ。(2019.03.25発行)
井上靖:著、高木伸幸:編集 『井上靖 未発表初期短篇集』
七月社 2592円
作家・井上靖が没したのは平成3年のこと。本書は28年後の新刊である。大学生が主人公のユーモア小説「「就職圏外」。探偵小説「復讐」。さらに「夜霧」と題された戯曲まで。いずれも戦前、若き日の作品だ。時おり見られる、文章のぎこちなさが初々しい。(2019.03.28発行)
宮本明子、松浦莞二:編著 『小津安二郎大全』
朝日新聞出版 4104円
小津安二郎の54作品と60年の生涯に迫る。1年ごとを記した伝記。女優やカメラマンなど小津をよく知る人たちへのインタビュー。研究者から作家まで多彩な人選による論考。さらに自筆の絵コンテといった資料で構成される本書は、大全にふさわしい充実度だ。(2019.03.30発行)
倉本 聰 『昭和からの遺言~足裏の記憶』
双葉社 1080円
84歳になる現役最年長の脚本家が、次代に遺すべき記憶と精神を8つの長編詩に注ぎ込んだ。「我々は神の眼、心の眼を失い、ひたすら法律を恐れるようになった」と指摘し、「人は、真面目に文明に冒され、真面目に誤った道を進みつつある」と警鐘を鳴らす。(2019.04.21発行)
徳岡孝二 『最後の料理人』
飛鳥新社 1620円
82歳になる京都吉兆会長が、65年の歩みを振り返る。ひたすら料理に集中した修業時代。「生きるか死ぬか」の調理場。「師匠はお客様」と言う著者が知る白洲次郎・正子夫妻。さらに季節と料理の絶妙な関係までが明かされる。和食は「日本の文化」そのものだ。(2019.04.03発行)
ドナルド・キーン 『ドナルド・キーンのオペラヘようこそ!』
文藝春秋 2160円
今年2月に逝去した著者が残した、「オペラ愛」満載の一冊。父の蓄音機で聴いたカルーゾの歌声に魅かれた少年にとって、「オペラは一生のもの」だった。短いコラムから独自の作品論、歌い手論までが並ぶ本書は「新たな発見と感動」の世界への熱い招待状だ。(2019.04.10発行)
てらさわホーク 『マーベル映画究極批評』
イースト・プレス 1836円
11年前の『アイアンマン』から最新作『アベンジャズ/インフィニティ・ウオー』まで。MCU(マーベル・シネマティック・ユニバース)が生み出したヒット映画は21本にもおよぶ。その全作品を解読しながら、マーベル版アメコミ映画の魅力に迫ったのが本書だ。(2019.04.29発行)
NHK 土曜ドラマ
「デジタル・タトゥー」
異色コンビの戦いは他人事ではない
土曜ドラマ「デジタル・タトゥー」(NHK)は、ネット社会のダークサイドに斬り込んだ意欲作だ。タイトルは、ネット上に刻まれた“負の記録”が、入れ墨のように残り続けることで人を苦しめる現象を指す。
主人公は元特捜検事で弁護士の岩井堅太郎(高橋克実)。検事時代に大物政治家・伊藤秀光(伊武雅刀)の疑獄事件を担当し秀光の長男を自殺に追い込んだ過去がある。そして岩井に助けを求めてきたのが、人気ユーチューバーのタイガこと伊藤大輔(瀬戸康史)だ。
タイガは伊藤秀光の次男だが、ネットでの炎上をきっかけに何者かに命を狙われる事態に陥った。そんな2人が、ネットによる被害者を救済する活動を開始する。
第2話では、8年前に冤罪(えんざい)の痴漢事件で有罪となり、教師の職を追われた男が登場した。彼は住む場所を変え、ようやく小さな塾を開いたが、過去の出来事を蒸し返す執拗(しつよう)な投稿のせいで、塾を閉めざるを得なくなる。痴漢事件の検事が自分だったこともあり、この案件を引き受ける岩井。調べてみると、投稿者は塾に息子を通わせていた母親(中越典子)だった。彼女には性犯罪者を恨む強い理由があり……。
2人が向き合うのは、他者の人生を破壊する力を持つ、「匿名性」という名の凶器だ。しかも被害者になる可能性は誰にでもある。異色コンビの戦いは他人事ではない。
(日刊ゲンダイ 2019.05.29)
男性カップルの日常 自然に
「きのう何食べた?」 西島秀俊と内野聖陽熱演
西島秀俊と内野聖陽が恋人役を演じる、テレビ東京系で放送中の連続ドラマ「きのう何食べた?」(金曜深夜0・12 ※一部地域を除く)が、話題を集めている。SNSなどで評判が広がり、各回の見逃し配信の再生回数は同局の番組で過去最高を記録している。男性カップルの日常を描いたドラマが今、なぜ視聴者の心をつかんでいるのだろうか。(佐伯美保)
ドラマは放送前から注目を集めていた。講談社の雑誌「モーニング」で連載中のよしながふみによる同名漫画が原作。加えて料理上手な弁護士の筧史朗を西島、同居する美容師の矢吹賢二を内野と、人気と実力を兼ねそなえた2人が演じることが明らかになると、期待は一層高まった。
ビデオリサーチによると、第6話(10日)の平均視聴率(関東地区)は3・7%を記録するなど、深夜帯としては高視聴率で推移。「TVer(ティーバー)」などの見逃し配信の再生回数は、第7話(17日)までの全話で100万回を超えた。また、ドラマで史朗と賢二が使うマグカップは、同局のウェブサイトで即日完売し、ドラマ化に合わせて出版されたレシピ本は10万部を突破した。
ドラマを味わい深くしているのが、西島と内野の演技だ。「これまで強く、格好良い役柄のイメージが強かった2人が、かわいらしさや繊細さをそなえた男性カップルを演じるのは一見意外かもしれない。だが説得力のある芝居をしていて、それが面白さにつながっている」。松本拓プロデューサーはこう評価する。
特に賢二は、時にしぐさや言葉遣いに女っぽさがにじむ難役だ。同性愛者であることを職場で隠す史朗に不満をぶつけたり、史朗が女性アイドルのファンだと知ってヤキモキしたりするシーンもある。松本プロデューサーは「実写化したドラマでは、男性役で女っぽい部分を出し過ぎると、くどくなる。加減が難しいが、内野さんは見事に表現していると思う」と語る。
同局はこれまで「孤独のグルメ」「忘却のサチコ」などのドラマを深夜に放送してきたが、今作も番組を見ていて食べたくなるような“飯もの”の魅力が満載だ。ドラマでは、史朗や賢二が調理の手順や調味料の分量などをセリフを通じて視聴者に伝えながら作っているため、見るだけで再現することが可能。電子レンジで半熟卵を作る方法など、料理の知恵も盛り込む。実際にSNSでは、ドラマを見て作った料理写真の投稿が相次いでいる。
小松菜と厚揚げの煮浸し、大根とホタテのなます、タマゴと千切りのタケノコ、ザーサイの中華風炒(いた)め--。2人の食卓にのぼる料理は、身近な食材を使った素朴なものばかり。史朗はスーパーで食材を吟味し、月の食費を2万5000円以内に抑えている。「ごく普通の人の生活を描いていることが、親しみやすさを感じさせるのでは」。松本プロデューサーはそう語っている。
◆幸せのつかみ方のモデル
番組の支持が広がった理由について、碓井広義・上智大教授(メディア文化論)は「男性同士の生活を自然に描くことで、視聴者も『こんな生き方もあるね』と受け入れられるのではないか」とし、「2人は出世や多くのお金を手に入れるのではなく、一緒に食卓を囲む生活を大切にしている。先行きの見えない時代だからこそ、幸せのつかみ方のモデルになっているのかもしれない」と説いた。
また、深夜枠ドラマならではの制作の狙いについて、「万人に受けるものを作ろうとすると、深く愛されないことがある。今回は『特定の層に支持されればいい』と割り切って見せたい作品を作ったことで、逆に支持が広がった」とみている。
スマートフォンや動画配信サービスの普及など、近年のテレビを取り巻く環境が大きく変化する中で、「きのう何食べた?」は見逃し配信での視聴も好調だ。放送作家の山田美保子さんは「ドラマのヒットには、放送時間は関係なくなっているのではないか。娯楽が多様化する中、テレビ局は今後も新しいテーマに挑戦し、トレンドを探ることが求められていく」と語った。
(読売新聞 2019.05.27)
デジタルタトゥーの影響?
資生堂「筋肉体操CM」が2日で終了した理由
資生堂が5月16日に公開した日焼け止めのウェブCMが、翌17日に終了した。出演していたのは人気を得たNHKの5分番組「みんなの筋肉体操」でおなじみの俳優、庭師、弁護士の3人のメンバーだ。
「マッチョに学ぶアクアブースター技術の凄み篇」とタイトルが付けられたこのCM動画。青い空と海、砂浜に生えるヤシの木を背景に、青い水着にサスペンダー姿の3人が、汗や水に触れると逆に、紫外線をブロックする膜が強化する日焼け止めブランド「ANESSA(アネッサ)」の新技術について、ムキムキの肉体を誇示しながらアピールするもの。
アネッサのCMで男性モデルがメインで起用されたのは初めてだけに、世間の注目も集まった。にもかかわらず、わずか2日で終了とは、どういうことなのか。資生堂のグローバル広報部の担当者は、「プロモーション期間が終了したため」と説明。本来、どのくらいの期間公開予定だったのか、という質問には「答えられない」とした。
指摘されるのが、出演した弁護士がツイッター上で、過去にツイートした内容が不適切だったためでは、という理由だ。既に削除された弁護士の4月11日付のツイート画面には、「法教育以前に、正義感振りかざして」と、対象を揶揄(やゆ)したような文章が書かれていた。性的表現を含み、お世辞にも品の良い内容ではなかったため、SNSで瞬く間に拡散し、批判の声があがったようだ。
この弁護士の芸能活動などを支える事務所の担当者は、削除された先のツイートは本人のものと認めた。ただし、「何に対してツイートした文章なのかを含めて、取材にはお答えしない。CMの公開期間はもともと聞いておらず、期間が終了したということです」と、話すにとどまった。
資生堂の先の担当者は、「SNS上の発言について当社はお答えする立場にないが、さまざまな意見があることは、承知している」と含みを持たせつつも、言葉少なな対応に終始した。
しかし、元テレビプロデューサーの碓井広義・上智大教授(メディア文化論)は、「ツイッターの書き込みが、CM終了の直接的原因なのかは分からない」と前置きしつつも、「『デジタルタトゥー』のリスクを、改めて認識させられる騒動だった」と感想を漏らす。
「インターネット上の記録は、いったん投稿されたら入れ墨のように残り続け、完全削除が困難であることを表す造語。それが、デジタルタトゥーです。このSNS社会においてネット上にあげた発言は永久に監視されつづけます。もはや有名人であろうと一般人であろうと同じです。SNSで発言をする場合には、『一億総検索社会』ということをふまえて、デジタルタトゥーのリスクを十分に認識した行動が必要であるといえます」
くしくも、NHKでは5月から「デジタル・タトゥー」というタイトルのテレビドラマが始まったばかり。
「筋肉は裏切らない」と信じていた資生堂も、まさに想像だにしなかった一件であっただろう。(本誌・永井貴子)
(週刊朝日デジタル 2019.05.27)
「やすらぎの刻(とき)~道」
わたしたちの物語
倉本聰脚本「やすらぎの刻(とき)~道」(テレビ朝日系)は、一昨年に放送された「やすらぎの郷」(同)の続編だ。
ただし、高級老人ホームに暮らす人たちの“その後”を描くだけのドラマではない。筆を折っていた脚本家・菊村栄(石坂浩二)が発表のあてもないまま書き続ける“新作”も同時に映像化されていく。倉本はこれを「脳内ドラマ」と呼ぶ。
しかも、「道」と題された菊村作品は、戦前の昭和から現在までを描く超大作だ。物語は昭和11年から始まった。こちらの主人公は山梨の山村で生まれ育った少年、根来公平(風間俊介)だ。
貧しいながらも養蚕業で平穏に暮らしてきた村に、戦争の影が覆いかぶさってくる。公平も家族も、公平が思いを寄せる娘・しの(清野菜名)も逃れることはできない。
たとえば、小学校の先生が突然、特高(特別高等警察)に連行されてしまう。いわゆる思想犯の疑いだった。公平たちも動揺する。
ニキビ「アカって一体、何のことよ」
ハゲ「外国のスパイってことなンじゃねえか?」
青洟「スパイ!?」
ニキビ「先生が!?」
公平「何たらかんたら云う危険思想のことらしいぞ」
青洟「キケン思想って何だ!」
ハゲ「天皇陛下にサカラウことだろう」
三人とび上がって直立不動の姿勢をとる。 (第11話より)
こんな会話が登場するドラマは滅多にない。だが、確かにこういう時代があったのだ。元号が令和と変わり、昭和は霞んで見えづらくなっていく。しかし歴史は地続きだ。
このドラマを執筆中だった倉本が、こんなことを言っていた。「安保法制なんてのが通っちゃう国になった。つまりね、安倍さんなんかは戦争を知らないんですよ。戦争の怖さってものをね」(倉本聰・碓井広義著「ドラマへの遺言」)
脳内ドラマ「道」の時間は現在、昭和16年。公平の兄は徴兵され、村は満蒙開拓団への参加をめぐって殺気立っている。倉本が描こうとしてい るのは庶民の戦争だ。国家に翻弄(ほんろう)されながらも必死に生きる市井の人々の姿だ。つまり「わたしたちの物語」なのである。
(しんぶん赤旗「波動」 2019.05.20)
「お仕事ドラマ」を超えた、「問題提起ドラマ」
『わたし、定時で帰ります。』
「お仕事ドラマ」の先へ
吉高由里子さんが主演する、火曜ドラマ『わたし、定時で帰ります。』(TBS系)。原作は朱野帰子さんの同名小説です。
これまで吉高さんがドラマの中で取り組んできた「仕事」としては、『花子とアン』(2015年、NHK)での翻訳家、『東京タラレバ娘』(17年、日本テレビ)の脚本家、『正義のセ』(18年、同)の検事などがあります。
今回の仕事は「WEBディレクター」なのですが、意外や、今までの中で一番自然で、似合っていると思います。
脚本家だの検事だのと比べて、無理をしている感じが、あまりないんですね。見る側が余計なストレスを抱えないで済むという意味で、ありがたい。
32歳の東山結衣(吉高)は、企業のウェブサイトやアプリを制作する会社に入って10年になります。
周囲にはクセ者の部長・福永清次(ユースケ・サンタマリア)、優秀な上司で元婚約者でもある種田晃太郎(向井理)、そして短期の出産休暇で職場復帰した先輩・賤ヶ岳八重(内田有紀)などがいます。
結衣は仕事のできる中堅社員ですが、決して残業はしません。定時に会社を出るのがポリシーです。理由は明快で、「勤務時間」と「自分の時間」の間に、きちんとラインを引きたいからです。
たとえば、仕事が終わったら、行きつけの中国料理店「上海飯店」(店主役の江口のりこ、適役)でビールを飲んだり、現在の婚約者である諏訪巧(中丸雄一)と一緒に食事をしたり、ドラマを見たりするなど自分の好きなことをして過ごしたい。
もちろん、社内に軋轢(あつれき)はありますよね。「仕事する気があるのか」「会社ってそんなもんじゃない」といった声も彼女の耳に届きますが、マイペースで働いています。
それに結衣は、自分の考えを正義だとして他者に押しつけたりはしません。定時に退社するために効率よく仕事をしているのも、それが自分に合ったペースだからです。この「組織内における個人主義」の通し方も興味深い。
「働き方」と「生き方」を問う
最近の第4~5話では、クライアント企業として、スポーツ関連会社のランダー社が登場しました。
これがまた、トンデモ会社。しかし、現実になくはない雰囲気の会社です。「根性さえあれば、身体はついてくるもんだ!」みたいなことを言う、中西という男(大澄賢也)が現場を仕切っており、「パワハラ・セクハラ上等!」的な働き方をしています。
結衣のセクションに派遣で来ていたデザイナー、桜宮彩奈(清水くるみ)に対しても、クライアントの立場を使ってのセクハラ三昧。
ただし桜宮のほうも、「デザインよりも人付き合いで仕事をとる」という傾向があったのは事実で、こうした細かい描き方が、このドラマのリアリティを支えています。
リアリティといえば、ユースケさんが演じる福永部長も、「会社あるある」というか、「会社いるいる」のタイプですよね。
結衣の「働き方」について、ネチネチ言うだけじゃなく、部下の性格やタイプは無視して「もっと向上心!」とか、「高い志、持ってやれよ!」とか叱咤する。
かと思えば、何かあった時には、「穏便にね」と責任逃れも。さらに派遣の桜宮を便利に使っての、「接待」まがいのクライアントサービスも噴飯ものでした。
近年、政府が主導する「働き方改革」に背中を押され、企業は主に「制度」をいじってきました。しかし、人が変わらなければ、働き方など変わりはしません。このドラマは、まさにそこを描いて出色です。
当初、「たったひとりの反乱」の様相を呈していた結衣ですが、徐々に周囲を変えつつあります。
会社、仕事、そして「働き方」といったものが、自分の「生き方」とどう関わるのかを、明るさとユーモアも忘れずに問いかけるドラマとして、中盤から後半の展開が楽しみです。
「ラジエーションハウス
~放射線科の診断レポート~」
「座長」窪田正孝の当たり役
ネタは出尽くしたかに見える医療ドラマだが、新機軸の登場だ。「ラジエーションハウス~放射線科の診断レポート~」(フジテレビ系)の主人公、五十嵐唯織(窪田正孝)は放射線技師である。
患者の写真を見て診断を下すのは、あくまでも放射線科医の領分。医師の中には「技師のくせに」などと見下す者もいる。だが、実は彼らこそが医療の現場を支えている、というのがこのドラマだ。
大きな見どころは初の月9主演となる窪田だ。一昨年のNHK土曜ドラマ「4号警備」では、元警察官で警備員という鬱屈を抱えた青年を巧みに演じていた。
また昨年の「アンナチュラル」(TBS系)では、不自然死を解明する活動と週刊誌に情報を流すスパイの役割との間で揺れ動く医学生を好演していた。
今回はさらに進化した窪田が見られる。医師免許を持っていることを隠しながら、技師という仕事と真摯に向き合う五十嵐。一匹狼的な存在から、チームの仲間と一緒に医療に取り組む姿勢へと変わってきた。
それは同僚である羽黒たまき(山口紗弥加)や広瀬裕乃(広瀬アリス)たちにも良い影響を与えている。さらに、初恋の相手でもある放射線科医、甘春杏(本田翼)との縮まらない関係も微笑ましい。
ひょうひょうとしていながら、大事な場面で能力を発揮する五十嵐は、「座長としての窪田正孝」の当たり役となりそうだ。
(日刊ゲンダイ 2019.05.22)
日本コカ・コーラ「ジョージア」
頼りになる先輩
感嘆の裏に嘆息
連休が終わる時期に、大学1年生や新入社員が陥りがちな「5月病」。最近は新たな環境に少し慣れてきた頃に発生する、「6月病」なるものもあるそうだ。「このままやっていけるのかなあ」といった漠然とした不安から、突発的に退学届や辞表を出したりしてしまう。
そんな時、尊敬できる先輩が1人でもいたら事態は違ってくるのではないか。たとえばジョージアのCMで描かれる、広瀬アリスさんにとっての山田孝之さんみたいな存在がそれにあたる。
とはいえ山田先輩だって必死なのだ。「俺に任せて」と言った以上、弱みや隙は見せられず、“頼りになる先輩”を演じ続けなくてはならない。「ほんと、すごいなあ」という後輩の感嘆と、「ほんと、大変だなあ」という先輩の嘆息は、いわばコインの裏表だ。
結局、自分が成長するしかない。そのコツは、素直に素朴に「なぜ?」を連発すること。作家・山口瞳さんの教えだ。
(日経MJ「CM裏表」2019.05.20)
遠くなっていく昭和を可視化する、
『やすらぎの刻~道』
ゴールデンタイムだけでなく、深夜枠も活気のある今期ドラマ。そんな夜の時間帯もいいのですが、昼間にも見るべきドラマが流されています。
平日の昼間を貫く「大河ドラマ」
4月に始まった倉本聰脚本『やすらぎの刻(とき)~道』(テレビ朝日系)。このドラマは、一昨年に放送された『やすらぎの郷』(同)の単なる続編ではありません。
老人ホーム<やすらぎの郷>に暮らす人たちの“その後”が描かれるだけでなく、筆を折っていた脚本家・菊村栄(石坂浩二)が、発表のあてもないままに書き続ける“新作”もまた映像化されていくからです。倉本さんはこれを、菊村の「脳内ドラマ」と名付けました。
ここでは現在の菊村たちの現代編を「刻」、脳内ドラマを「道」と呼びますが、後者は戦前から始まり現代に至る超大作。1年にわたって、平日の昼間を貫く大河ドラマです。
倉本さんは、「この脳内ドラマの方は僕の『屋根』っていう舞台がベースです。あの芝居では明治生まれの夫婦に大正・昭和・平成という時代を生きた無名の人たちの歴史を重ねていったんですが、いわばその応用編ですね」(倉本聰・碓井広義著『ドラマへの遺言』)と語っています。
物語は昭和11年から始まりました。主人公は山梨の山村で生まれ育った少年、根来公平(風間俊介)です。
貧しいながらも養蚕業で平穏に暮らしてきた村にも、すでに戦争の影が覆いかぶさっています。公平も、家族も、悪がき仲間たちも、公平が思いを寄せる娘・しの(清野菜名)も逃れることはできません。たとえば、小学校の先生が突然、特高(特別高等警察)に連行されたりします。いわゆる思想犯の疑いでした。
描かれる「庶民の戦争」
菊村が書いている、脳内ドラマ「道」の時間は、現時点で昭和16年です。公平の兄・公次(宮田俊哉)は徴兵され、村全体も満蒙開拓団への参加をめぐって殺気立っています。
戦争の影響で養蚕業が斜陽化し、満州での“逆転”に賭けようとする村人たち。自由な選択のはずが、一種の同調圧力で、渋々参加する者も少なくありません。満州のその後の運命を知る“未来人”としては、胸が痛くなります。
倉本さんが描こうとしているのは、どこまでも庶民の戦争であり、国家に翻弄(ほんろう)されながらも必死に生きようとする市井の人たち、つまり、わたしたちの姿です。
こうしたドラマが、年に1度、終戦記念日の前後に、打ち上げ花火もしくは良心のアリバイであるかのように放送されるスペシャル番組ではなく、連続ドラマとして毎日流されるのは画期的なことです。
とは言うものの、現代編の「刻」と比べると、「道」は地味で、暗くて、重いと感じる視聴者も少なくないでしょう。しかし、地味で、暗くて、重い時代が確かにあったこと。そんな時代にも人は笑い、歌い、恋をし、精いっぱい生きていたことを、このドラマは教えてくれます。
昭和を「可視化」する挑戦
倉本さんがまだ、このドラマの脚本を執筆中だった頃、対談をしたことがあります。
その際、「ここだけの話ですが」と前置きして、『やすらぎの刻~道』で本当に書きたかったのは、脳内ドラマの方ではないのかと質問してみました。
倉本さんが笑いながら「実はそうです。ここだけの話ですけど」(日刊ゲンダイ、2018年6月20日付)と答えていたのが印象的でした。あの時代の社会と人間の実相を、何とかして伝えようとする執念。84歳の確信犯です。
元号が令和と変わり、昭和はだんだん霞んで見えづらくなっていきます。しかし歴史は地続きです。『やすらぎの刻~道』は、昭和を「可視化」しようとする果敢な挑戦なのかもしれません。
雨の日がほんとうに
好きなんです。
だって、
日本の雨の音は
音楽的ですから。
ドナルド・キーン 『ドナルド・キーンのオペラヘようこそ!』