2022.07.31
鳩サブレ―の手動式クリーナー「hatoson 810」
【新刊書評2022】
週刊新潮に寄稿した
2022年3月前期の書評から
安居智博『100均グッズ改造ヒーロー大集合~切ってつないでトンデモ変身!』
平凡社 1980円
本書に並ぶのは、見たことがありそうで存在しない人形たちだ。アーティストの著者が新品の日用品を切り刻み、それをつなぎ合わせて創作している。食べ物の間仕切りが素材のヒーロー「バラーン」。車の初心者マークから生まれたロボット「ワカバ―」。少量の醤油などを入れるタレビンを45個使った「大醤軍」も堂々たる姿だ。大胆な発想、秀逸なデザイン、確かな造形力も併せて楽しめる。(2022.02.09発行)
伊集院 光『名著の話~僕とカフカのひきこもり』
KADOKAWA 1650円
古今東西の名著を読み解く、Eテレ『100分de名著』。司会の伊集院光は博識だが、それを披歴したりしない。むしろ知らないこと、分からないことを武器に専門家に食い下がるのだ。カフカ『変身』を「虫=役に立たない」というキーワードで読む。柳田国男『遠野物語』とラジオパーソナリティの相似性を発見。そして神谷美恵子が『生きがいについて』で本当に伝えたかったことも浮上してくる。(2022.02.16発行)
石原大史『原発事故 最悪のシナリオ』
NHK出版 1870円
「最悪のシナリオ」とは、危機全体における現在地を確認し、打つべき対策を判断する指針。いわば危機管理の要諦である。10年前の福島第一原発事故の際、どんなシナリオが存在し、いかに運用されたのか。著者はNHK「ETV特集」班ディレクター。当時の首相をはじめ関係者を徹底取材し、新資料の発掘と解読を進めていく。見えてきたのは極秘シナリオの中身と、この国の危機管理の実相だ。(2022.02.20発行)
大竹 聡『ずぶ六の四季』
本の雑誌社 1870円
江戸時代、ひどい酔っ払いは「ずぶ六」と呼ばれた。それを自称する著者はもちろん、大の酒好き。本書は雑誌連載の酒コラム4年半分の大盤振る舞いだ。著者は居酒屋、バー、蕎麦屋、中華屋などでほぼ毎日飲む。多くはごく普通の酒場。酒も肴も当たり前のものだ。そこでの体験と思ったことを淡々と書いているのに、滋味がある。そして読者は知るのだ。「ひとり酒」こそ究極の道楽であることを。(2022.02.23発行)
古井由吉ほか『古井由吉対談集成 連れ連れに文学を語る』
草思社 2420円
古井由吉には、どこか“孤高の作家”というイメージがある。しかし本書では、優れた対話者を得たことで自身の文学を率直に語っている。養老孟司とは、還暦を過ぎて始めた古代ギリシャ語の勉強の話が、日本語談義へと発展。平出隆との間では、小説という「器」の不可思議が明かされる。また福田和也との「内向の世代」をめぐるやりとりもスリリングだ。古井の『槿』などを読み返したくなる。(2022.02.25発行)
『あなたのなつかしい一冊』毎日新聞出版
井上ひさし:著『モッキンポット師の後始末』
選と文:碓井広義
大学生になったのは1973年。オイルショックの影響でトイレットペーパーが店頭から消えた年だ。見つけた下宿は台所もトイレも共同の四畳半。農家が、崖の下の「納屋」を改造して作ったもので、私を含む3人の1年生が入った。家賃6700円は大学生協が斡旋(あっせん)する最安値だった。
壁は薄いベニヤ板だったからプライバシーなどない。3人はすぐ仲良くなった。一緒にバイトをしたり、実家から送られてきた米を融通し合ったりするビンボー学生生活を面白がることができたのは、前年に出版された井上ひさしの連作小説集『モッキンポット師の後始末』のおかげだ。
物語の背景は昭和30年代。主人公の小松は仙台の孤児院で高校までを過ごし、東京の「S大学文学部仏文科」に入学する。同時に「四谷二丁目のB放送の裏にある『聖パウロ学生寮』」に住み始め、土田や日野という親友もできる。S大学は井上さんの母校である上智大学(ソフィア・ユニバーシティー)を指す。B放送は当時四谷にあった、ラジオの文化放送だ。モッキンポット師(神父)も実在の神学部教授がモデルだった。
モッキンポット師は、小松のバイト先が「フランス座」だと知った時、「コメディフランセーズといえば、フランスの国立劇場や。するとあんたは、国立劇場の文芸部員……?」などと勝手に勘違いする素敵な人だ。もちろんフランス座は浅草のストリップ劇場であり、小松はこっぴどく叱られる。
次々と珍事件を起こす小松たち3人組。彼らの尻ぬぐいに奔走するモッキンポット師。やがて聖パウロ学生寮は閉じられてしまうが、主人公たちの友情と騒動は続いていく。その愛すべき愚行は大いに笑えて、ちょっとしんみりもして、小説の中の登場人物たちに励まされた。
大学4年生の頃、文章講座の授業に井上さんがゲストとしてお見えになった。終了後に雑談する機会があり、私は『モッキンポット師の後始末』に助けられ、べニヤ壁の下宿も楽しむことができたと感謝した。井上さんは「それは貴重な体験ですよ。いつか書いてみるといい」と笑いながらおっしゃった。この時は、三十数年後に自分がS大学文学部教授になることなど想像もしていない。
井上さんが亡くなったのは2010年の春。75歳だった。思えば、大学の教室で向き合った時はまだ40代だったのだ。当時の井上さんの年齢をはるかに超えてしまったが、「いつか書いてみるといい」と言われたあの言葉は、今も宿題のままだ。
【旧書回想】
週刊新潮に寄稿した
2020年8月後期の書評から
小檜山博『人生讃歌 北国のぬくもり』
河出書房新社 1980円
相米慎二監督がプロレスの武藤敬司と音楽の秋吉満ちるという異色キャストで撮った映画『光る女』(1987年)。同名の原作小説を書いた著者は、83歳の現在も故郷の北海道で文学活動を続けている。本書はJR北海道の車内誌で15年続く連載エッセイの4年分だ。「謙虚さと賢さの不足した軽薄さ」と過去の自分を振り返り、馬を売って高校に進学させてくれた父を思う。滋味溢れる記憶の小宇宙。(2020.07.30発行)
町あかり『町あかりの昭和歌謡曲ガイド』
青土社 1650円
著者はアラサー女子のシンガーソングライター。平成生まれなのに昭和歌謡曲の大ファンでレコード好き。リアルタイムではないからこその新鮮な音楽体験として名曲や迷曲の数々を語っていく。郷ひろみ「お嫁サンバ」が放つ無敵の突拍子のなさ。恋人依存歌謡と呼ぶしかないサーカスの「愛で殺したい」。含みのある歌詞にハマる麻丘めぐみ「夏八景」。熱い思い入れで爆走する昭和行きバスだ。(2020.08.06発行)
渡辺 考『少女たちがみつめた長崎』
書肆侃侃房 1760円
書名の「少女たち」には二重の意味がある。昭和20年8月9日に勤労動員先の兵器工場で被爆した、長崎高等女学校(長崎高女)の生徒たち。もう一つが現在の長崎西高校(旧長崎高女)放送部の生徒たちだ。大先輩の証言。残されていた当時の日記。さらに作家・林京子の著作も参考にしながら、若い世代が原爆体験の継承を目指す。著者は昨年8月にNHKで放送された同名番組の制作者だ。(2020.08.09発行)
大治朋子『歪んだ正義~「普通の人」がなぜ過激化するのか』
毎日新聞出版 1760円
海外で頻発するテロ事件。日本でも度々発生する無差別殺人事件。犯人たちは稀有な「異常者」なのか。毎日新聞編集委員の著者が明らかにするのは、ごく普通の隣人が過激化していくプロセスだ。キーワードは「ローンウルフ(一匹オオカミ)」。組織に属さず自己過激化する個人を指す。豊富な海外事例に加え、秋葉原トラック暴走事件や相模原殺傷事件が並ぶ。「普通の人」とは私たち自身だ。(2020.08.10発行)
クライブ・カッスラー、中山善之:訳
『タイタニックを引き揚げろ』上・下
扶桑社海外文庫 各990円
ジェームズ・キャメロン監督のヒット映画『タイタニック』の公開が1997年。本書はその20年前に出版された海洋冒険小説の傑作にして古典の復刊だ。主人公はアメリカ国立海中海洋機関の特殊任務責任者、ダーク・ピット。大西洋に眠る巨大客船の引き揚げに挑戦する。密かに積まれた稀少鉱石が国防システムの鍵となるからだ。妨害と略奪を企むソ連海軍情報部。嵐の洋上での死闘が迫る。(2020.08.10発行)
吉田 類『酒場詩人の美学』
中央公論新社 1760円
放浪詩人と聞けば山頭火や金子光晴を思い出す。しかし酒場詩人となると、人気番組「吉田類の酒場放浪記」で見慣れた著者の顔しか浮かんでこない。本書でも札幌の狸小路で地酒、京都の屋台村で吟醸酒、さらにパリの下町カフェでカルバドスと盃は乾かない。また詩人は飲んで詠む。酒蔵の印象と感謝の思いを込めた「暫くは吹雪破れて加賀の月」などの俳句も披露される。美酒は二度おいしい。(2020.08.25発行)
【旧書回想】
週刊新潮に寄稿した
2020年8月前期の書評から
高山正之『日本人よ強(したた)かになれ』
ワック 1540円
本誌連載「変見自在」の著者による時事評論集。大きなテーマは4つだ。「武漢ウイルス」騒動の元凶として習近平と中国共産党を叩き、日韓の民族的差異を指摘し、アメリカの「日本弱体化計画」を明らかにする。さらに反日ジャーナリズムの蒙昧ぶりにあきれつつ、日本人の覚醒を促すのだ。特に「政権との戦い」を使命とする朝日新聞への舌鋒の鋭さは著者ならでは。報道の本義を問いただす。(2020.07.09発行)
神奈川新聞取材班『やまゆり園事件』
幻冬舎 1980円
2016年7月26日未明、神奈川県相模原市の「津久井やまゆり園」で、障害者など45人が殺傷された。犯人は元職員の植松聖だった。本書は地元紙として続けてきた取材を、現時点でまとめ上げたものだ。事件の経緯、植松の人物像、匿名裁判の是非などを丁寧に検証している。中でも事件前に書かれた「犯行予告」が衝撃的だ。障害者の「抹殺」を宣言し、実行するモンスターはなぜ現れたのか。(2020.07.20発行)
海堂 尊『コロナ黙示録』
宝島社 1760円
新型コロナウイルスに翻弄され続けた、この国の7カ月間が小説になった。しかもこの未曽有の災厄に挑むのは、「チーム・バチスタ」シリーズの医師・田口や厚労省技官・白鳥だ。医師である著者は、新型コロナに関する正確な情報を物語の中に織り込みながら、現実社会の動きを批評的に絵解きしていく。政権中枢の人々の無定見や迷走ぶりも含め、「ドキュメントノベル」と言うべき問題作だ。(2020.07.24発行)
赤木雅子、相澤冬樹『私は真実が知りたい』
文藝春秋 1650円
2018年3月、財務省職員の赤木俊夫氏が自殺した。「森友」関連公文書の改ざんをさせられたことに苦しんだ結果の縊死だ。しかし、政府も財務省も近畿財務局も責任を認めようとしない。赤木氏の死後、上司が全員「異例の出世」を果たした異常性も含め、この事件の「なぜ?」は残されたままだった。赤木氏の妻である著者の手記とジャーナリストによる客観的分析が、この国の闇に光を当てる。(2020.07.15発行)
津堅信之『京アニ事件』
平凡社新書
昨年の夏、京都アニメーションのスタジオが放火され、36名が死亡し、33名が重軽傷を負った。この凶悪事件を、アニメ史研究家の著者が多角的に考察する。事件の経緯やメディアの問題だけでなく、京アニの独自性が興味深い。著者が「異化効果」と呼ぶ、日常が違った風景に見えてくる作品群。家族主義と人材育成。そして「聖地巡礼」など新たな楽しみ方の創出。損なわれたものはあまりに大きい。(2020.07.15発行)
花房観音
『京都に女王と呼ばれた作家がいた~山村美紗とふたりの男』
西日本出版社 1650円
作家の山村美紗が亡くなったのは1996年だが、現在もその作品を原作にしたドラマをよく見かける。本書は京都在住の女性作家による、「日本のクリスティー」の評伝だ。秘めたるコンプレックスも含め、タブーを排除した内容に驚く。妻の肖像画を描き続ける夫。生涯の同志だった有名作家。好奇な目で見られてきた3人のミステリアスな関係と、ここまで真摯に向き合った書き物は他にない。(2020.07.26発行)
カジュアルな社会派を実現
金曜ドラマ
「石子と羽男―そんなコトで訴えます?―」
TBS系
弁護士の羽根岡佳男が中村倫也で、彼をサポートするパラリーガルの石田硝子が有村架純。この2人が主人公なら事件物でも法廷物でも、どんなタイプのリーガルドラマも作れそうだ。
しかし、金曜ドラマ「石子と羽男―そんなコトで訴えます?―」(TBS系)はひと味違う1本になっている。キーワードは「日常」だ。
普通の人が日常生活の中で遭遇する、思わぬトラブル。自力での解決が難しくなったとき、頼りになるのが近所の町医者のような弁護士、つまり「マチベン」だ。
羽根岡と硝子が扱うのは、自動車販売会社での社内いじめだったり、小学生がゲームに多額の”課金”をしてしまったりと、いかにも日常的に起きそうな事案ばかりだ。
しかも、物語は二重構造になっている。まずは、法律が便利に使える道具であることの教えだ。今年3月に終了した「バラエティー生活笑百科」(NHK)的な面白さがそこにある。
そしてもう1点は、出来事の奥にある社会問題にさらりと触れていることだ。それが企業のパワハラ問題だったり、家庭における教育格差の問題だったりする。
プロデュースは新井順子、演出が塚原あゆ子だ。2人が手掛けた「MIU404」では、事件を通じて隠れた「社会病理」を鋭く描いていた。
今回は、笑えるマチベンドラマの形を借りて、カジュアルな社会派を実現している。
(日刊ゲンダイ「TV見るべきものは!!」2022.07.26)
藤岡弘、さんの飽くなき変身魂
日清食品
日清焼そばU.F.O.
「U.F.O.モンスター焼そばパン」篇
俳優の藤岡弘、さんが演じた本郷猛が、初めて「仮面ライダー1号」に変身したのは1971年。
すでに半世紀が過ぎたが、藤岡さんは果敢に変身を続けている。
今回、「日清焼そばU.F.O.」の新CMで藤岡さんが変身するのは「U.F.O.モンスター」だ。
伝説のライダーから謎のモンスターへ。派手なストライプのジャンプスーツに身を包み、腰にはしっかり変身ベルトのようなモノを装着。
その姿で、きゃりーぱみゅぱみゅの「ファッションモンスター」をアレンジした曲をバックに、「焼そばパァン!」と叫びながら踊りまくる。大ベテランが見せる、飽くなき変身魂に拍手するしかない。
しかも変身するのは自分だけではない。「日清焼そばU.F.O.」を使って、普通の食パンを「U.F.O.モンスター焼そばパン」に変身させてしまうのだ。
焼そばパンの概念を超えた、食べる人に嚙みつきそうな力強いフォルム(形状)と面構えは、まさにモンスターの称号にふさわしい。
「変身」を楽しむことで新たな世界が広がっていくのは、食も人生も同じだ。
(日経MJ「CM裏表」2022.07.24)
【新刊書評2022】
週刊新潮に寄稿した
2022年2月後期の書評から
石井光太『ルポ 自助2020― 頼りにならないこの国で』
筑摩書房 1650円
「自助」とは自分を自らの力で守ること。家族や地域で助け合う「共助」とも、国や自治体による「公助」とも違う。著者はコロナ禍にあえぐ人たちの状況と憤りを、この言葉に集約した。クラスター発生の高齢者施設。幼い命を守ろうとする保育園。コロナ自殺と向き合う大学病院精神科。彼らはそれぞれの現場で困難にどう立ち向かったのか。その取り組みの先にコロナ後の社会の姿が遠望できる。(2022.01.30発行)
窪 美澄『朱(あか)より赤く 高岡智照尼の生涯』
小学館 1760円
高岡智照は伝説の人だ。明治29年に生まれ、10代半ばで恋仲となった情人に誠意を示すため、小指を詰めた。やがて新橋で人気芸者となるが、結婚と離婚を繰り返し、38歳で出家。京都・祇寺の庵主として、多くの女性を助けることになる。本書は得度までの半生を智照自身が語るという形の長編小説だ。かつて瀬戸内寂聴(当時は晴美)が彼女をモデルに書いた小説『女徳』と比較して読むのも一興。(2022.01.31発行)
隈元信一『探訪 ローカル番組の作り手たち』
はる書房 1650円
日本には地上波系テレビ局だけで約100社が存在する。全貌を知ることが難しい、各地域での放送活動や番にスポットを当てたのが本書だ。「水曜どうでしょう」の北海道テレビをはじめ、独自の試行錯誤を続ける局と放送人を取材している。著者は長年、放送担当記者を務めたジャーナリスト。昨年夏に末期がんを告知されたことを本書で明かしている。地道な全国行脚から生まれた、執念の探訪記だ。(2022.02.11発行)
宮内悠介『かくして彼女は宴で語る~明治耽美派推理帖』
幻冬舎 1870円
異色の連作ミステリー集。明治末期、隅田河畔の西洋料理店で若き芸術家たちが座談会を開いている。メンバーは木下杢太郎、北原白秋、石井柏亭などで、「パン(牧神)の会」という。彼らが文芸や美術だけでなく、帝都で起きた奇妙な事件を語り合うのが本作だ。日本刀を突き立てられた、団子坂の菊人形。浅草十二階での不可解な転落死。精鋭たちを驚かせるのは、店の女中「あやの」の推理だ。(2022.01.25発行)
ヴィナイヤク・プラサード:著、 大脇幸志郎:訳
『悪いがん治療~誤った政策とエビデンスがどのようにがん患者を痛めつけるか』
晶文社 3520円
著者はカリフォルニア大学准教授で、現役の血液腫瘍内科医。がん治療薬に関わる政策と医学的エビデンス(根拠)と国による規制についての本だ。がんの薬はなぜ高価なのか。それは患者と社会にどんな影響を与えるのか。「医師は患者と製品の製造者の両方から金を取る」と著者。しかも患者と製造者の最善が一致しないことが多い。がん医療のリアルを知ることは、患者のサバイバルでもある。(2022.01.30発行)
佐高 信『当世好き嫌い人物事典』
旬報社 1980円
辛口評論家が出会った124人の肖像だ。選択基準は「好き嫌い」。好きと嫌いは立場や思想を超えるからだ。「歩く日本国憲法」と呼んだ中村哲。「弱者の痛みがわかる」と見直した橋本龍太郎。いわゆる「転向」後も嫌いになれなかった江藤淳。西部邁とは「嫌いな人間が同じ」だった。そして会いたいと思いながら会えなかったのが田中角栄と美空ひばりだと著者。幻の会見記を読んでみたくなる。(2022.02.15発行)
【新刊書評2022】
週刊新潮に寄稿した
2022年2月前期の書評から
小川隆夫『マイルス・デイヴィス大事典』
シンコーミュージック・エンタテイメント 5500円
一人のトランペット奏者をめぐる、厚さ4㌢を超す著。音楽ジャーナリストである著者の情熱はもちろん、これを書かせてしまうマイルス・デイヴィスも凄い。まず第1章のディスク・ガイドが圧巻だ。『ラウンド・アバウト・ミッドナイト』や『カインド・オブ・ブルー』など全てのアルバムの背景から内容までが論評されていく。続く全曲紹介と関連人物事典も含めて、ファン待望の労作である。(2022.01.07発行)
平凡社編集部:編『作家と珈琲』
平凡社 2090円
作家たちが“好きなもの”について書いた文章の奥に素顔が見える。酒、猫、犬に続くシリーズ最新刊だ。巴里のカフェーで熱く香ばしい「コーヒイ」を口にする林芙美子。銀座の喫茶店で「都会生活の気分や閑散」を思う萩原朔太郎。本に夢中でコーヒーがさめてしまう植草甚一。「喫茶店人生」を回想する小田島雄志。茨木のり子の詩「食卓に珈琲の匂い流れ」も読める、贅沢なアンソロジーだ。(2022.01.19発行)
鈴木 浩
『小学生が描いた昭和の日本~児童画五〇〇点 自転車こいで全国から』
石風社 2750円
50年前、全国各地の小学校を自転車で回る青年がいた。小学生の絵を集めて児童画展を開くためだった。そして開催後も大切に保存していた作品を、初めて一冊まとめたのが本書である。運動会、友だちとの遊び、家の中、そして町の風景。色彩も鮮やかに蘇るのは、当時の子どもたちが体験していたリアルな日常だ。半世紀を経て変わったこと、変わらないもの。その両方が見る者の記憶を揺さぶる。(2022.01.20発行)
忍澤 勉『終わりなきタルコフスキー』
寿郎社 2860円
「映像の詩人」と呼ばれるソ連の映画監督、アンドレイ・タルコフスキー。『惑星ソラリス』『ノスタルジなどで知られるが、作品はいずれも難解であることが定説となっている。著者は、過去の論者たちが数少ないスクリーン体験しか持てなかったことを踏まえ、映像ソフトによる徹底解読で「難解伝説」に挑む。作者の意図や技巧。さらに「水」や「廃墟」といったモチーフの意味も見えてくる。(2022.01.15発行)
藤倉 大『どうしてこうなっちゃったか』
幻冬舎 2090円
著者は英国に住む、44歳の現代音楽作曲家だ。中学卒業後、海外で武者修行。英国の大学院で博士号を取得し、名高い作曲コンクールで史上最年少の第1位。日本でも尾高賞、芥川作曲賞などを受賞している。だが、単なる優等生ではない。本書は自由かつ大胆に語った「早すぎる自伝」だ。日本人離れというべき疾風怒涛の過去も、コロナ禍で「天才だけど困窮」の現在も、まとめて笑い飛ばしていく。(2022.01.25発行)
小林信彦『日本橋に生まれて――本音を申せば』
文藝春秋 2420円
1998年の連載開始から約四半世紀。『週刊文春』の名物コラム、そのシリーズ最終巻である。二部構成の前半は人物篇だ。渥美清や植木等など、ゆかりの深い17人が登場する。伊東四朗について「<重厚さ>と<軽薄さ>のあいだに漂っている人」と書けるのは著者だけだ。連載最終回の表題は「数少い読者へ」。自分がヒッチコックに会った「数少い人」と呼ばれ、嬉しかったことを明かしている。 (2022.01.30発行)
シチズン時計のしおり
人生ほど、
生きる疲れを癒してくれるものは、ない。
サバの詩より
須賀敦子『コルシア書店の仲間たち』
「初恋の悪魔」日本テレビ系
まさに“坂元裕二ワールド”だ
ユニークな警察ドラマが登場した。日本テレビ系「初恋の悪魔」である。
警察ドラマだから事件は起きる。死者も出る。
しかし、主人公たちは警察署に勤務していながら、捜査も尋問も逮捕も出来ないのだ。それでいて真相にたどり着くのが、このドラマの醍醐味だ。
真実が知りたくて集まったメンバーは4人。停職処分中の刑事・鈴之介(林遣都)、総務課の悠日(仲野太賀)、会計課の琉夏(柄本佑)、そして生活安全課の刑事・星砂(松岡茉優)だ。
初回では病院で少年が転落死した。事故か、自殺か、殺人か。表立っての活動ができない彼らは、捜査資料のコピーやかき集めた情報を持って鈴之介の家に集合する。「自宅捜査会議」だ。
ここでは事件現場の模型を前に各人の「考察」が披露される。話すうちに、4人はバーチャルな現場空間に入り込み、そこで「何が起きたのか」を探っていく。このシーンが大きな見せ場だ。
脚本は坂元裕二。超クセの強い4人の人物造形も、意表をつく設定も、不思議なユーモア感も、まさに坂元ワールドだ。
特に彼らの言葉の応酬を聞いていると、懐かしい「カルテット」や「大豆田とわ子と三人の元夫」を思い出す。4人という括りと限定した劇的空間は坂元の得意技だ。
警察というより探偵ドラマに近い本作。見たことのないミステリードラマへの挑戦に拍手だ。
(日刊ゲンダイ「TV見るべきものは!!」2022.07.20)