カムカム「深津絵里」の魅力
多くの人が抱く
「見守ってくれる、すみれ」というイメージ
NHKの朝ドラ『カムカムエヴリバディ』の2人目のヒロインとして登場した深津絵里(49)が注目されている。18歳の「雉真(きじま)るい」を演じて、何の違和感も沸かないのだ。さらに1月16日からは33年ぶりにJR東海のCMにも出演して、当時からのファンを懐かしがらせている。彼女の魅力、そして歩みを、メディア文化評論家の碓井広義氏に語ってもらった。
スタートは1988年
女優・深津絵里を初めて見たのは、1988年3月公開の映画『1999年の夏休み』だ。デビュー作だったが、その頃はまだ水原里絵という名前で出ていた。
後に『平成版ガメラ』シリーズを手掛ける、同世代の金子修介監督作品だったこと。そして萩尾望都の漫画『トーマの心臓』を翻案した作品と聞いて興味をもったのだ。登場する少年たちを演じたのが大寶智子など若手女優で、深津もその一人。ショートカットがよく似合う、硬質な感じの少女だった。
次に強く印象に残ったのは、同じ年の冬にオンエアされた、JR東海「クリスマス・エクスプレス」のCMだ。山下達郎が歌う「クリスマスイブ」をバックに、短髪の美少女が新幹線のホームに立っていた。
列車は到着したのに、待ちわびた彼氏はなかなか現れない。怒ったような、ムッとした表情がいじらしい。客を降ろした列車が去っていく。ホームに残っているのは駅員と自分だけだ。背中を向けて帰ろうとした瞬間、赤いパッケージのプレゼントを持った彼氏が、ムーンウオークをしながら登場。少女は、フン!と顔をそらし、声に出さずに「バカ!」とつぶやく。
ひたすら謝る彼氏。怒っている少女。この恋の主導権を握っているのは彼女だ。画面に「会うのが、いちばん。」の文字が浮かび上がってくる。やがてこの季節の風物詩となる傑作CMだった。何より、少女が笑顔で甘えたりしないのがいい。深津絵里、15歳の冬だ。
レインボーブリッジの向こうで
90年代に入り、深津は何本ものドラマや映画に出演していく。すぐ思い浮かぶだけでも、ドラマ『愛という名のもとに』(92年)や『若者のすべて』(94年)、そして森田芳光監督の映画『(ハル)』(96年)などがある。
しかし、その知名度を高め、世代を超える支持を得たのは、97年放送の連続ドラマ版『踊る大捜査線』であり、98年から始まる映画シリーズだろう。主人公である湾岸警察署の刑事・青島俊作(織田裕二)の同僚、恩田すみれ役だ。
常に「青島君!」と叱咤激励してくれた、すみれ。厳しい姉のような、温かい母のような存在だった、すみれ。深津に対して、多くの人が抱いているイメージの、かなりの部分を占めているのが、この「見守ってくれる、すみれ」ではないだろうか。
しかも、すみれにはどこか影がある。かつて逮捕した犯人が逆恨みしてストーカーと化し、すみれの体と心を傷つけた過去があったからだ。そして青島がどんなに甘えても、自分は甘えたりしなかった。荒っぽい現場でも際立つ、その凛とした佇まいと気品は、深津だからこそ表現できたキャラクターだと言える。
97年のドラマから、2012年の映画『踊る大捜査線 THE FINAL 新たなる希望』までの15年間、深津は「国民的すみれさん」であり続けたのだ。この『踊る大捜査線』シリーズは間違いなく深津の代表作だが、もう一つ、忘れてはならないシリーズがある。
理想のパートナーとして
大和ハウスのシリーズCM「ここで、一緒に」の第1弾が、テレビから流れ始めたのは2011年1月のことだった。リリー・フランキーが夫、深津が妻という、1組の夫婦が主人公だ。夫は新聞記者ふぁが、妻は翻訳家なので主に家で仕事をしている。一戸建てで暮らすが、子どもはいない。
このCM、音声のほとんどが夫婦の会話だ。ただし、向き合って語り合うわけではない。別の場所にいながら、心の声が奏でるセッションといった感じ。映像は、それぞれの日常を映し出していく。
夫「またどうでもいいことで喧嘩した」
妻「どうでもいいと思ってるところがすでにダメ」
夫「あれ?俺が悪いの?」
妻「あやまれば許してあげてもいいいけど」
夫「俺は簡単に頭を下げる男じゃない」
妻「都合のいい時だけ男になるね」
夫「やっぱ謝っちゃおうかな」
妻「出た!その場しのぎ」
夫「じゃあどうすりゃいいんじゃ」
妻「考えなさい」
夫「頭良くないんだよ」
妻「若い頃はもっと」
夫「なに?」
妻「若い頃から、たいしたことないね」
夫「後半に伸びるタイプなんだよ」
妻「歳とっても大事にしてあげない」
夫「いいさ」
妻「蹴っ飛ばしちゃうかもよ」
夫「いいさ、その代わり俺より長生きしろよ」
深津の声が何とも心地いい。強すぎず、高すぎず、主張もしない。淡々としていながら、聞く者の耳と心にしみてくる。
つい虚勢を張ったり、ふと弱音を吐いたりする夫には、憎めない子どもっぽさと愛嬌がある。それに対して妻は、夫を手のひらの上で遊ばせている、大人だ。この精神的に自立した女性が深津によく似合っており、シリーズは昨年まで10年も続いた。
たとえば、「2020」篇。夫は記者としてオリンピックやパラリンピックの競技を体験取材し、妻もプールで泳ぎはじめた。それでいて、「がんばれニッポン!」「私たちも応援してます!」みたいな力の入れ方をしないのが、この夫婦の素敵なところだ。
2人が静かに語るのは、「祭りのあとの寂しさ」であり、「終りから始まる何か」である。世の中の動きを知りながらも、流行に踊らされたり、狂騒に巻き込まれたりはしない。大切なのは、「その後」も続いていく日常なのだ。
もちろん、このCMの放送当時、オリンピックはまだ始まってもいない。しかし間もなく、この国はワンチームならぬ、ワンカラ―に染まっていくことになっていた。そう思う時、一見ソフトな内容に込められた、上質な批評性がじわりと効いてくる。
また昨年の「新しい生活」篇。夫は取材で地方に出かけ、翻訳家の妻は都心に来ている。離れているが、心の回線は常時接続だ。ゆったりした言葉のキャッチボールが聞こえてくる。ひなびた風景を前に、「ここで新しい生活を始めるってあるかな、と言ってみる」と夫。どこまで本気か、わからない。賛成して欲しいのか、それとも反対されたいのか。
でも妻はお見通しだ。さらりと「いいんじゃない?」と答える。夫は驚き、見る側はニヤリとする。そして「いい夫婦だなあ」と思うのだ。
新型コロナウイルスの影響もあり、住む場所も働き方も多様であることが当り前になってきた。自由は不安も伴うが、自分の生き方は自分で決める時代として、前向きに捉えてみるのも悪くない。そう思わせてくれる15秒だった。
男装の少女は、レインボーブリッジの向こうでの戦いを経て、見事な大人の女性に、そして理想のパートナーへと成長していたのだ。
2022年『カムカムエヴリバディ』
今年1月、深津は49歳になった。そして、放送中の連続テレビ小説『カムカムエヴリバディ』(NHK)では19歳の「雉真(きじま)るい」を演じている。
このドラマの二代目ヒロインとして登場した瞬間は、「大人っぽい娘だなあ」と感じたものだ。しかし、すぐ見慣れてしまった。思えば89歳の森光子は、『放浪記』の舞台で19歳のヒロイン・ふみ子を演じていた。力のある女優は、30歳下の乙女になることも可能なのだ。
しかも、るいという女性は一筋縄ではいかない。額の傷や母(上白石萌音)への屈折した思いなどが彼女を縛っているからだ。自分が好意を持つ、ジャズ・トランぺッターのジョーこと大月錠一郎(オダギリジョー)に求愛されても、素直に受け入れることが出来なかったりする。
そもそも、るいは何を望んでいるのか。それは本人にも分かっていないのではないか。何も望んでいない主人公というのも、朝ドラでは極めて珍しい。歴代ヒロインの多くは常に何かを望み、何かを目指していた。切磋琢磨、試行錯誤の連続であり、そこに本人の葛藤があった。
しかし、るいが内面に抱える「葛藤」は、これまでのヒロインたちと質が違うとしか思えない。いわば、自らの「存在」そのもの、「生きること」自体への懐疑なのだ。こんな難しいヒロイン、深津の他に誰が演じられるだろう。
このドラマの脚本を書ているのは、藤本有紀。その特色は、見る側を決して「安心」させないことである。第1ヒロインの安子(上白石萌音)を突然、アメリカへと送ってしまう展開など、その最たるものだ。貫地谷しほり主演の朝ドラ『ちりとてちん』もそうだったが、必ず予想を裏切ってくる。
るいもまた、今後どうなっていくのか分からない。だが分からないのは、「オリジナル脚本」の魅力でもある。もしかしたら、3月末にドラマが終わる頃、年齢を重ねたるいが再登場するのではないだろうか。るいが生まれたのは終戦の一年前、1944年だった。2022年の今年は78歳になっているはずだ。元気でいて、おかしくない。
30歳下のヒロインを自然に演じている深津が、30歳上の「現在のヒロイン」を演じるシーンを、ぜひ見てみたい。そんなことを期待させるのも、深津絵里という女優のなせるワザだと思うのだ。
(デイリー新潮 2022.01.22)