碓井広義ブログ

<メディア文化評論家の時評的日録> 
見たり、読んだり、書いたり、時々考えてみたり・・・

『ユニコーンに乗って』の西島秀俊は、ロバート・デ・ニ―ロ級!

2022年08月31日 | 「ヤフー!ニュース」連載中のコラム

 

 

『ユニコーンに乗って』の西島秀俊は、

ロバート・デ・ニ―ロ級!

 

火曜ドラマ『ユニコーンに乗って』(TBS系)で、西島秀俊さんが演じている「おじさん社員」小鳥智志(ことり さとし)が、その存在感を増しています。

23日の第8話では、小鳥たちの会社「スタディポニー」が、技術の流出問題で揺れました。

しかも、疑われたのは、一緒に仕事をしてきた森本海斗(坂東龍汰)です。

会社や事業の存続に関わる危機でもあり、CEOの成川佐奈(永野芽郁)をはじめ、ポニーのメンバーたちは動揺します。

しかし、小鳥は常に落ち着ていました。

正しいことは迷わずする

皆が一定方向へと流れそうになった時、事態を冷静に見つめた上で、「正しいことは迷わずする」ことが大事だと身をもって示していた、小鳥。

今回の場合は、海斗を信じ切ることであり、彼を仲間として大切に思う気持ちを、粘り強く伝えることでした。

やがて海斗への疑念も晴れ、彼はポニーに復帰しました。

こういう時、ポニーの若者たちから見て、年齢もキャリアも考え方も異なる小鳥がいてくれたことが、大きな助けになったのです。

事態が収まった後、小鳥が佐奈に訊きました。なぜ、異質の自分を採用してくれたのか。

「素直」に生きること

佐奈は「ネットを通じて誰もが平等に学べる場を作りたい」という理念に共感してくれたからだと説明します。

そして、もう1つ大事なことがあり、それは小鳥が「素直だったから」だと明かすのです。

大人になると、人は素直でいることが難しい。見栄を張ったり、自分をよく見せようとしたりする。

でも、小鳥は違った。素直な自分の思いを、真っ直ぐにぶつけてくれたのだと。

48歳の元銀行マンである小鳥ですが、入社後も、他者に自分の経験や知識を披歴したり、ましてや価値観を押し付けたりしません。

まさに「素直」な心で、新しい仕事や仲間と向き合ってきました。

また積極的にIT系の知識を取り込み、自分に出来ることを少しずつ広げ、若者たちの中にも自然に溶け込んできています。

それは、小鳥にとってのポニーが、単に生活のためのセカンドキャリアの場ではなく、かつて教員になりたかったという夢を、形を変えて実現できる場だからでしょう。

西島秀俊は、ロバート・デ・ニーロ級!

以前もこのコラムで少し書いたのですが、このドラマを見ていると、米映画『マイ・インターン』(2015年)を思い出します。

若き女性経営者と、転職してきて彼女の部下となった、年上の男性の物語。

ジュールス・オースティン(アン・ハサウェイ)が社長を務める通販会社に採用されたのが、初老のベン・ウィテカー(ロバート・デ・ニーロ)でした。

当初は異質だったおじさんが、徐々に存在感を増し、ビジネスへの貢献と共に女性社長との信頼関係も生まれます。

単に年長者ということではなく、その人柄と経験が若手社員たちにとっても刺激となり、仕事仲間として認められるようになっていきました。

小鳥もまた、これまでに、いい意味で周囲を変えてきています。

ちなみに、「正しい行いは迷わずやれ」は、映画の中のデ・ニ―ロ、いえベン・ウィテカーが、自分の好きな名言として挙げていたものです。

小鳥は、そのことを若者たちに、口ではなく、自身の行動で伝えているように思います。

新たな章へ

ドラマは新たな章へと向かっています。

より強く結束を固めたポニーのメンバーたちが、事業をさらに進める上で直面する、いくつもの壁。

その取り組みに、「おじさん社員」小鳥がどんな寄与の仕方をしていくのか、楽しみです。


ヨコハマタイヤCM 時代を超える「セブン」の魅力

2022年08月30日 | 「日経MJ」連載中のCMコラム

 

 

時代を超えるセブンの魅力、随所に

横浜ゴム

ヨコハマタイヤ「アイスガードセブン」

「ウルトラ吸水ゴム」篇

 

『ウルトラセブン』(TBS系)が登場したのは1967年。今年は放送開始55周年に当たる。

前作『ウルトラマン』との違いは、地球の怪獣ではなく、宇宙からの侵略者との戦いが描かれたことだ。SF色が強まり、セブンの造形も近未来的な美しさを誇った。

また実相寺昭雄監督が手掛けた「狙われた街」で、メトロン星人とモロボシダン=セブンがアパートの四畳半で対決したように、ファンタジーとリアリティの共存も『ウルトラセブン』の特色だ。

そんなセブンが昨年、ヨコハマタイヤのCMで深田恭子さんと初共演した。

そして今年もまた、猛暑の日本に現れた。やがて到来する冬に備え、「氷った道」という強敵から人類を守る「アイスガードセブン」をアピールするためだ。

深田さんが「セブン!セブン!セブン!」と呼びかけると飛来する永遠のヒーロー。

しかもタイヤやセブンを影絵で見せる表現は、『ウルトラセブン』のオープニング映像の見事なアレンジだ。魅力的なキャラクターは時代を超えて多くの人を引き付ける。

(日経MJ「CM裏表」2022.08.29)

 


『競争の番人』は、テレビ業界や芸能界を描けるか?

2022年08月29日 | 「ヤフー!ニュース」連載中のコラム

 

『競争の番人』は、

テレビ業界や芸能界を描けるか?

 

月9『競争の番人』(フジテレビ系)の舞台は、ご存じのように「公正取引委員会(略称・公取委)」です。

地味で、あまり強くない組織ですが、企業の「ズル」を許さない、大事な役割を果たしている公取委。

ドラマでは、審査官の小勝負勉(坂口健太郎)と、元刑事の白熊楓(杏)がコンビを組んで、頑張っています。

これまで、複数のホテル間で行われていたウエディング費用のカルテルを突き崩したり、大手メーカーによる下請けいじめ問題などに取り組んできました。

刑事ドラマや弁護士ドラマは見慣れていますが、公取委の審査官が主人公のドラマは珍しいため、興味深く視聴しています。

一般企業を対象とするイメージの公取委ですが、実は「テレビ業界」や「芸能界」ともかかわりがあるのです。

「テレビ業界」と公取委

確か2015年のことでした。公取委が、テレビ局から番組を受注する制作会社280社を対象に、取引の実態を調査し、その結果を公表したことがあります。

明かになったのは、不当に低い制作費や、発注が文書ではなく口頭で行われていたり、契約書を交わすのが入金後だったりという事例。

さらに著作権を無償譲渡するなど、独占禁止法に違反するような行為が指摘されました。

当時、公取委は「今後も取引実態を注視し、法律に違反する行為に対しては厳正に対処していく」としていたはずです。

その後、テレビ局による「下請けいじめ」が、どこまで改善されているのかも含め、ドラマで描いてみたらどうでしょう。

「芸能界」と公取委

芸能界と公取委ということで言えば、2016年に起きた「SMAP解散騒動」を思い出します。

SMAPの解散によって、稲垣吾郎さん、草彅剛さん、香取慎吾さんの3人はジャニーズ事務所を離れました。

すると、彼らはテレビ出演がほぼなくなるという事態に陥ったんですね。

この時、公取委はジャニーズ事務所に対して「独占禁止法違反につながりかねない」と注意を行っています。

当然、テレビ局も関係する問題であると指摘。芸能事務所への注意自体が異例のことで、注目を集めました。

現在、稲垣さん、草彅さん、香取さんはテレビで活躍していますが、そんな経緯があったのです。

どこまでドラマで描けるか

というわけで、今後、『競争の番人』が人気タレントの独立をめぐる騒動や、テレビ局と番組制作会社の関係を描くのであれば、ぜひ見てみたい。

公正な取引を見守り、指導し、「ズル」を許さない公取委の姿勢を示す、絶好のテーマなのではないでしょうか。

もちろん無理は承知の話ですが、もしも実現したら、いろんな意味で”快挙”となるはずです。


【新刊書評2022】5月前期の書評から 

2022年08月28日 | 書評した本たち

 

 

【新刊書評2022】

週刊新潮に寄稿した

2022年5月前期の書評から

 

坂 夏樹『危機の新聞 瀬戸際の記者』

さくら舎 1760円

著者は元毎日新聞記者。新聞がデジタル化の波に飲まれる過程を目の当たりにしてきた。しかも社内には問題点を指摘できない雰囲気があった。その結果、極端な人減らしで記者たちは孤立化。デジタル版ではニュースの価値より速報性や話題性が優先されていった。しかし真実とフェイクが判断不能の今こそ、「プロが練り上げた結晶の固まり」である新聞の可能性を信じたいのだと著者は言う。(2022.04.09発行)

 

伊集院 静『タダキ君、勉強してる?』

集英社 1650円

自分はいかにして今の自分になったのか。そこには導いてくれた「先生」の存在があると著者。しかも本書に登場するのは小学校や中学時代の恩師だけではない。広告制作会社のワンマン社長は「世のなか」の先生。競輪の車券師は「遊び」の先生。「作家」という先生では城山三郎など。そして高倉健は「友」という先生だ。「家族」もまた先生であり、書名は今も忘れない母の言葉からきている。(2022.04.10発行)

 

瀬戸内寂聴『遺す言葉~「寂庵だより」2017-2008年より』

祥伝社 1540円

「寂庵だより」は著者が編集長を務めた私家版の新聞。1987年の創刊時から書いてきた随想の書籍化だ。本書は晩年の10年分。新しい文章から過去へとさかのぼる構成だ。大病を乗り越えながらの執筆活動や東日本大震災への思いなどがリアルタイムで語られる。まるで読者も一緒に同時代を旅しているかのようだ。この本全体が、遺言を書かなかった著者の滋味あふれる遺言として読むことができる。(2022.04.10発行)

 

土方明司、江尻潔『リアル(写実)のゆくえ~現代の作家たち 生きること、写すこと』

アルテヴァン 3300円                             

人はなぜ「まるでそこにあるような」写実表現に魅かれるのか。2017年に開催された「リアル(写実)のゆくえ」展。本書は公式図録兼図書の第2弾だ。高橋由一などの絵画だけでなく、高村光雲や平櫛田中の彫刻や工芸作品も紹介している。さらに安藤正子ら現代作家の作品とエッセイも多数収録。フェルメールやレンブラントといった西洋芸術とは異なる、「日本の写実」の過去と現在が見えてくる。(2022.04.10発行)

 

谷川俊太郎『にほんの詩集 谷川俊太郎詩集』

角川春樹事務所 1980円

「にほんの詩集」シリーズの刊行が始まった。昭和から現在まで、現役で詩作を続ける谷川俊太郎がトップバッターだ。本書では「二十億光年の孤独」を始めとするポピュラーな作品はもちろん、初期詩篇の「僕と神様」や現代社会を活写した「底抜け未来」などの未刊詩篇も読むことができる。ネットやSNSのインフラ化によって、言葉が大量消費される時代。この詩集で「言葉の力」を再認識する。(2022.04.18発行)

 

蓮實重彦『ショットとは何か』

講談社 2420円

カメラを止めずに撮影された映像。その始まりから終わりまでが「1ショット」だ。「ショット」は映画の基本単位である。ショットが集まった「シーン(場面)」を分析する人はいても、映画をショットで語れるのは著者くらいだろう。「理論がいまだ映画に追いついていない」ことを前提に、グリフィス、フォード、ゴダールから小津安二郎までを引用しながら、ショットの持つ意味を探っていく。(2022.04.29発行)

 

内田樹:編『撤退論~歴史のパラダイム転換にむけて』

晶文社 1870円

なぜ「撤退」なのか。国力が衰微し国民資源が目減りしている現在、それは喫緊の論件だと編者。また政府も対策を決定しているが開示されないという。そこで16人の論考を集めたのが本書だ。政治学の白井聡は、民主主義からの撤退が不可能ならば、何を覚悟すべきかを語る。感染症医の岩田健太郎は「理性的な悲観論者でありたい」と自戒する。無謀な前進か、理知による撤退か。検討の価値はある。(2022.04.30発行)

 

柴崎祐二:編著『シティポップとは何か』

河出書房新社 2695円

シティポップは、80年代生まれの「都会的ポップミュージック」と定義されるのが一般的だ。しかし音楽ディレクターの柴崎は、より「多面的な存在」だとして本書を編んだ。たとえば山下達郎や吉田美奈子、角松敏生などの楽曲が、時代や世代を超えて支持され続ける理由を探っていく。ニューミュージックとの違い。「シーンメイキング」の機能。その衰退と展開の歴史は、一種の壮大な物語だ。(2022.04.30発行)

 


【気まぐれ写真館】 ふしぎなふうけい

2022年08月27日 | 気まぐれ写真館


『六本木クラス』は、原作を尊重しながら独自のアレンジに挑む

2022年08月26日 | 「ヤフー!ニュース」連載中のコラム

 

 

『六本木クラス』は、

原作を尊重しながら独自のアレンジに挑む

 

先日、竹内涼真さん主演『六本木クラス』(テレビ朝日系)について、取材を受けました。

その際、以下のような概要の話をさせていただきました。

「復讐物語」という軸

『六本木クラス』のベースになっているのは、もちろん韓国のヒットドラマ『梨泰院(イテウォン)クラス』です。

とはいえ、『梨泰院クラス』を見た人、見ていない人、どちらも十分楽しめる1本になっているのが特色です。「復讐物語」という軸がしっかりしているからでしょう。

主人公は、六本木で居酒屋を経営している宮部新(竹内)。

「復讐物語」の核となるのは、父の信二(光石研)が勤めていた長屋ホールディング会長・長屋茂(香川照之)と、その息子である龍河(早乙女太一)との因縁です。

「六本木」メンバーへの感情移入

ドラマの導入部で描かれた、新の「追い込まれ方」が凄まじかったです。龍河のイジメを止めたばかりに退学処分。長屋に逆らった信二も退職。

2人で居酒屋を始めようとした矢先、龍河が起こした交通事故で信二が死亡。新は龍河を痛めつけたことで逮捕され、実刑判決を受け、刑務所に入ります。

いわば人生そのものを破壊されたわけで、新の「為すべきこと」を印象づけました。

人気ドラマのリメイクですから、当初は『梨泰院クラス』との比較で語られることが多かったですね。

しかし、第3話あたりからは、韓国の梨泰院ではなく、日本の六本木で生きる、新、優香(新木優子)、葵(平手友梨奈)たちに感情移入する人が増えてきたと思います。

平手友梨奈の健闘

特に注目を集めたのが、葵役の平手友梨奈さんでした。

『梨泰院クラス』を見た人の多くが、「誰もキム・ダミが演じるイソは超えられないだろう」と感じていたのではないでしょうか。

しかし、平手さんはイソではなく、別人格である麻宮葵を見事に造形しています。

その存在感と演技力が『六本木クラス』の印象を強め、全体をけん引する大きな力になったのです。

独自のアレンジ

原作を元に作られている以上、物語の大筋は同じかもしれません。でも細部には、しっかりと独自のアレンジが施されています。

たとえば、4話で登場したトランスジェンダーのりく(さとうほなみ)のエピソードなどは、原作とは異なるものです。

日本と韓国ではトランスジェンダーに対する意識が違うこともあり、その辺りを丁寧に補強している感がありました。

原作の大きな流れを踏襲した上で、『梨泰院クラス』ファンを幻滅させない形で独自のアレンジ、つまり日本風のローカライズを行っている。

それが、『六本木クラス』ならではの物語の奥行きを生んでいるのです。

竹内涼真の代表作となるか

見る人の気持ちを、“快感”だけでなく“感動”で揺さぶるのが、いいドラマであるならば、『六本木クラス』はこれまで以上に見る側を巻き込んでいく可能性があります。

また主演の竹内涼真さんは、冷静と熱狂の両方を併せ持つ「信念の男」を好演しており、このドラマが代表作の一つになってもおかしくない。

制作陣の大江達樹プロデューサーも、田村直己監督も、『ドクターX』シリーズを手掛けてきました。

エンタメを熟知する作り手たちであり、原作が韓国ドラマでも、しっかり「テレ朝・木曜ドラマ」のテーストに仕上げています。


【気まぐれ写真館】 散歩の途中で・・・

2022年08月25日 | 気まぐれ写真館

SNACKの名前は「わすれないで」

 


水ドラ25『僕の姉ちゃん』黒木華の「平熱の演技」が出色

2022年08月24日 | 「日刊ゲンダイ」連載中の番組時評

 

水ドラ25「僕の姉ちゃん」テレビ東京系

黒木華の「平熱の演技」が出色だ

 

アマゾンプライムビデオで先行配信されていた「僕の姉ちゃん」が、テレビ東京系「水ドラ25」の枠で“地上波初放送”されている。

配信サービスは便利だが、週に1度、深夜のテレビで登場人物たちと顔を合わせる「のんびり感」が、このドラマにはちょうどいい。

大きな物語ではない。父の海外赴任に母も同行した留守宅で暮らす、姉と弟の日常だ。

何事にも辛辣な姉、白井ちはる(黒木華)は三十路のOL。素直な性格の弟、順平(杉野遥亮)は社会人1年生。

夜、仕事から帰った2人が、どうしても必要というわけでもなく、急いでする必要もない会話を、ゆるく続けていく。

とにかく姉がユニークだ。弟が「好きな男性に対する母性」について問えば、「育ててもない男に、そんなもんあるわけないじゃん」と言い切る。続けて「幻想が好きならオーロラでも見てこいっつーの」と明快だ。

さらに「あんたに彼女ができたとしても、あたし、たぶんその子キライ」。

ある時、社内のボウリング大会に参加した姉。気になっていた男性とハイタッチしたが、「ときめかなかった」と落胆している。「手のひらが合わない人と他の部分を合わせられると思う?」と嘆く残念顔がおかしい。

原作は益田ミリの人気漫画。ベテランOL姉ちゃんのキャラクターが秀逸で、それを完璧に体現してみせる黒木の「平熱の演技」が出色だ。

(日刊ゲンダイ「TV見るべきものは!!」2022.08.23)


【旧書回想】  2020年11月後期の書評から 

2022年08月23日 | 書評した本たち

 

 

【旧書回想】

週刊新潮に寄稿した

2020年11月後期の書評から

 

 

佐藤優『池田大作研究~世界宗教への道を追う』

朝日新聞出版 2420円

今年、創立90周年を迎えた創価学会。827万の会員世帯数を誇り、政権党の一つを支える巨大組織だ。本書の目的は「創価学会の内在的論理」を捉えること。そのために第三代会長、池田大作の軌跡を検証していく。生い立ち、戦争体験、入信、政治への姿勢、さらに過去の事件や「政教分離」の本質にも迫る。キリスト教と比較しながらの分析は著者の独壇場。「人間革命」の真の意味も見えてくる。(2020.10.30発行)

 

松田行正『デザイン偉人伝』

左右社 2200円

著者は「デザインの歴史探偵」を自称するグラフィック・デザイナーだ。専門である「本のデザイン」を軸に、出版者、画家、デザイナーなど先駆者16人の発想と手法を検証していく。斬新な「レイアウト」を生み出したマラルメ。「余白」の魔術師、長谷川等伯。「トリミング」の達人、俵屋宗達。そしてアート行為としての「選ぶこと」を発見したデュシャン。デザインの歴史は「人」にある。(2020.10.01発行)

 

勝目梓『落葉の記』

文藝春秋 2200円

作家の勝目梓が亡くなったのは今年3月。87歳だった。最後の作品集である本書には、7つの短編小説と長編「落葉日記」が収められている。絶筆となった「落葉日記」は、晩年を生きる男が書き続ける日記の形を借りた心境小説だ。リタイア後の日常で味わう小さな愉しみ。ペットの死をきっかけとした妻との諍い。そして妻自身の突然の事故死。作家は最期まで虚実皮膜の小説世界を創り続けた。(2020.10.25発行)

 

堀内誠一、谷川俊太郎『音楽の肖像』

小学館 2750円

アートディレクター、絵本作家として知られる堀内誠一。長くフランスで暮していたが、仕事中はいつも音楽を流していたという。本書には堀内が愛した音楽家たちの肖像とエッセイが並ぶ。ワルシャワでショパンが見た旧市を再建した風景と出会い、ライプツイヒの居酒屋でシューマンと同じ席に坐ってビールを飲む。谷川俊太郎の書下ろしを含む32篇の詩と、堀内作品が響き合う贅沢な一冊だ。(2020.11.04発行)

 

正津 勉『つげ義春 「ガロ」時代』

作品社 2420円

日本初の青年漫画誌「月刊漫画ガロ」の創刊は1964年夏だ。翌年、つげ義春作品の掲載が始まった。つげ漫画の転換点となった「沼」。フォーク・ロア(民間伝承)の色彩を強めた名作「紅い花」。風土と人間を見つめた「ほんやら洞のべんさん」。そして井伏鱒二との影響関係も興味深い「山椒魚」。詩人で文筆家の著者は時代背景を踏まえながら、つげの「ガロ」代表作16篇を大胆に分析していく。(2020.11.25発行)

 

フィルムアート社編『そして映画館はつづく』

フィルムアート社 2200円

コロナ禍の中で「不要不急」とされた映画。特にミニシアターは大きな打撃を受けた。本書は「映画館で映画を見る」ことの意味を考える一冊だ。語るのは函館のシネマアイリスやシネマ尾道など各地の映画館で仕事をしている人たち。さらに映画監督の黒沢清や女優の橋本愛も「映画館という場所」の意義を伝えていく。DVDや動画配信とは異質の映像体験。「上映」という営為は決して終わらない。(2020.11.25発行)

 

櫻井秀勲『三島由紀夫は何を遺したのか』

きずな出版 1650円

著者は元「女性自身」編集長。直に三島由紀夫と接してきた体験をもとに、その作品から壮絶な生きざまを振り返っている。著者が太宰治と数日間を過ごしたこと、そして保田輿重郎の鞄持ちだったことが三島の信頼を得るきっかけだった。確かに「日本浪曼派」と「蓮田善明」は三島解読のキーワードだ。また、三島が「覚悟を決めた一冊」だと著者が言う、『葉隠入門』も再読したくなってくる。(2020.11.25発行)

 


【旧書回想】  2020年11月前期の書評から 

2022年08月22日 | 書評した本たち

 

 

【旧書回想】

週刊新潮に寄稿した

2020年11月前期の書評から

 

斎藤美奈子『忖度しません』

筑摩書房 1760円

『月夜にランタン』『ニッポン沈没』に続く、社会時評的書評の第3弾。過去5年間、この国はどんな姿だったのか。忖度なしの同時進行ドキュメントだ。「安倍ヨイショ本」で権力掌握術やメディアコントロール法を分析。また森友学園&加計学園問題を生んだ「国家戦略特区」の愚を指摘する。他に沖縄など地方の課題や文学の現在についても言及していくが、キーワードは倦怠ないし停滞だ。(2020.09.20発行)

 

中央公論社編『中央公論特別編集 彼女たちの三島由紀夫』

中央公論新社 1980円

没後50年の節目を迎えた三島由紀夫。書店には関連本が並ぶが、本書は「女性の視点」で編まれた一冊だ。「ほんとうに自然な人間であって、日々新しい玩具を欲しがる子供です」と評する森茉莉。「劇場が好きであり、劇場的な生き方がその嗜好であった」と言う円地文子。さらに『鏡子の家』のモデル、湯浅あつ子が語る、近くの者を「すべて自分の文学へのいけにえ」にしたという証言も貴重だ。(2020.10.25発行)

 

野呂邦暢『野呂邦暢ミステリ集成』

中公文庫 1100円

『草のつるぎ』や『諫早菖蒲日記』の野呂邦暢。本書は意外と知られていないミステリ作品を集めた文庫オリジナルだ。カメラマンの有家は取材先の離島で謎の死を遂げた。友人の久保が有家から託された未現像フィルムを手掛かりに島へ渡る「失踪者」。秘密を抱えた精神科医が一人の患者と出会ったことで心のバランスを崩していく「ある殺人」。ミステリ愛好家ならではのエッセイも嬉しい。(2020.10.25発行)

 

ベン・ルイス:著、上杉隼人:訳

『最後のダ・ヴィンチの真実 510億円の「傑作」に群がった欲望』

集英社インターナショナル

レオナルド・ダ・ヴィンチ作「サルバトール・ムンディ(世界の救世主)」は、「男性版モナリザ」と呼ばれるキリスト画だ。2005年に13万円で売買されたが、12年後のオークションでの落札価格は510億円だった。長年行方不明だったことから真贋には疑問の声もある。ならばその高騰ぶりは何によるものなのか。アートの「価値」の謎に迫るノンフィクションであり、美術ミステリーとしても楽しめる。(2020.10.10発行)

 

山田五郎『真夜中のカーボーイ』

幻冬舎 1430円

特徴のある風貌で街や美術を語る著者を、テレビで見かけた人も多いはずだ。本書は異能の編集者・評論家による小説第1作である。出版社の広告部門で働く主人公は定年間近。高校時代の恋人と約40年ぶりで会うことになる。しかもいきなり「末期がん」を告白され、かつて完走できなかったバイク旅行の再トライを求められた。高級外車での小旅行は過去と現在が交錯する珍道中となっていく。(2020.10.20発行)

 

佐伯啓思『近代の虚妄 現代文明論序説』

東洋経済新報社 3080円

現代文明が持つ「柱」として著者は3つを挙げる。グローバル資本主義のもとでの経済成長主義。デモクラシーの政治制度。そしてデジタル情報技術による情報社会化だ。新型コロナウイルスはそのどれをも直撃した。つまり現代文明そのものが問われたのだ。著者は歴史や西洋を検証した上で、科学技術とグローバル経済の危うさを指摘。「日本的なるもの」の可能性までを視野に入れた新文明論だ。(2020.10.22発行)

 

神崎繁『人生のレシピ~哲学の扉の向こう』

岩波書店 2530円

著者は4年前に60代半ばで逝去した哲学者。西洋哲学史全般から現代思想にまで及ぶ学識は「最後の碩学」と呼ばれている。本書は一般向けに書かれたエッセイ集だ。ソクラテスの体形を話の枕に、ダイエットという言葉が「生き方」を意味していたことを語る。またアリストテレスが散歩中に哲学談義をした逸話から、「考える葦」ならぬ「考える足」を指摘。哲学的思考の愉しみを伝えている。(2020.10.20発行)

 

北井一夫『過激派の時代』

平凡社 3520円

1964年から68年にかけての学生運動を撮影した「幻のフィルム」が甦った。横須賀原潜寄港阻止闘争、羽田闘争、日大闘争などが並ぶ。目の前の機動隊。振り上げた角材。やがて北井はデモ主体の撮影から方向転換し、約4カ月間、バリケードの中で寝泊まりする。「帝国主義者壊滅」の落書きと洗濯物用の木製ハンガーが生々しい。約50年が過ぎた今、写真による記録は記憶として見る者の中に定着する。(2020.10.21発行)

 


言葉の備忘録294 目先の・・・

2022年08月21日 | 言葉の備忘録

 

 

 

 

目先のものに囚われるとき、

精神は偏流する。

 

 

エドガール・モラン『百歳の哲学者が語る人生のこと』

 

 

 


【新刊書評2022】4月後期の書評から 

2022年08月20日 | 書評した本たち

 

 

【新刊書評2022】

週刊新潮に寄稿した

2022年4月後期の書評から

 

 

福岡伸一『ゆく川の流れは、動的平衡』

朝日新聞出版 1870円

「動的平衡」は著者の生命論のキーワードだ。動き続けるのが生命体であり、部分が入れ替わることで全体としての恒常性を保つ現象を指す。本書は新聞連載のエッセイ集だ。「欠陥や障害はマイナスではない。それは本質的に動的な生命にとって、常に新しい可能性の扉を開く原動力になる」。身近なエピソードを素材に、独自の視点と知見をもとに語る“感慨”が、日常の見え方を少し変えてくれる。(2022.03.30発行)

 

小国士朗『笑える革命~笑えない「社会課題」の見え方が、ぐるりと変わるプロジェクト全解説』

光文社 1870円

著者は『プロフェッショナル 仕事の流儀』などを制作してきた、元NHKディレクター。現在は認知症やがん、LGBTQといった「社会課題」と向き合うプロジェクトを推進している。たとえば、認知症の人たちによるレストラン「注文をまちがえる料理店」の運営などだ。本書ではユニークな取り組みの全貌を企画・表現・着地・流通などのキーワードで語っていく。リアルな「笑える革命」だ。(2022.03.30発行)

 

冬木透、青山通『ウルトラ音楽術』

インターナショナル新書 924円

『ウルトラセブン』の放送開始は1967年。子ども向け番組の枠を超えた深い世界観は、今も多くの人を魅了する。その音楽を手掛けたのが作曲家の冬木透だ。本書は今年87歳になる冬木の音楽的回想録である。『セブン』の音楽を支えていたのは幼少期からのクラシック体験だった。また使用楽曲の解説では、なぜ最終回でシューマン「ピアノ協奏曲」を流したのか、半世紀以上前の謎も明かされる。(2022.04.12発行)

 

横尾忠則『原郷の森』

文藝春秋 4180円

主人公の名はY。語り手でもある芸術家の「俺」が通うのは、時空を超えた「原郷の森」だ。そこで古今東西の芸術家と交わされる膨大な対話こそが、この“芸術小説”のすべてだ。頻出する三島由紀夫が、『豊饒の海』は「遺書であったかも知れない」などと語る。他の常連は澁澤龍彦、谷崎潤一郎、永井荷風ピカソ、デュシャンなど。ジョークを飛ばすプラトンも登場する、横尾版『饗宴』だ。(2022.03.25発行)

 

五木寛之『折れない言葉』

毎日新聞出版 1540円

心が折れそうになった時、支えてくれたのは「月並みな格言、名言、ことわざ」だったと著者。本書では実例を挙げながら感想を述べていく。聖書の言葉から羽生結弦の「努力はむくわれない」までが並ぶが、疑問や反発も提示するところが著者ならでは。「五十歩百歩」を平面ではなく、上下の階段と見れば違いは大きい。また、「明日できることは、明日やろう」が信条だと言われてホッとする。(2022.03.30発行)

 

森 晴路『図説 鉄腕アトム』

河出書房新社 2200円

漫画連載開始から約70年。鉄腕アトムは、現在もロボットの代名詞にして理想形であり続けている。本書は手塚治虫の“アトム像”を豊富な図版と「構想ノート」などの資料で集大成した一冊だ。漫画とアニメの関係も含め、手塚が追い求めていたものが見えてくる。著者は前手塚プロダクション資料室長。手塚治虫記念館で開催中(6月27日まで)の「ぜ~んぶ鉄腕アトム展」公式図録でもある。(2022.03.30発行)

 


『初恋の悪魔』を深化させる、4人が抱えた「闇」

2022年08月19日 | 「ヤフー!ニュース」連載中のコラム

 

 

『初恋の悪魔』を深化させる、

4人が抱えた「闇」

 

 
注目の「オリジナル脚本」
 
今期ドラマが始まる前、注目していた「オリジナル脚本」の作品があります。
 
1本は『家政婦のミタ』などの遊川和彦さんが脚本を手掛ける、『家庭教師のトラコ』(日本テレビ系)。
 
そしてもう1本が、『カルテット』(TBS系)や『大豆田とわ子と三人の元夫』(カンテレ制作・フジテレビ系)などの坂元裕二さんによる、『初恋の悪魔』(日本テレビ系)です。
 
ユニークな「警察ドラマ」
 
この『初恋の悪魔』、始まってみると、実にユニークな警察ドラマになっていました。
 
何しろ、主人公たちは警察署に勤務しているにもかかわらず、事件の捜査も、容疑者の尋問も、犯人の逮捕もしない。いや、出来ないのです。
 
警察署に勤務はしていても、直接事件と関わることのないセクションの人たちだからです。
 
でも、彼らは想像力を駆使して考察し、「真相」にたどり着いてしまう。それが、このドラマの特色なのです。
 
仕事としてではなく、純粋に「真実」が知りたくて集まるメンバーは4人。
 
停職処分中の刑事・鈴之介(林遣都)、総務課の悠日(はるひ、仲野太賀)、会計課の琉夏(るか、柄本佑)、そして生活安全課の刑事・星砂(せすな、松岡茉優)ですが、署内の変り者ばかりです。
 
扱われる案件は、病院で起きた、事故か、自殺か、それとも殺人なのかが不明な少年の死であったり、スーパーでの万引き事件の裏側だったりします。
 
「自宅捜査会議」という設定
 
しかし、4人は立場上、正式な捜査活動などは許されません。
 
彼らは捜査資料を無断でコピーしたり、独自のルートで情報を集めたりして、勤務時間外に鈴之介の家に集合します。これが、通称「自宅捜査会議」です。
 
そこには、精巧に作られた事件現場の「模型」が置かれています。しかも、意識を集中させた4人は、その模型の現場に「入って行ける」のです。
 
いわゆる「バーチャル空間」ですが、そこには事件の関係者たちがいて、目の前で、まさに事件が起きていく。
 
彼らは、その過程を「目撃」することになります。当然、「真相」を知るわけです。
 
この「自宅捜査会議」は、毎回、ドラマの大きな見せ場です。坂元さんの脚本らしく、4人の「考察合戦」である異論・反論の応酬も楽しめます。
 
しかし、バーチャル空間に入り込んで、事件そのものに立ち会うという解決法は、ユニーク過ぎるほどの設定です。
 
視聴者の中には、どこか戸惑ったり、違和感を覚えている人も少なくないのではないでしょうか。
 
4人の「闇」がドラマを深化させる
 
とはいえ、坂元脚本なのです。何より、超が付くほどクセのあるキャラクターである、4人の「履歴」が気になります。
 
オリジナル脚本ですから、彼らの「過去」の詳細を知っているのは、作者だけなのです。
 
今後は、4人それぞれの過去の出来事と、内部に抱える「闇」の部分が、事件の考察・真相究明と並走する物語を駆動させ、ドラマ全体を深化させていくはずです。
 
第4話あたりでその片鱗が見えましたが、新たな章では予想を超える展開が待ち構えていそうです。
 

【新刊書評2022】4月前期の書評から 

2022年08月18日 | 書評した本たち

 

 

【新刊書評2022】

週刊新潮に寄稿した

2022年4月前期の書評から

 

 

本川達雄『ラジオ深夜便 うたう生物学』

集英社インターナショナル 1870円

著者は『ゾウの時間 ネズミの時間』で知られる生物学者。深夜のラジオ番組で話した内容、2年半分をまとめたのが本書だ。珍しい星形には訳がある、ヒトデ。省エネの達人、ナマコ。完全介護状態を体現する、サンゴ。さらに通勤電車と虫かごの関係をはじめ、体の大きさや長寿をめぐる深い考察も。生物学の視点からヒトとその日常を眺めることで、思わぬ発見が飛び出してくる抱腹エッセイだ。(2022.03.09発行)

 

古谷敏郎『評伝 宮田輝』

文藝春秋 2420円

宮田輝は昭和のアナウンサーを代表する一人だ。『のど自慢』や『紅白歌合戦』、そして『ふるさとの歌まつり』などの名司会者だった。後に政界入りして国会議員を16年務めた。本書は後輩アナによる初の評伝だ。草創期のテレビに、人や風景を映像で伝えることの醍醐味と可能性を感じた宮田。「生放送」と「参加感」にこだわり、地域に暮らす視聴者と歩んだ軌跡は、生身の昭和放送史でもある。(2022.03.10発行)

 

原田ひ香『古本食堂』

角川春樹事務所 1760円

「古書」と「食」の組み合わせが秀逸な連作小説集。舞台は神保町にある古書店だ。北海道から上京し、亡き兄・滋郎に代わって店の経営を始めた珊瑚(さんご)。彼女の  親戚にあたる国文科学生で、本好きの美希喜(みきき)。2人が訪   れた客に本を薦めていく。それは本多勝一『極限の民族』や橋口譲二『十七歳の地図』などだが、意外な「美味」がからんでくる。さらに物語を支える、不在の滋郎が何とも魅力的だ。(2022.03.18発行)

 

紅谷愃一『音が語る、日本映画の黄金時代~映画録音技師の撮影現場60年』

河出書房新社 2970円

映画は監督と俳優だけでは作れない。カメラマンや照明技師と並ぶ主要スタッフが録音技師だ。本書は60年のキャリアを持つ著者による、映画人と作品をめぐる一代記である。あの高倉健に「セリフが分かりにくい」とダメ出しした『野生の証明』。毛布やカイロで録音機を温めた『南極物語』。黒澤明監督には知らせずにワイヤレスマイクを仕込んだ『夢』など、撮影現場の臨場感に満ちた一冊だ。(2022.02.28発行)

 

森 達也『千代田区一番一号のラビリンス』

現代書館 2420円

この小説、タイトルからして問題作の香りが漂う。千代田区一番一号は「皇居」の住所。ラビリンスは「迷宮」。著者を思わせる映像作家が挑むのは、退位を前にした「天皇」の日常がテーマのドキュメンタリーだ。しかも是枝裕和監督はじめ登場人物の多くが実名であり、フィクションとはいえ「明仁」や「美智子」といった表記にドキリとする。一個人が天皇に会いたいと思った時、何が出来るのか。(2022.03.20発行)

 

幸田文:著、青木奈緒:編『幸田文 生きかた指南』

平凡社 1980円

独特の感性で綴られたエッセイが並ぶ。たとえば避けられない不仕合わせを根に咲く花もあるとして、「私はこういうたちの幸福が好きなのだ」と言う。また本書の読みどころの一つが、新聞紙上での「人生相談」。著者は「手おくれでしょう」と厳しい一方で、悲観の材料よりも手持ちの希望に目を向けさせる。「点のとれるところをさがそうじゃありませんか」の言葉は、幸田文ならではの名言だ。(2022.03.25発行)


NHK戦争ドラマの佳作「アイドル」古川琴音の抜擢に拍手

2022年08月17日 | 「日刊ゲンダイ」連載中の番組時評

 

 

特集ドラマ「アイドル」NHK

古川琴音を抜擢したことに拍手だ

 

これは女優・古川琴音による古川琴音のための古川琴音のドラマだ。11日に放送された主演作、特集ドラマ「アイドル」(NHK)である。

物語は「二・二六事件」の起きた1936年(昭和11年)から始まる。

威容を誇るムーランルージュ新宿座。どんな時代も人々はエンターテインメントを求め、劇場にも足を運んだ。不穏な空気をひと時忘れ、歌とダンスに熱狂したのだ。

地方から出てきた少女・とし子(古川)はムーランの座員に選ばれ、やがて「明日待子(あしたまつこ)」の名でトップアイドルとなっていく。

まず、このヒロインに古川を抜擢したことに拍手だ。実在の明日待子と似た顔をした、アイドルグループのメンバーなどが演じていたら、全く違う作品になっただろう。

古川という天才肌の憑依型女優だからこそ、戦時下のアイドルの喜びも悲しみも深いレベルで表現できたのだ。

アイドルは人を励ます仕事だと信じていた待子。しかし、学徒出陣の若者や、慰問で訪れた戦地の兵士たちへの励ましが、死へと向かう彼らの背中を押すことになると気づいて、待子は苦しむ。

出征が迫るファンたちに、待子がこう呼びかけた。「皆さん、私はずっとここにいます。だから、また会いに来て下さい!」。生きて帰って欲しいという願いの言葉だ。

静かなる戦争ドラマの佳作と言える1本だった。

(日刊ゲンダイ「TV見るべきものは‼」2022.08.16)